第117話 深夜戦線④
アパートに辿り着いた英雄とロダンが見たものは、変わり果てた庭だった。
そこらかしこに。カッコイイ角度で剣が突き立てられ。
どこかのゲームから持ってきたと思しきBGMが、そして光源としてキャンプファイアーの様な何か。
――その炎の前に、座り込む甲冑姿が二つ。
「あ、間違えました」
「帰ろう英雄くん、何処かにきっと帰る所があるから……」
「待て待て待てっ! 何故、回れ右をするのだっ!」
「薄情だぞロダン! そして小僧!」
「ちょいと義兄さん? あの変なのから知ってる声がするんだけど」
「奇遇だねボクもさ、世の中にはこんなに声が似てる人がいるんだねぇ……」
お邪魔しましたと回れ右する二人に、謎の甲冑姿の二人は襟首を掴んで。
「ええい、神妙にせんかっ! 私達を抱きしめてキスしにきたんだろうっ!」
「さあ! 最愛の妻にハグとチューをするが良い!!」
「ぬわあああっ!? 力負けしてるよ義兄さんっ!?」
「しまったっ!? ローズ達が来てるのは甲冑型パワードスーツだっ! これは不味いよ英雄くん!!」
「何でそんなのあるんですかっ!?」
「それが以前、義母さんが映画の撮影で甲冑着る事になってね?」
「作っちゃったんですかっ!?」
「甲冑のデザインはボク、中のアシストしてる機械は傘下の工業系の会社が、もうそろそろ物流倉庫向けに一般販売が始まるとか何とか!」
「はっはっはっ! それだけでは無いぞ! 世界の映画関係者や趣味人からも注文が殺到してウハウハだ!」
敷地の外からずるずると引っ張られ、二人は庭へ。
すると即座に門は自動で閉まり、塀からウイーンと駆動音がしたと思えば電流が流れる金網が上へせり出して。
「ひぃっ!? アパートが魔改造されてるっ!? いったい何時からっ!?」
「あれ? 英雄くん知らなかった? キミを監禁する地下室を作る時に、フィリアちゃんが作ったって言ってたけど」
「知らないよっ!? フィリアってば何処まで改造してたのっ!?」
「気にするな、こうして役に立ってるのだからな」
「そうだそうだ、男が細かいことを気にするもんじゃないぞ」
「細かい事じゃないし、役に立つどころか大ピンチなんだけどっ!? どうしようロダン義兄さん!? ちょっと予想外過ぎて逃げる算段が思い浮かばないよっ!!」
「外には出られない、ローズ達の防御は堅い、武器になりそうな剣は全部発砲スチロール…………発砲スチロール? え、もしかして手作りかいコレ? 良く出来てるなぁ」
「関心しないで義兄さんっ!?」
英雄も剣を抜いてみると、とても軽い、発砲スチロールというのも間違いではない様だ。
「…………ちょっとタンマ、落ち着く時間を頂戴?」
「いいぞ、三十秒で支度しな!」
「んもう、フィリアってばすぐ影響される……それ、昨日見た映画の台詞じゃんか」
「あ、英雄くん達も見たんだ」
「ロダン義兄さん達も見たんですね、やっぱ名作は何回見てもいいですよね!」
「カウントダウンするぞ小僧、三十、二十九、一! はいそこまで! ロダンとイチャイチャするのもいい加減にしろ!!」
「理不尽すぎるっ!?」
落ち着く暇も、策を考える隙も無い。
ならば、聞きたくなかったが聞かなければいけない。
「仕方ない、じゃあ聞くけどさ。この状況はなんだい二人とも?」
「よくぞ聞いてくれた英雄、これには山よりも深く、海よりも高い理由があるのだ」
「その言葉で不安しかないんだけど?」
「まあ聞けロダン、小僧。――我々は自らの弱点を知っているのだ」
「弱点? フィリアはホラーが苦手で、ローズ義姉さんは直接的な下ネタが苦手ってコト?」
「違う、あってるけど違う」
「ん? ホラーが苦手だったのかフィリア、今度私とホラー映画を見に行かないか?」
「脱線してるよローズ」
「こほん、話を戻す。――我々姉妹の弱点、それは抱きしめてキスされると誤魔化される事だっ!」
「ふふっ、まさか姉妹揃ってそんなチョロい感じだったとはな……」
「ロダン義兄さんも、そんな感じで封殺してるんです?」
「奇遇だね英雄くん、やっぱりこっちから行くのが一番だから」
「…………イエーイ、ハイタッチ!」
「イエーイ! ハイターッチ!!」
