第119話 深夜戦線⑥
その場に居た誰もが、深夜戦線どころかバレンタインの終わりを確信した。
だが。
「ちょおおおおおおっと待つでゴザル!!」
「栄一郎っ!!」
「お前まで来たのか机、残念だがもう出番は無いぞ」
「まぁまぁそう言うなでおじゃよ、這寄さん。拙者にも英雄殿にやる事があるにゃ」
そう言って、突如として現れた彼は英雄に近づき。
直後、ブチっと音をたてて縄が外れる。
「これで自由でゴザル、マイベストフレンド」
「おおっ! 栄一郎っ! 君こそ本物のマイベストフレンド!!」
「裏切ったか机っ! 何故だっ! 愛するものは違えども、我らは同士だった筈っ!」
「そうだぜ栄一郎、何でお前が裏切るんだ!?」
「いや天魔、それはこっちのセリフでゴザルよ? 何でよりにもよって、お前が裏切ってるでおじゃ? お前達は我らの愛に妥協せず己を貫く戦士ではなかったのかにゃ!!」
栄一郎の避難に、天魔達は視線を反らし。
「ふふっ、まぁ責めるな机。彼らは我が軍門に下り、未来永劫ヒモとして愛する者に養われる未来を選んだのだ」
「なんて卑劣なっ! 流石は英雄殿の伴侶! やる事が英雄と同じで汚いっ!!」
「あれ? 後ろから撃たれてない僕?」
「取り消せ机っ! 私は英雄ほど無茶苦茶してないし、ルールを利用して悪辣な手を取ってない! 精々、最初からルール違反覚悟で勝利を目指しているだけだっ!!」
「フィリアの方がエゲツないじゃないか!!」
「どっちもどっちでゴザルよ?」
「酷いっ!? ――じゃなくて、フィリアと天魔達の事はもう良いよ栄一郎! 僕と君が揃ったって事は、神様だって殺してみせる!」
「意味は分からないがその通りッ! 我輩と英雄殿を敵に回して、無事に済むと思わない事にゃ!!」
仲良く肩を組む二人に、フィリア達は危機感を露わに唸って。
ブレーキ壊れた車に、ニトロが搭載された様なものだからだ。
「――ちっ、本気で寝返ったのか栄一郎。理由は何だ?」
「ヒモなんていうダメな理由じゃないニャ、拙者は真実の愛に目覚めた、だから英雄殿に味方するでおじゃ」
「僕は信じてたよ栄一郎!! いえーい、ハイタッチ!」
「イエーイ、ハイタッチ!!」
「真実の愛が何かが分からんが、このままじゃ不味いぞ這寄さん」
「分かってる越前、――だが、これは私の想定通りだ」
ニヤリと笑うフィリアに、今度は栄一郎が歯噛みして。
「……読まれていた? この拙者の行動が?」
「ああ、お前は英雄を決して裏切る訳が無い。たとえ本気で同盟に来ていたとしても、必ずどこかのタイミングで英雄に付く事は確信していた」
「僕らの友情について、理解してくれて嬉しいよフィリア」
「誉めてる場合じゃないでゴザルっ!?」
「そう? たとえ敵でも誉める所は誉めておかないと」
「そんな君が好きだぞ英雄」
「うん、僕も愛してるよフィリア」
「なら、分かっているな? たとえ君が机を得たとしても、前準備なしにこの戦力差は覆せまい」
胸を張る彼女に、英雄は困った様に首を傾げて。
「何か策はある? スマホも使用不能で、何も手が打てないんだけど」
「奇遇でゴザルな。拙者もノープランで来たでゴザル」
「お手上げ侍?」
「お手上げ侍」
「……」
「……」
「何しに来たのさ栄一郎っ!!」
「策の一つも準備しておくでゴザルっ!! それあっての英雄殿の価値でおじゃるよっ!!」
「見事に仲間割れしたな……。おい這寄さん、チャンスじゃねぇ?」
「だろうな」
「うし、じゃあ二人とも捕まえて――」
「――待った、一つ試したい事がある」
ぎゃーすかギャースカ言い争う二人を前に、フィリアは手を鳴らして注目を集める。
「はい注目だ! 交渉がしたい!」
「交渉? 今更何を交渉するんだいフィリア」
「貴様ではない、机にだ」
「我輩でゴザル?」
「聞かないで良いよ栄一郎、どうせロクなもんじゃない」
「そうはいかないな、――先程、真実に愛に目覚めたと言ったか?」
「ああ、言った」
「では月並みだが、…………その真実の愛、貫く為に年収一億のポストで雇おう」
「はっ! そんな甘い言葉に乗ると思うか? 英雄殿のベストフレンドである拙者が?」
「そうだそうだっ! 言ってやれ栄一郎!!」
「はっきり言うぞ這寄っ! ――――よろしくお願いしますっ! この机栄一郎、全身全霊で貴方の部下になるでおじゃ!!」
「栄一郎の裏切り者っ! バカ!! アホ!! 何のために来たんだい君っ!?」
「すまんな英雄……訳はまだ話せないが、将来に金が必要な事が判明したからな。どうせなら直ぐに確実に手には入る方が良い」
