第111話 重力の導き



 結論から言おう、作戦・調理器具奪取は成功に終わった。

 イベントの翌日に深夜に決行された当作戦は、事前に予告状を送られてたにも関わらず、抵抗らしい抵抗は無く。


「くっ、それを取っていくとはっ! これではバレンタインチョコを作れないではないかっ!!」


「それっぽい表情して雰囲気出してるトコ悪いんだけどさ、炬燵でポテチ食べながら眺めてるだけだよね? 不法侵入だ! って叫ぶとか、力ずくで止めるとかしないの?」


「ふっ、私は悟ったのだ。――もはや抵抗は無意味だとな」


「本当に?」


「疑うなら私の処女を賭けたって良い」


「いや、君の処女もう無いよね?」


「ああ、騎士団とやらが不法侵入しても抵抗せずに見逃した、甲斐性無しが奪ったからな」


「そういう事なら返すよ? ちょっとお金が必要になるから時間かかるけど」


「泣くぞ? 明日の朝、登校中に君の靴を舐めながら泣き叫ぶぞ?」


「やめてっ!? その自爆戦法ってば誰も得しないからっ!!」


 ともあれ、作戦成功した。

 かなり嘘くさいが、ダメージを受けた様子もある。

 集めた器具は体育館の地下倉庫へ、その日は地域の出前への注文が多くなり参加していた店長達もニッコリ。

 他の団員も首を傾げながら、ひとまずは喜んで。

 そして次の日の夜。


(何を考えてるんだいフィリア、いや同盟……?)


 英雄は布団の上であぐらをかいて、湯上がりのフィリアを眺める。

 しっとりと濡れた髪をドライヤーで乾かす彼女、彼的には、その白い首筋から視線が離せない。


(美人のカノジョを持って、僕は幸せだなぁ…………じゃないよね、ちゃんと考えよう)


 問題は何を企んでいるのか、そして何故、すんなりと調理器具を渡したのか。


(不味いなぁ、予告状を出して反応を見る筈だったのに)


 前もって知らせておく事で、組織だって抵抗するかどうかを知りたかったのだ。

 勿論、成功した事は彼女達のバレンタインチョコ作りが遅延したという事であり、即ち喜ばしい事なのだが。


(統率や対策が間に合わなくて、個人個人で抵抗ってパターンもあると踏んでたけど。まさか無抵抗なんてなぁ……)


 彼女たちが焦っている気配が無いのが、また不穏だ。

 団員達の報告では、確かに彼女達のチョコ作りがストップしているのだが。


(こっちを把握する為にスルーした?)


 だが、恋人同士が双方の陣営に分かれてる以上、個々人の情報など筒抜けであり。

 今更そんなモノを手に入れてどうしようと言うのだ。


(作戦を考えてるのは主に僕だし、僕だけを混乱させる為に…………?)


