第105話 姉妹の絆



 バレンタイン騎士団が行動を開始した一方、少し時は巻き戻る。

 コンビニからサンドイッチを買って帰ってきたフィリアは、部屋に入るなり呆然として俯く。


「居ない、……居ない。英雄、私の英雄……」


 袋を持つ手は堅く堅く握られ白く、ふるふると震え。

 その表情は悲しみに満ちて、――――なんて事は無かった。


「くくくっ、アハハハハっ! 逃げたっ! 英雄が逃げたっ!! 嗚呼、嗚呼、嗚呼っ! ――――私は愛されているっ!! なんて嬉しい事かっ!!」


 そう、彼女の顔は気色に満ちて。


「ようし! そう来なくてはなっ! ここで立ち向かうのが私の愛した英雄だっ! そうだっ! アイツが私の愛で溺れ死ぬ訳がないっ! なんて喜ばしい事なんだっ!!」


 フィリアの下腹がカッと熱くなり、背筋に稲妻が走る快楽を生み出す。

 全身から力が漲る。


(部屋の中に隠れたか? 否、探すまでもないな。何処か遠くに行っている筈だ、ああ、何をしてくるのだっ! 私への愛を貫く為にっ! 何をしてくれるのだ英雄っ!!)


 動物園の熊の様に、落ち着き無くウロウロするフィリア。

 今すぐ英雄に会いたい、だがそれは興醒めとい奴だろう。

 興奮に右手の親指の爪を噛みながら、恍惚とする彼女だったが。


「――――すまんっ! こっちにロダンが来ていないだろうかっ!」


「うん? 騒々しいな姉さ――姉さんっ!? なんだその格好はっ!? 私達の部屋に来るなら格好を考えてくれっ!?」


 バタンと勢いよく扉を開け現れたるは、実の姉である這寄ローズ。

 彼女の格好は、裸にボンテージという姿。

 大事な所など何一つ隠せていない、ソレ用のボンテージ。

 首輪とそこから延びる太い鎖が、何かを察せてしまいそうで。


「ロダンがっ! ロダンが居ないんだっ! あんなに愛し合って! 珍しく自分からアブノーマルに倒錯したプレイを言い出すと思ったらっ!!」


「ふむ、逃げたのか義兄さんは」


「そうだっ! これがどう言う事か理解できるかフィリアっ!!」


「悲しい?」


「まさか!」


「怒り?」


「馬鹿なっ!」


「では私と同じ、…………歓喜だな?」


「そうともっ! フィリアと同じ歓喜っ!! …………うむ? お前と同じ?」


 ローズはきょとんと、そしてマジマジと愛する妹を眺めて。

 二人は真剣に見つめ合うと、その顔はすぐにデレデレと崩れる。

 そして手と手を取り合うと、ぐるぐる回りながら踊り始め。


「にーげたっ!」「にーげたっ!」


「英雄がっ!」「ロダンがっ!」


「にーげたにーげたっ!」「にーげたにーげたっ!」


「私達から!」「逃げたっ!」


 ガバッと抱き合うと、姉妹は熱に浮かされた様に語り合う。


「分かるだろうフィリアっ! ロダンが逃げるという意味がっ!」


「分かるだろう姉さんっ! 英雄も逃げたんだ! きっと一緒に居るぞっ!」


「嗚呼、嗚呼、ならば、それは確実に諦めていないなっ!!」


「そうともっ! 義兄さんが逃げて! 英雄が逃げているならば、それはもう確実に諦めていないっ! ――私達の事を諦めないでいるっ!」


「そうだともっ! ロダンと小僧が無様に敗走するだけなんてありえないっ!! 愛だっ! 私とお前への愛の為に反撃を考えてるに違いないっ!」


 二人は息ぴったりに。


「「なんて幸せなんだっ!!」」


 深く熱いため息を吐き出し、うっとりと悦に入る。

 もし彼らのどちらかでも居たら、重いっ! やら、その愛考え直してどうぞ? などと宣っただろうが。

 ともあれ。

 しばらくすると、姉妹は体を離し。


「ふふっ、やはり私達は血の繋がった姉妹なのだな姉さん」


「そうだなフィリア、お互い、男を見る目は抜群だったと言う所だろう」


「――姉さんっ!」

「――フィリアっ!」


 今度はがっちりと両手で握手、だがその直後ローズの顔が曇って。


「…………そうだな、私は大事な事を忘れていた」


「姉さん?」


「今一度謝罪しよう、……小僧、脇部英雄との仲を引き裂こうとして悪かった。アイツの言うとおり、私は私の心を守る為にお前の心を傷つけていた」


