第123話 ハッピー・バレンタイン(四章エピローグ)



 昼前の校庭には、幸せが溢れていた。

 騎士団も同盟も、バカ騒ぎに参加しなかった者達も。

 男と女、――男と男、女と女の姿もあったがともあれ。恋人達は和気藹々と睦まじくチョコを作って。


 そんな中、しめっぽい顔の者が一人。

 校長室からその光景を眺めて。


「…………良子ぉ」


「はい、何ですアナタ」


「………………良子ぉ」


「はい、だから何ですアナタ」


「…………良子?」


「いえす、あいあむ良子、校長ズ・ベターハーフ」


「いかん、良子が恋しすぎて幻覚が見えてきたわい」


 振り向いた先には、品の良い老婦人。

 見慣れた恋女房の姿があって思わず目を擦る。

 そんな夫に、良子は苦笑して。


「英雄ちゃんに呼ばれて来たんですよ。どうです? 新鮮な呼び方は、外国ではそう言うんですってね」


「ハッ、脇部の孫めが! 余計な事をしおって!!」


「では帰りますね」


「ああっ、すまない帰らないでくれ良子ぉ……! 儂はお前が居ないとダメなんじゃぁ……!!」


「はぁ、人生どこで間違ったかしら。後五十年若ければ英雄ちゃんを口説いたのに」


「おのれ脇部の孫!! 儂の魂より大事な女房にコナかけおってっ!! ここがアイツの桶狭間じゃあ!!」


「アナタ、最近の学説では桶狭間の戦いが無かったらしいですわ」


「え、マジ? たとえ本当でも教科書に認定されてないならノーカンだと儂思う」


「ちなみに、英雄ちゃんが教えてくれたわ」


「おのれ脇部の小僧っ!! ええい! 何処で密会してるのじゃ!!」


「いえアナタ、ちょくちょく英雄ちゃんの祖父の、アナタの大好きで大好きでたまらないあの人の家に、一緒に遊びに行ってるでしょうが。メアドを交換する暇ぐらいありますわ」


