第133話 見抜けっ!!



 宝物じゃんけん、それは決して運任せのゲームではない。

 いつ何を出すか、ジョーカーの切り時はどこか。

 英雄とフィリアと美蘭は、輪になって固まり相談。

 同じく、祖父と校長もまたひそひそと。


「じゃんけん前のシンキングタイム、三十秒しか無いんだ、手早くすまそう」


「では私から提案だ、例の無敵拳は今回は見送ろう」


「そうですわね、まずは様子見で行きましょ」


「まった、僕に考えがある。攻めよう」


「ほう?」


「心理戦を仕掛ける、僕はグー、チョキ、パーの順番で出すと宣言する」


「出ましたわね、英雄の常套手段……メンドいんですのよねぇ」


「理解した、宣言後の選択は君に。私の役目はあるか?」


「僕に耳打ちするフリをして、ブレインは君だと思わせる」


「了解した、――前から思っていたが、君は詐欺師の才能があるのではないか?」


「前から言ってますけど、ヒーローというよりヴィランがお似合いですわよ、今度改名しない?」


「せめて、ダークヒーローって言って?」


 フィリアと美蘭の、頼もしそうな呆れたような妙な視線を背中に。

 英雄は不敵に笑って一歩前へ。


「では両者、準備はいいわね」


「勿論じゃ那凪さん!!」


「大丈夫だよ婆ちゃん!!」


「では――」「あ、ちょっと待った!」


 合図を出そうとした祖母を遮り、英雄は人差し指を校長へ。

 そしてすかさず。


「宣言するよっ! 僕はグーを出す!!」


「あっテメェ英雄ッ!? いきなりズリィぞッ!!」


「へっへーん、先に言ったもん勝ちさ! じゃあ婆ちゃん達号令どうぞ!」


「じゃーん! けーん!」


「うぐぐっ、初手から揺さぶるとは卑怯なりっ!!」


 英雄、そして校長、右手を引き繰り出して。

 ――刹那の読み合いが始まる。


(僕はグーを出すと言った。なら、勝利するパーかアイコのグーか、それとも僕が嘘を付くと呼んでチョキを出すか。……はたまた、無敵拳をだすか)


 一見、相手の行動を制限した様に見せかけて。

 初手では何の制限になっていない宣言。

 だが。


(此方を揺さぶる気じゃろうが、そうはいかないわい! 最初の段階では何を出そうが同じ事よっ! 浅はかなり脇部英雄っ!!)


(考えられるアッチの思考は油断、あるいは警戒、運任せのランダム! ――まさか、そんなワケないよね!)


 己の宿敵の一族で、年下で、校長と生徒という上下関係。

 さらに、考え無しに揺さぶりをかけてきた。

 ならば。


「ぽん」


 最後の一言が出された、二人の延びきった腕、その先の手が形を変えて。



「無敵拳だよ!」「無敵拳じゃ!」


 

 沈黙が訪れる。

 次の瞬間、事態を把握したフィリア達が困惑顔で詰め寄って。


「な、何故じゃっ!? 何故貴様も無敵拳をっ!?」


「チッ、まんまと罠にはまりやがったな?」


「おい英雄っ!? 説明しろっ! 無敵は使わないと提案しただろうっ!?」


「そうですわよ! 最初は様子見だって!?」


「うーん、解説が必要かな?」


「折角です、そうしなさい英雄」


 すると英雄は得意気に笑い。


「りょーかい婆ちゃん。――さて、少し考えれば分かると思うけど。さっきの宣言には校長選ぶ手を制限する力は無い」


「そうだな、ただの精神的な揺さぶりにしかなっていない」


「そこだよフィリア。じゃあココで問題です、宿敵の孫で若造で、無意味な宣言をしてきた敵に。――校長はどう思うかな?」


「無意味な宣言を叩きのめす? 格の違いを分からせる為に? ……そうかッ! だから君も無敵拳を!!」


「正~~解っ!!」


「ま、待て脇部英雄!! 何故、貴様も無敵拳を出した! そこまで読めたのなら態と負けて温存する手をあっただろうにっ!?」


 何故、意味のないアイコに持ち込んだ。

 そう問いかける校長に、英雄はやれやれと肩を竦める。


「分かってないね校長センセ、……僕は確かにセンセの出す手を読んだ。でもそれは絶対確実じゃあない」


「ハッ、我が孫ながら嫌らしいねェ。読みが間違いでも先制パンチで流れを掴める、合ってたならコッチの無敵拳を相殺出来るってか?」


「いえ、それだけじゃ無いわお爺様……。英雄は次の読み合いから、可能性を一つ消したのよ」


「えー、それ言っちゃう美蘭?」


「はっ!? つまり今後の儂らの思考を読みやすくする為に、双方から選択肢を制限したっ!? つまりあの宣言は全てこれの布石っ! 儂らがアイコでも負けの手でも良かったのかっ!?」


