第125話 呼ばれて飛び出て美蘭ちゃん
ぴんぽーん、ぽんぽーんと繰り返す事二回。
たんたん、と靴を鳴らす音が二回。
コンコンとノックが一度。
静寂が訪れる。
(どうするっ!? どう出るっ!?)
フィリアに手振りで風呂場に隠れる様に指示すると、英雄はそろりそろりと冷蔵庫を開けダイコンを装備。
(ああもうっ、こんな事なら脱出ルートを破棄するんじゃなかったっ!)
悔やんでも仕方がない、以前使った窓からの脱出ルートは、ロープの取り付けていたカーテンレール破損により廃止。
緊急脱出は望めない。
となれば、恐らく最善が警察なりローズとロダンに助けを求める事だ。
(このまま去って行ってくれ……、じゃなきゃこのダイコン・エクスカリバーが活躍してしまうっ!!)
今晩のメニューである角煮と一緒に煮るつもりであるので、出来るなら使用したくない。
そもそも、食べ物を武器にしたくない。
コンコン、コツコツ、ガチャガチャ、ピンポーンと英雄の願いも虚しく去る気配は無く。
扉の前には誰かの気配、しかし何故かその動きは止まって。
(…………ごくっ)
諦めたのか、そう思った瞬間に彼のスマホが震える。
(なるほど、例の護衛と義姉さん達には連絡を。じゃあこのまま籠城しておけば良いかな?)
ほっと一安心、胸をなで下ろした瞬間であった。
――ガチャリ、ドアから開錠の音。
(うっそだろおいっ!? え? 未来さんだよねっ!? 鍵持ってるの僕らの他にはは未来さんかローズ義姉さんだけだよねっ!? そうだと言ってよっ!?)
英雄は肌を粟立たせ、ひきつった顔でダイコンを構えて。
「ふははははー、ここがあの男のアジトねっ! ……うーん、鍵を借りてるとはいえ、勝手に入って良かったかしらん? まあワタクシを待たせるなんてあり得ないですし…………――――っ!?」
目が合った。
銀髪ストレートの、赤い瞳の美少女。
ゴスロリに身を固めた、独特な雰囲気の。
「美蘭っ!?」
「英雄!? 居るなら出てきなさいよっ!! びっくりしたじゃなのっ!!」
「それはコッチのセリフだっての! 何でウチの鍵持ってるんだっ!!」
「アンタの親から渡されたのよっ!」
「はぁっ!? ウチの親からっ!?」
「そう、アンタの親から」
「……」「……」
流れる沈黙、その雰囲気は先程とは正反対に軽く。
美蘭と呼ばれたゴスロリ少女、ニマと笑い。
英雄、肩を竦めて。
「ここで会ったが百年目っ!! 元気にしていたかマイ・ヒーロー! このアタクシに倒される準備はオーケー?」
「美蘭ってば今年で大学二年だよね? まだその悪の女幹部ごっこやってるの? 辛くない? 虐められてない?」
「マジな心配しないでよっ!? こう見えてもオタサーの姫でクラッシャーやって出禁になってるんだからっ!!」
「いや、それマジでダメなパターンだよね?」
「仕方ないでしょっ! ワタクシは恋愛よりアニメ談義や酒飲みながらゲーム大会したいだけなのに! 勝手に惚れて崩壊するのよっ!!」
「銀髪のウイッグとカラコンとゴスロリ止めたら?」
「イヤよ、他の服なんて捨てたし。もうウイッグじゃなくて染めてるし、カラコンはロマン」
「カラコンはロマン?」
「カラコンはロマン!」
「なら仕方がないね」
「でしょう?」
「いや待て、その結論はおかしい」
誰かが入ってきたと思えば、急に始まる漫才。
フィリアは困惑しながら出てきて。
「あ、紹介するね。僕の嫁さんのフィリア、君とは違ってマジもんの金髪」
「えっ!? ヒーローにカキタレが出来たってマジ情報なワケ!? ――じゃなかった、ワタクシは脇部美蘭、英雄の従姉妹ですわ!」
「私は這寄フィリア、どうぞよろしく?」
「待ってフィリア、なんで疑問系?」
「いやいや? 事態を飲み込めない私の気持ちも考えろ? …………はぁ、つまりは例の人物では無いのだな?」
「例の人物?」
「うん、ちょっとあってね」
「私はそこで困惑してる護衛と、コッチに向かってる姉さん達に説明してくる。対応は任せたぞ」
「うわっ!? ワタクシの背後に謎の黒服ぅっ!?」
「ごめん、任せた任された。騒がせてすみません黒服さん達。――じゃあ、入ってよ美蘭」
外へ出るフィリアと入れ違いに、美蘭が中へ。
彼女は用意された座布団に正座すると、目を輝かせて訪ねる。
「今のってSP? アニメとかで見る護衛の人だよねっ!? あの子ってお嬢様か何か? やるじゃんヒーロー!」
「うーん、この年になってヒーローは止めてくれない?」
「ワタクシにとって、アンタは何時までもヒーローよ。感謝しなさいな」
