第134話 発覚



「では双方とも、第二ラウンドの準備してくださいな」


 三分のインターバルの後、那凪はそう告げた。


「また服を賭けるのか?」


「残念だけど、同じ物は二度と賭けられないんだよフィリア」


「相手の了解があれば別ですけど。このゲーム、一度賭けた品は次のゲームでも賭けられないのがシビアですわ……」


「ラウンド毎でも、ゲーム毎ですらないのか!?」


「だから、正月でその年のお年玉を賭けるのってのが風物詩って感じ?」


「では今回も金を賭けても?」


「後で問題にならなさそうな物でお願い、お年玉と君のお金じゃあ意味が違ってくるから」


「ふむ、仕方ない。――しかし、第二ラウンドは私で良いのか?」


「僕が続けても良いんだけどね、アッチは爺ちゃんにバトンタッチだし分が悪い。……頼んだよフィリア」


 神妙な表情の英雄に、フィリアはぶっちょう面を崩してウインクを一つ。


「任せてくれ、勝ってくる」


「いやぁ、惚れちゃうぐらい男らしい!」


「イケメン度合いで言えば、英雄よりフィリアさんの方が圧倒的に勝ちですわね」


「ぐっ、ちょっとそれ言い返せない!?」


 勝利の後が故に、少し気の抜けた英雄達。

 一方、校長と平九郎は。


「勝負は何回まで続く? 人数差はそのまま賭けられる物の数に影響する。初回は負けてしまったし儂らの不利じゃぞ」


「負けたのは英雄を追いつめた所為だな、――まさか、アイツに新しい逆鱗があったとはなァ。祖父をやるのも悪くねェ」


「平九郎、感慨に浸っている場合ではないぞ?」


「心配すんなってコウちゃん。俺らの方が長生きだから、賭けられる物の数が多い。……ま、今日の勝負は長くて五回、少なくて三回だろ」


「なぜ分かる?」


「あったりめェだろ、アイツらはカップルだ。宝物は共通のが多くて二人分も無い、そんでもって美蘭は厄介だが手の内は俺が知ってる」


「となると、未知数は這寄くん」


「ああ、英雄の嫁御だ」


「這寄くんは、海外から英雄くんを十年ストーカーし続けた権力と資金力の持ち主。そして、己家を燃やして同棲する口実を作った豪の者だ。更に、ヘリコプターを使って拉致監禁した行動力もある、油断するべからずじゃ」


