第140話 彼女のホント?



 祖父母の家に来て、一番穏当な時間だったとも言えるご近所ダブルデートが終わり。

 もうそろそろ夕刻である。

 脇部の流儀では年末年始の集まり以外、夕飯は基本的に店買いか店屋物。

 ――なお、男性陣が羽目を外すので外食は御法度である。

 ともあれ、フィリアは美蘭の手を引き土蔵へと。


「ふふっ、こんな所に連れ込んで……浮気ですのねっ! ドキドキワクワクのやーらしい浮気ですのねっ!!」


「すまないが、おふざけには付き合うつもりは無い」


「……随分と冷たいのですね、それが本性ですか?」


「さて、私はいつもこんな感じだが?」


 ポーカーフェイスを崩さないフィリアに、美蘭は楽しそうな視線。


「では本題に入る前に、ちょっと雑談でもしましょうか」


「手短にな、私には貴様と長々と話す趣味はない」


「冷たいですね、英雄と一緒の時とは大違い。ワタクシと英雄は親戚であり同士、もう少し打ち解けても良いのですよ相棒?」


「相棒、その言葉を使えるのは今の内だけだ。噛みしめておけ」


「あらあら、随分と嫌われましたわね……」


 塩対応に笑みを崩さず、その裏で美蘭はフィリアを推し量る。


(無理をしている様子は無い、――ならば、これも彼女の本性。ええ、情報通り英雄の敵には殊更に厳しい)


 一方でフィリアも彼女をじっと観察。


(何を考えている、英雄の敵と名乗るには敵意が足りず、しかし憎しみはある。……だが、変装の時に見せたあの表情は何だ?)


