第116話 深夜戦線③



 学校より車で、外を見れば道には愛しい者の下へ走る騎士団員達がちらほらと。

 そして時間にして五分ぐらい経過しただろうか、英雄のアパートまで半分程の所、公園の入り口に大きな垂れ幕が。


「英雄殿ご一行様、歓迎。――どうする脇部」


「いやセンセ、止めなくていいから無視しない?」


「そうもいかないでしょ英雄くん、だってあそこに立ってるの机くんじゃないか」


「ちなみに聞くけど、ロダン義兄さん免許持ってる?」


「アメリカのならね」


「それじゃあアタシを置いてって訳にはいかねぇな」


 となれば、栄一郎の恋人件婚約者の茉莉がいる以上、降りて向かうしかない。

 どのような罠が待ち受けているのか、気を引き締めながら三人は公園に向かい。


「――よくぞ来たでおじゃる英雄殿っ! ここで会ったが百年目! ぶっちゃけ無視されたらどうしようとか思ったのは秘密にゃ!!」


「はいはい、それで? 栄一郎は僕たちに何をするワケ?」


「何もないなら、抱きしめてキスしてトランクに突っ込んで置くぞ」


「ひぃっ!? マイラバーがセメント対応過ぎるっ!? だが、これを見てもそう言えでおじゃ!!」


 ズビシと栄一郎が指さした先には、折りたたみ式のちゃぶ台。

 その上には、二冊の雑誌のような物があって。


「ふっふっふ……、我輩は紳士でゴザルからな。暴力や色仕掛けで足止めなどしないでおじゃ! このスペシャル薄い本ブックを欲しいならば、同盟の軍門に下るが良いにゃ!!」


「――っ!? こ、これはっ!? フィリアのグラビア写真集っ!?」


「栄ちゃんのもあるだとっ!?」


「うん? 栄一郎ってプライベートでは栄ちゃんって呼ばれてるの?」


「最近、茉莉のデレ分が多くなって来てな。ちょっと恥ずかしいが、これはこれで良いもんだと思わないか?」


「変な語尾じゃない、という事は結構本気で言ってるね机くん」


「そんな所だけマジになるんじゃねぇ栄一郎っ!」


「仲が良くてイイネ、ところで栄一郎。これロダン義兄さんの分は?」


「いやそれがニャ、ローズ先生が恥ずかしがってなぁ……這寄さんはノリノリだったんだが」


「それは残念だ、後でボクもお願いしてみようっと」


「にしても、これかなり本格的じゃない?」


 手に取りペラペラとめくる英雄、中身は週刊マンガのアイドルグラビアの様な格好のフィリアが。


(これは……けしからんっ!!)


