第106話 レシピ・ラプソディ



 次の日から、英雄達が通う学校中心に震撼が走った。

 ――バレンタイン中止のお知らせ。

 その情報は、多くの恋人夫婦に伝わって。

 そして時を同じくしてバレンタイン騎士団となのる覆面集団が、アチコチに出現。

 パートナーの愛の重さに悩む人間からは、救い主に。

 愛の重い人間からは、敵意の対象となって。


(…………ふむ、不自然なぐらいに変わった様子はないな)


 授業が終わり放課後、台所に立つフィリアはチラリと英雄の様子を伺う。

 バレンタイン騎士団などと、ふざけた集団は確実に英雄が関わっている。

 否、彼こそがその団長であると確信をしているが。

 何せ、昨日の今日であり証拠が無い。


「しかし英雄、今日は私のチョコの試作を邪魔しないのだな?」


「うん? まあそれぐらい好きにしたら? 僕は絶対食べないけど」


「それはつれない返事だ、愛が感じられないぞ?」


「そうかなぁ、愛故にって感じじゃない?」


(…………絶対変だ、何を企んでいる英雄っ!)


 授業中も休み時間も不審な点は無く、強いて言うならスマホを手に持っている時間が増えた様に思える。

 だが、監視アプリはとっくに消されていて、何をしているか掴む事が出来ない。


(まあ、今の段階では様子見か)


 ならば、今はバレンタインに向けてチョコの試作である。

 今朝クラスメイトから聞いたレシピサイトを、フィリアはスマホに表示させて。


「何々? 彼のハートを健康ごとゲット、ベジタブルチョコ…………、ほう、興味深い」


「いや待って? 何それ」


「出来上がってもやらないぞ」


「こんな変なの要らないよ? というかマジで作るの? 美味しいの?」


「だが評価は星五つだ、試してみる価値はありそうだ」


 フィリアは英雄と共にスマホをのぞき込み。


「えーと、材料は……人参、タマネギ、じゃがいも」


「お好みでキノコか、成程それっぽいな。――おい、手伝わないならそっちに行っておけ、邪魔だ」


「はいはい、じゃあ後ろで君の揺れるポニーテールと腰とお尻を眺めてるよ」


「ふん、そうしておけ。それで手順は……ふむ、ふむ?」


 包丁を持ち、食材を切り始める後ろ姿に英雄はキシシと声を出さずに笑う。


(はっはーっ! マジで信じる? バカじゃないのっ!?)


 そう、これは彼率いるバレンタイン騎士団の策略の一つ。

 偽のレシピサイトを作り誘導する、そして書いてあるレシピは当然偽物。

 名付けて――レシピ崩し。


(いや、苦労したよ。ロダン義兄さんとOBがノリノリで助かったってね、偽のレシピを突貫で作ってくれた天魔にも感謝だっ!)


 騎士団結成から授業中しか寝てない英雄は、寝不足の頭でニマニマと。

 出来上がった時、フィリアはどういう顔をするだろうか。


(けど、さっきのレシピ。なんか引っかかるなぁ、妙に見覚えがあるって言うか)


 首を傾げる英雄の前で、トントンと軽快な包丁の音。

 異物混入の危険性さえなければ、実に幸せな光景だったのだが。


「ふむ、タマネギを炒め、そして人参を、ジャガイモはその間だにレンジでチンして……」


(いや、もしかしてこれって?)