 つまる所、美蘭を人気のない所へ連れ込んだ理由はそれであった。

 彼女には、不可解な事が多すぎる。

 憎しみの理由は分からず、嫌がらせをする癖にフレンドリー。

 フィリアへの執着は本物だろうが、どことなく違和感を覚える。


「そんなに見つめて、ワタクシの顔が気に入りました? ええ、そうでしょうとも! ワタクシと英雄は親戚! 当然、顔形は似ていますもの!!」


「君が男なら、私の心は揺らいでいた。――そうリップサービスした方が良いか?」


「心にも無い事を、まぁ英雄ならそれでも喜ぶのでしょうけど」


「ああ、アイツは素直なヤツだ。……君と違ってな」


「君だなんて、そろそろ美蘭お姉ちゃんと呼んでも良いのよ? ワタクシ、可愛い妹が欲しかったの」


「個性的な姉は一人で十分だ、――さて、もう良いな? 本題に入る」


「もうですの? このまま晩ご飯の時間まで楽しみません?」


 小首を傾げる美蘭に、フィリアは冷たく言い放つ。

 相手は英雄の姉貴分で、脇部の一族だ。

 しかも愛する男を憎んでいる、油断の欠片すら見せられない。


「単刀直入に言おう、――何を企んでいる?」


「どの事かしら?」


「全てだ、昼間の件、英雄へのアプローチ、……これから貴様がする事」


「昼間の件は覚えがないわね、アプローチ? 憎んでいるんですもの、何かして当然でしょう。最後は答える義務はありませんわね」


「悲しいな、私たちは相棒なのだろう?」


「顔色一つ変えないで言われても」


「やれやれ、英雄なら私の表情を読めるというのに。……それでも貴様、私のストーカーか?」


「ではこう答えましょう、――イエスでありノーである」


 美蘭の言葉に、フィリアは眉を動かしそうになった。

 肯定ならば誤魔化しだ、裏がある。

 否定ならば裏があると公言しているようなものだが。


「随分と曖昧な答えだな、私は白黒はっきりした方が好みだ」


「悪いわね、でも英雄が同じ立場なら同じ事を言ったでしょう」


「そうか? アイツの事を分かっていないな」


「あら、なら英雄はこういう時どう言うの?」


「アイツなら徹頭徹尾、真実を話す」


「今のフィリアさんみたいに、取捨選択された真実を?」


「さて、君がそう受け取るならそうなのだろう」


 案の定、話は遅々として進まず。

 ならばと、フィリアは表情を崩して真剣な顔で美蘭を拝んだ。


「――恥を忍んで頼むっ! 私に協力して欲しい!」


「…………あらん?」


「ああ、確かにそうなのだ。先程、美蘭お姉ちゃんが言った通りだ。――私は、貴女の顔が気になっている」


「えーと、フィリアさん?」


「なんだ、すまないが貴女との初めてのエッチは夜景の綺麗なホテルが良いんだ。我慢して欲しい」


「そんな事、一言も言ってませんわっ!?」


「そうか? 昼前はあんなに求めてきたし、わざわざ英雄から私を奪って手に入れたのだ。――そういう事だったのだろう?」


「た、確かに少しぐらいは考えましたけどもっ!?」


 ぐいぐい来るフィリアに、美蘭は思わず狼狽えた。

 これは所謂一つのプランBである。

 脇部の中でも、彼女は英雄と気質が特に似ている。

 ――ならば、英雄にそうする様にした方がイニシアチブを取れるというもの。


「実はな、お姉ちゃんの変装した姿を見て私は思ったのだ…………私はなんて美しいのだろう、とッ!!」


「清々しいまでの自画自賛っ!? でもその美しさの前では否定できないですわっ!?」


「そして、だ。――ここからが本題だ」


「…………ごくり」


「お姉ちゃんが去る時に見せた一瞬の表情……、私は見逃さなかった……あの笑み、とても素晴らしい――」


「あ、見られてたんですのね」


「そう、あの憎しみと嬉しさの混じった表情! とても……とてつもなく魅力的だった。私にはとうてい出来そうにない……女として敗北した気分だ」


「リップサービスでも嬉しいような複雑なような……?」


「協力とはつまるところ、そこだ」


「ワタクシのあの表情?」


「そうだ、アレを会得すれば。私はもっと英雄に愛されるだろう…………是非、あの表情の作り方を教えてくれないか」


「あ、あれは……」


「ふむ? 何を言い淀む事がある。恥じるモノではない、むしろ誇りに思うべきだ――まるで、手に入らない何かを渇望する様な、そんな演技を違和感なく出来るなんて」


「っ!?」


 実の所、フィリアには彼女の浮かべた表情に思い当たる節があった。

 何処にでも転がっている事で、もしかしたら己がそなっていたかもしれない事。

 だが、確かな証拠など一つも無く。


「どうか、教えてくれないか? 私がもっと英雄に愛される為に「――もう、止めて」……ふむ?」


 その瞬間、美蘭の声色が強ばった。

 彼女の瞳はカラーコンタクト越しでも分かるほど、暗く濁っており。


(少し、突っ込み過ぎたか?)


 だが、これで少しは彼女の本音を引き出せる筈。

 フィリアは静かな視線を美蘭に向けて。

 そんな金髪の少女に、彼女はノロノロと距離を詰める。

 そして。


「ワタクシが魅力的? 表情が美しかった?」


「ああ、そう言った」


「――――美しいのは、貴女だわ」


 血走った目で凝視する美蘭は、ぞっとする程に冷たい手でフィリアの髪に触れる。


「そうか? 自分でもそう思うが、お姉ちゃんに言って貰えるとは嬉しいな」


「良いわね、そう言えるのは。…………嗚呼、ワタクシもその金で出来ている様な髪が欲しかった」


「英雄も良く褒めてくれる自慢の髪だ」


「その瞳、青く輝く宝石みたいで……こんな偽物の色なんかじゃなくて、綺麗な色が欲しかったの」


「過去形か?」


「ええ、そう過去形。でも、もうどうでも良いの……貴女が手に入ったから」


 美蘭の手の冷たい感触が、フィリアの顔を這い回る。

 目の形を確かめ、唇をなぞり、顎を包み、首を締めるような手つきで喉へ。


「…………はぁ、なんて美しいのかしら胸もこんなに大きくて、張りがあって、でも柔らかくて――――憎たらしいっ!!」


「痛ッ!? も、もう少し優しく触ってくれ。爪の痕が残ってしまう」


「あらあら、あらあらあら……それは申し訳ないわ……こんなに、こぉーんなに綺麗な肌なのに……腰のラインだって、ヒップだって……嗚呼、貴女はワタクシに無いものばかり」


 地獄の底から聞こえる様な、低い低い囁くような声。

 嫉妬は理解できる、這寄フィリアは己が美しい自覚があるし、そんな視線など日常茶飯事だ。


(だが、――何故、憎しみが混ざっている?)


 彼女が憎んでいるのは英雄では無かったのか。

 手つきから、声色から、確かな執着が感じられる。

 しかし、しかしである。


「…………私を、憎んでいるのか?」


「いいえ、いいえっ!! まさかそんな事っ! ワタクシは喜んでいるのですわっ! 嗚呼、嗚呼、嗚呼! 貴女の美しささえあれば、ワタクシは復讐出来るっ! 英雄に傷を付けられるっ! 過ちを犯させられるっ!!」


「具体的には?」


「ふふふっ、ふふふふふふふっ、ねえフィリアさん。ワタクシと取引しませんか? たった一回で良いのです」


「内容を聞かない事にはな」


「簡単な事です、今夜貴女は英雄を閨に誘う……けれど、そこで待っているのはワタクシ」


「暗い部屋で一言も喋らず、英雄が入れ替わりに気づくかどうか。そんな所か?」


「ええ、その通り! 勿論、英雄が気づかなかったら直ぐにネタばらしですわ! 本当に過ちを犯す事はありません……」


「だがその場合、間違えた、気づかなかったという過ちが存在する」


「ええ、ええ! まさしくその通りっ!!」


「…………美蘭さん、貴女は本当に英雄を憎んでいるのだな」


 その事実に、フィリアは少し悲しくなった。

 愛する男がその親族から憎まれている、憂うべき事だ。

 同時に直感していた、――美蘭は危ういと。


(流石は……、いや、だからと言うべきか)


 脇部の血、女性に多く顕れる特徴。

 愛、その重さ。

 そのベクトルの先は読み切れないが、今の彼女の憎しみは、その裏返しの様に思えた。


「愛しい愛しい、今はワタクシだけのフィリアさん……どうかイエスと言ってくださいまし?」


「…………私が部屋のどこかに隠れている事が条件だ」


「まぁ! 嬉しいですわ! 感謝のチュー!!」


「お、おいッ!? や、止め――――」


 直後、土蔵の扉がバンと開かれて。


「フィリア! 美蘭! 晩ご飯だよっ! 今日はピザパーティ……………………」


「んんッ!? ん~~~~ッ!! くッ、このッ!? ご、誤解だ英雄ッ!!」


「ぷはっ! フィリアさんの唇、柔らかいんですのね」


「………………うわーーん!! フィリアが寝取られたぁあああああああああああああああ、君たちの分のピザなんて僕が全部食べてやるううううううううううううう!!」


 百合の花が咲いた瞬間を見てしまった英雄は、涙をちょちょ切れさせながら走り出したのだった。


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