第132話 宝物じゃんけん



 一夜明けて、勝負の日である。

 庭には英雄とフィリア、その対面には校長、審判としてその間に祖父・平九郎の姿。

 居間には親戚一同、酒を片手にギャラリーとして。 なお、修とディアは絶賛不参加である。

 彼らの部屋は朝になっても軋み、修のヘルプが聞こえても誰も近づけないのだ。


「勝負の方法は? 無いなら僕に案があるけど」


「儂の案も同じじゃろうて」


「へぇ、僕はウチの伝統行事をしようと思ってたんだけど」


「伝統行事? 英雄、そういう事は事前に言ってくれないか?」


「ハッ、何が伝統か! どうせ平九郎が学生時代に考えたアレじゃろう」


「え、爺ちゃんそうなの? 一族に代々伝わるとか言ってなかった?」


「おう! 俺から代々伝えてるぞ! お前の世代で三代目だな!」


「なんだろう、少し騙された気分だよ……」


「ガッカリする前に、私にルールを説明して欲しいのだが?」


 いつもの様に仏頂面だが、戦意に満ちるフィリア。 彼女の気迫に、校長は少したじろいで。

 平九郎はケケケと笑いながら、鍛え上げられた胸を張る。


「じゃあ説明すっぞ。その名も、――宝物じゃんけんだ!」


「宝物、……じゃんけん?」


「勝敗とは別に、1ラウンド毎にお互いの大切なものを賭ける」


「ふむ、もし賭けるモノが一つだけだったら?」


「相手次第だが、基本1ラウンドだ」


「1ラウンド終了の条件は」


「三回勝負で、勝利数が多い者の勝ちだ。――だが、じゃんけんの基本、グー・チョキ・パーはそれぞれ1ラウンドに一回しか出せない」


「成程、普通のじゃんけん以上に読み合いが大事だと」


「そして、ゲーム中一回だけ無敵勝利のグー・チョキ・パー混合の手が使える」


「………………それは所謂、小学生がふざけて反則負けになるアレか?」


「この宝物じゃんけんでは、一回は有効だ。1ラウンド一回では無い事に注意しろ」


「つまり、仮に1ラウンド目で使ったら、2ラウンド目以降では使えないと?」


「そういう事さフィリア、理解出来た?」


「了解した」


 フィリアは頷く、だが、もう一つ聞いておかなければならない。


「……ところで、私も参加するのか? 三人で? 校長先生と英雄と私の三人で対決するのか?」


「いや、今回はチーム戦だよフィリア。君は勿論、僕のチーム!」


「では校長は一人か、少し不公平では?」


「小童が一人から二人に増えた所で、儂の敵では無いわいっ! どれだけ平九郎に巻き上げられたと思っているっ! この勝負の必勝法は編み出しておるのじゃ!!」


「確かに不公平だ、だから…………この俺がコウちゃんの味方になるぜェ! よろしくなコウちゃん!」


「何故だ平九郎っ!? 儂は貴様を打ち倒したいというのにっ!! でも嬉しいぞ!! 無敵コンビ、久々の共闘じゃぁ!!」


「ゲェっ!? 爺ちゃんってばソッチ付くのっ!? 嘘でしょっ!? 脇部一族のアイドル英雄くんの退学のピンチだよっ!? 孫を贔屓しようとしないワケっ!?」


 英雄の素っ頓狂な叫びに、平九郎はニヤリと笑い。


「いや英雄、それじゃあ面白くないだろゥ? オメーも脇部の男なら! 祖父であるこの俺を越えてゆけっ!!」


「旦那様? 本心はどうなの?」


「テメェ英雄ッ! 毎年毎年、この宝物じゃんけんでお年玉を倍額持って行きやがってッ!! おかげで半年分のキャバクラ行く金が飛んでいくだろうがッ!!」


「旦那様、後でお話が。英雄、いつも感謝していますよ。来年から無条件で私が旦那様からむしり取っておきます」


「テメェ英雄ッ!! 孫とはいえ許さねェ!!」


「平九郎? それ儂の台詞じゃぞ?」


「お年玉のコトは素直に嬉しいけど喜べないッ!? どうしようフィリア、爺ちゃんは強敵だよっ!?」


 慌てる英雄に、フィリアは冷静に


「いつも勝っているのではないのか?」


「いつもは祖母ちゃんのアシストがあるからだよっ!! それ無しだと親父と組んでも負けるんだって!!」


「……ふむ、つまり?」


「ピンチだ」


「どのくらいだ?」


「僕がEDになるぐらい?」


「それは大ピンチではないかッ!? どうするのだ英雄ッ!!」


「あ、それで理解するんだ」


「くっ、英雄の進退がかかっているのだぞッ! 手心を要求するッ!!」


