第141話 チャイルド・メモリー



 慌てて英雄の後を追い居間に戻った二人であったが、そこで見たものは大量のピザと仁王立ちする英雄、それと――。


「百合堕ち、NTRダメ、ゼッタイ! ……おい英雄ッ? いつの間にそんな垂れ幕用意したッ!?」


「ワタクシ、英雄の行動力には一生勝てそうに無い気がしてきましたわ……」


「ふふん! どうだい良いでしょ! ホントは『英雄くん退学取り消しおめでとう!&英雄とフィリア、修とディア、結婚おめでとう!』って書く直前だったんだけど」


「俺が書き直した、――我が一族ながら祝われる本人に書かせるのってどうかと思うんだけど?」


「通信講座で書道習ってるからじゃないオサム兄さん?」


「ふっ、この他にも読唇術講座とか気功講座とか取ってるぜ!」


「うーん、このロマンに全フリした生き様。紛れもなく僕らの血だねぇ……」


 楽しく騒ぐ事に人生を賭ける英雄、男のロマンを追求する修、悪の道を行く美蘭。

 フィリアは俄然、他の人物の事が気になってきて。


「ふむ、英雄? あくまで興味本位だが、御爺様は何が趣味なんだ?」


「あの人は剣術だね、流派と道場自体は祖父ちゃんの前の代で他の家に受け継がれたらしいけど。……婆ちゃんの方も聞く?」


「聞く必要があるか?」


「だよね、愚問だった」


「では義父さんは?」


「楽しく勝つ事」


「成程、君の父らしい」


「お袋の事も聞く?」


「必要あるのか? ……いや待て、何か時間稼ぎしてるだろう君ッ!?」


「ちっ、やっぱフィリアにはすぐバレちゃうか」


 舌打ちした英雄の後ろでは、何事もない顔で修がピザの山を少しずつ移動されていて。


「一応聞いておこう、――何のつもりだ?」


「うーん、それこそ愚問ってやつだね」


「はうぁっ!? さっき叫んでた事は本当なんですのっ!? ワタクシ達にピザを食べさせないと言うのはっ!?」


「はっはっはー! 勿論さ美蘭! 僕のフィリアの唇を奪った罪は大きいよっ!!」


「罪? はっ! そんなのちゃんちゃら可笑しいですわっ! ――よく考えなさい英雄」


 自信満々に腕を組む美蘭、何かを見落としているのか、そう英雄が焦ってその瞬間。


「ワタクシとフィリアさんはキスをしました!」


「無理矢理だからノーカンだ」


「それはつまりっ!」


「いや、ノーカンだぞ美蘭?」


「ワタクシと英雄は、間接キスをしたということっ!!」


「よく考えるまでもなく、そうだね」


「あー、これだから英雄はダメなのですわ。理解できませんの? この人類の誇る希代の悪の女幹部(予定)と、間接キスしたのですよ! ――つまり、罪ではなく。むしろご褒美では?」


