第115話 深夜戦線②



 所変わって、英雄達のアパートの前。

 そこには、顔を真っ赤にして妙な唸り声をあげるフィリアと。

 嬉しさと困惑と焦燥で口をへの字にする、ローズの姿が。


「うう~~、むむ、ぐぐっ」


「落ち着けフィリア、さっきから何をグルグルと……そんなに気になるなら、出向いたらどうだ?」


「しかし姉さん、そうなると指示が……」


「スマホがあるだろうが、柄にもなく下手な言い訳をするんじゃない」


「で、でもっ! もし行き違いになったらと思うとっ!」


「本音を言え」


「姉さんこそ」


 姉妹はお互いの顔をじっと見つめ合うと、同時にため息を吐き出して。


「…………我が恋人ながら、実に効果的な手だった。来るのが待ち遠しいし、諍いがどうでも良くなってきてる事も怖い」


「…………お前の恋人は、私たちの性質を熟知しすぎてて怖い。ロダンが自分からキスとハグをしに向かってくるなんて――――悔しい程、胸が躍るっ! こっちの脅迫の無力化どころか、逆手に取られてるというのにだっ!!」


「…………」「…………」


「一応、手を打っておきましたが」


「ああ、何処まで通用するのか」


 正直な話、同盟内は早くも空中分解の危機で。


 ――形ばかりの抗戦を望む声。

 ――なんかもういいんじゃね? という終戦を望む声。

 ――そのままオールナイトで熱い夜を過ごすぜ、という声。

 

 本気の徹底抗戦を叫ぶ者をいたが、恋人に抱きしめられてキスをされて、それをもう一度高らかに叫べるのだろうか。


「姉さん、我々の優位は完全に崩された」


「負けましたと言うのは簡単だ、だが喉元過ぎれば熱さ忘れる。――繰り返すぞ、我々という人種は」


「落とし所を考えなければならないな」


「妥協か、それでも貫くか、小僧の言うとおりそれは個人間の問題だ」


「けれど、組織を結成してしまった以上、組織としての答えが必要だ」


 真剣な顔で告げる妹に、姉は苦笑して。


「何故、私たちはバレンタインで恋人と争い戦争と政治紛いの事をしてるんだろうな」


「恋人とは人形ではなく、自分自身が増える事でも無い、国家と国家の遣り取りのそれと同じなのだと思う」


「ではフィリア国は、どう決断するのか? ローズ国、愛衣国、机国、同盟は似通ってるとはいえ、それぞれスタンスの違う連合国家だぞ」


 フィリアは少し考え込んだ後、スカートのポケットからスマホを取り出して。


「…………では、プランCはどうだ」


「ほう、抗戦でも敗北でも妥協でもなく?」


「ええ、敵の策に敢えて乗るのです」


「まったく、小僧に似てきたんじゃないかフィリア?」


「自然とそうなりますよ、だって英雄は私の憧れで、好きな人で、一生を共にする愛する者なのだから。……姉さんだって同じだろう?」


 フィリアの問いに、ローズは満更でもない笑顔で答えて。

 その五分後、校門では愛衣率いる同盟の特選隊が英雄達と向かい合って。


「はっはっはーー! よく来ましたね騎士団っ! ここはわたし達、愛衣ちゃん特選隊のプライドにかけても通しませんっ!」


「…………」


「え、あれ? マジで会話しない感じです? 恋人同士じゃないからノーカンにしません?」


「ああ、言ってっけど? どうするよ英雄」


「こういう想定もしてたけど、実際会話しないとなると意志疎通に面倒だよねぇ」


「そこまでガチガチに縛らなくても、いいんじゃねぇの脇部」


「跡野先生にボクも同意するよ、そもそも相手の家に黙って押し入るのって感じだし」


「よし、じゃあ天魔。みんなに臨機応変に会話して良いって送っといて」


「オッケー」


「…………もう良いですか?」


 律儀に待っていた愛衣に、英雄は一歩前に出て相対する。


「じゃあ栄一郎、さっきのもう一回やって! テイク2!」


「やりませんよっ! ともかく、此処から先には行かせないですからねっ!!」


「ケチだなぁ、――それで? どうやって僕らを止めるんだい? 暴力? それとも脅迫を続ける?」


「ふふん、舐めないでください英雄センパイ。暴力も脅迫も使わず、足止めする方法をわたし達は持っています。――行きますよ皆さんっ!!」


 すると愛衣は、天魔の前まで行きその手を取って。

 特選隊のメンバーも、それぞれの恋人の所へと


「――抱きしめて、キスしてくれませんか天魔くん。このまま戦いなんて忘れて、わたしと熱い夜を過ごしましょう、わたし、天魔くんの望みならどんなプレイでもしちゃいますっ!」


