第121話 バレンタイン・エンジョイモーニング



「正気でゴザルかっ!? 絶対これ英雄殿の罠でおじゃるよっ!! マジで爆発する可能性があるけど、絶対罠でゴザルよっ!! 助けに行くにしても、校長を捕まえて、レスキューに頼むニャ!」


「俺も右に同じ、英雄のやる事は怪しいし、校長にも出てきて貰うべきだし、爆発がマジなら専門家を呼ぼうぜ」


「えー、今すぐ助けましょうよ天魔くん。流石に死人とか出るのは……」


「愛衣、私は気づいているぞ? お前、裏切って英雄の方に着いただろう」


「愛衣ちゃんっ!? 何時の間にっ!?」


「いえ、この状況では英雄センパイに協力した方が良いと思いまして、センパイが体育館に入る前に華麗なるダブルクロスを」


「天魔、恋人の管理はしっかりするでゴザルよ」


「お前の妹でもあるんだよバカ栄一郎っ!」


「そこまでだ。――私が決断した理由を、…………本音を言おう!!」


 英雄を疑う者達へ、フィリアは肺いっぱいに空気を取り込んで。



「腹立たしいぐらいに狡いだろうがッ!! 助けに行くなんて、そんなもの建前に過ぎんッ!!」



 瞬間、あれっ? と誰もが首を傾げて。


「へ? 狡いでゴザル?」


「そうだともッ! 思い返せば最初から今の今までアイツの掌の上だッ! 騎士団を結成したのは誰だッ!? 我々の対立を激化させたのは誰だッ!? 確かに我々同盟にも一員があるだろう。――だが」


「あー、確かに。全部英雄だな」


「そうだともッ! その結果我々はどうした? チョコを奪われ、或いは脅迫され、この学校を中心に大捕り物だッ! 正直楽しかったッ!! 全員そうだろうッ!!」


 苛立った様な、幸せな様な、感情がない交ぜになった叫びに全員が頷いて。


「そうだッ! 楽しかったッ! 十年後二十年後、年老いて死ぬ時にすら思い出しそうな一週間だったッ! ああ、もうッ! こんな目まぐるしいバレンタインは初めてだッ!!」


「うん、わかりますフィリア先輩」


「そして今、英雄の奴は何をしている? ――決まってるッ! このバレンタインを全力で楽しんでいるんだッ! …………今、我々がアイツを放置して帰るのは簡単だ、恐らくきっと、もう何も起きないだろう」


「今回、かなりワヤくちゃでしたもんね」


「流石の英雄も、もう手は無いよな……そうだよな?」


「拙者としては否定も肯定もしずらい案件でおじゃ」


 不安と期待が入り交じる生徒達に、フィリアは獰猛に笑った。


「放置して帰って――それで良いのか? アイツ一人だけ一番楽しんで、何より、我々のバレンタインが尻切れトンボで終わって良いのか? 否ッ! 否であるッ! このままバレンタインを英雄の独り占めにしてなるものかッ!!」


「そうだっ! 這寄さんの言うとおりだッ! 英雄一人だけに美味しい思いさせて勝ち逃げなんて許さねぇ!!」


「毒食わば皿までっ! 同じアホなら踊らにゃ損っ! ここで撤退なんてしないでゴザルッ!」


「ここから先はバレンタインを楽しみたい者だけが着いてこいッ!! 何としてでも体育館に突入するッッ! そしてッ! そのまま家庭科室でも理科室でも学食でも何でも使ってッ! バレンタインのチョコを作るッ! 男も女も騎士団も同盟も関係ないッ! 全員でだッ!!」


 拳を振り上げるフィリア、生徒達も楽しさに目を輝かせて。


「バレンタイン決戦だオラァ!!」「みんなでチョコを作る!」「踊ってやるよこの野郎ッ!」「青春の一ページだヒャッハー!!」「バカ騒ぎこそ我が校の誉れっ」「体育館の壁をぶち壊してでもチョコを奪うぞっ!!」


