第135話 静かに深く進行せよ



 現状は一勝一敗一分、互角の戦いである。

 続く第四ラウンドの前、銀髪のセクシーな悪の女幹部(自称)の美蘭が真っ先に手を上げて。


「――汚名挽回させて」


「それを言うなら、名誉挽回じゃない美蘭?」


「いや、英雄。今はその使い方でも大丈夫らしいぞ」


「汚名挽回だろうが、名誉返上だろうが、それは大事な事じゃないっ!! このワタクシが無様に敗北した事が問題なのよっ!!」


「けど美蘭、僕の退学がかかってるし、フィリアのストーカー問題にも関係してる以上。これ以上は慎重に行きたいなって」


「そこをなんとかっ!!」


 顔の前で合掌し懇願するオモシロ従姉妹を前に、英雄はうーんと首を傾げた。

 第三ラウンドはストレート負けしたが、依然として英雄達の有利には変わりない。


「フィリア、どう思う?」


「美蘭さんの賭ける物がまだあると言うなら、あと一回ぐらいは良いのではないか?」


「あ、やっぱ一回だけですのね」


「美蘭? 君ってば何回挑戦するつもりだったの?」


「一度敗北したならば、一度の勝利ではイーブン。大切な弟分の為ですもの、二回は勝ちたいですわ」


「三回も任せるのかぁ、ちょっと考える回数だね」


「だが英雄、三回あれば最悪でも一度くらいアイコを引くだろう。それに、私たちがアンティに使える品にも限りがある」


「なるほど、仮に三回全部敗北したとして一勝四敗一分」


「全部負ける前提で話さないで頂ける?」


「マジで勝ってよ?」


「大丈夫ですわ、このワタクシを信じなさい!! そうと決まれば、さっきのサイトでは無く。統計学者が作ったじゃんけんサイトを参照して……」


「うーん、大丈夫かな?」


「いや、こう考えろ英雄。勝っても負けても彼女が連続して出る事で、アチラに軽く揺さぶりをかけられる」


「オッケー、君がそう言うなら」


 話がまとまった所で、両者は位置に付き。

 向こうからは平九郎が出てくる。


「おうおう美蘭、今度もテメェが出てくるのか?」


「今のワタクシは、――ひと味、違いましてよお爺さま!」


「では、双方とも賭ける物を」


「俺は那凪から送られたネクタイを賭ける」


「今履いてるパンティを賭けますわ!!」


 その瞬間、何度目か分からない沈黙が訪れた。

 誰もが美蘭に注目し、恐ろしい何かを見る視線で。


「美蘭っ!? ちょっとマジ過ぎないっ!?」


「黙りなさい英雄……、これはワタクシの本気! 絶対に汚名を返上するという魂の覚悟! そもそも、男共だけが服を賭けられるというのは不公平というものでしょう!!」


「止めろ美蘭ッ! テメーは五年前の惨劇を繰り返すつもりかッ!!」


 五年前というワードが流れた途端、ギャラリーも顔を青くして。


「英雄? 五年前に何があったのだ?」


「五年前……、それは赤毛の悲劇…………」


「もっと詳しく」


「経緯は省くけど、このご近所に越してきた赤髪ふわふわロングの美女(彼氏募集中)が参戦、着てた服、下着、貞操まで賭けて独身連中をケツの毛までむしり取った」


「…………ちなみに、その独身連中に恋人や片思いしている女性は?」


「居なかったら、その後の惨劇は無かっただろうね……」


 なお、脇部一族にはその後ベビーブームがあったとかなんとか。


「生憎ですが、その時とはその時とは状況が違いますわ。――ワタクシは現在独身! 一族の男から言い寄られている事も無いので」


「そういやオメー、大学で恋人出来たか?」


「お爺様、ぶっ殺しますわよ?」


「美蘭……だからあれほど、心の中の中学二年生とお別れしよ? って言ったのに……」


「英雄が貰ってくれれば万々歳でしたけどね、フィリアさんと別れてくれる?」


「その気ないのに言わないで? ちょっとでもふざけたら僕、――――ああフィリア? そのナイフはしまってどうぞ? 美蘭の冗談だってば」


「勿論最初から理解していたぞ? ただ、本能と理性は別物だと言わなかったか?」


「ほら美蘭謝ってっ!? 君の命がヤバいよっ!?」


「おほほほほ、申し訳ないわねフィリアさん! だから背後に立つのは止めてプリーズ!!」


「えー、それで美蘭? 賭ける品を変更しますか?」


 那凪の問いに彼女はノーと答えて。


「お爺さま相手にパンツを賭けるのもどうかと思いますが、兎にも角にもこれはワタクシの決意! さあ勝負開始ですわ!!」


