第139話 W



 昼食後の事である。

 美蘭に呼び出されたフィリアは、土蔵に警戒しながら入り。


「来たぞ。英雄に内緒とはどういう事だ?」


「いらっしゃいフィリアさん、ええ、ちょっとサプライズに協力して貰いたくて……」


「それは君の言う悪か? 軽い悪戯程度なら考えなくもないが」


「安心して、英雄をちょっと、いえ大分驚かすだけだから」


「本当だな?」


「勿論、サプライズはお嫌い?」


「英雄で慣れた、だがあまり好きではないな」


「では気分を盛り上げるために、一つワタクシから悪魔の囁きをしましょう」


 すると美蘭は用意していた道具を広げ、フィリアは眉を軽く動かす。


「想像して……、英雄の驚く顔を……、普段は驚かされたりハラハラしっぱなしでしょう? ――ここらで、やり返してみたいと思わないかしら?」


「ふむ、少し待て想像する…………よし、その誘い。乗ったぞッ!!」


「いえーい! そうこなくっちゃ!! じゃあ友情の握手!」


「そこはハイタッチではないのか?」


「実はワタクシ、握手の方が好みなので。……では」


「ああ、共に、英雄へ、一泡吹かせようではないかッ!」


 二人は悪い顔で堅く手を握りあい。

 一方その頃、居間に麦茶を飲みにきた英雄は修と遭遇。

 彼はゲッソリやつれてはいたが、どことなく晴れやかな顔で。


「お、オサム兄さんっ!? 生きてたんだねっ!?」


「勝手に殺すな、――だがまぁ、言いたいことは分かる」


「ちなみにディアさんは?」


「シャワー浴びて寝た」


「あらまぁ、…………うん? という事はさっきまでイタシてたの?」


「ああ、――今の俺はもう、純情ヘタレ童貞じゃない。女神に使わされた勇者・修だッ!!」


「よっ!! 幼馴染みの巫女さんにエッチな下着で誘惑されても、留学生の金髪美人に裸でベッドに潜り込まれても、決して手を出さなかった人は言うことが違うねっ!」


「うん? 喧嘩売られてるのか俺?」


「いやいや、感心してるんだよオサム兄さん。ところでディアさんを受け入れた決め手は?」


「………………あのまま放っておくと、例の二人と包丁で熱烈ファイトして自分も死ぬと」


「くっ、分かるっ! 分かるよオサム兄さんっ!!」


 確かに彼女は好きだし愛している、関係を持った事に後悔はないし、いつかはと思っていた。

 だが、だが、だが。


「なんで僕らの周りの女の子って重いのかなぁ……」


「愛されてるし、愛してるんだけどなぁ……」


「ちなみに聞くけど、残りの二人はどうするの?」


「言うな、言わないでくれッ! 今はエロ可愛い彼女が出来た事に浸らせてくれッ!!」


「もう一つ聞くけど、歳の差考えると犯罪くさくない?」


「だ、大丈夫だから……、ディアも結婚出来る歳だから……」


 修とディアの歳の差は十、三十路手前が女子高生と言葉に出せば一気に胡散臭くなる歳の差だ。


「そんなオサム兄さんに朗報です、例の二人もちょっと荒れるかもしれないけど、何とかなる方法があるんだ」


「マジかっ!? 教えてくれっ!!」


「兄さんは気づいてるかどうか知らないけどさ、二人が部屋に行く直前。僕ってばディアさんの名前と彼女の親のサインと判子の入った婚姻届を回収してね?」


「…………子供は何人が良いかなぁ、きっと一人ぐらいは世界を救うぐらいビッグに育って欲しい」


「気が早くない? まぁいいや。その婚姻届、オサム兄さんの名前を書いといて貰ったから」


「俺、ちょっと異世界を救いに旅立つから。王子とか姫とか師匠的な存在や大切な仲間達に囲まれて、魔王討伐してくる」


「オサム兄さんのファンタジー脳は何なの? ちょっとネット小説キメ過ぎた?」


 首を傾げる英雄に、修は少し躊躇って。


「……実は書いてる」


「マジでっ!? 読ませて読ませてっ!?」


「ダメだ、……ディアをヒロインにしてるからなっ!! しかも仕事が忙しいからエタらせた!!」


「読者の為にも頑張って書いて? 僕も新しく読者になるから」


「いや、身内に読まれるってどんな拷問だ?」


「素朴な疑問だけど、そういうのってディアさんにバレてるかもって考えなかった?」


「…………………………ちょっとJK魔王のパパのなってくる」


「どんな内容なのっ!?」


「ええいっ!! 主人公が自分の本名の妄想ラノベなんて~~~~っ!! なんで俺は書いてしまったんだぁ~~~~ッ!!」


「しまったっ!? オサム兄さんの中二病が直ってなかった!?」


「お前も中二病にしてやろうかッ!! 世界にアクセス出来る魔眼を持ち、勇者殺しを目指す魔王の養子(女子校に女装潜入中)にすっぞ!!」


「属性がモリモリでパンクしてるよっ!?」


「ヒロインは銀髪巨乳のメイドで、その正体はフェンリルだ!!」


「銀髪ってあたりが兄さんの趣味を感じるねぇ……」