「ドコに感謝する所があったの?」
「何処って、そりゃーアンタがヒーローだからアタシが悪の女幹部なワケだし?」
「その設定、子供の頃のママゴトの時のだよね? まだ有効なんだね?」
「ま、癖になってるのよ。悪の女幹部になりきるのがねっ!」
「悪の女幹部と言っても、ギャグアニメで毎回最後に爆発して星になるタイプのヤツだね」
「え? バトル漫画のクールな四天王なタイプじゃなくて?」
「え?」
「え?」
見解の相違にハテナマークを浮かべるイトコ同士、ともあれ英雄は至極まっとうな疑問が浮かび。
「所で何しに来たの? わざわざ鍵まで借りてさ、せめて連絡入れてくれれば良いのに」
「え、それ言っちゃう? メールも電話もSNSも全部ブロックしてるのは誰よ? ワタクシ、怒ってるのよ?」
「弁明をしても?」
「聞きましょう」
「フィリアはお袋の同類だ」
「……………………………………今のは聞かなかったし許す」
「嬉しいけど現実を見て? 君のお袋さんも同じだよよね? 婆ちゃんもハトコのお嫁さんもそうだよね?」
「言わないで…………」
非常に重苦しい一言だった。
なにせ彼女も脇部一族の一人だし、英雄の通う高校のOBだ。
情の重い女の面倒さを、嫌と言うほど知っている。
「じゃあこの話はお終い、ここに来た理由は?」
「ヒーローの退学の事が爺ちゃんに伝わってる、親族会議よ」
「なんで伝わってるの?」
「ワタクシの知るところによると、そもそも爺ちゃん経由で話が来たらしいわよ?」
「なんでそっちから来るのさっ!? 普通、担任経由で最初に僕に来ないっ!?」
「アンタ、変な所にちょっかいかけて恨みをかったんじゃないの? たとえばあのフィリアちゃんの家族を怒らせたとか、お嬢様なんでしょ?」
「残念だけど、それはもうやった。クリア済みさ」
「もうやったのっ!? え、じゃあ例によって監禁された? 食事に髪の毛とか混じってない?」
「それもクリア済み」
「マジっ!? よくそれであの子を嫁にするとか言うわねっ!? 正気沙汰じゃないわよっ!?」
「これは親切心から言うけど、ウチの家系は情が重くなるか、重い人に言い寄られる事が多いらしいから。今のウチに扱い方を学んでおいた方が良いよ」
真剣な顔で述べる英雄に、美蘭も心当たりがあるのか青ざめた顔で体を震わせて。
「…………帰ったら父さんに聞く」
「そうすると良いよ、――っと話が反れたね、親族会議って何時?」
「明日」
「早くない?」
「アンタの嫁さんみたいって、爺ちゃんが張り切ってる」
「婆ちゃんは止めなかったの?」
「喜んでご馳走の手配してた」
「…………ウチの家系にはストッパーが居ないのかっ!?」
「鏡を見て?」
「君も鏡見て?」
「二人とも、ブーメランを投げ合って楽しいか?」
「あ、フィリアおかえり」
「フィリアさん? でいいのよね。ワタクシは美蘭でいいわ」
「了解した美蘭、後は親戚になるのだからな。私の事もフィリアでいい、――ところで何用で来たのだ?」
「それがさ、明日から親族会議があるから。爺ちゃんチに行かなきゃいけなくて」
「ふむ、私は留守番した方が良いか?」
「君も来て、爺ちゃん達が僕の嫁さん見るって大騒ぎしてるらしい」
「ならば、精一杯おめかしして挨拶しなければな!」
そうと決まれば旅行の準備と動き出すフィリア、すると美蘭はポンと手を打って。
「そう言えば、聞きたい事があったんだけど」
「僕のスリーサイズ? フィリアだけの秘密だよ」
「お馬鹿、そうじゃなくて。ワタクシが来たときに、望遠の一眼レフ構えた男がアパートのちょっと離れた角で、この部屋に向けて構えてたけど。……知り合い?」
「…………は?」
「…………ふむ?」
恋人同士は顔を見合わせて、それはもしかして、もしかするのだろうか。
「それを早く言ってよ美蘭っ!? 今フィリアはストーカーされてるんだよっ!!」
「もう少し詳しく話せっ! どんな男だった? いや、そうじゃない今すぐこの場を離れるべきだ! 留守の間に超特急で守りを固める!」
「え? ええっ!? ストーカーっ!? それでさっき――って、もう出るのっ!? まだワタクシ、ポテチ全部食べてないっ!?」
「ああっ、フィリアのテンションが上がって暴走モードに入ってるっ!? こうなったら仕方ない、今すぐ出発だよ美蘭!」
「ふえええっ!? ぬええええええええっ!?」
二人は驚く美蘭の腕を掴み、迷わず玄関へ歩き出したのだった。
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