第113話 砂糖の楼閣



「「「「かんぱーい!!」」」」」


 バレンタインまで残すところ数時間、体育館では祝杯が上げられていた。

 最も、大半は未成年、僅かな大人達も教職に着いた者だ、祝杯と言ってもアルコールではなく炭酸ジュース。


 ともあれ、勝利の空気に皆が酔って。

 女装から着替えた英雄は、体育館の舞台の上で天魔達と杯を交わす。


「ははっ、やれるもんだな! これを明日まで守りきれば俺達の勝ちってもんだ! 見事な作戦だったぜ英雄!」


「ありがと天魔、実行部隊の君たちあっての成果だよ」


「いやいや、英雄くんの頑張りがあってこそさ。君が一人で時間稼ぎをした時とか、ボクは心臓バクバクだったんだから」


「オメーも大胆だよなぁ、まぁアタシとしてはアパートをマジで燃やすんじゃないかって最後まで冷や冷やしてたけどな」


「ははは、燃やすのは本当に最終手段だよ茉莉センセ」


「おい、脇部? オマエまさか……?」


「てへっ、何の事やら。それはそれとして、最後の時間稼ぎに関してはほら、未来さん達の到着待ちだったからね」


「そうだ、それ、俺達にまで未来さん達の事を隠すなんて水くさいじゃねーか」


 少し不満気な天魔に、英雄は若干泳いだ目。

 その様子に、ロダンと茉莉は訝しげな視線を。


「いやー、実はね。未来さん達の事を完全に把握してた訳じゃなくて」


「どういう事だ?」


「ぶっちゃけ、半分ぐらいは土壇場で裏切られる前提だったって言うか」


「…………英雄くん? さっき最後の手段って言ってたけど」


「あ、やっぱ分かるロダン義兄さん。実はいざとなったら燃やそうかなって」


「おい、おいっ! まさか消防車ってその為に呼んだのかっ!? 道路封鎖の口実ってだけじゃねぇのかっ!?」


 天魔のひきつった叫びに、ロダンと茉莉は唖然と英雄を見て。


「安心して天魔。そういう嘘で攪乱しようって考えてただけさ、今だって信じそうになったでしょ」


「…………おい脇部、ホントにブラフなんだな? はったりなんだよな?」


「ったく、たちが悪いぜお前は……。マジで敵じゃなくてよかった……」


「なるほど、消防車が説得力になるのか。もしかして、発火装置を探してみろって言うつもりだった?」


「鋭いねロダン義兄さん、まさしくその通りさ!」


「あの二人に嘘だと見破られても、配下は揺さぶれる、――いや、ローズ先生はともかく這寄の方は確実に揺れる、か。だが栄一郎がいたら危うかったんじゃないか脇部」


「そうなんだ茉莉センセ、栄一郎がいると見抜かれる可能性が高かったから早めに押さえて貰って助かったよ」


「ま、何にせよ。このまま泊まりで明日まで守りきったら俺達の勝利だ。――――よーしお前らぁ! もう一度乾杯しようーぜ!!」


「「「「かんぱーい!!」」」」


 浮かれる天魔達、ロダンと茉莉もほっと肩の力を抜いてその輪に加わる。

 そんな中、英雄はそっと離れて司令室にしている倉庫へ。


「これからスマブラ大会すっけど、参加するよな英雄!」


「ちょっと防衛計画に見落としがないか確認するから、先に始めててよ天魔」


「それなら俺も手伝うぞ?」


「天魔は団員達と楽しんでて、どーせ明日になったらそんな暇無くなるだろうし」


「ま、確かに同盟が動くとしても早朝だろうな。オッケー、先に始めてるぜ」


 そして英雄は一人、思索に耽る。


(さぁて、まずは再確認といこうか)


 英雄達、バレンタイン騎士団の勝利条件はバレンタインを潰す事だ。

 その為に、彼らは涙を呑んで恋人達からチョコを奪い、調理器具を奪い、尽力してきた。


(まー、フィリア達がチョコと調理器具を買い直したら崩壊する綱渡りなんだけど)


 フィリアとローズ、そして愛衣と栄一郎の分を調達するのは容易いだろう。

 だがそれをしてしまえば、同盟は崩壊する。

 彼女達がそれを隠したとしても、暴露する手段を英雄は用意している。


(けど、そんな事はしないよねぇ……してくれたら楽なんだけど)


 そもそも、そんな人物ならば。

 恋人に、友として付き合っていない。


(問題はどう出てくるか、だな)


 スパイの情報を基に事前に話し合った結果、同盟の襲撃時間は夜が明ける前の早朝。

 どんなに遅くとも、昼前までに動く筈だ。


(向こうから降参してくれると嬉しいんだけど……)


 それはつまり、バレンタインチョコに無用な異物をいれるな、という切実な思いが伝わったという事であり。

 全てが丸く収まるハッピーエンドな訳だが。


(…………いや、無いな。絶対に無い)


 非常に残念な事であるが、無念すぎる事ではあるが。

 そのような殊勝な人物であれば、この様な事態に陥っていない。


(夕方の作戦は、禁じ手一歩手前だった。あーもう、どう出るのかなぁ?)