「銀髪は正義、巨乳はジャスティス、褐色だと女神に見える」


「金髪ポニテでうなじのエロさこそ正義じゃなくて?」


 その瞬間、従兄弟達は握手を交わし。


「我ら生まれた年、生まれた場所は違えども!!」


「女の子の好みは違えども! あ、結構違うね」


「同じ血の流れる、同じく愛が重い女を恋人に選んだ同士!!」


「ここに脇部の誓いを立てよう!!」


「英雄っ!!」「オサム兄さん!!」


 もう言葉は要らなかった。

 二人はひしっと抱き合い、友情と親愛を確かめ合って。

 そして。


「――浮気、ですかオサム様?」


「ゲェッ!? ディアっ!? 寝たんじゃないのかっ!?」


「これは裏切りか英雄?」「私より男が良いと?」


「こ、これは孔明の罠だから――っ!? って、うぇええええええええええっ!? 大変だオサム兄さんっ!? フィリアが二人に増えたっ!?」


「英雄? そんな妄言よりコッチのフォローを…………マジだッ!? おいディア!? 俺は夢を見てるのかッ!?」


「オサム様? 話を反らそうなどと…………ええっ!? フィリアさんが二人にっ!?」


 三人の視線の先、庭には二人のフィリアが。

 金髪ポニーテールの長さ、胸の大きさ、腰の細さ、肌の白さ、服もお揃いの黒いワンピースで。


「…………よく見ると片方はヒール履いてるね」


「さあ!」「どっちが本当の私か」「当てて」「見せろッ!!」


「いや、普通に分かるけど?」


「マジかッ!? 分かるのか英雄っ!?」


「凄い……、こんなにそっくりなのに……」


 修とディアが感心する中、英雄は冷静に指摘する。


「まず一つ、二人は背の高さが違う。だから片方はヒールだ」


「他にもあるのか?」


「勿論だよ兄さん、少し離れてるから分かりづらいけど。――ヒールの方は顔の輪郭をメイクで誤魔化してる」


「だが、体型は?」


「いやー、アレかなり無理してるでしょ。ヒールの方プルプルしてるよね? コルセットか何かで無理矢理に腰を締め付けてると見た」


「おっぱいのサイズは? ――いえ、愚問でしたね」


「そうさディアさん、ヒールの方はパッドだ。毎日フィリアのおっぱいサイズを計って記録してる僕が言うんだ間違いない」


「待て英雄?」「君というヤツは」「いつの間にそんな事をッ!?」


「ふふっ、愛する彼女の事だもの。それに――声が模倣しきれてないよ美蘭」


「っ!?」


「……驚いたな、間近で見た私としても完璧な変装だと思ったのに」


「――何故、分かりましたの?」


 ヒールの方のフィリア、もとい美蘭が険しい視線で英雄を貫く。

 彼はニマリと笑って告げた。


「愛、で納得してくれる?」


「私はする」


「ワタクシはしません!!」


「だよね説明するよ、と言っても簡単な事さ。美蘭、君の変装技術は、その昔に僕と一緒に作り上げたものじゃないか」


「あ、もしかしてお前の女装技術が使われてるのかっ!?」


「英雄さんは女装するんですか?」


「サプライズ用の特技の一つって所さ、――さ、正体を表して美蘭」


「………………はぁ、仕方ありませんわねぇ」


 すると彼女は金髪のウイッグを取り、服の上からコルセットを緩め、大胆にもその場で己の胸に手を突っ込みパッドをそれぞれ三枚ほど抜き取る。


「ね、美蘭でしょ?」


「ふん! 流石はマイヒーローと言っておきましょう!」


「それで、次は何かあるかい?」


「――これで勝ったと思わない事ねっ! 出直しますわっ! 首を洗って待っておきなさいっ!!」


 そして美蘭は悔しそうに俯いて走り去り。

 フィリアはその表情を訝しげに。


(待て、待て待て待てッ? 何故だ美蘭さんッ!? 何故、貴女は――)


 嬉しそうに、涙をこぼしたのだ?

 それは口に出せなかった言葉、もし彼女の予想が正しければ。


「どうしたのフィリア? 鳩が豆鉄砲くらった様な顔して。そんな顔も好きだけどさ」


「…………いや、少し見間違った気がするだけだ」


「ふーん、じゃあこれからどうする? オサム兄さんとディアさんがよければ、僕に提案があるんだけど」


「俺は良いぞ、眠いがテンション上がってて目が冴えてる」


「オサム様が良いのなら、私も同じ状態ですし」


「ほう? 何をするんだ英雄?」


「大した事じゃないけどね、この辺りをダブルデート的に散策しない? 新しい脇部のお嫁さんの歓迎もかねて」


「ふむ、実は明るい内に歩いてみたかったんだ」


「オサム様の御爺様の家の事、私、知りたいですっ!」


「そうと決まれば行くか、サンキュー英雄」


「よーし、レッツゴー!!」


 その後、小一時間ダブルデートと洒落込んだのであった。


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