謎の友情を確かめ合う義兄弟に、姉妹はムムムと悔しそうな視線。
「つまり、僕らにキスされない為にそんな格好してるの? 馬鹿じゃない?」
「ぐっ、直球過ぎるっ!? もうちょっとオブラートに包め英雄!」
「餃子の皮で良い、フィリア?」
「それでは厚すぎる、せめて春巻きの皮にしろ」
「えー。同じじゃない?」
「どっちでも良いけど、庭の剣は何の為なんだいローズ」
「うむ、実は同盟の主な活動内容が、発砲スチロールで剣を作ることなのだ」
「え、何それ? キミ達そんな事してたのかい?」
「うわぁ、何かすっごいくだらない予感がするよ……」
騎士団より騎士団をしてそうな同盟の活動、そして彼我の温度差に義兄弟はゲンナリした顔で。
「ふっ、聞いて驚け! 我々はこの本物そっくりの剣を使ってだな」
「モウマジムリ……って、リスカするフリをしたり、私と仕事、どっちを取るの! と脅すのだ!」
「え、何そのビームだしそうなメンヘラごっこ。面倒くさいの極みじゃない? ……義兄さん、よくこんな事を思いつく女性と結婚しましたね」
「ブーメランだよ英雄くん、現実を見て?」
「ですよねー……、チクショウ! 冗談で済ませられるギリギリの線だから余計に面倒くさいっ!!」
「ところで英雄、今更だが私達と喋らないのでは無かったか?」
「ホント今更だよね! 僕も出来ればそうしたいけど、ツッコミ所が多すぎるんだよっ!!」
地団駄を踏む英雄に、フィリアはニッコリ。
頭を抱えるロダンに、ローズは満足そうに。
「…………どうしましょうかロダン義兄さん」
「どうしようか英雄くん……」
「少なくとも、外に逃げるには門を蹴破るしか無い訳で」
「そんな事出来るのかい?」
「こんな事もあろうかと、門の蝶番には細工済みなんだ」
「ふわっ!? 聞いてないぞ英雄っ!? くそっ! 今度からそこも強化してやるっ!」
「うん、今言ったからね。……準備しておいて良かったぁ、……強化しても細工してやるもんね」
「だが小僧、我々をどう無力化するのか? 力では叶わないぞ?」
「そこなんだよねぇ……」
英雄は愛する少女と、その姉を観察した。
二人の苦手なモノは把握している、特にフィリアだけならホラーという手段を使わなくても逃走が可能だ。
ならば。
「――――よし、脱ごうロダン義兄さん」
「なるほど、ストリップだね! よーしボク頑張っちゃうぞ!」
「「どうしてそうなるっ!?」」
「いやー、まだ二月だから冷えるねぇ」
「ストリップした後はどうするんだい?」
「各自で対応するって事で」
「了解、いざとなったら足止めするからキミだけは逃げてよ団長」
「わーっ!? わーーっ!?」
「ロダンの裸……ううっ、小僧の裸もだなんて……なんて破廉恥なぁっ!?」
躊躇無く全裸になる二人に、フィリアはおろおろ、ローズは顔を真っ赤にしてプルプルと視線が泳ぎまくる。
そして。
「さあ、こっちの準備は出来たっ! 抱きしめられてキスされる準備はオッケー?」
「もし警察に連絡しようとしても無駄だからね、キミ達にそういうプレイを強要されたって泣くから」
「無敵か貴様等ッ! 姉さんッ、ロダン義兄さんは任せたぞッ! 私一人では英雄しか面倒見られないッ!」
「い、いや、そんな、こんな所で破廉恥な……」
「何という卑劣な奴らッ! 姉さんがもう無力化されたッ!?」
「はいはい、じゃあローズはこっちだね。寒いから中に入ろうか、時間は少ないけど愛を熱く囁いてあげる」
「そんな……、私、恥ずかしい……」
「わーお、ローズ義姉さんが純情乙女の顔してる……」
「くっ、だがこれで貴様は一人になった! 私に全裸攻撃は効かないと思えッ! 最新鋭のパワードスーツの力を思い知るが良いっ!!」
「ぬわーーーーっ! SFが襲ってくるうううううっ!?」
そして始まる追いかけっこ、庭は途端に騒がしくなり。
アパートの中に入ったロダンは、茹で蛸状態のローズを放置して服を着て。
「さ、ローズ仲直りでもしようか」
「うむ、そうだなロダン」
「……いつもながら、戻るの早くない? ボク、もうちょっと乙女なキミを堪能したいんだけど」
「ふふっ、そう言って貰えるのは嬉しいが。それは明日の夜にでも取っておくんだな」