「オサム兄さん、美蘭はマジでピザ要らないって」


「オッケー」


「うわあああああああッ!? ジョークジョークっ!? お茶目な美少女ジョークですわっ!?」


「ディアさん、美蘭の座布団持って行って」


「はうぁっ!? 席が無くなりましたわっ!? ワッモア! ワンチャンくださましっ! 次のお題で座布団を見事増やしてみせますわっ!!」


「つかぬ事を聞くが、いつの間に大喜利大会になったんだ?」


 首を傾げるフィリア、居間には人が集まりだして。


「素朴な疑問なんですけど、そもそも英雄さんにピザの決定権があるんですか?」


「そ、そうだッ! ナイスだディアさん! 今度、夜の生活に頼れる本を進呈しようッ!!」


「本当ですか? ありがとうございますっ!」


「クソッ! こっちも何かアイテムをくれ英雄ッ! 新婚早々に腎虚で死ぬ!?」


「その前に、例の二人の説得を考えるのが先じゃないかな? お腹に昔のガンガンは必須だよ?」


「ふっ、残念だったな英雄……。二十年前の分厚さ全盛期のガンガンはもう装備済みだぜ」


 格好良く言い放ちながらシャツを捲り上げる修、そこには確かに分厚いマンガ雑誌が。


「僕ちょっと読みたいから貸して?」


「よし、今の内にピザを確保するぞ美蘭」


「合点承知の助ですわっ!」


「――とみせかけてディーフェンス! ディーフェンス!」


「いくぞ英雄! 黒子のバスケとスラムダンクを読破した俺たちのディフェンスに隙は無いっ!!」


「ラインナップがガンガンじゃないですわっ!?」


「御婆様、御爺様、英雄と修さんが食事前に暴れようとしてるのですが」


「ズルいよフィリアっ!?」


「英雄、修、貴方達も結婚するのだから。少しは落ち着きを覚えなさいな」


「おう、なんだァテメーら。とっとと席に着けよ、メシ食うぞ」


 家長と陰の権力者に言われてしまったら、素直に従うしかない。

 だが、ここで引き下がる英雄ではない。

 フィリアが祖父達に頼ったならば自分もと、美蘭の事を訴える。


「食べ始める前にちょっと聞いてよ祖父ちゃん、婆ちゃん」


「英雄? 聞かずとも想像がつくわよ?」


「マジで!? 婆ちゃんってエスパー!?」


「おい英雄? 垂れ幕に書いてあるじゃねぇか」


「あ、そうだった」


「まぁ、貴方のやろうとしている事は理解しています」


「だな、大方よォ。美蘭に罰としてメシ抜き、嫁御の方はオネダリ次第。二人がそれに不服なら、ピザを賭けてゲームってな感じだろ?」


「さすが祖父ちゃん! じゃあオッケーだよねっ!!」


「するかボケ、祖父ちゃん達がありがたーい話をしてやっから素直に席に座れ」


「――――フィリア、美蘭? 後で校舎の裏だからね?」


「ふむ、ここに校舎はないから無効だな」


「大学のでよろしい? 後日案内しますわ」


「くっ、これで勝ったと思うなよっ!!」


「ふぅむ、この家だと英雄に簡単に勝てるのだな……」


 フィリアが妙な学習をしたところで、夕食のピザパーティはスタート。

 各々は好きな味に手を出し、英雄は速攻でのり塩ポテチを開封。


「いや待て英雄? いきなりオヤツか?」


「あれ? フィリアんチはしない? こうポテチを砕いて……じゃじゃーーんっ! 激うまトッピング~~!!」


「おーし良くやった英雄、これがあるとピザがもっと酒に合うんだよなァ」


「成程? …………ほう、チーズの甘みとポテチの塩気が良く合う」


「それに、触感も良くなるんですのよね……カロリー的にはどうかと思いますけど」


「旦那様、程々になさいまし。英雄も旦那様にほいほいと高カロリーを与えないように。ああ、私にも少しは寄越しなさい」


「はい婆ちゃん」


「じゃあテメーらピザは持ったな? 酒も持ったな? 乾杯ッ!!」


「「「乾杯っ!!」」」


 もぐもぐパリパリ、賑やかな雰囲気で食事が始まる。

 暫くは和やかに堪能していた英雄達であったが、平九郎が思い出したように手を打って。


「おっと、忘れる所だったぜ。ありがたい話を聞かせにゃあかんな」


「先に言っておくけど、お説教はヤダよ爺ちゃん?」


「馬鹿、そんな無粋なコトすっかよ」