「なんとっ!?」


「アナタは私を放置して、それはもう楽しそうにしていますものね」


「ぐわっ!? ぬわーーっ!?」


 刺々しい良子のセリフに、校長は胸を押さえて。


「り、離婚か? 今回も離婚なのか? 良子! 嫌だ! よーーしーーこおおおおおおお!!」


「ステイ」


「わん」


「よろしい」


 満足げな妻は、老いてなお闘志を失わない夫に苦笑を一つ、そして厳しい顔に変える。


「アナタには呆れ果てました……」


「儂、死す」


「金輪際、離婚はしません」


「儂、復活!」


「ですが、――条件がありますよ」


「何でも言うのじゃ……じゃから捨てないでおくれ?」


「捨てるのなら何度も再婚していません」


「おお! 妻よ!! 良子よ!! 色あせぬ青春の我が女神よ!!」


「ひとつ、平九郎さんばかり構わずに私にも構ってください。アナタから熱心に口説いている癖に、釣った魚に餌をもっとやるべきですよ?」


「大いに反省する、今後は憎き脇部平九郎との戦いにもお前をつれていこうぞ」


「ふたつ、負ける度に離婚を言い出さない事。どーせ三日も経たずに再婚してくれって言い出すんですから」


「……敗北した惨めな儂でも良子の側に居ていいのか? 失望しないか? 失望して離婚を言い出さないか?」


「居てください、しません、言いません」


「具体的に」


「愛してます」


「良子おおおおおおおおおおお!!」


「ステイ」


「わん」


 ひしっと己に抱きつく老人に、良子は苦笑しか出来なくて。

 色々と変わってしまったけれど、懐かしい学び舎。

 けれど生徒の空気は変わらず、そして二人の姿も青春のあの頃のままで。


「みっつめ、――死ぬまでに一回ぐらい平九郎さんに勝っておきなさい、側に居ますから」


「嗚呼、嗚呼、嗚呼、良子! 勿論じゃあ!! やるぞ良子! どんな手を使ってでも儂は平九郎に勝利してみせる!! よし! ならば行動じゃ!!」


「その前に」


「ふむ?」


「校庭、楽しそうじゃありません?」


「…………そうだな、アヤツも子も孫もアレだが。もたらす物は幸せであるからな」


「たまには新婚の時のように、一緒に台所に立ちましょうか」


「ああ、こんな風に今日を楽しむのも悪くない」


 校長と妻・良子は仲良く腕を組んで校庭に向かった。


 一方その頃、屋上では校庭を見下ろす栄一郎と茉莉の姿が。

 二人は甘い空気を纏って、愛し合っているという点もあるが、ともあれチョコを食べた後だからだ。


「いやー、丸く収まって良かったでゴザルな」


「本当に、オマエと脇部が敵味方に分かれて。一時はどうなる事かと……」


「お、英雄殿に狙われる拙者を、心配してくれたでおじゃ?」


「バカが、大騒ぎになる事を警戒していたんだ」


「でも騎士団の結成時に居たでゴザルよね」


「乗りかかった船というのもあるが、……ま、アタシもこの高校のOBだからな」


 柔らかく微笑む、愛する者の姿。

 栄一郎はそこに、母性を見た気がして。


「…………俺も父親かぁ、キャラ付け止めようかな」


「どーせ大学入ったら止めんだろ? それに家では普通に喋ってるんだ、高校の間ぐらいバカな口調しとけよ」


「意外でおじゃ、てっきりパパになるからって止めるのかと」


「今の間にしっかり録画して、この子が大きくなったら見せる」


「止めるでおじゃっ!? 父親に奇行で子供に教育しないで欲しいでゴザルっ!?」


 慌てる栄一郎の頬に、茉莉はそっと唇を寄せて。

 彼もまた、彼女の頬にキスをする。

 相手の名残惜しくて、二人はそのまま抱き合い、互いの額を合わせ。


「…………オマエがアタシを束縛するのを許す」


「良いのか?」


「もし娘が生まれたら、オマエは確実に溺愛して束縛するだろ? ――束縛して溺れさせるのはアタシだけにしとけ」


「愛したのが茉莉で、茉莉が愛してくれて、俺は本当に幸せ者だ……」


「フン、じゃあこれから頑張れよ幸せ者。出産費用とか結婚式の代金は親がだしてくれるっつーが」


「ああ、俺が稼いで早めに返す、今のマンションだって、大きな家を買って引っ越してみせるさ」


「頑張ってくれ、アタシと我が子の栄一郎」


「責任が心地よいって、こう言う事なんだろうな」


「…………オマエ、言うことが脇部に似てきたんじゃねぇか?」


「親友だからな」


 二人は校庭を見下ろして、そこにはやはり幸せな数多の恋人達。

 その中には、もう一人の親友と妹の姿。


「終わっちゃいましたねぇ」


「終わっちゃったな」


「楽しかったですね!」


「……お前、英雄並にエンジョイしてんなぁ」


