第131話 火照りを冷ます



 一人また一人と酔いつぶれ夜半、英雄とフィリアは夜の散歩を洒落込んで田舎道。

 本当の田舎程、自然が多いわけではない。

 けれど都会より多く聞こえる木々の音、小川のせせらぎの冷ややかさと、風が心地よくて。


「こういうのも良いものだな、今度から夜に散歩するか?」


「良いね、でもあっちだと自然が少なくてつまらないかも」


「ふふっ、ばーか。君と一緒に歩く事に意味があるんだ」


「おっと、こりゃまた一本取られちゃったね!」


 小指と小指を繋いで、目的もなくぶらぶらと。

 空を仰げば、雲が流れ隙間から月が。


「…………修兄さん、今ごろどうなってるのかなぁ。僕、今夜で童貞卒業に賭けてるんだけど。フィリアはどう思う?」


「待て、この空気でその話題か? もう少し景色を楽しむとか、私にキスするとかあるだろうッ!! ちなみに私は大穴の一年後に賭けておいた」


「やっぱフィリアも賭けたんじゃん」


「折角だからな、というか君も気になるのではないか? あの美しい褐色の子が親戚になるかどうか」


「言葉にトゲがあるね」


「ほう? 私の言葉にトゲがあると? それは君の気のせいではないか?」


「うーん、もしかして妬いてる?」


 首を傾げる英雄に、フィリアはギギギと首をゆっくり曲げて彼の顔をのぞき込む。


「よーく己の胸に手を当てて考えて見ると良い……」


「はい、ぱいたっち!」


「セクハラ制裁!! 私の胸に手を当てるなスケベッ!!」


「えー、二人っきりだし。恋人同士なんだから良くない?」


「知っているか? 恋人同士でもDVは成立するんだぞ?」


「それ、真面目に訴えたら僕が勝たない? 普段の君の行動的に」


「金の力でなんとかする」


「ヒドいっ!? 横暴だっ!? 弁護士を呼んでっ!?」


「うむ、顧問弁護士の脇部フィリアだ。何でも相談してくれ」


「這寄フィリアさんは何処へ?」


「君の心の中に居る」


「つまり、セクハラし放題?」


「自重しろ?」


「というか、ちょっと変だね君。どうかした?」


「…………もう一度言う、胸に手を当てて考えろ。いや、私が君の胸に手を当てる」


「待って? なんで襟から手を突っ込んで爪を立ててるの? あ、ちょっと痛みが心地良い」


 フィリアの手は心臓の真上、スキンシップにしては少々重い気もしたが、もはや慣れっこだ。

 英雄は服の上から、その手を握って。


「ヒントを貰っても?」


「良いぞ、三回までだ」


「美蘭と仲が良くて嫉妬した」


「遠いな」


「修兄さんよりイケメンで誇らしい」


「態とか? そもそも君の一族の男は、イケメンと呼べるのはお爺さまだけだろう」


「がーん、英雄くん超ショック!」


「私の雰囲気イケメンさん、ヒントは次で最後だぞ」


「僕の世界一の美少女さん、もしかしてディアさんの事かな?」


「ふむ、ノーコメントだ。では回答をどうぞ」


「褐色おっぱいってエロくな――あだだだだだだっ!? 痛いっ!? 痛いよフィリアっ!!」


「そうか、それは私の心の痛みだな。君にも伝わって嬉しい」


「マジで痛いんだけどっ!? おっぱい揉むぞこの野郎っ!!」


「残念だが私は女だ、男のおっぱいでは無いから無効だな」


「ああいえばこう言うっ!? 君ってはホント口が減らないねっ!?」


「何か言い残す事は?」


「そんな所も魅力だよフィリア! 君の褐色姿を想像してただけっ! 夏になったら海に行って一緒に日焼けしない?」


「――……成程?」


 んー、と甘えた声を出しながら、フィリアは英雄の胸を労るように撫で。

 彼の匂いを堪能する様に、首筋に顔を埋める。


「…………良く考えたら、その頃には子供が出来ているかもしれないから。海水浴は出来ないかもしれないぞ?」


「僕、まだパパになる覚悟が出来てないんだけど? 就職して稼いでからが良いなぁ」


「駄目だ、私が待てない」


「困った甘えんぼちゃんだね」


「こんな私は嫌いか?」


「いーや、大好きだね。手のかかる子大好き! でも程々にしてね!」


「そこはもっと甘えてくれ、と言う所では?」