「いえ、いいのです姉さん。もう終わった事ですから。それに、姉さんの愛は私も感謝しています」


「そう言ってくれるかフィリアっ! くうっ、私はなんて果報者なんだっ!!」


「ふふっ、泣かないでください姉さん。姉さんを泣かせて良いのはロダン義兄さんだけなんですから」


「理解のある妹が居て、私は幸せだよ」


 涙ぐんだローズは、淡く微笑んで。


「ならば我が妹よ、このローズが年長者として。愛を永く続ける秘訣を教えてやろう」


「唐突だな姉さん」


「そう言うな、若きカップルへのちょっとした老婆心だ。聞いておけ」


「では聞こう」


「ロダンとの結婚生活、そして先の騒動で学んだ事だ。――話し合う事、認める事、妥協しあう事、…………そして、愛する者と戦う事、これが愛を永く続ける秘訣なのだ」


「愛する者と、戦う…………――――」


 その瞬間、フィリアの脳裏に電撃が駆けめぐった。

 今まで言葉に出来ていなかった想いが、確かな形となって。


「そうか、恋愛とは、愛とはっ! 愛する者との戦いっ!!」


「そうだフィリアっ!!」


「私達は私達に盲目に愛される人間が欲しいっ! けどそれはっ! 愛し愛される事の否定を意味しないっ! そう言うことですね姉さんっ!!」


「たどり着いたかっ! その境地にっ!!」


「たどり着きましたっ! そういう事だったのですねっ!! 私達の操り人形なんて要らないっ!! 私達の愛を受け止めた上で、自分の愛を見失わずに愛される事を望むっ! その為には――――戦うしかないっ!」


「良く言ったフィリアっ! それでこそ我が妹っ! 共に、このバレンタインを戦い抜こうではないかっ!!」


「過去の思い出だけじゃ我慢出来ないっ! 安穏とした今の幸せに浸っていられるものかっ!! 目指すは最高の愛に満ちあふれた未来っ! そうっ! 見せつけるのだバレンタインでっ!!」


「その通りっ! ――うむ?」


「だが姉さん……」


 今度はフィリアの顔が曇る。

 彼女には不安な事があるのだ。


「何が心配事があるようだな、我が最愛の妹よ」


「恐らくだが、これから英雄達は何かを仕掛けてくるだろう。そこまでは良い、だが――チョコがまともに作れるだろうか。現に奴らは直接食材に手を出してきた。失敗したとは言え、このまま済むとは思えない」


「それに関しては私も同じ見解だ、しかしフィリア。案ずることは無い。……そうだな、今年はどんなチョコを作るつもりだ? ちなみに私は全裸で型を取った等身大チョコに、今年は血でも混ぜようと思うのだが」


「流石は姉さんです、今年は私も、従来の様に既製品とすり替えたりせず。チョコ風呂を作って興じようと思うのですが。勿論、普通のサイズのチョコも用意して」


「ふむ、となると量が要るのだな」


「それと、病院に預けてあるもしもの時の輸血用の血を一パック取り出しておこうかと」


「ああ、それは私もするから一緒に取り寄せておこう」


「感謝します姉さん」


「何、これぐらいしなければな。そしてもう一つの問題だが……少し着いてこい」


「ふむ? いったい何処へ……」


 そしてローズに連れて行かれたのは、アパート一階の管理人室――の地下室。

 かつてフィリアが英雄を拉致監禁した、その場所だ。


「こんな所に何が? 未来が私物を置いてると聞いたが……」


「まあ見て驚け」


 ローズが明かりのスイッチを入れると。


「――――な、何っ!? どういう事だ姉さんっ!?」


「ふふふっ! ふはははははっ!! この這寄ローズに抜かり無しっ! 既にチョコも調理機材も大量に確保済みよっ!」


「凄いっ! これだけあれば、数年はバレンタインに困らないっ!!」


「これを二人で使うぞフィリア、確実に余るだろうから机兄妹達に分けてもいいだろう」


「姉さんっ!」「フィリアっ!!」


 二人は再び抱き合って。


「へくちっ!」


「姉さん、取り敢えず着替えようか。何時までもそのままだと風邪をひく」


「うむ、そうしよう。私はそのまま寝るが――今日は久々に一緒に寝ないか?」


「ああ、たまには悪くない」


 そして姉妹は、仲良く眠りについた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る