「よしッ! 逃げ帰る者は居ないな? それじゃあ体育館を攻略するぞッ!!」


 フィリアが号令をかけた瞬間であった。


『ぴんぽんぱんぽーん、みんなのアイドル、お耳の恋人、脇部英雄くんのご覧のスポンサーでお送りします!』


「おい英雄、これだけは真実を話せ……。爆発の件と中に閉じこめられて窮地という件は嘘だろう?」


『あ、これマジトーンだね? ちゃんと言わないと、後でボコられる奴だね?』


「そうでゴザル」


「とっとと吐けエンジョイ野郎」


「すみません英雄センパイ、サクサク吐いちゃってくださーい」


『うーんこの四面楚歌って感じ、肌がヒリつくスリルの匂いがするね』


「英雄? あと二回だぞ?」


『ホトケのエンジェルスマイルのカウントダウンだね? ――おほん、じゃあ言うよ。爆発の件はブラフ、多分これ花火でしょ。さっき探索した時に、体育館の屋上に発射装置見つけたから』


「閉じこめられた件は?」


『そっちは半分マジ、僕だけなら出れるけど。そっちから校長の作ったバレンタイン仕様の仕掛けを突破しないと、チョコが出てこない。いやー、これって不具合だね多分、文化祭で使うつもりだったらしいけど。いきなり試さなくて良かったねぇ……』


「何も良くねぇよッ!! じゃあテメェも出てこい」


『えー、僕がそっちに行く必要ある?』


「いえセンパイ? 出てきてくださいよ」


「出てくるでおじゃ」


「…………はぁ、取り敢えずお前だけでも出てこい」


『念のために聞くけど、僕の事、一発殴らせろ、とかならないよね? なんかラスボスっぽい扱いになってたけど』


「しないから出てこい英雄、私はそろそろ君の顔が見たい」


 フィリアはため息混じりの苦笑、すると生徒達の中から一人の女生徒が出てきて。


「じゃっ、じゃーーん! 脇部英雄、ただいま参上っ!! ねぇビックリした? ビックリしたでしょっ! 実は少し前から体育館を出て、女装して混じってたんだよ!!」


 いえーいと楽しげに笑う女装男に、フィリア達は曖昧な顔でアイコンタクト。


「いやー流石は英雄殿! もう脱出して紛れてるとは、油断ならない男でおじゃる!」


「本当に予測出来ない男だなお前、こんな特等席で騒ぎに参加しようなんて。思いついても普通やらないだろ」


「誉めて誉めて! 僕、誉められるの大好きっ! …………って、何で二人とも僕の腕がっしり掴むの?」


「友情の証というモノではないか?」


「フィリアも肩をがっしり掴んでるよね? 愛情の証かな? ちょーっと痛いから力を緩めて欲しいなって」


「そうですか? そんなに強く掴んでるんです? あ、暑そうなんで右腕をまくっておきますね!」


「何で右腕だけなんだい? いやみんな? どうして一列に並んでるの? 人差し指と中指にはーって息を吹きかけてるのは?」


「分からないか?」


「分かるでゴザルね」


「分かるだろ?」


「分かりますよね」


「………………トラップカード・オープン! 人力強制脱出装置!!」


 途端、ヴァサッと英雄の女装が剥がれ脱出。

 フィリア達は目を点にして。


「バカなッ!? 一瞬にしてパンツ一丁になっただとッ!?」


「しまったっ!! これ一昨年の宴会芸用に作った天魔の衣装でゴザルッ!?」


「あー、そう言えば数日前に家に取りに来たっけ」


「何のんびりしてるんですかっ! 逃げちゃいますよ!」


「ええい者共ッ! 英雄を捕まえろォ!! 賞金一万とネズミの国の年間パスポートを付けてやる!!」


「ああっ、お金の力なんて狡いっ!!」


「無茶苦茶してる君が言うなッ!! 校門を閉鎖しろッ!! 運動部がフォワード! 他のモノは壁になれッ! 机兄妹は警備室からさすまた持ってこいッ!」


「対応がガチだよッ!? 僕ってば、体育館の扉を突破する妙案を持ってるのに!!」


「うむ、それは大人しく捕まって。代表で私が一発殴ってからにしよう」


「メリケンサックッ!? おわああああ、流石にこれは予想外だああああああああああ!?」


 三十分後、簀巻きにされて頭にタンコブを作った脇部某の姿があった事は確かだった。 


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