第129話 年貢の納め時
それは正しく修羅場であった。
英雄達を同い年ぐらいの銀髪褐色美少女が、涙を浮かべた瞳のハイライトを消して、従兄弟である修に詰め寄る。
――きちんと靴を脱いでいるあたり、礼儀正しい人物の様だ。
「私という妻がいながらっ! やっぱり手を出さないのはこの人が原因なんですねっ! 誰なんですこの人はっ!!」
「ちょい待ちっ、なんでディアがここに居るんだっ!?」
「親切な方からメールが着ました、でもそんな事は重要じゃないんですっ! オサム様! 今日こそはちゃんと訳を話して貰いますっ! 何故、私を抱いてくれないんですかっ!! そんなに魅力が無いんですかっ! 金髪が良いのですかっ!! 銀髪は嫌いなんですかっ!!」
ディアと呼ばれた美少女は、今にも包丁を取り出して刺しそうな雰囲気で震え。
それを前に、英雄が静観出来る訳がない。
いつもなら静観どころか、楽しそうにヤジを飛ばす所だが。
「はいはーい! ちょーっと待って、ディアさん……で良かったよね?」
「…………オサム様の親戚の方ですね、この度は親族の集まりにお邪魔して申し訳ありません。ですが――」
「まぁまぁ、自己紹介ぐらいさせてよ。僕は脇部英雄、オサム兄さんの従兄弟で。……君が睨んでる女の子と入籍直前の恋人なんだけど?」
「………………………………はい?」
「お、冷静になったね? じゃあオサム兄さんバトンタッチしようか」
「すまない、助かった英雄」
「貸しイチだからね」
「倍にして返す」
英雄の言葉にフリーズしたディアを、修が座らせる。
「その……なんだ? なんで俺が金髪の子が好きだと勘違いを?」
「イアさん、本棚に隠したエッチな本、それからメールが……」
「前二つはともかく、最後のは何だ? この場所を教えたのもそのメールか?」
「はい、オサム様の親戚と名乗る方からのメールです」
「口を挟んで悪いけど、名前は書いてあった?」
「いいえ。ここの住所と、オサム様が私を抱かないのは金髪でおっぱいが大きい子が好きだから、と。ここにその女の子が居るのが証拠だって」
彼女が差し出したスマホには、その通りの内容が書いてあって。
次の瞬間、画面を確認した英雄の額に青筋が浮かぶ。
繋がった、全てが解明できた訳では無いし、むしろ謎が多く残るがともあれ。
「――クククッ、カカカカッ! ははっ! やってくれたねっ! マジでやってくれたねっ!!」
「ふ、ふむ? 怒っているのか英雄?」
「当たり前だろうフィリアっ!! ……断言するよっ! 攻撃されているっ! 僕がだっ!!」
「待て、どういう理屈だ?」
「気づかない? 僕は理由不明の退学の危機にある! そして君はストーカーに狙われているっ! そして今、オサム兄さんのお嫁さんを利用して君が狙われたっ! しかも退学の理由を知っている校長まで現れたっ!!」
「――偶然、って片づけるにャあ出来すぎって訳だ」
「その通りだよ爺ちゃん」
ニタリと戦意で満たされた祖父の言葉に、英雄は頷く。
「じゃあどうする英雄? テメェはどうしたい?」
「そんなの決まってるでしょ、――みんなっ! 取りあえず校長ふん縛って!! 絶対に逃がさないでっ!!」
「よし来た!」「任せな!」「誰か縄もってこーい!」「布団があったよ!」「デカした簀巻きにしろっ!!」
「ぬおおおおおおっ!! 来ていきなりこれかっ! 放せっ、放すのじゃっ! のわああああああっ!?」
脇部一族、誰もが手慣れたもので。
校長はあっと言う間に拘束されて。
「ケケケっ! 昔と相変わらずチョロいなオマエ!」
「くそう平九郎っ!! 貴様は昔と変わらず嫁さんの尻に敷かれてる癖にっ!!」
「はァ? テメーこそ嫁さんのケツに潰されてるじゃねェか!!」
「そこまでだよ爺ちゃん、校長。まだ先にやる事があるから」
冷え冷えとした英雄の言葉に、老人二人は思わず顔を見合わせて。
「英雄? 先にやる事とはなんだ? 君の退学の事を校長に聞くのが先ではないのか?」
「いやフィリア、何のために取り押さえたのさ」
「……もしかして後に取っておくのか?」
「そうだよ? 当たり前じゃないか」
「退学の事より大切な事があると?」
「勿論さ! 何より大切な事だよっ!」
胡散臭すぎる笑顔で英雄は宣言して、フィリアを始め親戚一同困惑顔だ。
「え? みんな分からないの? ホントに? 信じらんないっ!」
「いや分かんねェぞ英雄、詳しく説明しろ」
「爺ちゃんも分かんないの? 仕方ないなぁ……」
すると彼は、修とディアに顔を向けて。
「オサム兄さん、なんでディアさんとセックスしないのか。んでもって、金髪が好みって言う初耳情報の説明。僕の知る限り、銀髪褐色巨乳って兄ちゃんのドストライクだと思うんだけど?」
「おまっ!? ここで俺に振るのかっ!? というかバラすんじゃねぇっ!?」
「…………今の言葉、本当ですかオサム様」
「本当だけどもっ! 何がしたいんだ英雄っ!?」
慌てふためく修に、英雄はニッコリと親指を立てて。
「オサム兄さん、僕は心配なんだ。このままだと兄さんが優柔不断の果てに、お腹を刺されやしないかって。――親戚として、兄さんには幸せになって欲しいんだ」
「おゥ英雄、本音は?」