 二つの陣営の間だに流れる暗黙の了解、空気、それは即ち――暴力の禁止。

 一度血が流れれば、この市は内戦状態に陥るだろう。

 愛の思い者達による、伴侶ハント。


(それだけは、絶対に避けなきゃだよね)


 この戦いは対話なのだ。

 恋人との愛について、理解と妥協点を探る会話。

 肝心な事は、騎士団の勝利ではなく。


(どーやって持って行こうかなぁ、どの案が最適なんだろうなぁ)


 敗北しても良い、敗北の仕方が問題なのだ。

 勝利しても良い、どうやって勝ったが問題。


(僕はまだ、フィリア。君達が僕らの思いを理解してくれる事を諦めてないぞ)


 体育館防衛計画を眺めながら、切なる祈りを捧げていると――――。


「――大変だ英雄ッ!! 同盟の奴ら、とんでもない手を使って来やがったッ!」


「っ!? 動きが早いっ! 報告をお願い!」


 天魔の声に英雄は倉庫を飛び出す、そこには顔を青ざめて今にも倒れそうなロダンの姿が。


「何があったの!? まさか毒でも盛られたっ!?」


「こ、これはある意味猛毒だよ英雄くん、ま、まさかローズがこんな手で来るなんて――――!」


「ううっ、ひでぇぜ……」「血も涙もねぇのかよっ!」「ああ、心配で堪らないッ」「オレ、家に帰りてぇ」「罠だ、だって人間ならこんな残酷なコト……」


 団員達の志気がもりもり下がる中、英雄は義兄のスマホを拝借し。


「えーと何々? 今すぐ降伏しろ、私は寛大だからお前単独でも良い。さもないと、集めた美少女フィギュアが灰に…………うん? え、ええっ!?」


「どうしよう英雄くんっ!? ローズはやると言ったらやる女だっ! ボクのコレクションが燃やされてしまうっ!!」


「い、いや只の脅しだよロダン義兄さん……たぶん」


「今、目を反らしただろうっ! 見逃さないよボクはっ!」


「まあまあ落ち着いてロダン先生、いくら何でも夫の私物を、あのローズ先生が……」


「甘い、チョコよりも砂糖よりも甘いよ跡野先生。ローズは元々、ボクの美少女フィギュア集めは良く思っていなかったんだ。フィギュアよりローズを優先していたから見逃されていたに過ぎない」


「で、でもよロダン先生。そんな離婚案件みたいな事……」


「仮に実行して、最悪ボクからの愛を喪ったとしても。いや、もしそうなったらボクはきっと、離婚が出来ないどころか、一生、お日様の下を歩けないだろうね」


「うわぁ……、目に浮かぶようだよロダン義兄さんっ! 有り得るっ! 超絶有り得るっ!! フィリアだって僕を拉致監禁して一生物理的に束縛するつもりだっ!!」


「お、おい落ち着けよ英雄っ! 流石に燃やされて怒るなとは言わないけど、それでも愛してるんだろ? ロダン先生もローズ先生を愛してるんだろ?」


「勿論だよっ! でも良く考えてみてよ天魔! 大事なモノを勝手に燃やされて、今までの様な仲に戻れない事は明白じゃないかっ! それでもなお、フィリア達は愛を貫く決断をしようとしてるんじゃないかっ!!」


「ッ!?  ま、まさか愛衣ちゃんも――」


 戦慄する天魔、そして団員達も義憤が醒めやらぬままサッと顔を青ざめて。


「最悪だ……考え得る中で一番最悪のパターンを引いてしまった……っ!!」


 この一手だけで、騎士団は瓦解する。

 それだけではない、彼らのその後の恋人への対応如何によっては、英雄が考えた最悪の未来へ事態が進む可能性だってある。


(どうする、どうする僕っ!)


 今すぐに行動しなければならない、騎士団を瓦解させずに、そして同盟の捨て身の作戦を打ち破る妙手を考え出さなければいけない。


「――――すまない、みんな少しの間だけ静かにしてくれるかな?」


「わかった、何か手があるんだな英雄」


「それを今から考えるのさ」


 全員が固唾を呑んで見守る中、英雄の全開で脳を回転させる。


 ――彼女達の愛を否定してはいけない。

 何故ならば、より過激な方向へ行くからだ。


 ――彼女達の行動を肯定してはいけない。

 何故ならば、彼女達を己達は愛しているからだ。


 ――彼女たちに屈してはいけない。

 愛してるからこそ、ダメな事ははっきりと言わなければ。


(…………ここが、本当の分水嶺だね)


 ほう、と英雄は溜息を一つ。


「考えがまとまったよ」


「よし言え、俺達はどうすればいい」


「何でも言って英雄くん、こうなったら降参するのでも構わない」


「お灸を据えるんだろ? もう拳でカタをつけるしかねぇだろ脇部」


 決意に満ちた天魔達、他の団員達も同じく拳を堅く握って。

 しかして英雄はヘラリと笑って告げた。


「そう堅くならないでよみんな、――これはゲームさ、今までと同じ、恋人に僕らの想いを理解して貰う大切で楽しいゲーム、お祭り騒ぎさ」


「どういう事だ? 理解出来ねぇぞ?」


「言い方が悪かったね、――この状況、ゲームにしてしまおう! さあ動いてみんなっ! まずは動画の放送の準備だっ! それから団員達全員の家と、大切な物の情報を用意してっ! 派手に行こう!!」


「良く分からんが、行くぞお前らッ!! バレンタイン騎士団、もう一勝負だッ!」


「「「「バレンタイン騎士団に勝利の栄光あれっ!!」」」


 体育館は慌ただしい空気に包まれた。


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