第114話 深夜戦線①
その配信の知らせは、同盟にとって突然で予想外の出来事であった。
彼女達とて、自分たちの行いが危うい物だと自覚している、だが、その愛の重さ故にそうするしかなくて。
――そんな彼女達に、何を伝えると言うのか。
騎士団も同盟も、スマホを真剣な眼差しで見つめて。
『レディース&ジェントルメン! ……あー、そういやこのフレーズって避けた方が良いとか何とか話なかったっけ?』
覆面姿の騎士団長/英雄やたら軽いノリに、思わず首を傾げる。
『まあいいや、ともかくこの放送をご覧の皆さま! バレンタインを直前に控えて、今、何が起きているのか理解している人も多くいると思う。
そう、あえて言おう。――――同盟は卑怯者であると!!
我々騎士団が望んだ事は何だ?
そうだ、チョコに、食べ物に異物を入れない。ただそれだけだっ!
だが同盟の者達は今、僕たち騎士団に対して何をしている?
そうだ、卑劣にも僕ら個人個人が大切にしている品々を、あろう事か壊し、燃やし、喪わせようとしているっ!
聞けっ! 同胞達よっ! 許していいのか? こんな事を許していいのか?
ダメだ! そう、決してこんな蛮行を許してはいけない!』
拳を振り上げて熱く語る英雄に、騎士団の者達は盛大な声援を。
対して、同盟の中でも理性が振り切れた者は激怒を、冷静な者は苛立ちつつ言葉の中に目的を探して。
『――だけど、敢えて言うよ。
騎士団は、僕らは君たち同盟のやり方を憎まない。
けど否定する、――自分たちの愛が届かないからって、愛する相手の大切な物を奪い脅す行為は、決して許してはいけない事だ』
「そんな事っ、言われなくても!」
配信を見ていたフィリア達は、正しく愛憎の混じった瞳を向けて。
……だが、それを今このタイミングで言うのは何故だ?
まさか、そんな言葉だけで止めようというのか。
『僕たち騎士団は、同盟に対し断固として抗議する、僕たちは僕たちの大切な物を喪わせはしない。
そして同時に、言っておかなければならない事がある』
すると騎士団長は覆面を外して、その行為に同盟はざわつき。何も聞かされていない騎士団も困惑した。
『一人の男として言わせてもらう、――愛してるフィリア。
僕はね、君が手料理を作ってくれる事が嬉しかったんだ。
君と一緒にいる時間が愛おしいんだ。
どんな困難な問題があったって、君と一緒なら乗り越えていける。
君とだから、僕の人生に唯一無二の楽しみが産まれるんだ。
――だからこそ、分かって欲しい。
僕らが騎士団を設立した理由、それは単に料理に異物を入れるな、そんな小さな理由じゃない。
勿論、小さなと言っても大切な事だけど』
苦笑する英雄に、フィリアは胸の痛みを覚えて。
『……僕らが君たちと戦う理由はね、今一度、理解し合う為なんだ。
だって僕らは恋人だ、中には夫婦だっている。
ならその生活は、愛は、一人だけじゃなくて二人のモノだ。
誰にだって譲れない一線がある、それを受け入れる、妥協する、そういうのは各々の問題だけどさ。
君たちに愛という「譲れない一線」があるように、僕らにもある「譲れない一線」を、その覚悟を知っていて欲しいんだ』
今まで騎士団の中で流れていた空気を、愛に暴走した同盟が目を背けていた事を、英雄は確かに口にした。
もう、どちらも逃げる事は出来ない。
『もう一度言うよ、――愛してるフィリア。
あ、そうそう、他の同盟の人達にも同じようにメッセージを届けさせるから後で見てね!
コホン……さて、これで分かってくれたかな?
僕らが行動する理由、戦う理由が。
こんな言い方はきっと卑怯だろう、けど言うよ。
僕らは君たちの行いを止める、それは自分たちの大切な物が懸かってるからじゃない。
君たちが、決定的な過ちを犯さない為に。
愛しあう僕らが、この先も幸せに愛しあえる様に。
僕たちは、君たちと戦うよ、――愛の為に』
そう優しく微笑む英雄に、同盟の者達はそれぞれの相手の笑顔を幻視して。
次の瞬間、ニマっと笑った彼に意表を突かれる。
「…………英雄?」
彼らは思った。
脇部英雄という人となりを知る者、知らぬ者、その全員が確信をした。
あ、これ大騒動が起こるヤツだ、と。
『じゃじゃ~~ん!! ではでは、これよりバレンタイン決戦のお時間でーす!!
