第126話 カエルの祖父母もカエル
結局の所、美蘭が語ったストーカーと思しき人物の発見報告は無かった。
三人は今、武家屋敷風の古い家の門の前に立って。
「意外と近かったな」
「でしょ? だからって言うのかな、年に一回ぐらいしか来ないんだよね」
「何時でも来られると思うと、案外と行かないのよね」
脇部本家、――と言ってもそんな大したものではないが。
ともあれ祖父母の家は、隣の隣のそのまた隣の市内にある。
故に、電車に乗ってしまえばすぐに着いたのだ。
「ふむ、都会の一般家庭にしては大きめの家ではないか?」
「都会っていっても、端っこの田舎だからね。君んとこみたいに名家ってワケじゃないけど、昔からあるらしいから」
「中は結構ボロいのよ、築何年だっけ?」
「さぁ? 大正時代に一回燃えて立て直したとか爺ちゃん言ってなかったっけ?」
最寄りの駅までバスで十分、コンビニまで徒歩三十分、近くに個人経営のスーパーが一軒。
都会の田舎に存在する、外見だけは立派(そうに見える)のが祖父母の家だ。
しげしげとフィリアが眺めていたその時。
「――おう、何ボーッとつっ立ってやがるんだ?」
「あ、爺ちゃん! 久しぶり!」
「お爺様! 久しぶりです!」
「おう、久しぶりだなァ二人とも。んで、こっちが英雄のコレか?」
「いや、小指立てないでよ爺ちゃん?」
「初めまして、英雄の嫁になる這寄フィリアです」
「おう、俺は脇部平九郎。英雄の祖父だ、よろしく頼むぜ」
背後から現れたのは、甚平を来た老人。
その雰囲気は引退した山賊の親分、或いは血に飢えたまま老いた人斬り剣豪の様なそれ。
初対面ならば威圧されるような強面を前に、一歩も揺るがず握手した孫の嫁に、彼はウンザリした顔をして。
「なんでぇ、また情の怖い女を捕まえてきたのか? どうしてウチのガキや孫は、可愛げの無い女を連れてくるんだか……」
「ふむ、怖がった方がよかったかなお爺様」
「よせやい、お爺様なんて背中が痒くなる呼び方は美蘭だけで十分だ。爺ちゃんと呼んでくれよべっぴんな嫁さん」
「どうだい爺ちゃん! フィリアは綺麗だろう!」
「ま、それは良くやったと褒めてやるぞ英雄。男は良い女を捕まえてナンボの世界だからな」
「では女はどうなんですのお爺様?」
「俺に一発くらわせられる度胸と実力が欲しいな」
「いや爺ちゃん? 剣道の段持ちだったよね? ワリとムリゲーじゃない?」
「…………中々に剛毅な方の様だな」
老いてなおギラつく目つき、筋肉の衰えぬどころか鍛え抜かれた体。
現代っ子丸出しな英雄と対照的な祖父に、彼女は奇妙な納得を覚えていた。
「ま、立ち話もなんだ。中に入ろうぜ、那凪も待ってらァ」
「那凪?」
「脇部那凪、婆ちゃんさ」
「お爺様みたいにコワモテじゃないので、安心してね」
「ガッハッハ、孫たちは酷い言い草だなァ。年寄りにゴマすらないと小遣いやんねぇぞ?」
「爺ちゃんサイコー! 親父なんて目じゃないぐらいカッコイよっ!!」
「ワタクシの理想の男は、お爺様よ!」
「心が籠もってない。罰として小遣いは一番長く肩たたきしたヤツの総取りだ」
「ふふっ、それは私も参戦して良いのかな?」
「ライバルが増えたっ!?」
「この馴染みよう、よほど英雄に鍛えられたと見ましたわ」
ワイワイと四人は中へ、すると玄関には老婦人と言う表現がぴったりくる気品のある女性が待っていた。
――首の大きな傷跡が目を引いたが、フィリアは少し視線を泳がせるに止めた。
「よぉ帰ったぞ那凪」
「お帰りなさい旦那様、それから久しぶりねぇ英雄、美蘭。それから――」
「お初にお目にかかります、英雄の嫁になる這寄フィリアです」
「あらまぁ! 這寄さんの所のお嬢さん! 源十郎さんはお元気?」
「祖父をご存じで?」
「私も昔は華族の流れを組む家のお嬢様だったのよ、旦那様に駆け落ち同然で浚われてお嫁に来たから、それ以来実家と交流は無いのだけれど」
「なんと!」
「へぇ、フィリアんチのお爺さんと知り合いだったんだ」
「少し興味深いですけど、奥で話しません?」
「だな、茶と菓子持ってこい那凪」
「勿論、用意済みですよ旦那様」
年月を経てなお続く恋女房、阿吽の呼吸。
その姿に、フィリアは憧れのような何かを感じながら。
それはさておき、居間にいけば畳と大きなちゃぶ台。
「成程? 英雄の部屋の雰囲気と似ているな」
「あ、分かる? 爺ちゃんち好きでさ、ちょっと意識してインテリア揃えたんだ」