「……はァ、後悔すんなよ」


「では、第四ラウンド一回戦。――じゃん、けん、ぽん!」


「チョキ!」「グー!」


「二回戦、じゃん、けん、ぽん!」


「グー!」「チョキ!」


「……二回先取で旦那様達の勝利!!」


 またもストレート敗北。

 美蘭は潔くパンツを脱ぐと、祖父に投げつけてから振り返り。


「ワンモアチャンス!!」


「ふむ……予定通りだが私は問題無いが」


「美蘭、君ってばそんなに運が悪かったっけ? それとも変なサイトに頼るの止める?」


「変なサイトとは失礼なっ! これはワタクシはサークルの下僕達に作らせた、宝物じゃんけんの為のデータベースですわ!!」


「なんでそこまでガチって負けてるの?」


「ああっ、視線が痛いですわっ!?」


「ふむ、そのサイトを私に見せてくれないか? 実家のシンクタンクを使って大急ぎでバージョンアップさせるが」


「この子はワタクシの子! 取り上げないでっ!!」


「ちょっとギャラリーにダメージ出てるから、その台詞でお腹にスマホ抱えて守るの止めよう?」


 フィリアが視線を向ければ、男達の何人かは酔いから覚めて青い顔で震え。


「…………つかぬ事を聞くが」


「聞かないでフィリア、この家の闇に顔を突っ込む事になる」


「お爺様も苦虫を噛み潰した様な顔をしているが?」


「爺ちゃんはね、昔は今で言うツンデレだったんだ……後は察して欲しい」


「成程、ツンデレの血を受け継いだ者達がサプライズを聞く羽目に陥ったと」


「解説しないで頼むからっ!?」


「いや、君は直系だがツンデレじゃないのは不思議に思ってな」


「あくまで推測だけど、婆ちゃんやお袋の好意に正直な面が強く出たんじゃないかなぁ」


「それもそうか、――ふふっ、君が君で良かった」


「そう、嬉しいね!」


「そこのバカップル? 申し訳ありませんが、ワタクシの続行でよろしい?」


 英雄は右手でサムズアップ、ゴーサインが出たので第五ラウンドも美蘭で続行である。


「今度こそっ! ワタクシに負けるといいですわ!!」


「ふぉっふぉっふぉ、三連続で負けた者は言うことが違うのう。今回もストレートで勝たせてもらうぞい」


「……では、第五ラウンドで賭ける品を」


「今度は今着てるブラを賭けますわ! ケケケッ! 校長! 勝ってこのブラを入手して帰った時、奥さんへの言い訳を考えておきなさいな!!」


「ぬおっ!? そ、そんなのアリなのかっ!? 儂、勝っても負けても嬉しくないぞっ!?」


「この美少女のパンツなんですのよっ! 喜びなさい!!」


「すまぬ。儂、良子一筋だから……」


「はいはい落ち着いて美蘭。今日の君のワンピ、スカート短いから動くと見えちゃう。僕は親戚の大事な所を見る趣味ないよ」


「これでもうら若き美少女ですのよ?」


「大学生って少女にカウントして良いのかな?」


「英雄、卒業までは少女にカウントしてくれると私が嬉しいのだが?」


「なるほど、じゃあ少女で」


「美、はつけてくれませんの?」


「僕にとってそれは、フィリアだけに付ける言葉だからね」


「英雄、ちょっと向こうでキスしないか? 熱烈なヤツだ」


「残念だけど後でね」


「旦那様、そろそろトイレの介護が必要ではありませんか?」


「まだ自分で出来るわッ!! というかトイレで何するつもりだ! 年を考えろ那凪っ!?」


「儂も良子と一緒にくれば良かったかのう……?」


 どこか羨ましそうな顔をする校長。

 ともあれ、第五ラウンドは始まって――。


「何で今回もストレート負けますのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


「儂、教え子のブラとか持って帰ったらマジで絶縁されちゃうんだけど? 平九郎いらんか? 喜んでやるぞ?」


「……はぁ、那凪に渡しておけ」


「それが一番じゃな」


 敗北、三連敗。

 美蘭は徹頭徹尾、敗北で終わり。

 ――そこに、英雄は違和感を一つ。


(…………変だ)


 第一ラウンドと違って、宝物じゃんけんは運ゲーとなった。

 だが、泥仕合で相手のジリ貧を狙える運ゲー。

 初回で1/3を引き、次に1/2を引くだけの簡単なお仕事。


(四回連続で負ける確率って幾つだっけ?)


