第137話 手に入れたモノ/奪われたモノ



 英雄の退学は取り消しになり、フィリアのストーカーの犯人も特定できた。

 となれば、夜はまたも宴会であり。

 未成年である英雄とフィリアは、程々に抜け出して客間でまったりと二人の時間。

 ――――の筈だった。


「ねぇ美蘭? なんでココに居るの?」


「あら、居ちゃ悪い」


「悪いな、私と英雄はこれからイチャイチャするのだ。部外者は出て行って欲しい」


「つれないわね、ワタクシは貴女のパートナー! そう人生の相棒ですのよ!! 今宵はその初日っ! これはもう、共に寝るしかないでしょう!!」


 ぎゅっとしてダーリン、いいともハニーと仲良くハグした所で。

 無遠慮に襖を開いたのは銀色に染めた髪で赤のカラコンをつけた人生中学二年生。

 彼女の戯言に、英雄とフィリアはノータイムシンキングで。


「却下」


「却下だね」


「なんとっ!? 理由を教えて下さいな? ああ、ちょっと待ってくださいまし、答えを思いつきました」


「じゃあどうぞ」


「もしかして……英雄のイビキが五月蠅いのね? 病気の可能性もあるし病院行く?」


「君が頭の病院に行ったらどうかな?」


「あらあら、昼間にあんなに熱烈なダンスを踊ったじゃない。セメント対応は美しくないわっ!!」


「ダンスと踊ったというより、ハードラックと踊ったって感じだけどね」


「不運と書いてハードラックだな? この前、愛衣に借りた漫画に出てきたぞ」


「意外な物を読むねフィリア、僕ってば初耳なんだけど?」


「安心しなさい英雄、ワタクシの調査ではドぎついレディコミのカモフラージュよ、その本は」


「おいッ!? 安心する所が一つも無いぞッ!? 糞ッ! あのアパートの防諜対策を掻い潜るとは……!!」


 二人の愛の巣である、あの部屋は念入りに対策を練っているのだ。

 世界に名だたる諜報機関でさえも、諦めるぐらいに厳重な対策だというのに。


「ううっ、そ、そんなっ!? そんな事ってッ!!」


「ああ、分かってくれるか英雄。事の重大さが……」


「勿論わかるともっ!! ドぎついレディコミなんて、フィリアってばそんなに欲求不満だったんだねっ!!」


「一ミリ足りとも理解していないっ!?」


「ダメよ英雄、恋人はちゃんと満足させないと。あ、ワタクシが混じって手取り足取りレクチャーしましょうか?」


「それをしたら戦争だよ美蘭?」


「うむ、私は英雄以外に肌を許す事は絶対に無い」


「なるほど、ではワタクシで練習する?」


「ころちゅ」


「殿中! 殿中でござるよフィリアっ!? どっから出したのその包丁っ!?」


「――ふっ、受けて立つわ相棒! これもお互いを深く知り合うイニシエーション! さながら夕日の河原で殴り合うが如くっ!!」


「退け英雄ッ! そいつを殺せないッ!!」


「朝まで僕の耳元で愛を囁いていいからっ、ステイだよフィリア!」


「わん!」


 華麗にお手までしたフィリアから包丁を取り上げ、一件落着。

 しかして美蘭は実に不思議そうに。


「朝まで愛を囁く? 寝れますのそれ? というか逆の方がフィリアさんにとって嬉しいのでは?」


「いや、これが案外ぐっすり眠れるんだよ。最近だとフィリアに絵本を読んで貰わないと寝れないんだ」


「何か悪質な洗脳されてません?」


「失敬な、この美声の虜になっているだけだ。それに……、私をストーカーしている割には甘いな。――愛を耳元で囁かれたら発情してしまうし、寝ている英雄を堪能しながら愛を囁く方がストーカー本能が満たされるのだ」


「…………ワタクシも、今日からフィリアさんの枕元で囁いても?」


「美蘭? それをすると僕が寝られないんだけど?」


「ワタクシのウィスパーボイスが邪魔だと?」


「ふっ、悪いな。英雄の耳は私専用なんだ」


「くっ、英雄! フィリアさんが意地悪しますのよっ!? 抱きしめて癒してっ!」


「そうはさせんッ!」


「と見せかけて、フィリアさんをハグ!! これが至福の瞬間ですわ!!」


「しまったっ! フィリアを独占されたっ!?」


 フィリアに背中から抱きついて、その金糸のポニーテールに頬ずりする美蘭。

 百合やガールズラブ、レズを否定する趣味はないが、己の彼女でやられるのには遺憾の意を表明したい。


「こうなったら、力付くで引き離して――」


「――良いんですの? 本当に力付くで」


「いや、私としては力付くで奪って欲しいのだが?」


「ふっ、やれるものならやってみなさいっ!! けれどその瞬間、ワタクシは漏らしますわっ!!」


「馬鹿なッ!? 英雄以外にそんな趣味の持ち主が居ただとッ!?」


「フィリア? たしかに僕が良く使う手だけど、趣味ってワケじゃないからね?」


「いえ、ワタクシは愛する者に見られるなら趣味にしますが?」


「へ、変態だぁああああああああああっ!?」


 オーマイガー、とムンクの叫び状態になる英雄。

 フィリアは眉間の皺を解しつつ、美蘭に問いかけた。


「――本当に。何で今、美蘭さんは此処に居るのだ?」


「現状を理解して貰おうと思って」


 端的であった。

 それが故に、英雄は首を傾げ、フィリアは深くため息を一つ。


「私が美蘭さんの相棒になるという話、遊びで言った訳では無いのだな」


「当たり前でしょう、――ワタクシは、美しいモノが好きなの。フィリアさんは今まで見てきた人物で一番美しい」


「ちなみに僕は何番目?」


「最下位」


「即答っ!? ちょっとヒドくないっ!?」


「そうだぞ。確かに英雄はイケメンとは言えないし、雰囲気イケメンな今の状態も私のプロデュースあっての事だし、毎朝子供の様に顔を洗ってやって歯磨きしてやってるが、幾ら何でも言い過ぎだッ!!」