 英雄は無意識にローアングルで、パジャマに包まれたフィリアの臀部を覗き見ながら渋い顔。


「いや英雄? そんな顔で私のお尻を見ないで欲しいのだが?」


「ああゴメン、別に君のお尻に問題があった訳じゃなくてね?」


「分かってる、問題があったなら。直接触って確かめるのが君だ」


「理解してくれて嬉しいよ…………でも、その言い方だと僕がダメな人間に聞こえてくるんだけど?」


「違うのか? 今もスマホを構えて、ローアングルからうなじとお尻が入る様に撮ってるじゃないか」


「しまったっ!? これは無意識の産物なんだ! 決して僕は変態な気持ちで君を撮影してるんじゃないっ!」


「ではどんな無意識で撮影しているんだ? ところでポーズは必要か?」


「女豹のポーズでお願いっ!! いや違うっ! 違うんだっ!」


「ほーれ、胸元を開いてみたぞ」


「シャッターチャアアアアアンスッ!! って何をさせるんだいっ!!」


「連写してる君がとても頼もしいよ」


「嫌みだねそれ?」


 せめてブラチラしてくれないものか、と賢明にスマホの角度を変えている英雄に、フィリアは呆れたように溜息を一つ。


「というかだ、恋人なんだから。素直に言ってくれればもっと過激なリクエストを受け付けるぞ」


「それじゃあダメなんだよっ! 素のままでエロ可愛い美人なフィリアを撮って、何時でも見れるようにしたいんだっ!!」


「ふむ、作った色気は必要ないと? では英雄がリクエストしていた、泡風呂でアヒルの玩具で戯れる私はやらなくても良いんだな?」


「それを中止したら戦争だよフィリア? 僕は過激なグラビアなフィリアを堪能したい」


「私の髪の毛の匂いを堪能しながら、言わないで欲しいのだが?」


 彼女は苦笑しながら、英雄から己の髪の毛を取り上げると立ち上がって。


「寝るにはまだ早いだろう、なら少しつきあってくれないか? 一つ聞きたい事があるんだ」


「バレンタインチョコ以外の事なら大丈夫だよ」


「実はな、チョコを入れる箱は決めたのだが。まだリボンが決まらなくてな」


「話聞いてた?」


「ふふっ、そう言うな。中身の話じゃなくて外側だからセーフだ」


「ううーん、セーフなのそれ?」


「細かい所は置いておけ、将来禿げるぞ」


「僕が禿げたらどうする?」


「その頭に毎日キスしてやるとも」


「ちょっと床屋行ってくるね?」


「ばーか、そんな事よりリボン選びを手伝ってくれ。君の分は秘密だが、友チョコのリボンが決まらなくてな……」


 布団の上に、数々のリボンを並べるフィリア。

 楽しそうなその姿に、英雄も思わず微笑んで。


(これだよこれ、これがバレンタインってヤツだよねっ! ――――これで、変な物を入れないって諦めてくれてたらなぁ)


 無い物ねだりをしても仕方が無い、バレンタインまで後少し。

 彼女達に、此方の思いを届かせる機会はまだ残っているのだから。


「っていうかフィリア、丸ごと買ったの? こんなに沢山使うの? というか売ってたの?」


「ああ、こんなのなら手芸用品店で安価で買えるぞ? それに今回の為にじゃなくて、前々から買ってあったヤツだ」


「マジで? へぇ、家にこんなのあったんだ……」


「よくよく思い出して見ろ、クリスマスの飾り付けにも一部使っただろ」


「あ、ホントだ。クリスマスっぽい配色のリボンがある」


「まあそれは今回使わないとして……、候補はこれとこれ、それから……」


 ひょいひょいと仕分けていく手付きを、彼はぼんやりと眺めて。

 ――こんな、何気ない仕草が本当に愛おしい。


(ホント、ホントになぁ……)