「それもそうだね、じゃあハグ」
「うむ」
「そして、キス…………」
「…………ふぅ」
外の叫び声など、騎士団と同盟の争いなぞなんのその。
二人は仲良く抱き合って。
「今回の妥協点は何処にする? ダーリン」
「というか、今回は悪ノリしただけだろうローズ。日本以外は男から贈り物をするんだから」
「流石は私のロダンだ、バレていたか」
「でも、そんな妻に付き合うのも夫の甲斐性ってね」
「そんな貴男が大好きで、愛しているよ……」
「ボクもさローズ、時折とってもお茶目になるキミも魅力的さ」
二人はもう一度キスをして。
確かにローズは愛の重い女だ、だが結婚して何年も経つ。
ロダンと共に、妥協点のすり合わせは済んでいるのだ。
――そのすり合わせが出来ていなかった点が、年末年始の騒動に繋がったのだが。
それはそれ、これはこれというヤツである。
「名残惜しいが、フィリアの為にも小僧のサポートをしてやらんとな」
「フィリアちゃんのサポートじゃないんだ」
「フン、癪だが小僧は傑物だ。色々と未熟なフィリアを幸せにしてくれるだろう。……それに、今のフィリアに必要なのは私ではなく小僧だからな」
「なるほど、それじゃあボクもサポートに戻らないとね」
「小僧なら多少放置しておいても問題あるまい、だから……」
「それもそうか、なら――もう少しだけ仲良くしよう」
英雄達より少し先輩夫婦は幸せそうに、一方で庭の角では全裸の少年が甲冑姿の美少女に追いつめられていて。
「ふっ、これ以上近づくと僕は最終手段を取らなくちゃいけないよ」
「ほう、何をするつもりだ?」
「ケツに剣を挟んで君を倒す」
「…………ふむ?」
「これは禁断の技だから、使いたくなかったんだけど……」
「いや待て? 何かがおかしいぞ? どうしてそうなる? というか可能なのか?」
「昔テレビでやっててね、真似してはお袋に叱られたもんさ、まぁ親父も一緒にやってたからだと思うけど」
「目に浮かぶ様だ……苦労しているんだなお師匠様」
「いやぁ照れるね」
「誉めてないっ!!」
「さあ、何処からでもかかってこいっ! 実は一分ぐらいしたら持たなくて落とすぞ!」
「むしろ一分も保つのかっ!? いやそうじゃないっ! いい加減に観念して監禁されろっ!!」
「えー、そんな事言うんだ。なら僕も考えがあるよ?」
英雄はニカッと笑うと胸を張って、その姿にフィリアは嫌な予感に脳裏が支配される。
「――何をするつもりだッ」
「何も?」
「…………何も?」
「ああ、そうさ。僕は何もしない、抱きしめるのもキスもしない」
「何ッ!? ちょっと待て考え直せ英雄ッ! せっかく新しい下着で期待していたのにッ!」
「期待してたのなら、素直に出迎えて?」
「だって恥ずかしいし、負けた気分になるだろうがッ!! そもそも約束と違うッ! 狡いぞ英雄ッ!」
「ズルくありませーん、抱きしめてキスしに行くって言ったけど、いつ抱きしめてキスするかは言ってないもんね! 全ては僕次第っ! 明日かもしれないし、一年後かもしれないねっ!」
「ええい、それなら尚更ッ! 貴様を監禁してラブラブ地獄にしてやるッ! 三食昼寝膝枕付きのヒモになるがいいッ!!」
「やーだねっ、君こそ専業主婦で僕にラブラブで養われればいいさっ!」
再び再会される鬼ごっこ、堂々巡りかと思われたが――。
「――くらえっ! 今必殺の僕のパンツブーメランっ!」
「英雄のボクサーブリーフゲットォ!!」
「あーばよ、とっつぁあああん!!」
「しまったッ!? この這寄フィリア痛恨の極みッ! 勝負に勝って試合に負けたッ!!」
服を脱いだ場所まで戻った英雄は、パンツを犠牲にエスケープ。
誰かに見つかる前に、服を着るまでが逃走です。
残されたフィリアというと。
「ぬぐぐぐッ! ぐぐぐぐぐッ! おのれ英雄めぇッ!! 私の乙女心を弄んでッ! 私がどれだけドキドキして待っていたと思ってるんだッ! 許さんッ! 絶対に許さんぞッ! 絶対に追いつめてヒモにさせてやるッ!」
瞳に闘志を燃やし、スマホで猛烈に連絡を取り始めた。
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