「何言ってるんです、天魔くんだって同じじゃないですか? ――それとも、辛かったですか?」


 いつもより少しだけ不安げな愛衣の姿、長い黒髪が震えるように揺れて。


「わわっ!? 髪をくしゃくしゃにしないでくださいよ」


「でも抵抗しねぇだろ、というかさせろ、したい」


「んもう、天魔くんの為に綺麗にしてる髪ですから? 自由にしてくれて良いですけど……、うう、昨日からお風呂入ってないのに」


「殆どの奴らが同じ条件だろ、それに」


「わたしの汗の匂いが好きですか?」


「この匂いは、俺の為に戦った匂いだ。それに普段から手入れが万全だから、手触りが良いぞ」


「んなっ!? て、天魔くんがジゴロになったっ!?」


「ジゴロって、今時古い言葉を……、ま、俺にも思うところがあってだな」


 楽しそうに髪を手で梳く恋人に、愛衣はニンマリと笑って。


「もしかして、妥協する気になりました?」


「いいや?」


「じゃあ何を思ったんです?」


「愛衣ちゃんは愛衣ちゃんの好きなように、俺を愛せばいいさ。――俺も素直になろうかと思ってね」


「つまり?」


「先ずは目を詰むって両手を出せよ、プレゼントがあるんだ」


「ほほう? この愛衣ちゃんのお眼鏡に合うプレゼントを期待しますよ?」


 その瞬間だった、カシャンという音と共に両手首に冷たい感触。

 愛衣が目を開けるとそこには。


「…………手錠?」


「おう」


「…………はっ!! もしかして置き去りですかっ!? 実力行使でわたしを止めにっ!?」


「いや? このままラブホ行こうぜ、私服だしバレンタインだし誰も止めないだろ」


「………………はい? はい? パードゥン?」


「それじゃあ行こうぜ、この雰囲気だと自由解散だろ。片づけもメイドさん達がやってくれてるって言うし、――英雄への挨拶も今送っといた」


「え? ええっ? わたしこのままですかっ!?」


「普段から振り回されてるからな、こういうイベントぐらいは俺の好き勝手にする、今後はそうする、今決めた」


「男らしいです天魔くん!! でも乙女にこれはちょっとどうかと思いますっ!! 特殊なプレイに見えますよっ!?」


 珍しく、顔を真っ赤にしてあたふたする愛衣に、天魔は実に爽やかな味わい深い顔で。


「さあ出発だ! いやー、バレンタインに男のロマン! 夢、だったんだよね」


「ううっ、うううううううっ、し、幸せだけど、何か負けた気がするし、納得いきませーーんっ!!」


「いいわけはお城の様なところで聞く、それまで恥ずかしさに絶えておけ。――ああ、大丈夫だ、割引チケットは英雄と栄一郎に貰ってある」


「サンキュー英雄センパイ! でも、ううっ、ううううううううううう~~~~~~~~っ!!」


「いざ行かん!! ある意味、恋人達の聖地へ!」


「性地だけに?」


「下ネタははしたないぞ?」


「天魔くんが先に言ったんじゃないですかっ!!」


 愛衣は天魔に連れられて、あわあわと呻きながら校門へと。

 隣のキッチン居た、ロダンとローズは顔を見合わせて。


「うーん、あれは注意した方が良いのかなぁ?」


「止めておけ、無粋というものだ」


「確かに、ボクらもこんな騒ぎに参加してるんだ。言える資格なんてないもんね」


「教師失格だぞロダン」


「それならキミも教師失格だねローズ」


「うむ、私達にはお似合いではないか!」


「威張って言う事かい?」


 首を傾げるロダンの頬を、ローズはやさしく抓って。


「えいっ、お返しだよ!」


「ふむ、もう少し強くしても良いのだぞ?」


「……跡が着いたら、何か要求するつもりでしょ」


「勿論だとも」


「ちなみにどんな?」


「ここの制服を来て貰おうと」


「この年で?」


「ああ、ロダンとは大人になってからの出会いではないか。……学生時代を一緒に過ごしたかったというのはいけないか?」


「ダメだね、その時は君に惚れちゃうから、彫刻に打ち込む時間が無くなる」


「嬉しい言葉だが、少し複雑だ……」


「でも、ボクに作品好きでしょ?」


「勿論だ、ロダンだけでも私は惚れていただろうが。作品を作っていないお前は想像出来ない」


「理解のある奥さんで、ボクは嬉しいよ」


「今の言葉、昔のお前に聞かせたいな」


「聞いてもきっと信じないさ、ローズの行動があってこそだもの」


「…………愛してる」


「ボクもさローズ」


 二人は当然の様に唇を寄せ合って。

 周囲のカップル達は、その自然な姿に自分達の将来を幻想する。

 その中の一組に、英雄とフィリアが。


「僕達も、あんな感じになれるかな?」