「ガチトーンだっ!? マジで言ってるね栄一郎っ!?」
「ふははははッ!! これで分かっただろう英雄っ! 我が腕の中でラブラブで老衰して共に息絶えるがいいッ!!」
魔王フィリアは右腕を上げ、天魔達は英雄に飛びかかる姿勢を取った。
栄一郎もまた、堅く拳を握り。
「ここで終わりでゴザルよ英雄殿……」
「残念だが、覚悟するんだな英雄」
「ふふッ、あはははッ、もう逃げられないぞ英雄ッ!!」
「そんな……、こんな事って…………」
四面楚歌、絶体絶命のピンチに英雄は絶望した。
ローズの時と違い、そもそもフィリアが今回の敵だ。
側には誰にもおらず。
(――嗚呼、嗚呼、嗚呼)
甘かった、生温かった、もっと厳しくやるべきだった。
断固とした態度で、不退転の決意を見せつけなければならない。
例え、何を犠牲にしても。
脇部英雄は、瞳に暗い光を灯して。
「ククククっ、カカカカっ! あーっはっはっはっ! 見事だよっ! 見事に僕を追いつめてくれたねみんなっ!!」
「ふん、虚勢を張っても何にもならんぞ英雄」
「そうだぞ英雄、大人しく捕まるんだ」
「観念するでおじゃ英雄殿」
「本当に? 僕を捕まえる? 嗚呼、嗚呼、嗚呼……やれるものならやってみてよ。けどさ、――――その前に僕はこの自爆スイッチを押すっ!!」
「え?」「うん?」「はい?」
英雄はポケットから取り出した、玩具の様な自爆スイッチに誰もが目を点にした。
「…………ハッタリだ! 怯むなっ!」
「本当に? ハッタリだと思うかい?」
「そもそも英雄殿。の自爆スイッチとやらで、何をどう爆発するでゴザル?」
「実はね、僕も半信半疑だったんだけど……。これは、校長から託されたモノなんだ」
「校長から? 俺達は聞いてねぇぞ?」
「言ってないもん、だって僕だって疑ってたんだ。――これを押せば、体育館の地下を中心に爆発するって」
「あのチョコの保管場所をか?」
「そうそれ、実はあれ、黙って作ったらしくて、違法建築? らしいんだ。いざという時の為にウヤムヤにするから、もしもの為に使ってくれって」
「何してるのだ校長はッ!? よりにもよって英雄に渡すとはッ!?」
「い、いや待つでゴザル! いくら何でも体育館が爆発するとか……」
「お前は見てないから言えるんだ栄一郎、俺ら騎士団は知ってる! 体育館の地下! マジで秘密基地が作られてるのをっ! やりかねないっ! だってウチの高校の校長だぞッ! 校長はウチのOBなんだぞ! 絶対爆発するだろっ!!」
「何その嫌な説得力っ!? 拙者は何一つ否定出来ないっ!!」
「う、うう、うろちゃえるなッ!! 体育館が爆発すりゅなんて……!!」
「チョー狼狽えてるよフィリア?」
ゲヘヘと自爆スイッチを持つ英雄を前に、誰もが動けない。
確かにそのスイッチは玩具の様だった、だが校長と地下室の存在。
そしてスイッチから延びる無線機のアンテナの様なモノが、真実味を増して。
「君たちが僕を裏切るなら、僕も君たちを裏切ろう。
……だけど、それは同盟に組みする事を意味しない。
僕は平等に、同盟にも騎士団にも宣戦布告するっ!!
捕まえられるもんなら捕まえてみろっ!!
その瞬間、学校が爆発するぞっ!
これは止められなかった君たちの責任だっ!!」
ダークサイドに堕ちた英雄に、誰もが気圧されて。
しかしフィリアは、活路を見出そうと口を回す。
「ぐぬぬぬッ! だ、だがッ! その自爆スイッチが本物という確証は無いッ!」
「確かに」
「で、ではッ!」
「でも甘いねっ! 爆発しないなら、僕の手で体育館を燃やすっ! チョコごと燃やすっ! 例え捕まっても必ずっ! バレンタインが過ぎても燃やすっ! 絶対にだっ!!」
「英雄~~~~~ッ!?」
そして彼はスイッチを握りしめながら一歩前へ、裏切り者達は思わず道を開けて。
「はっはーーっ!! 僕を追いつめたのは君らだからなっ! 体育館が爆発する様を指をくわえて眺めると良いよっ!! サラダバー!!」
「………………はうぁッ!? お、追えぇええええッ!! 英雄を捕まえろおおおおおおおおッ!!」
「俺たちの学校が爆発する前にっ!」
「燃やさせる前に捕まえるでゴザルっ!!」
英雄は手際よく、騎士団の一人が乗ってきた自転車を奪取、そのまま全速力で学校へ。
ワンテンポ遅れて、フィリア達は全力で追いかけ始めた。
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