第118話 深夜戦線⑤



「……何のつもりさ天魔」


「見りゃ分かるだろ? 悪いな英雄」


 英雄の額から汗が一筋、全力で走った所為もあるだろうが、そんな事より状況が不味い。

 フィリアから逃げ切った筈だった。

 道中無事平穏に、ひとまずは駅前まで逃げれた筈だった。


「さて、どこから聞いたものかな? ウチからの逃走ルートに学校とは逆方向を選んだけど、それを読んだのは誰?」


「お前の想像の通りだな」


「じゃあ、天魔達がここに居て。――僕を捕まえる様に取り囲んでいるのは何故か」


「察してるんだろ? 俺達の元団長」


「裏切り者め」


 駅前の広場、英雄は学校の校門前に残してきた幹部、隊長達に囲まれて。

 輪の中で彼と相対するのは、団長としての右腕的存在であり、親友である越前天魔。


「残念だよ天魔、色気に負けるなんてね」


「嘘だな、お前の事だ。俺が愛衣ちゃんの色気に負ける事は想定していた筈だ。――分からないのは、他の奴らも一緒に居る事だろう?」


(うーん、これは不味いなぁ)


 余裕たっぷりに天魔と対話している英雄だったが、取り囲む輪が少しずつ分厚くなっていくのは見逃していない。

 つまり、それだけ離反者が出てきている訳で。


「天魔だけなら色気に惑わされたって確信出来るんだけどね、これだけの数となるとそうじゃないでしょ。君たちがそんな簡単に誤魔化せられる人物なら、そもそも騎士団結成が無理難題な筈だ」