え、聞いてない? 同盟の脅迫はどうするんだ?
慌てない慌てない、それを今から言うんだからね!
開始時間は午後十時から、あと十分程だね。
そして決戦の期限は明日のバレンタインの正午頃!
さーらーにー!
これから行うのは、その前半戦! 題して、深夜戦線だ!!』
楽しそうに目を輝かせる英雄に、画面の外から困惑と驚きの声が。
配信を見ていた同盟も、驚きに目を見開いて。
『僕らはこれから、君たちにキスしに行くよ。
――そう、キスだ、愛のキス。
抱きしめて、キスをしに行く。
但し、君たちとは会話しない、僕たちの大切な物も奪い返しはしない。
ただ抱きしめて、キスをしに行くだけさ。
勿論、同盟諸君はこれに対して何をしても良い。
脅迫通りに大切な物を灰にしても良い。
けどさ、よーくよーく考えてね?
これから僕たちが、恋人として夫婦として、幸せな人生を送る為に。
僕たちが恋人として、夫婦としてある為に、胸を張って相応しい行いであると、魂に誓えるかってね!
そうそう、騎士団のみんな! もし囚われても諦めないで抵抗してね! 必ず助けに行くから! 僕たちは同じ悩みを抱える同胞さ! 決して見捨てやしないっ!』
「――姉さん!?」「急いで会議だフィリア! 五分で対策を練る!」
『じゃあね、みんな! バレンタインを盛大に楽しもうじゃないかっ!!』
そしてプツッと途切れる配信。
慌ただしく同盟は動き始め、一方で騎士団も英雄に天魔達が詰め寄って。
「聞いてねぇぞ英雄っ!」
「言う暇なかったでしょ、天魔」
「アタシらにキスしに行けってのかっ!?」
「うん、そうだよ茉莉センセ」
「こんな風に言っちゃったら、絶対に罠が待ってるじゃないか英雄くん!?」
「ふふっ、これは試練だよロダン義兄さん。僕たちだけじゃなくて、フィリア達もね」
彼らに詰め寄られても、英雄はどこ吹く風で。
その場に居る他の団員達も口々に。
「誰だコイツをリーダーにしたのっ!?」「キスしにいくとか……」「馬鹿じゃねぇの?」「ううっ恥ずかしい」「マジか、マジかー……」「何考えてるんだよ団長!?」
それらに対して、英雄は率直に言った。
「リーダー変わる?」
「「「「テメェ以外に誰が務まるか!!」」」
「恋人にを抱きしめてキスするって、そんなに難しかったかな?」
「「「「簡単だ馬鹿野郎っ!!」」」」
「じゃあやるよね、みんな」
「「「「応ともっ!!」」」」
例外なく声を揃えて同意の叫びを上げる騎士団員達、英雄は右手をビシッと振り上げて。
「ようし! ならば戦争だっ! 深夜戦線は抱きしめてキスして、んでもって帰ってくるまでがお仕事ですっ! その後に、もう一つか二つ、やることがあるから、みんな無事に帰って来てね!」
「はっ、言われなくても」
「というか脇部、お前、這寄に拉致監禁された前例があるだろ、お前が一番気をつけろ」
「多分、ローズはフィリアちゃんと一緒に居るだろうし。一緒に行ってくれるよね英雄くん」
「そうだねロダン義兄さん、僕は義兄さんと一緒に行く、――みんな、絶対に罠があるだろうから気をつけてね! 連絡はすぐ取れるように!」
そして彼らは体育館の扉の前に集合して。
開かれる扉、迷うことなく一歩を踏み出す。
午後十時まで後数秒、秒針はすぐにゼロを刺し。
「それじゃあ、作戦開始だ! またこの場所で会おうみんなっ!!」
愛する者の下へ、英雄達は笑顔で走り出した。
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