 ぐるぐると、英雄の腹の底の方で何かが熱くとぐろを巻く。

 その衝動に抗わずに、赤いリボンを手にとって彼女の金色の髪に巻き付けて。


「リボンで遊ばないでくれ、それとも君はリボンで飾った私がお好みかな?」


「僕は君が分からないよ盟主さん」


「私をどうしたいか、が分からないの間違いでは? それと私は盟主ではないぞ団長」


「それを言うなら、僕も団長じゃないよフィリア」


 赤いリボンは螺旋状にフィリアの髪を辿り、そして白い首筋が見えた。

 英雄はそのままリボンを首に巻いて。

 それはまるで、彼女を拘束する首輪のようで。

 ――――言いようのない背徳感と苛立ちが襲う。


「英雄? そのままだと、私は窒息死してしまう」


「…………煮ても焼いても食えない愛しい君を、僕はどうすれば良いだろうね?」


「ひで、お?」


 首に巻き付くリボンが軽く締まって、息が出来ない訳じゃない、血が止まる程じゃない。

 だけれども、フィリアは薄ら寒い何かを感じて。

 愛する者のスイッチを、いつの間にか入れてしまった事に気づいた。


「――ああ、なるほど。こういう事か」


「何がだ?」


 瞬間、フィリアはこてんと布団に転がされ。

 両の手首は頭の上に、交差した状態で結ばれて。

 あれよあれよという間に、胸、腰、尻、太股、つま先までリボンでラッピング。


「前にさ、どんなに愛を伝えても伝えきれないって言ってたじゃない?」


「言ったな、だがこの格好と何の関係がある? そのギラギラした目で今日は抱いてくれるのか?」


「さあ? どうしようね?」


「おい」


「でも、さ。思ったんだ――、僕の悩みは。このまま君を縛って監禁してしまえば、全て解決してしまうんじゃないかって」


 すると英雄は、壊れやすい宝物を扱うように酷く優しい手付きでフィリアの頬を撫で。


「綺麗だフィリア、この顎のラインも耳も、桜色の唇も、青い瞳も、首筋なんか特に。僕が吸血鬼だったら我慢出来なくて噛みついて吸い殺してしまいそう……」


「そんなに……、熱烈に言われると、恥ずかしい……」


「顔を反らさないで? 恥ずかしがるのも、嫌がるのもかなりソソるんだ」


「…………ばーか」


「恥ずかしがると語彙が少なくなるのも、可愛い、嗚呼、とっても可愛い」


「ばか、ばーか」


 首筋まで顔を赤く染め、顔をを横に向けるフィリア。

 恥ずかしそうに細められた目、長い睫の隙間から覗く青い瞳。


「僕を誘ってるね? そんな悪い子には――、こうするしかないってね」


「あ……」


 英雄は彼女の視界をリボンで奪って、――情欲で脳が支配されそうだ。

 だが。


(心は熱く、頭は冷静にってね)


 彼は布団のすぐ横に置かれていた、フィリアのスマホを手に取る。

 同時に、感づかれない様に彼女の耳を舐めて。


「ひゃうっ!?」


「もっと聞かせて欲しいな」


「ううっ、へ、へんたいぃ……」


 手早くスマホのロックを解除、パターンロックなどとっくの昔に暗記済みだ。


(さぁて、何を隠しているのかな? 取りあえずローズ義姉さんとの遣り取りでも…………)


 確信があった訳じゃない、だが彼の直感は正解を導いて。


「――――嗚呼、ああ……、悪い女だなフィリアは」


「ううっ、今日の君は少し変だぁ」


 悶えるフィリアに心は欲情して、脳裏では苛立って。


(やっぱり罠じゃないかっ!! 絶対何か隠してるって思ってたんだっ!! 不味いぞ不味いぞ……、これは何とかしないと駄目だっ!!)


 ローズとフィリアの会話の中には、このアパートの管理人室の地下。

 英雄がかつて監禁された部屋に、大量のチョコと調理器具が隠されているという情報。


(取りあえず、ロダン義兄さんに暗号で…………よし)


 今すぐ確認しに行きたい所だが、今の状態では怪しまれるし。

 何より、こんな色気しかないフィリアを放っておいて出かけるなど愚の骨頂。


(とはいえ、このままセックスするのは負けた気がするよね)


 なので。


「本当に、悪い子だねフィリア。――そんな可愛すぎる君に、僕は罰を与えようと思う」


「うう……、な、何をするつもりだっ!」


「そんな期待した声を出しても無駄だよ。手始めに三時間、いや君が寝るまでその格好のまま、僕は君への愛を囁こうと思う」


「なっ!?」


「じゃあフィリア、今日は僕の愛の言葉に溺れたまま寝ようか?」


 有言実行、英雄は宣言通り彼女が寝付く明け方まで愛を囁き。

 彼女も精一杯誘惑したのだが、愛の言葉でぐでぐでになったまま疲れたように眠り。


「――やあロダン義兄さん、首尾良く抜け出せたんだね」


「これでも夫だからね、しかし本当かい? こんな所に大量のチョコがあるなんて」


「フィリアと義姉さんの会話が僕らへのフェイクじゃなければね」


 明け方、空が白くなる寸前に二人は管理人室の地下へ。

 念のために電灯を付けずにスマホのライトを頼みに進むと。


「――――マジかよっ、マジかよぉ~~!!」


「ボクも変だと思ったんだ……、くそっ、いったい何時の間にこんなっ!」


 二人が目にしたのは、数十キロはありそうなチョコの山と、奪った量に匹敵する調理器具の数々であった。


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