第128話 親族会議



 そして夕刻である、居間の襖と取り払い大広間へと変貌。

 ちゃぶ台を追加で三個出し、親族会議という名の宴会が始まる。


「それではテメェら! 第一万三十二回! 脇部家親族会議を始める!! 飲めや食え!」


「「「「「飲めや食えーーっ!!」」」」」


 乾杯と繰り返される、コップやグラスが合わさる音。

 英雄もフィリアとコツンと一回、未成年なので麦茶である。


「一番!! 脇部勝義! 腹踊り行きまーすっ!!」


「おい英雄、彼らは始まる前から呑んでいたか?」


「いいや? 単に騒ぎたいだけでしょ。ウチは一発芸持ちが多いし、目立ちたがり屋が多いから」


「…………成程」


「何で僕をしみじみ見て言ったの?」


「説明が必要か?」


「いいや、あってる」


「おーい、英雄、フィリア、こっち来いや!」


「あいよー! 爺ちゃんがお呼びだね」


「うむ、行くか」


 縁側の方に居た二人は、中央で上機嫌な平九郎の下へ。

 かの老人は立ち上がって彼らの肩をがっしり掴むと、嬉しそうに宣言した。


「聞けェ! もう知ってると思うが今一度聞け! 今回は英雄が女を連れて帰ってきた! なんと驚け名門にして大企業の這寄のお嬢さんだっ!!」


「どもども、英雄です」


「ご紹介に預かった、這寄フィリアです」


「そしてだっ! コイツらは英雄が十八になり次第、結婚するっ!! 野郎ども! 祝福だ!!」


「いよっ! 人生の墓場にようこそ!」「ヒデちゃんも、もうそんな年頃かぁ。お幸せにね」「つーかよぅ、ウチの家系って結婚早くね?」「そう言うアンタも同じぐらいに結婚したわよね?」