 ガチだ、ガチで勝ちに来ている。

 校長と祖父はおろか、観客である親戚、そしてフィリアと美蘭でさえも戦慄して。


「なるほど? フィリアさんが関わっているから、エンジョイ思考がガチになってるのね? ――これは敵対したくないわ」


「ひ、英雄が遊びの要素を残していないっ!? 普段ならロマンだの何だの言って、温存しそうなものをッ!? そうなる心境は理解出来るが、実際に見ると背筋にクるぞッ!?」


「今の僕は、ひたすらに勝利を求める一匹の怪物……フィリア、今の僕が怖いかい?」


「なんてセクシーなんだッ! 抱いてくれッ!!」


「くっ、余裕のつもりかイチャつきおってっ!! 次に行くぞ次っ!」


 苛立ったように校長が叫び、那凪が苦笑しつつ頷く。


「では次へ、――そうそう、三回勝負なのをお忘れなく。このラウンドは後二回ですよ」


「今度はコッチから宣言するっ!! 儂はパーを出すっ!!」


「信じるよ」


「そうだそうだ! 疑心暗鬼に――……はい?」


「信じるよ、校長センセ」


「無敵か貴様っ!?」


「落ち着けコウちゃん、宣言通りにパーを出しゃあいいってもんだ」


「では準備は良いですね? ……じゃん、けん、ぽん!」


 そして再び拳が開かれる。


「パー!」「パー!」


「ええいっ! またもアイコかっ!!」


「だから言ったでしょ、校長センセを信じるって」


「おい英雄?」


「解説でしょ、簡単なコトさ。校長センセの宣言はさっきの僕と同じ問題を抱えてる、そして動揺もしてる、手を変える可能性は低いて、なら、負けない可能性が高いパーを出すってものさ」


 二回目も読み当てられ校長は歯ぎしり、平九郎は険しい顔で思案し、第一ラウンド最後のシンキングタイムに突入。


「三回目はどうする? もう揺さぶりは効かないだろう」


「向こうが宣言してくる可能性も、低いと思いますわ。あと、これからはもう少し相談してくださいませ」


「オッケー、情報整理ありがと」


「こうなったら運任せか、どちらも残っている手は同じ二つ」


「チョキだろうがグーだろうが、勝つも負けるもアイコも同率ね。ホント、運任せだわ」


「んー、まぁそうだろうね」


「英雄? その顔はまた何かするつもりか?」


「英雄……、何をするか言って欲しいのだけど?」


「いやね? 何を出すって言っても無駄だろうから、情に訴えてみようかと思って」


「情に訴える?」


「またエゲツない……、取りあえず何を出すかだけでも言って」


「じゃあグーで、最初もグー出すって言ったしね」


「――シンキングタイム終了よ、準備はいい?」


 丁度の所で時間が終わる、英雄と校長は再び向き合って。

 那凪は双方に問う。


「何か宣言する事は?」


「ふん! グーだろうがパーだろうが! もう揺らがないわいっ!!」


「じゃあ五秒待って、ちょっと取ってくるから」


 すると英雄は走り出して縁側から居間、台所へ。

 きちんと靴を脱ぐあたり、彼らしい。

 しかし、戻ってきたその手の物に全員どよめいて。


「き、貴様っ!? 包丁なんて持ち出して何をするつもりだっ!? それで儂を脅すつもりかっ!? 暴力には屈しないぞ! こっちには平九郎がおるんじゃ! 襲っても直ぐに取り押さえるぞ!!」