「…………俺が言えたコトじゃねェが、アイツよくそれで嫁にするって言えたな?」


「本当に言えた事じゃないわい、――頼んだぞ平九郎」


「おうよ、任せな。……例のアドバイザーに宜しく言っとけ、余計なお世話だってな」


 老人二人はガッチリと握手。

 そこで、準備が整ったと見て那凪は告げた。


「第二ラウンドを始めるわ、両者、賭ける品の宣言を」


「……英雄の手作りネックレスを賭ける」


「あん? 器用だなアイツ。まあいい、俺は思い出の鉢巻きを賭ける」


「聞いておらんぞ平九郎っ!? それは共に女子更衣室を覗いた時の結束の証っ!!」


「まだ持っていたのですか旦那様……」


「ウルセェ那凪、そしてコウちゃん、勝ちゃあ良いんだよ。――おい、英雄の嫁御。俺は強いぞ」


「ならば手加減して頂けないと、曾孫を抱っこする権利は無いかもしれません」


「はっ、言うねェ!」


「では双方とも、宣言する事はございますか?」


 始まる前の心理戦をするか、そう問いかける那凪に二人は首を横に振って。


「運に身を任せるってなァ!」


「じゃんけんとは確率だ、不確定要素が無くなった以上、私に負けは無い。――だが、ひとつ言わせて貰おうか」


「ほう心理戦はしないんじゃねェのかい?」


「心理戦ではないさ、……子供の、お爺様から見た曾孫の名前、まだ決まっていなくてな」


「……………………ほう?」


「あくまで独り言だが、孫の退学騒ぎを納めてくれそうな立派な祖父の名にあやかりたいな、と」


「俺はグーを出す」


「では私はパーを出そう」


 周囲がハラハラと見守る中、二人は睨みあって。


「それでは、――じゃん、けん、ぽん!」


「チョキ!」「チョキだァ!」


「…………お爺様?」


「それはコッチの台詞だ英雄の嫁ェ!! テメェパー出すって言ったじゃねぇかッ!!」


「そっくりそのまま返すッ! グーを出すと言っただろうがッ!」


「つーかテメェ、英雄より卑怯じゃねェか! 曾孫の名前を持ち出すだなんて!!」


「私は独り言を呟いたまでだ、何も卑怯ではない!!」


「ねぇ英雄、ちょっと聞いて良いかしらん?」


「何だい美蘭?」


「子供、居るの?」


「フィリア次第、…………マジでフィリア次第なんだよ……。マジで運任せなんだよぉ…………!!」


 英雄の悲痛な叫びに、親戚の男達は同情の視線。

 逆に女達は、フィリアに関心の表情を。


「――――英雄、一言良いですか?」


「婆ちゃんまで何?」


「励みなさい」


「助けて爺ちゃんっ!? 僕まだちょっと、学生の身でパパは早いと思うっ!!」


「諦めろ英雄、俺は無理だった。ちなみに、脇部の男で在学中に孕ませた奴が九割」


「残りの一割は?」


「自分が学生じゃなかっただけで、相手は学生だった」


「………………この家おかしいよ爺ちゃん!!」


「言うな英雄っ!! ウチの家系は代々尻に敷かれてるんだッ!! だからウチの男は行動的になるように育てられるんだぜッ! 感謝しろ!」


「ありがたいけど、根本的な解決になってないよ爺ちゃんっ!?」


「諦めろ英雄」「お前も時期に親だ」「抗うだけ無駄だぞ……」「ベビー用品の相談には乗るわ」「……ガンバ」


「本当に、強く生きてくれ英雄くん……!」


「そう言うなら、僕の退学取り消してよ校長センセ!!」


「それはそれ、これはこれじゃから……」


 何故か流れ弾が英雄に直撃したが、ともあれ第二ラウンド初戦はアイコ。


「ではシンキングタイムに――」


「――その必要はないよ婆ちゃん!! 次は第三ラウンドさっ!!」


「英雄? 何を言って……、いえ、最初からこれを狙ってましたね?」


「さぁて、何のことやら!」


「英雄? いったいどういう――ッ!? そういう事かッ!! 全てはこの状況を作り出す為の!!」


「はえ? 二回戦に行くんじゃないんですの?」


「ああっ!? そういう事かッ!! ずっこいぞテメェ!!」


 平九郎は孫を指さして叫び、今一つ事態を飲み込めぬ校長は困惑のまま。


「どういう事じゃ平九郎……?」


「オメーも美蘭も頭を使え、無敵拳が無い状態で初手アイコなら。勝とうが負けようが、一勝一敗でドローになるだろうが」


「まさか、その為に第一ラウンドで無敵拳でアイコに持ち込んだのかっ!?」


「ご明察だよ校長センセ、くくくっ、これで僕らはアイコが一回でもあればドローに持ち込めるってワケさ」


「つまり賭ける物の数、即ち人数差がそのまま有利に繋がる。――卑怯な男と誉めても?」


「それ誉めてるのフィリア? でももっと誉めて!!」


「恋人として誇らしいぞ、君の将来の妻はさぞかし鼻が高いだろう」


「自画自賛してないフィリア?」


「ふふっ、勝率が上がったのだ。浮かれても良いだろう?」


「だよね! いえーい、ハイタッチ!」


「イエーイ、ハイタッチ!」