「それでも、お前は結成しそうな気がするがな」


「お褒めの言葉ありがと、でも何の慰めにもならないね」


「それは残念だ」


「残念だと思うなら、理由を教えてくれるかな?」


 嘘は許さない、その英雄の気迫に天魔は勿論、他の者も息を呑んだが。

 多勢に無勢、恐れることはないと持ち直して。



「――――ヒモに、なりてぇんだ俺ら」



「……………………はい?」



「女から貢がれて! 働かないで暮らせるヒモに! 俺達はなるっ! その為なら多少の異物混入とか耐えてみせるっ!!」


 それは間違いなく魂の叫びであった、男なら一度は夢見る憧れの職業・ヒモ。

 表だって言わないだけで、少年の憧れの職業、全年代で断トツでトップ、ナンバーワン人気、それがヒモである。


「マジで? ちょっと詳しく話を聞きたいんだけど!」


「お、やっぱお前も気になるか、気になるよな! なんたってヒモだもんな!」


「だってヒモになれば、一日中海外ドラマ見てて、買いたい物を何でも買えるんでしょ! ヒモって最高っ!!」


「ヒーモ!」「ヒーモ!」「ヒモ」「ヒモ」「ヒモ!」「俺達は――」「延びきったパンツのヒモだっ!!」


 一致団結を見せた英雄達、ならばとすかさず問いかける。


「それで? どんな条件で、何でヒモが成立するワケ?」


「愛衣ちゃん達を年収一千万スタートで、這寄さんが雇ってくれるって」


「だよね! それしかないよね! チクショウ!! やっぱり君かフィリアっ!! 何がヒモだ人生のクズめっ! 見損なったぞ君たちっ!!」


「うーん、やっぱ英雄は乗らないか」


「残念です団長……」「えー、団長もヒモになりましょうよ」「ヒモになろう、なっ、脇部!」「お前もヒモになるんだよ!」


「黙らっしゃい! 古いと笑うなら笑えっ! 僕はそんな自堕落な生活なんて嫌だ! 魂が腐るっ! 女房は自分の稼ぎで養って、綺麗な服とか着てもらいたいんだっ!!」


「相変わらず、人生ストレートだなお前。へへっ、けど親友がそう言うヤツで俺は嬉しいよ……」


「そう思うなら、君も考え直してどうぞ?」


 フィリアの罠によってヒモを望んだ団員達、これはフィリアの財力と才覚あって成立する。

 現実的に成立してしまうのが、恐ろしい所だ。


「今一度聞く、英雄、お前もヒモにならないか?」


「断る、僕にとってそんなの人生エンジョイとは思わない」


「なら、力付くしかないな」


「やれるもんなら、やってみなよ」


「吠えたな? じゃあ行くぞお前等ァ――――!!」


 そして激突が始ま……らなかった。

 一発ぶち当てるフリをして、そのまま逃げようとした英雄だったが。

 そもそも騎士団の部隊長の殆どが、体育会系部活の部長達。

 腕っ節を見込んで隊長としていたのだ。

 陸上部、ラグビー部、サッカー部のトリプルアタックに沈み、サバゲー部と裁縫部によって拘束される。


「チクショウ、離せっ! 離せショ○カー!!」


「イー! ってやらせるんじゃねぇよ英雄」


「くっ、殺せ! 辱めを受けて生きていられるかっ!」


「はっはっはっ、バーカーめー、お前はこれから大首領・這寄フィリア様が来るまで拷問を受けて貰うのだ!!」


「ご、拷問だって!? 暴力には屈しないぞ!」


「いや英雄、普通に考えて暴力とかないだろ。――俺は親友に向けて殴る拳は持ってない。な、お前等もそうだろ!」


「殴る蹴るなんて時代遅れだぜぇ!」「現代にはもっと効率的な拷問がありますしね」「団長、ヒモになると言ってください」「オレ達はアンタに酷い事をしたくねぇんだ……」


「そう言うなら離して?」


「これで解放するんなら、最初から捕まえてねぇからな?」


「だよね、じゃあとっとと始めてよ拷問とやらを」


「よーし、拷問部隊カモーン!!」


 ノリノリの天魔のかけ声に、下卑た顔を作って五人程が英雄の前へ。

 その手にはポテチの袋が、しかも大容量のタイプだ。

 英雄は思わず青ざめて。


「き、君たちっ!? いったい何をするつもりだっ!!」


「良いだろう、説明してやるよマイベストフレンド……俺達は今からコイツを食べる、旨いだろうなぁ、すっげぇ旨いだろうなぁ……」


「くそっ! 国際条約違反だっ!!」


「それだけじゃねぇぜ、――トッピングだって用意してある」


「ケッチャップ!」「とろける感じのチーズ!」「追加の塩!」「一緒に食べて嬉しいチョコレート!」「意外と合うかもしれないマヨネーズ!」


「どうだ? 想像するだけで口の中が唾だらけになるだろう……」


「なんて恐ろしい拷問なんだっ! 君達には人の心が無いのかいっ!?」


 ああ、魅惑のポテトチップス。

 パリパリとした触感、いくらで食べれる軽さ。

 絶妙な塩味に、ノリが嬉しい。

 コンソメ味、梅味、ハバネロ味、ポタージュ味、それぞれにそれぞれの良さがあって。


「それでは諸君! 実食を開始する!」


「や、やめろぉーー!!」


 英雄の制止も虚しく、彼らは袋を開けて。

 そして深夜に響く、パリパリあむあむシャクシャク。


「…………ねぇ天魔、効果的って言えば効果的だけど、絵が地味じゃない?」


「言うな、俺もちょっと思ってたんだ」


「じゃあ僕にも一枚頂戴、ちょっとお腹が減ってるんだ」


「わかった、はいあーん」


「あーん、……ああ、ポテチって美味しいなぁ。人類が生み出した最高のオヤツだよ」


 たった一枚、されど一枚、ポテチの味を噛みしめた英雄であったが。

 ともあれ、拷問は続いて。


「じゃあ次はトッピングだっ!」


「マヨネーズ!」「チョコ!」「チーズ!」「塩!」「彼女の爪!」「彼女の髪!」「彼女の唾!」


「うん? 何か変なの混じってなかった?」


「旨い!」「美味しい!」「デシシャス!」「こういうので良いんだよ!」「不味い!!」「飲み込めないっ!」「口に入れる事すら拒否反応がでるっ!!」


「言わんこっちゃないっ!? なんで入れたのさっ!?」


 英雄の叫びに、顔を青くした天魔は口元を押さえながら。


「今の内に慣れておこうと思ったんだが……へへっ、俺はもうココまでだ……、俺の分まで、ヒモになってくれよ…………ガクっ」


「うわああああっ!? 天魔が死んだっ! この人でなしぃ!!」


「見事だったぜ越前……」「俺達の未来の姿か……」「やっぱヒモやめようかな」「こ、これさえ我慢出来ればヒモが待っているんだっ!」「お、俺はやってやるぞ――ぐわぁっ!?」「ああっ、また一人犠牲者がっ!!」


 屍累々、とまではいかないものの裏切り者達は半壊し始めて。


「さ、僕を解放してよみんな……、苦痛に耐えてまでヒモになって何が楽しいだい?」


「だ、ダメだっ……、英雄を解放するんじゃないっ!!」


「生きてたんだ天魔、死ねばいいのにマイベストフレンド」


「はっ、これは我らに与えられた試練! 乗り越えてみせるぜっ! …………うっぷ」


「ホントに大丈夫?」


 無理をする親友に、英雄は優しく声をかけた瞬間であった。


「――ご苦労、首尾良く英雄を捕まえた様だな」


「フィリアっ!? しまった! 悪のりに付き合い過ぎたっ!!」


「でもお前、脱出の手段とかねぇだろ」


「フハハハ! 英雄破れたりっ! 大人しく家に帰ってパパになると良い!!」


「なっても良いけど早すぎるっ! 誰かっ! 誰か助けてぇえええええええ!!」


 これだけの時間があったら、流石にフィリアも来るというもの。

 彼女は拘束された英雄に手を伸ばす。

 ――端的に言って、絶体絶命のピンチであった。


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