「ははっ、まさかぁ! ――こうするのさ!!」


「自分の手首にっ!? おい英雄っ!? 何をしているっ!?」


「何ってフィリア、一目瞭然でしょ! 僕はグーを出す! だからセンセはチョキを出してよ! 出してくれなきゃ手首を切るっ!!」


「英雄おおおおおおおおおおおッ!? お前は一体何をしているんだっ!?」


「うっわぁ……、自分を人質にし始めましたわっ!?」


「……お前、ホントに俺の孫か? 那凪のクローンとか言わないよな?」


「いや親父! こころもそうだったから、ただの遺伝だ!」


「ありがたくもない情報ありがとなっ! バカ息子! 孫の教育どうなってんだっ!?」


「僭越ながら、私が密かに英才教育を施しましたわ旦那様」


「何の英才教育だ那凪ィっ!?」


「さあ! どうするの校長センセ! パーを出してくれなきゃ手首切るからね!! なおその場合、市と警察に特別編集したこの動画をプレゼントする予定さ!!」


「お前ッ! 撮影してるのを何時知ったんだッ!? 誰にも言っていない筈だッ!?」


「あ、やっぱそうなんだ。うん、僕はフィリアの事を信じてたよ! 絶対録画してるって」


「引っかけたのかッ!?」


「ひ、卑怯なり脇部英雄っ!! ――反則じゃないのか平九郎っ!?」


「すまん。直接的な暴力以外ルール内だ」


 止めようにも迂闊に触れられずオロオロするフィリア、眉間に皺を寄せて非常に困った顔の美蘭。

 平九郎は関心半分、鋭い視線。

 校長・長谷川浩二はグヌヌと苦悩しながら、ギリギリと歯ぎしりして。


「そんな卑怯な勝ち方をしてっ、恥ずかしくないのかっ?」


「恥ずかしい? 勝負したいが為に僕を勝手に退学に追い込んで、しかもフィリアも巻き込んで? 恥ずかしいのはドッチ?」


「たかが一勝だぞ」


「たかが一勝だね、だがこれで第一ラウンドは取れる」


「こんな事を繰り返すつもりか? やり続けるほど貴様の信用は無くなっていくだけじゃ」


「本気で切らないって? なら試してみる? ――ねぇ、校長。僕は本気で頭に来てるんだよ?」


 冷え冷えとした英雄の態度、誰もが息をのんで。


「僕の退学は良いさ。こう言うのもなんだけど、実際そうなったらウチの生徒全員巻き込んで覆してセンセを懲戒免職に追い込むだけだから」


「さらっと怖いこと言いましたね、実行可能だと思えるのがホント質が悪い」


「フォローありがと美蘭」


「つまり英雄、全ては私が理由だと?」


「そうだよ? フィリアがどう感じてるか分からないけどさ、僕は君と同じくらい君の事を愛してる。――フィリアを傷つけるなら、全身全霊で命賭けて排除するのが当たり前だよね?」


 さも当然の様に出された言葉に、一同は思い知らされた。

 一族の愛の重さが、彼にも発現しているのだと。


「…………良く言いました英雄。もし浩二さんがパーを出したのなら、愛故に手首を切りなさい! 私が後をフォローします、存分になさい」


「那凪さんっ!? 平九郎、貴様のカミさんだろっ! 何とかするのじゃっ!!」


「これ、俺にもお手上げだわ。アイツが首を切った時と同じ目で同じトーンだ」


「這寄くんっ! 貴様の恋人だろう!!」


「英雄、手首を切るなら私も一緒だ……」


「状況が悪化したっ!?」


「話は纏まりましたね、では――じゃん、けん」


「問答無用かっ!? ええい、南無三っ!!」


 混沌とした勢いのまま、第一ラウンド最終戦が始まって。

 三度、腕が伸び拳が変化して。

 思わず呼吸するのを忘れ、全員が注目する中。

 二人が出した手は。



「グー!」「チョキ! …………この回は儂の負けじゃあ!!」



 勝者・英雄。

 第一ラウンドを最初から最後まで、手の平の上で転がし続け執念の勝利。


「いぃぃぃぃぃぃやっほうううううううう! 僕らの勝利だぁああああああああ!!」


「今回は貴様に花を持たせてやるッ!! 二度と同じ手が通じると思うなよ!!」


「では旦那様、全部脱いで英雄に渡してくださいませ」


「おい那凪っ! 英雄が手首を切っていたらどうしてたんだッ!!」


「愚問ですわ。私も手首を切って、旦那様のも切ります。それから全員の手首を切って回ります、――愛の覚悟は全員に伝えなければなりません」


「英雄ッ!! お前マジで次から禁止だッ!! 一族郎党死に絶えるぞッ! テメーの愛で一族が絶滅するッ!!」


「ありがとう婆ちゃん。あ、爺ちゃんはとっとと脱いで?」


「……ふむ、私は自重という言葉を覚えたぞ!」


「それがよろしいですわ、フィリアさん……」


「糞ッ! 俺も男だッ! 二言は無ェ! 褌まで全部持って行きやがれェ!!」


 全裸になり、着ていた甚平と褌を投げつける筋肉質の老人。

 様々な意味で喜びつつ、曖昧な顔のフィリア。

 疲れた顔の美蘭。


「次じゃ、次こそは儂らが主導権を……」


「さぁて、次はどうするかなぁ?」


 意識は次に飛んでいる英雄と校長。

 第二ラウンドは、すぐそこまで迫っていた。


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