第130話 古きチャレンジャー



 従兄弟の始末をつければ、次は校長だ。

 居間に戻れば、彼は何故か解放され祖父と仲良く飲み交わしていたが、英雄とフィリアは問答無用で前に座り。


「じゃあ校長、番が回ってきましたよ」


「存分に。聞かせて。貰おうじゃないか……」


「ひぃっ!? 這寄くんがマジギレじゃっ!? 平九郎なんとかせんかいっ!?」


「いや、オメーの自業自得だろ。――よしテメェら! コウちゃん言い分を聞こうじゃねェか!」


「ちょい待ち爺ちゃん、コウちゃんって? そんなに親しい仲なの? というか本名?」


「はうっ!? まさか儂、本名知られてないっ!?」


「…………そういえば、私も知らないな」


「あ、俺も」「そういえばアタシも」「確かに、本名聞いた事無かったな……」


「貴様等なんなのっ!? 在校生も卒業生も揃って儂の名前しらないとかっ!? そんなに陰が薄いのかっ! ――まさかっ! これも貴様の差し金か平九郎っ!! 呑まずにはいられないっ!!」


 英雄とフィリアのみならず、次々とあがる声に校長は驚きと怒りで酒を。

 平九郎は呆れた視線で、彼の肩を叩いた。


「オメー、そこんトコも学生時代を変わらねェのか?」


「どういうコト、爺ちゃん」


「コイツさぁ、昔っから学級委員長だの生徒会長だの役職で呼ばれててさぁ」


「あの頃から、儂を本名で呼ぶのは平九郎だけじゃった…………儂には貴様だけじゃあっ!!」


「長谷川浩二、だからコウちゃん。お前等もコウちゃんと呼んでやれ」


「なるほど、みんなに広めとくねコウちゃん!」


「ええいっ!! 儂をコウちゃんよ呼んで良いのは平九郎と妻だけじゃあっ!! 貴様等が呼ぶでないっ!!」


「その態度こそが、役職でしか呼ばれない原因では?」


「しーっ、ダメだよフィリア。真実は時に人を傷つけるんだ」


「ほーう、ほーう? さっすが平九郎の孫じゃのう……? その挑発のしかたも平九郎に仕込まれたか? ん? ん?」


「校長センセ? 凄い余裕っぷりだけど、センセにとっては敵地だよね? アウェーだよね?」


「はんっ!! 臆して此処に乗り込めようかっ!! 儂は此度こそ、平九郎! もとい脇部の一族と決着を付けに来たのだっ!!」


 コップをちゃぶ台に叩きつけ、荒い息で校長が叫ぶ。

 平九郎が眉を顰め、親戚の男達の戦意がムラムラと湧き出す中。


「オッケー、校長センセがウチに来た理由は何となく察したよ。……でもさ、その前に解決すべき事があるんだよね」


「ほう、言うてみぃ平九郎の孫よ」


 すると英雄は破顔一笑、身を乗り出して校長の襟首を掴み。


「フィリアを狙ったのは何で? 校長センセの目的が僕らならフィリアは関係ないじゃない。ね、何で? なんでディアさんを使って狙った? フィリアのストーカーも校長?」


「………………のう平九郎? 儂はピンチか?」


「テメーがどこまで関わってるか知らねぇけど、一番破天荒と言われたウチのご先祖の再来と言われる英雄はお冠だぜ?」


「え、何それ。その評価、僕知らないよ?」


「言ったところで、調子に乗るだけだろお前」


「それもそうか、じゃあ校長。キリキリ吐いて?」


 老人は恐る恐る首を傾げて。


「…………ちなみに聞くが、絡め手で狙ったと言ったら?」


「フィリア、今の発言録音出来てる?」


「勿論だ」


「なら今から警察に行こうか」


「嘘じゃ! うっそぴょーーん!! マジでちょっと聞いただけじゃから早まるなっ!! お願いプリーズ!!」


「良い年してぴょんは無いと思うけど」


「この男、長谷川浩二! 命と勝利の為ならどんな道化にもなろうぞっ!!」


「英雄、罪をでっちあげてでも警察に突き出しても良いのではないか?」


「英雄くん!! 君の嫁さんが那凪さん並にぶっそうなんじゃがっ!? もうちょっと手綱を持ってくれぃ!!」


「オメー、相変わらず良い空気吸ってるなぁ……」


 もう、名誉脇部一族にして良いのではないだろうか。

 そんな気すら英雄はしてきたが。

 ともあれ、聞くことはしっかり聞かなければならない。

 

「じゃあ聞くけど、フィリアのストーカーじゃないね?」


「そんな事が起こっていたのかっ!? 我が校の生徒がストーカー被害にっ!! なんと許せん!! というか今年でストーカー事件何回目じゃウチの高校っ! ちょっと多すぎるんじゃっ!!」


「……フィリア、どう思う?」


「これは白だろう。もし黒ならば、これまでに脇部の誰かが鉄槌を下しているのでは?」


「なるほど、そう言われればそんな気がするね」


「儂の疑惑は晴れたかの?」


「いいやまだだ、次、何でディアさんと一緒に来た訳?」


「だって儂、この家の住所知らんかったし」


「――爺ちゃん?」


「おお! そう言えば教えてなかったな! ガハハ、すまんすまん!」


「何が、すまんすまんじゃっ!! 知りたければ自分の力で知ると良い! 脇部の男は誰でも何時でも貴様の挑戦を受け付ける! その先に俺が待ってるぜ! なんて言ったのは平九郎ではないかっ!!」