 そもそも這寄フィリアという人間は、アイドルが裸足で逃げ出す程の容姿の持ち主。

 そんな人物が、薄い布を水で肌に張り付かせて、あるいは派手な下着で、ギリギリ健全なようなそうじゃないようなポーズ。


「じぃ~~~~~~~」


「英雄くん、英雄くん? なんか心揺らいでない?」


「さあ英雄殿! グラビアはこの一冊だけじゃないでゴザルっ! こっちに来れば全部が英雄殿のもの!」


 茉莉は栄一郎のグラビアで沈黙し、ロダンは少し焦った様に彼を見つめ。

 栄一郎はワクワクしながら手を差し伸べ。


「――――ガッデム!! おいコラ栄一郎っ! 君ってばなんて事をしてくれたんだっ!!」


「ほわっ!? 英雄殿が怒ったっ!?」


「そりゃ怒るよ、恋人のグラビアを勝手に作られたんだよ? それってつまり、過激な格好の彼女を他人が撮ったって事だよね。ボクでも怒るよ……」


「…………そうなのか英雄?」


 ごくりと唾を呑んで緊張しながら聞く彼に、英雄は瞳に怒りを燃やして。


「僕が怒ってるのが分からない?」


「い、いえっ! 英雄はかなり怒ってる!」


「わお、栄一郎くんマジモードだ……」


「やっぱり、勝手に這寄さんのグラビアを……」


「違う」


「じゃあ俺が騎士団に入らなかったのが……」


「それも違う」


「え、じゃあ何だ? お前のポテチ、こないだ遊びに行った時に黙って半分食べた事か?」


「あの時の犯人は君かっ!? いやそうじゃなくて!」


「なるほど、その時の共犯者が這寄さんだった事を黙ってた事だな?」


「フィリアも荷担してたのっ!?」


「あと愛衣とローズ先生も」


「道理で減りが早いワケだよ、というか違うよっ!」


「もっと思い当たる節はないの机くん」


「うーん、うーん、ポテチじゃないとなると……」


「まだ分からないの? 僕、本気で怒るよ?」


「分かった! 天魔がナンパした時にお前の名前でナンパしてた事だな!」


「何それ僕聞いてないよっ!? というかそれも違うよっ!!」


 思わぬ事実が発覚したが、ともあれ英雄はグラビアを突きつけ。


「ココだよココっ!! 37ページ! 落丁してるじゃないかっ! 折角のフィリアのグラビアなのに、なんて杜撰な作りなんだっ! これだから同盟はダメなんだっ!」


「そこかよっ!? ただのエロ根性じゃねぇかっ!!」


「エロは大事だよ栄一郎っ! 大切な恋人の自作グラビア本なんだよ! 落丁とかふざけてるのかテメェっ!!」


 ふんがー、と鼻息荒く座った目をする英雄。

 そんな彼を茉莉が宥めて。


「落ち着きな脇部、この本にはアタシも言いたい事がある」


「茉莉もでおじゃ? もしかして同盟に来る気になったでゴザル?」


「あ? 舐めてんのかテメェ、アタシの恋人なら察してみろよ!」


「跡野先生、元ヤンが出てます。一応生徒の前ですので」


「今更だよロダン義兄さん?」


「ゴホンッ、机、アタシの言いたい事は理解出来るな?」


「言い方が変わっただけで、ヤンキーみたいにガンとばしてるでおじゃーーっ!?」


 右足の甲を踏まれ、顎を捕まれて栄一郎は為す術なし。

 跡野茉莉という教師も、フィリアや栄一郎程の美形ではないが、十二分に綺麗と称される容姿だ。


「うーん、顔が整ってる分。凄まれるとかなり怖いよね、分かる分かる、フィリアもそうなんだもん」


「あ、それボクも分かる。ローズもさぁ、睨むと怖くって怖くって」


「だよね! しかもあの姉妹ってデフォがしかめっ面じゃない?」


「初対面だと、絶対にビビっちゃうよね」


「姉妹談義で盛り上がってないで助けて欲しいでおじゃっ!?」


 二人が目を向けると、そこには茉莉に押し倒された栄一郎の姿が。


「これは問題だよ茉莉センセっ!? お巡りさんに見られたら停職だよっ!?」


「はっ、暴れるなよ栄一郎っ! あんなチャチなグラビアじゃオマエの魅力は出し切れねぇ。アタシが至高のグラビアってもんを見せてやるっ! また明日来な脇部にロダン先生っ!!」


「おじゃーーっ!?」


「えーっと、どうします義兄さん」


「ここは任せて先に行けって事じゃない?」


「じゃあ行きましょうか、お巡りさんに見つかったら連絡してね! 茉莉センセは被害者だって証言するから」


「英雄殿の薄情者っ!?」


「強く生きてね、机くん……」


「ま、安心しとけ脇部。コイツを騎士団に寝返らせるネタはあるんだ」


「え、俺聞いてないぞッ!?」


「じゃあ任せました、さ、アパートに帰りましょうか」


「そうだね、じゃあまた体育館で」


 そして義理の兄弟は公園から立ち去り。

 残るは押し倒された栄一郎と、彼に馬乗りになった茉莉。 


「…………それで? 二人っきりになった理由は何だ? 本気で俺を寝返らせようと? それとも俺の愛を止めるのか?」


「馬鹿だなオマエ」


「茉莉?」


 彼女は栄一郎の襟首を掴み、しかしてその表情は柔らかく。

 ――その時、栄一郎は茉莉から何ヶ月も煙草の臭いがしていないのに気づいた。


「禁煙、出来たんだな」


「あんなに一緒に居て、今更か?」


「……悪い、一緒に居られる事に夢中で、少し浮かれてた」


 気まずそうに視線を反らす年下の男に、女教師は苦笑する。

 

「馬鹿騒ぎは良いけどな、アタシへの愛し方はもう少し考えろよパパ」


「…………………………………………パ、パ?」


「三ヶ月だってさ、ほれ母子手帳」


「え、は? ~~~~ッ!?!?!?!?!?!?」


 母子手帳を手渡され、驚愕に目を白黒させる栄一郎。

 茉莉は母性を感じさせる笑みで、お腹に手を当てて。

 彼はニヤケた口元を隠さず、けれど目を両手で覆って。


「…………ああ、マジか、嬉しさの余りに死にそう」


「というワケだ、将来の子の為にも、あのお祭り男の側で愛の節度とか方向性とか学んでこい」


「確かに、英雄はその辺かなり真面目だからなぁ」


 子供という嬉しさに、親友に恋愛事を学ぶという気恥ずかしさに。

 栄一郎は顔を真っ赤にして、悔しそうな嬉しそうな。

 立ち上がった茉莉は、彼に手を差し伸べ。


「いや、自分で起きる。茉莉は体を大事にしてくれ」


「ふん? 父親の自覚が出てきたか?」


「義父さんに殴られる覚悟もだ、今から行って……」


「まぁ、それは明日か明後日で良いだろ」


「良いのか? 報告はともかく、安静にしていた方が……」


「アタシもさ、このバカ騒ぎの結末が気になるんだ。だから脇部が言ったバレンタインの正午ぐらいまではってな」


「それなら俺が茉莉の代わりに、騎士団として参加する。時刻が来たら学校まで来てくれれば良い」


「そうか、少し残念だが栄一郎がそう言うならな」


「ありがとう、茉莉。……これからはママって呼んだ方がいいかな?」


「馬鹿、気が早い」


 茉莉は彼を柔らかく包容すると、軽く唇を合わせて。

 バレンタイン決戦・深夜戦線の最中、一組の新米夫婦が誕生した。


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