第127話 グラビティーズ



 次の日、親族会議(宴会)を夕方に控え、今は午前。

 フィリアはこころに連れられて、庭にある土倉へと。


「師匠、ここに何が? 倉庫整理の手伝いですか?」


「……中に入れば分かるわ。貴女にも資格がある、きっと気に入って貰える筈よ」


「資格? 気に入る?」


「さあ、どうぞ。脇部の新しいお嫁さん……」


 古めかしい扉が開かれる、奥には祖母・那凪が。

 序列を表すように親族の女達が五人、等間隔で立っていて。


「ようこそフィリアさん、我々は貴女を歓迎するわ」


「へぇ、これが英雄ちゃんのお嫁さん」


「感じるわ、――我々の一員となるに相応しい人材のようね」


「そうか? ケツの青いひよっこじゃないの? おい、ホントにコイツもそうなのかこころ」


「絵理、外見に惑わされてはダメよ。彼女はあのカミラの娘なのだから」


「ええっ!? 名誉メンバーであるカミラさんの一員ですってっ!?」


「…………皆さん? これは一体どういう集まりで?」


 フィリアが見たところ、彼女たちは脇部の女性の中でも発言権のある人物達だ。


(共通点は何だ? 何の集まりだ? 私は何に巻き込まれている?)


 逆にこの場に居ない者は、幼かったり、恋人、伴侶の居ないという共通点が明確であるが。


「いや、そうか。――――『同胞』なのか」


「ふふっ、フィリアさん。話が早くて助かるわ。ここに居るものは脇部一族の中でも特に、愛の重さを魂に持つ者」


 那凪の瞳には、ねっとりとした何かが。

 続いて、絵理と呼ばれたパンクファッションの三児の母が。


「九条絵理、旧姓脇部絵理。――愛する夫の匂いで、今夜の勃起の堅さが判るスペシャリストだ」


「なんとっ!? 是非コツを教えて貰いたいっ!?」


「絵理だけじゃないわ、この場に居る全員がプロフェッショナルよ」


「それは本当ですか師匠っ!?」


 フィリアは驚愕した、趣味を押し出している服装が多々見受けられるが、それを除けば普通の主婦、OLといった人間達だ。


「あらためて名乗るわ、脇部こころ。――ストーキングの技術は言うまでもないけれど、周囲の人間を使って相手を束縛する技術は私に任せて」


「ワタシも名乗ろう、新森光子。心理学で夫を誘惑する事なら任せて。五秒後にケダモノの様に求められる誘惑の仕方を教えよう」


「な、なんて頼もしいんだっ!!」


 那凪の右に居たスーツ姿の美女が怪しく微笑む。

 続いて、左に侍るネコ耳メイド姿の四十路の女性が。


「脇部美嘉だニャン! いくら年を重ねても、ご主人様を萌え萌えきゅんきゅん! させる仕草と。ご主人様が媚びを売ってると分かってても、つい抱きしめてしまうメイド奉仕術を教えるニャン!」


「――補足すると、彼女はSM的な心理に優れているの。貴女も学ぶ所があると思うわ」


「…………出来るならば、その四十路に見えない美貌の保ち方もご教授ください」


「任せるニャン!」


 本当に四十路なのか、その声色、肌の張りは二十代前半。

 メイド服の上からでも、その体のバランスが崩れていない所か美しさが見て取れる。


(――これが、脇部の女達っ!?)


 這寄フィリアは戦慄した、彼女達の目には狂おしい程の重力がある。

 人生の全てを、愛する男の視線を独占する為に。

 人生の全てを、愛する男から愛される為に。

 人生の全てを、愛する男と幸せにする為に、

 人生の全てを捧げた猛者達だ。


「……脇部蜜、よろしくルーキー。特技は裁縫技術、髪の毛百パーセントで夫のパンツを作る事。そして他の女を寄せ付けない技術が得意」


「あらあら、わたしは脇部清香。夫に耳元で囁く時、心地よく感じさせる事が得意だわ。喉のふるわせ方、日夜問わず求められる喉の使い方も任せて」


 残る二人、大学生の女と若妻がフィリアに笑いかけた。

 そして。


「脇部那凪、愛する夫を、平九郎を独占する為なら、相手を破滅に追いやり、己の命すらかけられる女よ。――ようこそ這寄フィリアさん、否、脇部フィリア。我々は貴女を歓迎します」