「ついでにワタクシもハイタッチ!!」


 喜ぶ三人とは裏腹に、校長と平九郎は険しい顔。


「どうするのじゃ平九郎っ!? 儂らが圧倒的に不利じゃぞっ!?」


「言われなくても分かってらァ、――なあ、さっきはああ言ったが。…………使うぞ、勝つ為ならどんな手でも使う」


「了解じゃ……、ケケケ、若造めぇ、こちらが一枚上手だと思い知らせてやるわい!」


 悪い顔をする夫達を見て、那凪はため息を一つ。

 心の中で孫達にエールと送り。


「それでは、第三ラウンドを開始するわ。シンキングタイムに入ります」


「では作戦会議としよう」


「その前にフィリア? 念のために聞くけど生理来てるよね?」


「私でなければ、ビンタをくらっても良い台詞だな」


「……同情するわ英雄」


「同情するなら助けて美蘭?」


「ま、助けてあげるわよ後でね」


「絶対だからね!!」


「美蘭、後で就職先を紹介しよう」


「英雄、五番目ぐらいでいいから赤ちゃんを抱っこさせてね」


「チクショウ!! 味方が居ないっ!? ああもうっ! 次はどうするのさ!!」


 強引に話題を変えた英雄、二人としてもそこを話し合う事に異論は無く。

 まずはスマホを操作していた美蘭が発言した。


「今ネットで調べたんだけど。最初はグーという掛け声を使った場合、そのままグーを出す確率が最も高いらしいわよ」


「え、そんな便利なサイトあるの!?」


「あるわ、でも英雄には教えない。協力すると言ったけど、今後を考えたらワタクシに不利になるもの」


「それは仕方ないな」


「ぐぬぬっ、……まぁ仕方ないか。次は美蘭の番だし、君の好きにしてよ。ストレートで二回負けない限り、僕らの負けは無い」


「それじゃあ、もう一つ提案。ここからはシンキングタイム撤廃を提案するわ。――相手が飲んだら、だけど」


「考える時間を与えない作戦か、私は大丈夫だ」


「なるほど、こっちは一回でもアイコ出れば良い話だもんね。僕も異論ナーシ! じゃあ任せたよ美蘭!」


「ふふん! タイタニックに乗った気分でいなさい!」


「それ沈むっ!?」


「そこは普通に大船に乗ったつもり、だろう……。流石は英雄の従姉妹だ、私は心配になってきた」


「や、それはワタクシすっごく傷つくのだけど?」


「僕と同類扱いは嫌なのっ!? 僕も傷ついたんだけどっ!?」


「君たち、不毛さを感じないか?」


 英雄と美蘭はともあれ、シンキングタイムは終了する。

 那凪の号令で、美蘭は校長と向かい合って。


「――では、第三ラウンドを始めるわ」


「今日は手加減しないわよ校長センセ!」


「ええい、お主は在学中から色々と面白おかしい面倒をっ!! 今日こそ成敗してくれるわ!!」


「両者、賭ける物は?」


「子供の頃に結婚の約束した時の玩具の指輪!」


「妻の勝負パンティを賭ける!」


「え、持ってきてるの校長センセ!」


「ふっ、妻が持たせてくれたのだ……良いだろう?」


「フィリア、今度僕にも頂戴!」


「君が金輪際、頭に被って遊ばないと約束するのであれば」


「じゃあ諦める」


「何故そこで諦めるッ!?」


「はいはい、そこまでにしてねバカップル。それじゃあ始めましょうか校長センセ! 敗北を覚悟しなさい!」


 美蘭の啖呵に那凪は頷いて。


「一応聞くけれど、二人とも何か宣言する事はある?」


「最初はグーで行きましょ」


「!? ――ふむ、掛け声をかえても効果は無いぞ?」


「さて、どうかしら。そしてもう一つ提案あるの」


「ふむ、聞こう」


「もう心理戦は必要無いわ、ならシンキングタイムも必要ないでしょ」


「…………理解した、平九郎はどうじゃ?」


「ふゥむ……、俺もオッケーだぜ」


「では、今回のゲームはシンキングタイムを撤廃します」


 そして。


「最初はグー、じゃん、けん、ぽん!」


「パーよ!」「チョキじゃ!」


「じゃん、けん、ぽん!」


「グー!」「パー!」


「第三ラウンド、二回先取した旦那様と長谷川さんの勝利!」


 沈黙が訪れる。

 平九郎と校長はニタリと笑い、美蘭は恐る恐る振り向いて――。


「――ごめんちゃい」


「何ストレート負けしてるのさ美蘭んんんんっ!? テヘペロってしてる場合じゃないよっ!?」


「落ち着け英雄、一勝一敗になっただけだ。たまたま運が悪かっただけだ」


「これが落ち着いていられるかっ! ぬぬぬぬううううううううう!! まーけーたぁあああああ!! なんでさっ!? アイコは1/3と1/2の確率引くだけじゃん!! もう駄目だあああああ!!」


「英雄、本音は?」


「大げさに嘆けば、手心加えてくれないかなって」


 そして、勝負は振り出しに戻ってしまったのだった。

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