 天文学的数字とは言わないが、アイコよりかは低い筈だ。

 考え込む英雄に気づいて、フィリアが肩を叩き。


「どうした英雄、何か逆転の目でも思いついたか?」


「そういうワケじゃないんだけど、少し気になって」


「ならば話せ、力になる」


「……少し待って、確信が持てないんだ」


「そうか、だが早くしろよ。次は私が出るから――」


「――いいえっ! 待ってフィリアさん! どうかワタクシを第六ラウンドにっ!!」


 割って入った美蘭に、フィリアは渋い顔。

 ついでに、英雄の目を手で隠す。

 今の彼女はブラを祖父達に投げ、ワンピース一枚だ。

 大事なところはバッチリ隠れているとはいえ、恋人に間近で見せるには気になる格好である。


「駄目だよ美蘭、約束の三回はもう終わったじゃんか。それに全部負けたし」


「う゛っ!? だ、だからこそっ! 今度こそ挽回をっ!! 負けっぱなしで! 何も貢献できずに! 足を引っ張っただけで終われとっ!!」


「うん」


「悪いが、そうして欲しい。英雄の進退がかかってるからな」


 すると美蘭はギリギリと歯ぎしりして。


「…………今度は、このワンピを賭けます」


「美蘭っ!? 何考えてるのっ!?」


「気持ちは嬉しいが、そう意固地になっていては運にも見放されるぞ?」


「これで駄目なら、私が責任を持って校長を説得して退学を取りやめさせますわ」


「具体的には?」


「ちょっと校長センセの夫婦仲が壊れ、ワタクシが傷物になるぐらい」


「………………なるほど?」


「成程じゃないぞ英雄ッ!? 今すぐ何とかしろッ!? 私は絶対に許さないぞッ!!」


「どっちを許さないのフィリア?」


 冷静な英雄の問いに、彼女は即座に答えた。


「どっちもだッ! 第六ラウンドも、校長への説得手段もだッ!!」


「君の気持ちは分かった、じゃあ少し待って考えを纏めるから」


「……君がそう言うなら」


「良いお返事を待ってますわ英雄」


 確証は未だ無いが、最初から気になっている事が一点。

 途中から気づいた事が数点あった。


(そもそも、なんで美蘭が迎えに来たんだ?)


 話が英雄の退学なら、平九郎か那凪が電話した方が早い。


(三連続ストレート負け、それだけじゃ運が悪かったって言えるけどさ)


 第三ラウンド開始前、彼女の言葉に校長達が少し驚いていた様な気がする。


(ホントに、じゃんけんのデータベースのサイトを見てたのかな?)


 万が一、奥が一、あり得ない可能性であるが。


(――――ホントに美蘭は、僕らの味方なのか?)


 そもそも、良い歳して悪の女幹部という幼い頃の夢を持ち続けている人間だ。

 その彼女が、わざわざ苦境にある英雄の味方に名乗りを上げた?


(どちらかと言うと、修兄さんの方が言い出しそうなコトだよね)