 老いた者も幼い者も、全員から拍手に祝福され。

 英雄は無性に背中が痒くなった。

 ふと隣を見れば、幸せそうに頬を赤らめる彼女の目尻に。

 小さな輝きがひとつ。


「……フィリア、泣いてる?」


「ちょっと涙腺が緩んだだけだ、――大家族というのも良いものだな」


「君がウチを気に入ってくれて良かったよ」


「初々しい二人に乾杯!! 今日は呑むぞぉ!!」


「「「「乾杯!!」」」」


 いやー、めでたいめでたい、と再びの乾杯祭り。

 二人はひっぱりだこで、親戚一同に挨拶して周り。


「あらためて、馬鹿息子をお願いするよフィリアちゃん」


「英雄をお願いね、まあ貴女だったら何の心配もいらないでしょうけど」


「英雄の事は任せてください、彼にして貰った様に私も幸せにしてみせます」


「うーん、僕ってば幸せ者だなぁ。いや、真面目に人生の勝利者なんじゃない?」


 デヘヘとだらしなく笑う英雄に、父・王太が神妙に沈痛な面持ちで告げる。


「英雄よ、父として言っておかなければならない」


「え、何その不穏な空気。めでたい席なんだからやめよ?」


「聞け息子よ、――――結婚こそが始まりだ」


「それは良くある、ここがゴールじゃないぞ的な?」


「そんなもの、お前なら言わなくても分かっている筈だ」


「じゃあ?」


 すると王太は英雄の耳に顔を近づけて。


「こころの様な人種は結婚直後が一番ヤバい。感情が溢れるんだ。腹にジャンプと、常に脱出路の確保をしておけ」


「……………………忠告、ありがと」


 父息子は拳をガシガシと合わせて。

 そんな二人をこころとフィリアは白い目で。


「義母さん、何か心得は?」


「結婚直後は手段を選ぶな、意外と、本当に意外な事に、結婚直後に敵は出てくるの……」


「金言、ありがたく心に刻みます」


 苦労の滲む義母の声色に、フィリアは座った瞳で爛々と英雄を見つめ。

 周囲の男はそっと目をそらし、女は然もあらんと深く頷いた。


「そういや親父、僕の退学の事って誰から聞いたの?」


「爺ちゃんからだが?」


「その爺ちゃんは誰から?」


「お前のトコの校長から」


「は? 何で!? どうして僕に話が来なかったの?」


 あっさり開かされた情報元の存在に、英雄は首を傾げる限り。


「あの教頭……いや、校長だったか。何か悪戯でもしたか? あの人が敵対するなんてよっぽどの事だろう」


「そこなんだよね、悪戯するなら一緒にやってるし。思い当たる節は…………あ」


「何か思い出したか?」


「バレンタインの時なんだけどね。最初味方に居たのに、何故か最後に敵になって妨害してきてさぁ。そういえば、爺ちゃんがどうとか言ってたっけ」


「なるほど、わからん。そもそもお前、バレンタインで何したんだ?」


「一週間戦争」


「一週間戦争?」


「最終日は学校を中心に夜通し騒いだ」


「何故、俺を呼ばない?」


「親父ってば、海外出張だったよね? お袋も一緒について行ってたし」


「そうだった、パリでセレンディア家と商談してたんだった」


「ふむ? 私の母方の祖父の家と?」


「そうそう忘れてたわ英雄、今度の夏休みか学校卒業してからで良いから、そちらにご挨拶に行きなさい。王太が勝手に約束してきちゃって」


「せめて僕に一報くれない? いや、異存はないけどさ」


「新婚旅行はパリか、中々楽しみだな!」


「君は楽しそうだけど、そっちのお爺ちゃんってお貴族様なんでしょ? 僕、今から気が重いんだけど?」


「姉さんを負かした君が何を言う」


「そう言う問題じゃないんだけどなぁ……?」


 退学問題に校長が直に関わっている事が発覚した所で、今は何が出来る訳でも無い。

 挨拶周りを続けていると、隅で静かに呑んでいる従兄弟の一人、修(二八歳)に呼び止められて。


「よぉ英雄、結婚おめでとう。俺は脇部修、フィリアさんよろしくな」


「どうも、這寄フィリアです。お噂はかねがね、何でも個人で輸入古美術店を営んでいるとか、業界内でも期待の新人と噂されてますよ」


「大企業のお嬢様に言われたら、悪い気がしないな」


「え、オサム兄さんの店って儲かってるの?」


「ボチボチって所だな、少し前に雇ったバイトの子が有能で太客が増えたんだよ」


 苦笑しながら答えた修は、急に真顔になって。


「ところで、美人を射止めたお前に相談があるんだが……」


「オサム兄さんが相談?」


「私は席を外そうか?」


「……いや、女性の答えも聞きたい。居てくれ」


「オッケー、それで相談って?」


「それがな? さっき言ったバイトの子の事なんだが……」


 何から話したものか、と彼は逡巡し。


「まず一つ、――女子高生に様付けで呼ばれるのってどうだろう?」


「アウトだな」


「アウト、っていうかそのバイトの子って女子高生なの?」


「では次だ、これはあくまで友達に話なんだが」


「オサム兄さんの話、と。それで?」


「お前な……、はぁ、外国の子をな、行くところが無いから同情して住まわせてるみたいなんだ」


「どっかで聞いた話じゃない?」


「私を見るな」


「んでもって、最近その子の親から連絡があってな。……その、俺の嫁にしろと」


「ちなみに、可愛い子?」


「おっぱいデカイ」


「おっぱいデカイ……」


「ケツがエロい」


「ケツがエロい……」


「銀髪で褐色」


「銀髪で褐色……」


「英雄? 私では不満か?」


「痛っ!? わき腹っ!? 大丈夫だからっ! 僕はフィリア一筋だからっ!」


「そうか、すまない続けてくれ」


「大変だなぁ英雄は……」


「いやオサム兄さん? 良く分かんないけど、責任取ろう?」


「残念だが、俺はまだピュアな体だから。いきなりそんな事を言われて困ってるんだ。何か良いアイディアは無いかな、穏便に諦めさせる方向で」


 童貞だと告白した事はともあれ、困っている様子の従兄弟に英雄はフィリアの顔を見て。

 確認せねばならない。

 脇部という血筋、己や父、そして祖父という体現者。

 そして何を隠そう、この修も高校のOBであるからして。


「…………つかぬ事を聞くけど、前に良い感じの関係になるかもって言ってた巫女の人は?」


「残念な事に変わらないな、そう言えば何故か家の一室を占拠してるんだよな、家賃取るべきか?」


「高校の時にデートしたとか言ってた、イアさん? だっけ? どうなったの?」


「それが毎日冷やかしに来るんだよな、差し入れ持ってこなかったら営業妨害だ、――そういやアイツも一室占拠してるんだよなぁ、どいつもこいつも……」


「…………おい、おい? 英雄これは?」


 フィリアは冷や汗を一つ、英雄が聞いた二人、その名前には聞き覚えがあって。

 バレンタインの時に、同盟側に協力したOBの名だ。


「もう一つ聞くけど、背後に視線を感じるとか無い?」


「なんだそれ? 俺の後ろには、おはようからおやすみの後も例のバイトの子しかいないぞ?」


「もうダメだぁっ!? 危険だよオサム兄さんっ!? もうちょっと詳しく聞いてみたいけど、マジ危険だって!!」


「…………僭越ながら修さん、お腹と背中にジャンプを装備して生活した方が良いかと」


「え、え? 何その反応っ!? マジ顔で言うなよっ!? 俺に何があるんだよっ!?」


 脇部の血は脇部の血であった。

 まさか複数人に狙われいるとは露にも思わず、英雄は堅く決意する。


「ごめんオサム兄さん、僕、兄さんが結婚するまでお店に遊びに行かないよ。連絡も取らない」


「急に何だっ!? ちょっと怖くなってきたぞ!?」


「女としての忠告だ、――本当は理解しているのだろう? とっとと一人に決めるか、全員にするかだ。さもなければ………………」


「オサム兄さん、弔辞は任せて……」


「俺、帰りたくねぇ……、あははは、そうだ、きっと夢なんだ、本当の俺は異世界で勇者になって世界を救って……」


「オサム兄さんの事だから、異世界でも童貞もまま日本に帰ってくるんじゃない?」


「言うな、夢ぐらい見させてくれっ!」


「現実を見た方が良いぞ、修さん」


「ぬわああああああああああんっ!!」


 やってやれるか、とビールを飲み干す童貞男の姿に、英雄は涙を禁じ得ない。

 二人は彼を置いてそっと離れて、――その瞬間であった。


「こぉこぉでぇ! 会ったが百年めぇええええええええ!! 遂に見つけたぞ平九ろ――「やっぱり! その金髪の子が本命なんですかオサム様っ!?」――はい?」


 校長と、謎の銀髪褐色巨乳美少女が庭に登場して。

 誰もが平九郎と修の二人に注目した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る