 そして一時間後。

 出来上がったのは、チョコレート色の液体が入った鍋一つ。

 それはとても香ばしくて。


「カレーではないかっ!?」


「気づくの遅っ!? ルーを入れる段階で気づこうよっ!?」


「この後にチョコを入れるんだと思ったんだっ!! ええいっ! どういう事だっ!!」


「まあまあ、作っちゃったのはしょうがないよ。それは晩ご飯にしよう」


「ふむ? 君は食べないのでは無かったか?」


「変なのは入れてないみたいだからね」


「ハンっ、それで後ろから見張ってたか? 器の小さな奴めっ!!」


「ご飯の前では、それこそ小さな事さ」


「良く回る舌だ」


「ありがとう、では大きなお尻、もとい大きな器のフィリアは僕に食べさせる料理は無いと?」


「それこそ小さな事だ、私のお尻に頬ずりしてお願いしたら食べさせてやろう」


「え、そんな事で良いの? やるやるぅ!」


「おいバカっ!? 今すぐするなっ! ええい離れろっ! 次のレシピを試すのだから邪魔をするなっ!」


「ちぇっ、残念だなぁ……」


 臀部に近づいた英雄を、ゲシゲシと蹴って遠ざけてフィリアは再びスマホへ。


「今年のバレンタイン、愛しい彼への一番のチョコはこれで決まりっ! ……今度はコレにしてみよう」


「どんなチョコなんだい?」


「ええと? まずハートの器を用意します。次に新聞紙、換気扇を回して……」


「え、何その手順?」


「おもむろに下着を脱ぎます」


「マジで何それっ!?」


「それからウ○コを、ハートの器へ」


「ウ○コって言っちゃったっ!?」


「汚物を食べる事こそ、最大の愛、彼の愛をこのチョコで試そうっ! …………成程、奥が深い」


「深くないよっ!? 止めてよそんなチョコっ!? 誰が書いたのさそのレシピっ!? 何考えてるんだっ!?」


 英雄は慌ててフィリアのスマホを奪うと、レシピの投稿者を確かめる。


「………………W・HIDEO?」


「一つ聞くが、脇部英雄?」


「いや、僕じゃないよっ!?」


「いやしかし、W・HIDEOなんてお前しかいないぞ?」


「違うっ!? 違うからっ!? マジでそんな目で見ないでっ!?」


 青い顔で、それこそ汚物を見るようなフィリアの視線に英雄はもの凄い勢いで首を横に振る。


(天魔っ!? 天魔ァ!! 君ってばなんてレシピを書いてるんだっ!? しかも僕の名前まで使ってっ!?)


 実際の経緯としては、英雄と同様に天魔は疲れと眠気とハイテンションの中。

 朦朧とした意識で無理矢理頭から捻り出した、という経緯があるのだが。

 そんな事は何の解決にも慰めにもならない。


「い、いや、そうだな……悪かった英雄。君の気持ちにも性癖にも気づかずにっ! 私は、私は恋人失格だっ!」


「だからってパンツ脱がないでお願いだからっ!?」


「いや、誤魔化さなくても良い。君が一線を越えようと言うなら、私もそれに喜んで付き合おうっ!!」


「駄目だよっ!? 正気に戻ってフィリアっ!? うわぁっ!! ストップストップっ!!」


「なんとっ!? 直に見せろというのかっ!? なんてハイレベルな変態なんだ英雄っ!?」


「違うっ!? マジで違うからっ!? お願いやーめーてぇーーーーっ!?」


「くっ、顔で受け止めるとっ!? その覚悟っ! 受け取ったっ!!」


「受け取るなっ!! 本気でやったら、君のケツの穴を壊して捨てるぞっ!!」


「あ、はい。調子に乗りましたごめんなさい、だからその、スマホを持って肘まで抉り込むポーズは止めてくれないでしょうか」


「分かればヨロシイ、さ、とっとと退いてパンツ履いて正座」


「はい!」


「先ずね、愛を理由に常識を捨てない」


「それを君が――あ、はい、何でもないです」


「そして、一度騙されたんなら、次はちゃんと疑おうね?」


「はい、魂に刻んでおきますっ!」


「そして何より、――――僕にはウ○コを食べる趣味は無い、リピートアフターミー?」


「英雄にはウ○コを食べる趣味はありませんっ!」


「僕にはウ○コを見る趣味はありません」


「英雄にはウ○コを見る趣味はありませんっ!」


「…………これを忘れたら、僕は君をウ○コ星人とみなして。それなりの対処をするからね?」


「………………ちょっとした好奇心から聞くが、どんな事を?」


「ホントに聞きたい?」


「いえっ! 愚問でした!」


「はい、じゃあお説教終わり。チョコ作りに戻って良いけど、まともなレシピで作ってね」


「了解した。では次に人気のレシピは…………ベジタブルチョコ(カレー)と、この究極のチョコを組み合わせ」「死ぬより辛い目にあいたい?」「作りませんっ!!」


 はわわと涙目のフィリアに、ほっと一安心する英雄。

 だが。


「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!! 止めるんだローズっ! カレーとそんな物を組み合わせるんじゃないっ! 実行したら離婚するぞ! 離婚だぞっ!」


「しまったっ!? 犠牲者が他にもっ!!」


「これは不味いっ!! 助けに行くぞ英雄っ!!」


「今行くよロダン義兄さんっ! それまで絶対に持ちこたえてえええええええええ!!」


 英雄とフィリアは、慌てて隣のローズとロダンの部屋に駆け込んで。


(――――ふむ、もしかしてコレは英雄達の策略か? 突貫工事でボロが出た、そういう事だな)


 ウェブサイトにまで手をだして、それは本気でバレンタインの妨害を始めた証拠だ。

 ならば。


(こちらも、手を打たなければならないな)


「義姉さんストップっ! マジでストップっ! 人としての道を踏み外さないでっ!」


「おい英雄? クラスのグループラインが阿鼻叫喚になってるぞ?」


「そっちもっ!? どうして真に受けたんだよっ!? ああもうっ! とっとと正気に返ってください義姉さんっ! ロダン義兄さんも立ってっ! 皆を助けに行くよっ!!」


 その日、幸いにも新たな性癖を目覚めた者は一人も出ず。

 また、病院に運ばれる者も出ず。

 件のサイトは即日閉鎖、以降バレンタイン騎士団の中では下ネタは堅く禁止された。


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