「まずは私から、ええ、こういう事は経験がありますので」


「ほう? もしかしてそれは儂の知っておる話かな?」


「ゲッ、テメーも混じってくんのかコウちゃん……」


 げんなりする祖父に、英雄は興味津々と目を輝かせて。

 フィリア達も何があったのだろうと、期待に満ちた眼差しを。


「あれは、ちょうど美蘭ぐらいの年頃でした……」


「思い出すのう、あの惨劇は実に楽しかった」


「楽しかったのはテメェだけだっ!!」


「そうですよ長谷川さん、――あれは実に腹立たしい事件でした」


「いったい何があったのさ?」


「後で発覚した事ですが、当時、私を恋い慕っていた後輩の女の子がいたのよ」


「その子が婆ちゃんにキスでもしたの?」


「いえ、ノーマルのふりをして旦那様にキスをして、浮気という既成事実を作り。私から旦那様の排除を企んでいたのですよ。ええ、実に腹立たしい事件でした……」


「やめろやめろォ!! ソイツの婚約者やら、実はゲイだった男が俺のケツを狙って、さらにはソイツら同士で殺し合うトコまで発展したなんて思い出したくもねェッ!!」


「何それ詳しく聞きたいっ!?」


「残念ですが旦那様が嫌がってるので」


「儂が話すぞ!」


「コウちゃん? ぶっ殺されてーか?」


「儂、すべてを忘れた!!」


「ともかくですよ英雄、伴侶が居る同性にキスする者なんて、十中八九ノーマルでその伴侶を狙っているんです、気をつけるのですよ」


「だってさ美蘭? 何か申し開きは?」


「ありませんわね。だってワタクシ、本気で食べちゃいたいくらい、フィリアさん事を想ってますもの」


「ああん? 美蘭テメー、ガキの頃は英雄と結婚するーって良く言ってたじゃねぇか。あ、それ取ってくれ那凪」


「はい、旦那様」


「おう、そうじゃそうじゃ。昨日、美蘭くんから巻き上げた玩具の指輪、返そうと思ってな。大切な物なんじゃろ? 大事にしまっておくといい」


 校長はそう言って、ちゃぶ台の上に玩具の指輪を置く。

 祖父の思わぬ発言に固まる三人に、祖母はアルバムを差し出して。


「そうそう、英雄と美蘭の小さな頃の写真が見つかったのよ。今見るならちゃんと手を拭きなさいな」


「…………おい、英雄? 初耳なんだが?」


「うーん、ちょっと待って? マジで待って? すっかり忘れてて、段々思い出してきたけど、証拠が出るまで真実かどうかは未知数だよ」


「その真実とやらがコレにあるそうだが?」


「………………美蘭? 黙ってないで何か言って? 君も爺ちゃん達の記憶違いだって」


「残念ながら事実ですわよ英雄、ま、所詮は幼い頃のママゴトですわ、――さ、フィリアさん。オネショして泣く英雄とか見たいと思いません?」


「よし! 真実を確かめるぞ英雄! 君のオネショが宝の地図になっているか、私は確かめる義務があるのだッ!!」


「そんなの確かめないでっ!? え、ええっ? というかマジなの美蘭っ!? ねぇ美蘭っ!?」


 仲良くアルバムを開き始める女の子二人、ハラハラと後ろから凝視する英雄の前に。

 幼い頃の英雄が、美蘭に頬へキスされている写真が。

 彼女の左手の薬指には玩具の指輪が、そして「夏祭りの婚約、将来はどうなるのかな?」という微笑ましいコメントが乗せられて。


「…………美蘭? 食事が終わったら話し合おうか、ちょっとマジで話し合おう?」


「何を話し合う必要がありますの?」


「君が僕を今も好きな可能性について」


「仮面ライダーになれなかったマイヒーローは、器用にも寝言を目を開けて言っていらっしゃる?」


 自意識過剰な男に呆れきった視線を向ける美蘭、だがフィリアはその裏に隠された重さを敏感に感じ取って。


「だが話し合う必要性はあるだろう、明日の午後には帰るんだ。今後の事とかな」


「ええ、ではそうしましょうか」


「ナイスだよフィリア!」


 いえーいと恋人に向かって親指を立てる英雄、彼の声色も少し強ばって。

 三人は妙な緊張感の中、それはそれとしてピザを堪能した。


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