「爺ちゃん?」


「親父?」「爺様?」「オトン……」「親父殿?」「兄さん……」「義父さん……」


 エトセトラエトセトラ、親戚一同の冷たい視線が平九郎へと。


「旦那様? 後でお話が」


「ふぅむ……接吻一回で見逃してくれるか?」


「熱烈なのを十回、それを三日間で」


「よぅし、流石は那凪だ!」


「それで良いの祖母ちゃんっ!?」


「…………勉強になるな」


「そんな所を学ばないでフィリアっ!?」


 愛しいカノジョが脇部に染まっていく、そんな恐怖が背筋にうっすらと忍び寄ったが。

 今はそうではない、話を元に戻さなければ。


「住所の事は良いから、なんでディアさんと来たのさ」


「そこは彼女と同じじゃ、脇部一族と名乗る差出人からのメールでの。修くんの店の美少女すぎるアルバイトと一緒に此処に来れば良いと」


「内部犯っ!? え? この場に真犯人居るのっ!?」


「そして英雄くんの退学の事じゃが」


「おう、容赦なく続けるなオメー……」


「こう言うのは一気に吐いた方がええわい、それでな、件の事も数日前に来た脇部一族からのメールじゃ」


「僕の退学までっ!?」


「ま、儂としては貴様等一族との決着を着けられるなら理由は何でも良いし?」


「くそっ!? なんて校長だっ! これだからウチの学校はセンセもまとも人が居ないんだっ!!」


「悪ガキ生徒筆頭に言われたくないのう……」


 つまり、フィリアのストーカーは一族の内部犯の可能性が高く。

 英雄の退学騒動も裏で引くのは内部犯。


「困ったなぁ……、親戚全員の弱みを握って潰していかなきゃならないとは……」


「いや英雄? それは思い切りが良くないか?」


「けどフィリア、これが反対の立場なら?」


「勿論、血の繋がった家族といえど全員潰すが?」


「…………平九郎、貴様の孫達、貴様より酷くない?」


「この容赦の無さは那凪の血だろうな、俺はぶん殴るだけで済ます」


「旦那様? 後でお話が」


「接吻の回数を増やす」


「駄目です、――さて長谷川さん。私としても貴男を歓待したいのは山々ですが、身内で争わなければならないので」


 さらりと言い放った那凪に、残る親戚は全員青い顔で。

 祖母はやると言ったらやる女だ、老いて丸くなったなどと一言も聞かない存在だ。

 誰もが熾烈な争いを覚悟した瞬間。


「……そうはいかぬな」


「ほう、では長谷川さんは何を?」


「決まっておる――――、貴様等の仲間割れなど知ったことか! 否! むしろ好奇!! 今こそ勝負じゃ平九郎!! あの日! 儂のアイスを食べた事を今こそ謝罪させてくれようぞ! いざ勝負だ!!」


「いやオメー、あの後で俺のアイスも奪ったじゃねェか」


「そっちこそ、後日倍返ししただろうがっ!!」


 やいのやいのと不毛な言い争いをする校長と祖父、英雄はフィリアと少し離れて内緒話。


「ふむ、相談とは何だ?」


「実はさ、校長の勝負受けようかと思って」


「本気か? 今はそんな事を言っている場合ではないだろうに」


「ふふふ、ちょっと考えてみてよフィリア。僕と君を利用して校長を差し向けた誰かが内部に居る」


「だからこそ、そんな場合では無いのでは?」


「逆に考えるのさ、こっちも校長を利用してやろうってね」


「……興味深い。続けて?」


「まず、校長の話に乗ろう。勿論、勝負というなら僕らが勝った時の条件も突きつける」


「成程、メリットデメリットをハッキリさせてお祭り騒ぎにすると」


「そう、いつものコトさ。そしてこうなったからには、校長に犯人が接触するかもしれない。直接じゃないにしろ、何らかのアプローチがあるわけだ」


「勝負を使って、犯人を炙り出すと?」


「そう言うコト」


「では戻って話を通すぞ! 私と君が居るんだ、敗北はあり得ないッ!!」


 そして二人は言い争いの現場に戻ると。


「はいはい注目!! この英雄くんから提案がありまーーすっ!!」


「ほう、儂を警察に突き出すか?」


「まさか、それじゃあ楽しくない」


「楽しくないだと? おい英雄、テメー何を考えてやがる」


「ケケケっ、爺ちゃんもみんなも、察しはついてるんじゃない?」


 親戚一同はお互いの顔を見て、目を輝かせて。

 長谷川校長も、ニタリと笑って。


「勝負しよう! 僕らと校長で!! その代わり条件がある!」


「聞こうぞ!」


「僕らが負けたら退学? それだけじゃ面白く無いでしょ。それに僕らが勝ってもメリットが無いよね?」


「つまり、貴様等が勝った時の条件を決めると?」


「そうだよ、もちろん校長も決めなおして良い」


「…………勝負の時は?」


「明日、今日はお酒も入ってるし、勝負するには遅いでしょ」


「儂に異論無しじゃ!! かかって来いやっ!! 負けた時の言い訳を考えておくのじゃぞ!!」


「おーしテメーらァ!! こっちも異論はねェな!! 明日は大勝負だっ!!」


「「「「応ッ!!」」」」


「そうと決まったら、今日はもっと呑むぞォ!! もっと酒持ってこーーい!!」


 いやっはー! と全員が拳を振り上げて杯を掲げたのだった。


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