「何を言う、今だって負けてはいないぞ!」


「お、良いこと言うねフィリア!!」


「うむ、ではチョコも仕上がった所だし私が食べさせよう」


 ハートの形にラブと書かれたシンプルなチョコ、それを取ろうとした彼女の手を英雄は押しとどめて。


「待って、それは僕がやりたい!!」


「ふむ? 君がか?」


「いやー、一度は男の方からの海外風のバレンタインをしたかったんだ!」


「いや待て? 英雄、その為にバカ騒ぎを計画したんじゃないだろうな?」


「ふっふっふ、聞きたい?」


「素直に言わないと、チョコはお預けだ」


 英雄の手をフィリアはガシッと掴む。


「仕方ないなぁ、と勿体ぶった所で。その理由は一割ぐらいだったんだけどね」


「一割……また判断に悩む所を……、いや、君らしい所ではあるが……」


「安心して、残り九割はマジで異物混入イヤだっただけだから」


「安心できないッ!?」


「まあまあ、一と九、足して十だ」


「あたりまえだな」


「最後まで聞いてよ、――十割、全部。君への愛なんだから」


「…………そうか、愛故か、ふふっ、つまり私への愛の為に、こんな大がかりなイベントを? そう考えると嬉しいな」


「フィリアってチョロくない? 僕ちょっと心配になるんだけど」


「嘘か? 嘘なのかッ!? 泣くぞ本気でッ!?」


「嬉し泣きならどうぞ、全部本気で僕の愛さ」


「セリフが臭いぞ英雄?」


「君こそ酷くないっ!? 僕は本気で泣くよっ!?」


「うむ、今のは愛ではない」


「愛で言ったなら泣いてたよっ!?」


「安心しろ、――その臭いセリフが私には病み付きなんだ」


「それって安心して良いの?」


「こんな美少女が好んでいるんだぞ? 不満か?」


「こんな美少女のカノジョがそう言ってくれるなら、大満足だね! 僕もっとクサいセリフを勉強するよ!」


「それはダメだ」


「えー」


「その暇があるなら、私に構え」


「なら一緒に勉強する?」


「海外ドラマを二人で見ると?」


「ダメかな、僕がフィリアを抱えて一緒に。どう?」


「うむ、私の結論が聞きたいかね?」


「その表情が語ってると思うけど?」


 フィリアはとても幸せそうに微笑んで、何度も見ているというのに英雄の胸はドキンと高鳴って。


「君ってば、僕を喜ばす天才なんじゃないかな?」


「英雄こそ、私が望む言葉をくれる天才ではないか?」


「つまり、僕らは愛の天才ってワケだねっ! いやっほう!!」


「ばーか…………この一週間、寂しかった」


「僕もだよフィリア」


「今、猛烈に君とキスがしたい」


「奇遇だね僕もさ」


「ではするか?」


「ならしよう、でもその前に。――じゃじゃーん、これなーんだっ!」


「何だって、例の自爆ボタンじゃないか」


「うん、実はさっき校長に聞いてきてね、……ぽちっとな」


「おいッ!?」


 あっさりと押された自爆ボタンに焦ったフィリアだが、ひょろろ~~、と夏の風物詩の音に思わず上を見上げ。


「ハッピー・バレンタイン!! 愛してるよフィリア!!」


 ドンと大輪の花が空に、大きな歓声があがる。

 誰もが空を楽しそうに眺め。


「ハッピー・バレンタイン、英雄。私も愛している」


 二人は指を絡め、そしてキスをして。

 今ここにバレンタイン決戦は終わり、恋人達の一日は祝福された。


 この日以来、恋人達はいっそう仲睦まじく。

 その所為で風紀員が大捕り物を計画して、またも大騒動となるのだが。

 ――それはまた、別の話だ。


 そこからの時間は何事も無く過ぎて、否、卒業式が父兄を巻き込んだバカ騒ぎになったがともあれ。

 英雄達は無事に三年生に進級。

 今度はローズが担任、茉莉が副担任になり。

 ゴールデンウィークの前日の事である。


『もしもし英雄か?』


「ああ親父、珍しいねGWはそっち帰らないって言ってあるよね」


『それは覚えてる、――だが、状況が変わった』


「うーん、なんだか嫌な予感」


『さっきお前の学校から連絡があったんだがな……』


「思い当たる節が有りすぎるっ!?」


『このままだとお前、退学になるってさ』


「…………………………は? え、親父もっかい言って?」


『ユー、タイガク、ゲームオーバー』


「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!?」


 新たなる試練が訪れようとしていた。





 ――――四章・了、五章に続く。




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