 すると、ディアを呼んだのはこの場から修の排除を目論見したからか。

 考えれば考えるほど、怪しいように思えてきて。


「うん、纏まった!」


「では聞こう、どうする?」


「美蘭にお願いするよ、ただし、これが最後だし変なサイトを使うのも駄目」


「ワタクシ、それをしたら本当に運だけで挑むコトになるのだけど?」


「そうして、サイトの統計データとやらで駄目だったでしょ。最後は運を天に任せてみようよ、――はい没収!」


「ああっ!? ワタクシのスマホ!!」


「中身は見ないから安心して、疑うならフィリアに預けると、はいどうぞ」


「うむ、きちんと持っておくから安心してくれ」


「…………はぁ仕方ありませんね」


 ため息を一つ、けれどやる気に満ちている様な気がする美蘭に英雄は投げかけて。


「ごめんね美蘭、僕はさ、フィリアが大事なんだ」


「それは良く理解できますわ、こんな綺麗な人ですもの」


「うんうん、分かって貰えて嬉しいよ! フィリアはさ、特に太股の付け根にあるホクロがチャーミングなんだ!」


「あ、分かりますわそれ。下乳のホクロもセクシーですわよね」


「ええいッ! 止めんか貴様等ッ! 今はそんな場合では無いだろう!!」


「あー、恥ずかしがってるね君。ちょっとじっくり見たいから、この手を外してくれると嬉しいな」


「馬鹿めッ! 美蘭さんもとっとと勝負を始めるんだッ!!」


「うふふっ、ごめんなさいねぇ。流石は我が母校でも歴代ナンバーワンと名高いバカップル。何時如何なる時もピンクの婚姻届を持っているだけはありますね」


「何で知っているんだッ!? おい英雄ッ! 君の一族の情報網はどうなっているッ!?」


「さて、ねぇ……」


「なァ、そろそろ始めねェか?」


「あ、婆ちゃん始めちゃって! んでもってフィリアはこの手を外してね」


 そして。


「第六ラウンド、引き分け!」


「うっきぃいいいいいいい! い、いえっ! 負けだけは防ぎましたわ! この調子で――――」


「いや、その前にさ。ちょっと時間を貰っていいかな婆ちゃん」


「何だァ? 負けるのが怖くなったか英雄?」


「そんなんじゃないよ爺ちゃん、まあ負けるのが怖いのは一理あるけど。――確信が持てたからさ」


 英雄の険しい顔に、誰もが不思議そうにして。

 その声色に剣呑さを感じ取って、フィリアが問いかける。


「なんだ? この勝負に不正でも見つけたか?」


「普通の勝負だったら不正だけどね、これはある程度ルール無用なトコがあるから」


「では何だ? 私のストーカーでも見つかったか?」


「それと、僕の退学騒ぎを作った黒幕もね」


「はァ!? マジか英雄ッ!! 誰なんだソイツ!!」


 皆から注目された英雄は、肩を竦めてため息を。

 本当にため息ものだ、あるのは状況証拠のみ。

 だが、今はっきりさせておかなければ。



「ねぇ、なんでこんなコトしたの? ――――美蘭」



 今度は彼女に全員の視線が集まって。

 だが美蘭は揺るがずに冷静に問い返した。


「証拠はあるのかしら? いえ、そもそも何をしたと?」


「僕の考えが確かなら、フィリアが持ってる君のスマホと校長のスマホから確かな証拠が出てくる」


「その考えに至った過程は?」


「だって君さ、僕しかしらないフィリアの太股のホクロの位置知ってたよね? 昨日、フィリアは僕と一緒にお風呂入ったし、着替えも一緒だった。――結婚届を常に持ってるコトといい、何時知ったの?」


「ワタクシの調査力を舐めないで、と言ったら?」


「そもそも、僕らを調査する理由がないよね。それに……、美蘭が負ける前、常にスマホを操作してた。君が第三ラウンドに立った時、校長が一瞬だけ顔色を変えた」


「ふーん、状況証拠だけじゃない」


「だからこう言おう、――僕らの味方のフリをして、ピンチ陥る瞬間を特等席で眺めるのは愉しかったかい? 悪の女幹部さん?」


 言いがかり同然の推理、確証もなく踏み込むいつもの英雄らしく無いやり方。

 だからこそ、フィリアはそれを信じて。


「――――聞いていたな未来ッ!! これを頼むッ!!」


「はい、承りましたフィリア様」


「ワタクシのスマホっ!? というか誰ですのそのメイドさんっ!?」


「いつの間に未来さんっ!?」


「…………ビンゴ、英雄様のアタリですね。しかし流石は英雄様、ここら一帯の不審な通信の出所をワタシ達が教える前に突き止めるとは」


「どうだ美蘭さん、私はお婆様達の様に特殊技能は持っていないが、金を権力を持っているんだ。――ネットを使ったのが仇となったな」


 フィリアが投げたスマホは、庭に忍んでいた未来の手によって暴かれ。

 今ここに、犯人が確定した。


「強引な手だったけど、証拠が出てきちゃったね。――美蘭、君が黒幕だ」


 右手の人差し指を突きつける英雄、彼女はプルプルと震えて。



「クククっ、はははっ、あははははっ!! こうも簡単に見破られますとはねっ! 流石はワタクシの宿命のヒーロー英雄!! そうですとも! ワタクシこそが全ての絵を書いた黒幕ですわっ!!」



 ばばん、と彼女は胸を張って答えた。


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