「…………はい?」


「ぬ、ぬおおおおおおおっ!? 大ピンチだぞ英雄っ!? いつも主導権を握らせてくれない愛衣ちゃんがっ! こんなに媚びた顔でっ! お、俺の理性がっ! 罠だって分かってるのにっ!!」


「うーん、天魔?」


「だ、団長っ! 助けてくださいっ! り、理性が――、何でもするってそんなワードっ! 誘惑に負けてしまいそうですっ!」


「くそっ、くっつくなっ! 普段勝ち気なのに、淑やかに誘うんじゃねぇっ!? ぬわあああああああ!!」


「み、みんなっ!? しまった!?」


 天魔を皮切りに、騎士団の部隊長達が恋人達に誘惑されて。

 よくよく彼女達を見てみれば、妙におめかしをしている。


「くっ、この短時間でそんなに気合い入れてお洒落しれくるなんてっ!」


「いや英雄くん? ツッコむ所そこ?」


「そういう事かっ! アタシらだって、恋人の性質を熟知してそれを逆手に取った! なら逆だって同じ事っ!」


「これは不味いよっ! 全員が色仕掛けをされてるってなると、全滅もありえる!」


「けど英雄くん、それは同盟も同じだろうね」


 急いでお洒落をして出迎えた犠牲と言うべきか、チョコや料理道具の奪取する装備は見あたらない。

 だが、――これは痛い。

 何せ幹部と部隊長を核として、囚われるであろう団員達を救出する算段だったのだ。


「やるねフィリア、僕の策をピンポイントで無力化してくるとは……」


「誉めてる場合じゃねぇぞ脇部、どうするんだ?」


「無事なのはボク達三人だけだ、この場を収める手段も無い」


「だけど、天魔達を見捨てていけないよ」


 悔しそうに唇と噛む英雄、それを見た天魔達は即座にアイコンタクト。


「――行け、英雄。お前は這寄さんの所に行って、そんでもって皆を助けに行けよ」


「天魔っ!?」


「ふふーん? わたしの魅力に観念したんですか天魔くん?」


「違うな、ここで愛衣ちゃん達を突き放すのは簡単だ、……簡単だと思う、多分」


「そこは断言して天魔?」


「けどそれで、本拠地に乗り込まれたら意味がねぇだろ」


「団長! ここは俺達の理性を信じて行ってください!」「団長がいつもしてる様に、ヤンデレだって口説いてメロメロにしてやるっ!」「オレ達にも見せ場、くださいよ!」


「…………行こう、英雄くん」


「アタシの車を使う、駐車場に急げ!」


「行け英雄っ! 俺達のバレンタインを迎える為にっ!!」


「――――わかった、ここは任せたよ天魔! みんなもっ! 必ず誘惑に打ち勝って、体育館に戻るんだっ! まだバレンタイン当日になってないんだからねっ!!」


 そして英雄達は走り去って。

 残るは天魔達と、その恋人達。


「さて、じゃあ今からはわたし達だけの時間ですねっ!」


「いやいや、そうはいかねーよ愛衣ちゃん」


「何でです? こんなに可愛い恋人が誘ってるのに、この際ですからバレンタインの事は水に流してイチャイチャしませんか?」


「その手には乗らないぜ、正直スッゲー揺れてるけどな、ここで水に流したらまた来年、同じ事を繰り返すだろ」


「あちゃー、やっぱりお見通しでしたか」


「はん、そう言われるの分かってて言っただろ」


「ワンチャンあると思ったんですけどねぇ……」


「残念だったな。愛衣ちゃんを好きだからこそ、俺にとって譲れない一線があるんだ」


「そしてわたしは、天魔くんへの燃えたぎる想いを押さえる事が出来ない、――譲れない一線ですね、どうします?」


「決まってるだろ、…………少し、黙れ」


「……ん」


 天魔は恥ずかしそうに頬を赤くすると、愛衣の顎を右手で掴んで口づけを。

 それから、おずおずと左手を背中へ回す。

 ――隊長達も、それぞれのやり方で恋人達を黙らせて。


(((こっからどうするんだよ団長っ!?)))


 抱きしめて、キスして、ここまでは良い。

 一般団員は、そこから体育館に戻ればいい。

 だが幹部である天魔、そしてこの場に残る隊長達は、彼らを助けに行く役目がある。

 それはつまり、抱きしめて、キス、それだけで恋人達を説得、或いは籠絡しなければいけない訳で。

 決して肉欲に流されてはいけない訳で。


(しゃーない、アイツを見習って。偶には熱烈に口説いてみるか……)


 バレンタインだの異物混入だのは一時棚上げし、彼らは彼女達が普段そうする様に。

 熱烈に愛を語り始めた。


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