「おう、好きならもうちょっと寄れや」
「ごめんね爺ちゃん、青春するので忙しくてさ」
「ふふっ、王太と同じ事を言うのね」
「マジ? 親父も同じコト言ってたの?」
「ついでに言うなら、旦那様も同じ事を言ってたわ」
「昔ってどれくらいお婆様?」
「私達が丁度、貴女達ぐらいの頃かしら。そうそう、これは話して無かったわね。実は旦那様とは幼馴染みなんですよ」
「わお、それじゃあ爺ちゃんも良いトコのお坊ちゃんだったの?」
「残念だが、俺の爺さまが那凪の親と個人的な知り合いだっただけだな。――それより、だ」
その瞬間、平九郎の眼孔が鋭く英雄に向けられる。
「テメェ、退学の危機にあるんだってな?」
「僕としては、何で僕より先に爺ちゃんが知ってるのか不思議なんだけど?」
「ま、その辺は年の功ってヤツだ」
「格好付けて言っているけど、貴方たちの通う高校の校長と知り合いなだけよ」
「そういえば、この前そんな話を聞いたような……?」
「情報源の事は問題じゃない、…………言いたいことは分かるな?」
「爺ちゃん、僕は無実だよ」
「嘘だな、俺の孫がまともな訳がねェ」
「センセ達も巻き込んでるから、基本セーフだった筈なんだけどなぁ」
「セーフだろうがアウトだろうがな、俺が言いたい事は分かるだろ?」
牙を剥き出しにした肉食獣の笑み、それに英雄も不敵に笑い。
「脇部家・家訓その十。――敵ならば楽しめ! 味方なら宴会だ!」
「良く言った! それでこそ俺の孫だッ!」
「……お婆様? いつもこんな感じで?」
「ええ、ウチの男は馬鹿でしょう? そこが可愛らしいのですけれど」
「これを可愛らしいって言えるお婆様がスゲーわ」
呆れた視線を送る女達と対照的に、盛り上がる祖父と孫は声を張り上げて。
「脇部家・家訓その十五!」
「おっぱいのデカい女の子には声をかけろっ! 美人は放っておくな!」
「脇部家・家訓その十六!」
「お祭りには必ず参加しろ! そして全身全霊で楽しめ!」
「脇部家・家訓その十七!」
「黒髪ロングは正義! 金髪と銀髪でも可!」
「脇部家・家訓その十八!」
「浴衣はうなじが最高!!」
「………………いつもこんな感じで?」
「ええ、本当に馬鹿でしょう?」
「なんでウチの男どもは、みんな馬鹿なの?」
「よーし! 今夜は一足早く宴会だ! そんでもって明日からの親族会議も宴会だ! 飲むぞ英雄! お前も嫁を取る年だ、今回は飲め飲めェ!!」
「いえーい! 爺ちゃん素敵!」
「旦那様? 孫達未成年には飲ませませんよ? それに、フィリアさんのお腹に子供が居たらどうするのです」
「おお! その可能性があったなガハハ! どうだ英雄、ヤる事やってんのか? 手を出してねぇとは言わせねェぞ!」
「もう酔ってるの爺ちゃん?」
「それで、どうなのフィリアさん? 子供の予定は? 何人産む?」
「あ、それワタクシも興味ある。英雄とどこまで行ったの? 監禁したってホント?」
「まあまあまあ! そうよねっ! 愛する人の事は独占したいわよねっ! それでこそ脇部家の嫁ですっ! 私達は歓迎するわ!」
今度は女達が盛り上がり始め、男二人は少し冷めた顔。
「…………おい、お前もか?」
「………………詳しくは聞いたこと無かったけど、もしかして爺ちゃんも?」
「アイツの首、傷あんだろ? 詳しく聞きたいか?」
「何かすっごい嫌な予感しかしないんだけど?」
今まで深く考えたことが無かったが、この祖父がヤンデレとは考えにくい。
となれば、祖母がそうである筈で。
つまり、祖父も相応の苦労をしていた訳で。
「…………爺ちゃん、親族会議と称してウチの男達が固まって呑むのって」
「言うな」
「もしかして、みんなかなりの苦労を……」
「言うな、そして素面の時に聞くな。女の数だけ違う重さの愛があるんだぞ?」
「酔ってる時に聞くな、じゃなくて?」
「酔ってる時じゃないと、笑い話に出来ねぇんだ……。若い頃に、貴男と結ばれないなら自分の首を切って貴男の首を切る! を、最後までやりきろうとして、死にかけた女の話をするか?」
「ごめん、僕が悪かったよ爺ちゃん。…………僕はまだマシだったんだなぁ」
あの傷はそう言う事か、聞いても話さない訳だと英雄は遠い目をして。
その後、父・王太、母・こころが到着するまで、彼らは窓から青空を眺めならお茶を飲んだ。
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