「兄さんの色恋沙汰にフィリアが巻き込まれそうになったのは、兄さんがディアさんとセックスしなかったからだよね? それで敵が付け入る隙が出来たんだよね? 校長という本丸を前に、付け入られる隙は潰しておきたいなって」
目がマジであった。
自分を直接狙うならともかく、フィリアから狙いやがって、と。
フィリアに手を出すなら、徹底的にやるぞ、と。
そうとは見えないが、キレ始めている英雄に誰もが気がついた。
「――キスしていいか英雄、どうやら私は惚れ直してしまったらしい」
「嬉しいけど後でねフィリア、さ、兄さんチャキチャキ話して? 貸しはチャラにしてあげる。ディアさんも冷静に協力してね、そしたら君を兄さんのお嫁さんにとして扱うし、協力もする」
「ご温情、傷み入ります英雄さん。親戚として末永くお願いしますっ」
「マジか……マジでか……」
「オサム兄さん?」
「いや話す、話すが心の準備に三十秒くれ」
「三十、二十九、二十七、――三、二、一、ゼロ!」
「せめてまともに数えろよっ!?」
大幅にカウントと縮めたが、修は観念した様に話し始める。
「…………俺のエロ本が金髪巨乳なのは、フェイクだ」
「オサム様、何故そんな事を……」
「お前が俺のエロ本で性知識を勉強してるからだよっ!! そもそも俺のエロ本は二次元も三次元も銀髪で褐色で巨乳で揃えてるんだっ! ディアに見せられる訳がないじゃないかっ!!」
股間にストライクな美少女に、彼女の特徴が当てはまるエロ本を見られる。
なんという残酷な事だろうか。
親戚の男達から、修に同情の視線が送られて。
「くっ、そんな理由があったなんてっ! なんて厳しい生活をしていたんだオサム兄さんっ!!」
「分かってくれたか英雄っ! お前もフィリアさんに金髪巨乳のエロ本が見つかったら気まずいし、
そうそうに手を出せないだろう!」
「え、いや? エロ本バレた後で普通に口説いて押し倒したけど?」
「学校の校庭でメガホン使って、大声で私に告白したのが普通か?」
「お前なんなのっ!? どうして俺より進んでるのっ!?」
「……オサム様の甲斐性なし」
「ぐはっ!? や、やめろディアっ! 俺をそんな目で見るんじゃないっ!! ちょっと股間が反応しちゃうからっ!!」
「兄さん? 性癖暴露してないで、セックスしない理由を早く言って?」
ぐぬぬっ、と呻く修。
こういうのが……と、学習するディア。
全員の視線が二人に集まって。
「――――恥ずかしい、からだ」
「オサム兄さん、もそっと詳しく」
「だからっ! ディアは外見超好みだしっ! 料理も最初は下手だったけどすぐ上手くなったし! 掃除洗濯だって、接客だって完璧だっ!! そうだよ正直惚れてるよ好きだよっ!!」
「なら何で? ディアさんオッケー出してるんだよね?」
「はい、私はいつでもオッケーですっ!」
「ディアさんの親御さんからオッケー貰ってるんだよね?」
「両親のサインと判子が入った、結婚届もあります! 今も持ってます!」
「………………オサム兄さん? つかぬ事を聞くけどインポなの?」
「違うっ!! 断じて違うっ!!」
その状況で押し倒さないとは、脇部の面汚しめと修に視線がグザグサと。
これを好奇と見たディアが、彼の手を取って自分の胸に当てた。
「ね、フィリア。今度僕にもやってよ」
「やってやるから、話を聞け?」
「――――話してください、オサム様」
「ううっ、ディア……」
「どんな理由でも、私はオサム様を嫌いになったり離れたりしません」
「でぃ、ディア~~!! お、俺っ、オマエと年が離れてるしっ、セックスどころかキスすら一度もした事ないからっ、誰にも渡したくないけどっ、でもいざその時に失望されたらって、俺、俺っ!!」
大の男が涙混じりに言い放った台詞に、英雄達は何とも言えない表情で。
だがディアは、恍惚とした顔で微笑んで彼を抱きしめる。
「私も初めてなんです、一緒に一歩ずつ歩いて行きましょう! オサム様が臆病でダメな風に吹かれても、立ち上がれるまで私が抱きしめて守ってあげますから。――――私抜きでは生きていられないぐらいに、溶かしてさしあげますから」
うん? と誰かが首を傾げた。
そして隣の人間と頷きあって遠い目。
「見たフィリア、これが脇部の血だよ……」
「人の振り見て我が振り直せ、とはこの事か……」
「よしよしオサム様、ぎゅーっとしてあげますからね」
「この温もりは……ママ? 俺は今、ママに抱っこされている……?」
「私はオサム様のママにも妹にも姉にも娘にも恋人にも妻にもなりますからね、さ、ママに甘えて、全てをさらけ出して……」
「ば、ばぶぅ~~!!」
「はいはーい! みんな道を開けてっ! この二人を部屋まで連れてっていくから! あ、これディアさんの持ってた婚姻届、兄さんの代筆お願い、明日の朝に出させるからっ!」
「修さんのご両親は……今日は来てない? すまないが誰か連絡しておいてくれ」
英雄とフィリアは、祝福と呆れと反省が混じったなんとも味わい深い表情で。
色んな意味で新しい門出となった二人を客間に連れて行って、ドアに鍵をかけた。
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