「いーや、駄目だなフィリア。大人しく英雄と一緒に負けるといいぜ。ああ、もし退学になっても心配いらん、マグロ漁船に就職のアテがあっからな!」


「孫になにさせようとしてんの爺ちゃんっ!? どーせ、僕の給料ピンハネしてキャバクラ行こうとしてるんでしょ!」


「バカ言え、ピンハネした金の半分は那凪を着飾る金にする」


「自分で稼いでどうぞ?」


「旦那様? 自分で稼いでくださいまし? 勿論、キャバクラは許しませんが、仮に私の目を盗んで行っても、出てくるのは私ですが」


「…………相変わらず尻に敷かれとるのぅ平九郎」


「知ってんだぞ、テメーも同じだろうが……」


「…………平九郎! 我が宿敵よっ!!」


「コウちゃん! 俺のマブダチ!!」


 ひしっと抱き合い友情を確認する老人二人、そんな中、ビシっと手を上げる者が一人居て。


「お婆様! ワタクシが英雄のチームに入ります!」


「許可します」


「うぬっ? 在学時は中二病旋風を吹き荒らして、校内のカップルを悉く中二病に堕とした脇部美蘭っ!!」


「ほゥ、美蘭か……。いいぜ、纏めて蹴散らしてやらァ!!」


「……ありがたいが、彼女は戦力になるのか?」


「思い出してよフィリア、このゲームは1ラウンド毎に宝物を賭けるんだ、人数が多いと賭けられる物も多くなるし、被害も分散する」


「成程、歓迎するぞ美蘭。貴女の勇気に感謝を」


「なーに、可愛い弟分の為になら。ワタクシの大切な物の一つや二つ、賭けても惜しくありませんわ!」


「では話は決まりましたね、では勝敗時のメリットデメリットを確認しましょう」


 那凪の音頭で、場が引き締まる。

 校長・長谷川浩二はニタリと笑って。


「儂が勝利したら、そこの脇部英雄は退学。人数的に此方が不利じゃ、追加しても?」


「良いでしょう」


「ならば、加えて平九郎が儂の舎弟になるのじゃ」


「認めます」


「おいッ!? 那凪ッ!?」


「英雄が勝てば良いのです、それに其方に着いたのは旦那様でしょう。黙って受け入れなさい」


「――チッ、しゃーねェ。俺からはキャバクラ一回分、英雄が奢る事だ」


「英雄、勝たないと殺します」


「目がマジだよ婆ちゃんっ!?」


 祖母の眼光に怯えるが、ともあれ次は英雄達の番だ。


「ああ、もう……。僕が勝ったら退学は無し、そんで二人ともそれぞれ一回は僕の言うこと聞いてよ」


「ま、妥当な所じゃな」


「そうそう、フィリアさんも要求して良いですよ」


「私も良いのか? ならば、英雄に首輪を着ける事を許可して欲しい」


「身内に敵がもう一人居たっ!?」


「許します」


「許しちゃうの婆ちゃんっ!?」


「ははっ、ザマァだな英雄!! お前も愛の重みで窒息死しろッ!!」


「孫に言う言葉じゃないよ爺ちゃんっ!?」


「……強く生きろ、英雄くんや」


「何で僕、校長センセに同情されてるワケ?」


「あ、はいはーい! アタシはこの中の一人に、一度だけ好きな事を命令出来る権利がいいわ! 勿論、絶対服従で!! ちょうど手下が欲しかったのよ!」


「認めます、――では、1ラウンド目に賭ける物の提示を」


 いよいよだ、いよいよゲームが開始される。

 緊迫感が場を支配する中、三人はアイコンタクトで英雄から。

 老人二人は平九郎が前に出て。



「「僕/俺は…………今、着ている服を賭ける!!」」



「「真似するな!!」」



 その瞬間、微妙な空気が流れた。


「英雄? 理由を聞いても?」


「そうじゃ平九郎、理由を言え」


「いやだってさ、この服は上から下まで全部フィリアがプレゼントしてくれた大切な物で思い出の品だよ? 賭けるには十分じゃないか」


「そうだぞ? 俺の甚平も褌も那凪の手作りだ、――賭けるのは十分だぜェ」


 二人の言い分に、那凪とフィリアは視線で通じ合って。


「五分ほど中断しよう、ちょっと向こうで英雄とキスしてくる」


「同意だわ。旦那様、熱い接吻がした気分です」


「いや、却下よお婆様、フィリア?」


「ええい、つべこべ言わずに1ラウンド目開始じゃ!!」


 そうして、校長により勝負の開始が宣言されたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る