「…………金と権力でストーカーするしか出来ませんが、よろしくお願いします」


 彼女たち歴戦の勇士に比べれば、己のなんと非力な事か。

 学ばなくてはならない、脇部英雄という存在を愛する更なる技術を。

 そう決意を固めるフィリアを前に、那凪が代表して述べた。


「フィリアさん、私達は貴女に謝罪せねばなりません」


「謝罪? 何を――」


「貴女をストーキングしている人物、それは我々一族の中に居ます」


「ッ!? そ、それは本当なのですかッ!?」


「残念な事に、その犯人はまだ誰かは分かっていませんが……」


「成程、もしかして今回の親族会議は英雄の事だけではなくて」


「その通り、私達は犯人を炙り出そうと考えています」


 那凪の言葉を引き継ぎ、こころが神妙な顔をして告げた。


「同じ人物を愛する事、それは脇部の女ではタブーよ。絶対に血の争いが起こるから、もしそうでなければ――」


「敵、という事ですか?」


「そう、我々が愛する男への敵対行為」


「見過ごせる筈がない、嗚呼、――それはとても良く理解できます」


 獰猛に嗤うフィリアへ、彼女たちもケタケタと暗い瞳で笑みを浮かべ。

 品の良い老女は悪辣に口元を歪め。


「脇部の当主として命じます、裏切り者を見つけなさい。――やることは分かっていますね?」


「家の中の盗聴、盗撮、監視体制は完了済みよ」


「各自の予定はここに、子供達への聞き取りも完了しているわ」


「自白させる為の監禁部屋の用意も完了してるニャ」


「……監視カメラとは別に、各部屋への出入りが把握できるトラップを仕掛けた」


「夫達に根回ししておきましたわ」


 万全の体制、だが足りない物があるとフィリアは感じた。

 ならば、己も一員として協力しなければならない。

 もう、脇部の女なのだから。


「では私も用意したい物がある、後で届けさせるので電源を借りても大丈夫か?」


「勿論よ、けれど何を?」


「聞いたところ、ネットの対策が十分ではなさそうだ。スマホやPCからの通信を傍受する機器を設置する」


「それが即座に出てくる辺り、頼もしいわ。――では最後にもう一つ、何より大切な事を話しましょう」


「何より大切な事?」


 ため息混じりの那凪の口調に、フィリアは首を傾げる。

 周囲を見渡せば、他の者達も物憂げな表情で。


「アレね」「アレだわ」「アレよね」「……アレ」「やはり今回もあるのですねアレ」


「いったい何が?」


 フィリアの質問に、誰もが顔を見合わせ重苦しい沈黙を。

 心なしか、怒りが灯っている気がする。

 嫌な予感が過ぎった瞬間、那凪が額に青筋を立てて。


「――――おっぱぶに行こう大作戦」


「申し訳ない、もう一度言ってほしい」


「…………おっぱぶに行こう大作戦」


「……………………本当に申し訳ないが、詳しい説明を頼む」


 おっぱぶに行こう大作戦、いったい何なのだろうか。

 よもやこのメンバーで行くのか、それとも何かの暗号か。

 混乱するフィリアに、こころが呆れた口調で答えた。


「ウチの馬鹿どもわね。親族会議の度に、真夜中に起き出しておっぱぶに行こうとするのよ」


「…………近くにあるのですか?」


「隣町にあるのよ、でも酔っていて運転出来ないし、私たちにバレないようにタクシーも使用しないから」


「徒歩でと、捕まえるのに容易…………いや、そんな訳がないのかッ! つかぬ事を聞くが、皆様の伴侶の行動力は?」


「英雄と同じくらい、それも一族の男全員が」


「……………………一族の男、全員が」


 その意味を想像して、フィリアは押し黙った。

 愛する男が他の女のおっぱいを堪能しに行く、しかも酔った状態で理性というブレーキが無くなったまま。

 全員が全員、英雄のような妙な行動力の持ち主で。


「正直な話、裏切り者はそこまで問題ではないの」


「今、心の底から理解しました。誰か分からない敵の方がまだマシだッ!!」


「しかも今回、一族の中でも特に行動力の高い英雄が参加する可能性が高い」


「ぬわああああッ!? 畜生ッ!! 英雄なら酔っていなくても、面白そうだからと参加しそうだッ! アイツが大好きそうなイベントじゃないかッ!! 私のおっぱいなら何時でも堪能していいのにッ!! 絶対アイツは参加するッ!!」


 頭を抱えて叫ぶフィリアに、那凪達は寄り添って抱きしめて。

 この瞬間、全員の心が一致していた。


「普段、高級ステーキばかり食べてるから、偶にはスーパーの刺身を食べても良い。――そんな言い訳を許すなかれ!!」


「何が、君の嫉妬する姿が見たかったよ! 絶対に本気でエロ根性で行こうとしてたでしょう!」


「本気じゃなくて、酒の席の付き合いだから? なら断れば良いじゃないっ!!」


「愛する女が手招きする幻影を見た? もう少しマシな言い訳しなさいよっ!!」


「キャバクラと同じだから、ちょっと金払ってチヤホヤされるだけだから? ――冗談じゃないわ!!」


「仕事で他の女と話すのすら、全身全霊で我慢してるのに、ふざけんなっ!!」


「私も魂をかけて阻止するッ!! おっぱぶに行かせやしないッ!!」


 今、脇部の女達の戦いが始まろうとしていた。


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