「だって君、そんなコト言ったら際限なく甘えるでしょ」


「ふふっ、お見通しか」


「そうそう、フィリアのコトなら何でもお見通しさ」


「――では何でもお見通しな英雄、一つ聞いても?」


 真剣な声色、英雄は彼女の金糸のを手で梳きながら。

 その手つきは慈しみに溢れて。


「何が聞きたいの?」


「――――バブバブなプレイは好きなのか?」


「……………………うん? もう一回言って?」


「赤ちゃんプレイは好きか?」


「え、もっと真面目な質問じゃなくて?」


「いや、とても大切な事だ。はっきりさせておきたい」


「待って、マジで待って? 何でそんな突拍子もないコトを?」


「ディアさんと修さんを連れて行く前に、二人がそんな感じだっただろう?」


「同じ血を引く僕も、君に母性を感じたプレイを求めていると?」


「そうだ」


 どこまでも透き通って行きそうな瞳、真剣な眼差し。

 英雄も本気で答えた。


「そっちより、バニーガールでお願いします」


「その心は?」


「君なら本家プレイメイトに遜色ない感じで来てくれると思う――――あだだっ!? わんすもあっ!?」


「ええいッ!! 私という者がありながらっ! 今度は洋モノのエロ本に手をだしたかッ!!」


「…………分かってくれフィリア。僕には偽チチか天然チチを見分けるといく重大な使命があるんだっ!!」


「もっとマシな答えを返せっ!! そんな事が何の役に立つんだッ!! というか私以外の女を性的な目で見るなッ!!」


「そんなっ!? 僕の趣味の一つを否定されたっ!? ノート一冊分の研究結果があるのにっ!?」


「ほう? それは良いことを聞いた。帰ったら即座に処分しよう」


「夫の趣味を否定して捨てるのはDVでは?」


「夫の浮気を締め上げるのは妻の役目だろう?」


 二人の間に緊張感が走る、フィリアは英雄のシャツから手を抜くと、両の手でもって彼の首に手をかけ。

 英雄は躊躇うことなく、彼女の腰に手を回す。


「待て、何かがおかしい」


「え、何が?」


「状況を整理しよう、私は君の首を締めて窒息プレイに持ち込もうとしている」


「僕は、君の腰のラインを堪能しているね」


「…………そこは抵抗するシチュエーションでは?」


「下手に抵抗するより、いざとなったら密着してキスして反撃した方が良いと思って」


「ぬぅッ!? 私を窒息させるまでキスするつもりかッ!? なんていやらしい奴なんだッ!!」


「鏡見て?」


「はぁ……心底呆れたぞ英雄。君の恋人を止めてお嫁さんになる」


「残念、英雄くんポイントが足りないね」


「まて、そのポイント制度復活したのかっ!?」


「むしろ、ずっと続いてたけど?」


「馬鹿なッ!? フィリアポイント加点だッ!」


「あ、加点なんだ」


「君から、愛、を感じた…………」


「フィリアがチョロくて、僕ってば心配になるんだけど?」


「ふふっ、ならば抱きしめてつなぎ止めておけ」


「ご要望のままに、お姫様」


「そしてこのまま帰ろう」


「はいはい……うん? このまま? 歩きづらくない?」


「それもまた、愛だ……」


「今宵のフィリアはロマンチックさんだね、よぅし、このまま戻るとしましょうか!」


「うむ…………歩きづらいな」


「止める?」


「いや、ゆっくりでも良い。このままで行こう」


 二人はえっちらおっちら、来た道を戻り始め。

 それを、木陰から見ていた者が一人。


 その人物は親指の爪を噛んで、涙を流す。

 あの場所は、己のモノだった筈だ。

 隣に居るのは、己だった筈だ。


 ――夜風に揺れる金色の髪が。

 ――月夜で美しく輝く白い肌が。

 ――その細い腰が。


 その全てが欲しい。

 その心も愛も、存在全てが欲しい。

 だから。


「這寄フィリア、貴女が欲しいですわ」


 ドロドロと淀む心を、吐き出したくなる言葉を置き換えて。

 彼女は静かに二人を見つめていた。

 


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