「ごめん、僕は最下位でいいや……」


「ひぇっ!? いつの間にか英雄が堕落してるわっ!?」


「よし、決めたよフィリア。今度から僕一人でやる、そもそも君と一緒に暮らす前は自分でやってたし」


「なんて最低なヤツなんだ英雄ッ!? 私に君を堕落させる快楽を奪うつもりかッ!!」


「人をダメにする快楽なんて捨ててどうぞ?」


「ふむ、では最近よくやる赤ちゃんプレイも金輪際なしだ、いいな?」


「待ってフィリア? それ言い出したの君だよね? もしかして僕をダメにする計画してたねっ!?」


「なんだ、やっと気づいたのか?」


「いえ、気づきましょう英雄?」


「老人になった時の介護の練習って言われたから、そのまま素直に信じてたよっ!? くそっ! なんてカノジョだっ!!」


 頭を抱える英雄の肩に、美蘭は優しく手を置いて。


「全てを、そう、全てを解決する方法がありますわ……」


「美蘭、君はなんて良い従姉妹なんだ……!!」


「ワタクシが相棒としてフィリアさんを調教しますわ、そうすれば英雄の負担が減るでしょう」


「ふむ、本音は?」


「はっはー! これを口実にフィリアさんを独占して、ワタクシの色に染め上げてやりますわっ!! 英雄の女はワタクシの女! 美しいモノは全てワタクシのモノ! 嗚呼、このゴーマニズムこそ悪! ワタクシってば悪い女!!」


「うーん、美蘭? もっと真面目に」


「英雄、貴男がとっても憎いですし。フィリアさんの美しさは正直罪ですのでワタクシのモノにします」


「なるほど? ………………え?」


「ふぅむ?」


 さらっと出された言葉に、恋人達は目を丸くして。

 聞き間違いだろうか、かなり剣呑な事を言われた気がするのだが。


「もう一度お願い」


「フィリアさん、イズ、超ビューリホー! その罪、貰い受けるっ!!」


「その前だ美蘭さん」


「英雄が憎い」


「ワンスモア」


「英雄が憎い」


「……その、もう一度お願いできるか? 美蘭さん」


「何度だって言いますわ、――ワタクシは、英雄が、憎い」


 脇部美蘭は、従兄弟で弟分である脇部英雄が憎い。

 という事は。


「…………待って、マジで待って? 君ってば、僕の退学を本気で企んで。マジでフィリアを取ろうとしてたワケ?」


「いえ、フィリアさんの方は別件。女性の方がこんなに好みにドストライクだったなんて初めてで」


「それ僕への憎しみは否定してない?」


「ええ、まったくもって否定していませんが?」


 英雄とフィリアが恐る恐る彼女の瞳を覗くと、そこにはコールタールの様なドロドロした何かがあって。


「…………ちなみに、理由を聞いても?」


「フィリアさんとワタクシがマブダチになったら言いますわ」


「僕を憎い相手に、大切なフィリアを一秒足りとも二人っきりにさせると思う?」


「ええ、思いますわ。――だって、その為の宝物じゃんけん。あれは脇部であるワタクシ達にとって絶対」


「はぁ、参ったね。美蘭にそこまで嫌われてるとは……、僕、何かした?」


「いいえ、何も」


 彼女がそう言った瞬間、フィリアには己に棘のような視線が突き刺さったのを感じた。

 だが、確信を持つ前にそれは消えて。


「ま、今日は此処までにしておいてあげますわ。――明日から、宜しくお願いしますね相棒?」


 それは正しく、悪の炎を心に灯すそれであって。

 二人の背筋が凍る中、美蘭は立ち去った。


「…………一杯食わされたね、多分、本命はこの状況だ」


「君の退学騒ぎは、私を手に入れるブラフだったと?」


「たぶん、成功しようが失敗しようがドッチでも良かったんだろうね」


「もし退学になっていたら、状況は更に悪化していたか……」


「宝物じゃんけんに持ち込まれた段階で、僕らは罠にかかってたんだ。――さぁて、どう巻き返すかなぁ?」


「ふん、戦意は消えていないな?」


「勿論さ、だって来月には僕は誕生日で十八になるじゃん? 二人で婚姻届出しに行って結婚するじゃん? その前に余計な物事は終わらせておかないとね」


「では、やる事は決まったな。――私が囮になろう」


「美蘭と仲良くね、でもキスもエッチもダメだよ」


「ばか」


「これは美蘭にも秘密なんだけどさ、僕ってば君のばかって言うときの響きが好きなんだ。愛がこもってるって感じ?」


「では私の大ばか者、美蘭さんにも誰にも聞こえないように作戦会議はどうだ?」


「イイネ、僕は作戦会議大好きだよ!」


「どっちの意味でだ?」


「どっちもさ、僕のお姫様」


 英雄はフィリアの手の甲に口づけを、彼女はそんな彼の頬を優しく撫でたのだった。



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