第104話 バレンタイン騎士団



 体育館は今、静かな熱気に溢れていて。

 その熱気の中心は英雄だ。

 彼は壇上で、大仰な身振り手振りで愛の敗北者達に訴えかける。


「ああ、そうだともっ! 間違ってるのは僕らじゃないっ!


 考えてみてくれっ! 僕らが何をした? 何を言った?


 ――ああ、そうだ。


 僕らは料理に恋人の一部を入れるのを止めてくれって訴えただけだっ!


 だが現実はどうだい?


 僕らの訴えは無視され、愛情を利用され蹂躙されただけだっ!


 許していいのかっ! こんな現状をっ! ああ、そうだっ! 許してなるものかっ!


 ならやる事は一つだっ! 立ち上がろうみんなっ!


 僕らは敗北を知った!


 だからこそ、出来ることがあるっ!


 愛しい彼女達を、もっと可愛い愛しい彼女にする為にっ!


 愛の重さに負けずに、僕らが主導権を握る為にっ!


 今こそ宣言しよう!!



 ――――今年のバレンタインは中止するっ!!」



 バレンタイン中止のお知らせ。

 ネットで飛び交うジョークを高らかに叫んだ姿は、普通に考えれば滑稽極まりなかったが。

 だが、誰一人としてヤジを飛ばす者は無く。


「うおおおおおおおっ! 今年のバレンタインは中止だっ! 乗ったぜ英雄っ!」


「良く言った脇部っ! そうだっ! アタシらに必要なのはその決意だっ!」


「そうだよ英雄くんっ! 今が行動の時だっ!」


「ヘヘっ、身震いしてきたぜ」「ああ、腕が鳴るな」「愛の為に愛を犠牲にするってか?」


 敗北者の一人が漏らした言葉に、英雄は首を横に振って。


「違うよ、愛の為に愛を犠牲にするんじゃない。――僕らは僕らの愛を貫きに行くんだっ! 必要なのは愛に殉じる覚悟っ! この手を汚す覚悟だっ!」


「この手を汚す? 何をするんだ英雄」


「良い質問だよ天魔、――まず一つ、僕らは何が間違っていたと思う?」


「そりゃアレだ、食材やらチョコを取り上げただけで済まそうとした所だな」


「一部だけ正解だね」


「残りは?」


「それはね、意識の改革だ。……僕らにはそれが欠けていた。フィリア達みたいに愛が重い人物に、意識を変えさせる覚悟と方法が足りていなかった」


「脇部、オマエの案ならそれが出来るって?」


「勿論さっ! それには団結が必要だ! 僕らは一人で立ち向かった。だから情に流されて負けた、ならば二人で、三人で、みんなで協力して立ち向かえばいい!」


「なるほど。複数人で行動する事で、目的を確実に遂行する訳だね? じゃあ意識の改革って? お金さえあれば食材やチョコも手に入れられちゃうけど」


「大丈夫さロダン義兄さん、僕もそこは考えてある」


 英雄は右手の人差し指を立てると、胸を張って笑い。


「良く聞いてくれみんな、――僕らは世の中の物流には勝てない、お金をだせば買えるこの社会に勝てない。…………だけど、こう思わないかな? そんなのに勝つ必要なんて無いってね」


「ああん? どういうこった脇部」


「簡単な事さセンセ、僕らの行動は言わば抗議活動だ。――嫌がらせと言い換えても良い」


「つまり、買いたいなら勝手に買わせておけと?」


「そしてまた、僕らがそれを奪取する」


「何度も何度も繰り返して、愛衣ちゃん達に思い知らせる訳だな? だがそんな事が何時までも続けられねーぞ。それに警察に行かれたらおしまいだ」


 天魔のもっともな疑問に、英雄はニマリと笑った。

 それは壮絶とも言える気迫が籠もっており、全員が背筋をゾっとさせて。


「――――巻き込むよ、この地域全て」


「英雄くんっ!?」


「マジかよ英雄っ!?」


「本気か? たとえそれが出来ても、何時まで続けるんだ」


「それは既に言ったよセンセ、…………バレンタイン当日までだ。その代わり、徹底的にやるんだ」


「――オッケ覚悟決めた。何処までやるんだ英雄?」


「目的は絞る、食事は見逃してチョコだけだ。チョコとチョコ作りに関する事を徹底的にじゃまするっ!」


「必要なモンは?」


「人が必要なんだセンセ、それと覆面」


「覆面が必要なのかい? そりゃまたどうして」


「アリバイと建前さ、――あくまで僕らは関与してない形を取る、精神的な揺さぶりが目的なんだ」


 そして次々と質問が。

 皆、その瞳は決意に燃えて。


「地域を巻き込む手段は?」


「まずこの学校だけど、校長先生は確実にこっちの味方をしてくれる。それから今日の様に各種OBのツテがある、彼らも僕らと同じだから協力させる。――そうそう、市役所も確実だろうね。以前、婚姻届を取りに行った時に味方が居た」


「覆面と素顔に二重生活だが、素顔の方はどうする? 恋人を避けるのか?」


「いや、それは普通に過ごしてくれ。むしろ普段よりイチャイチャするぐらいが丁度良い」


「攪乱するってワケか。じゃあこっちも質問だ、バレンタインまで一週間切ってるけど、当然、作戦が失敗する可能性があると思うが」


「それを少なくする為に複数人で行動するんだ、スリーマンセルって考えてる。んでもって、失敗しても良い、行動する事こそが僕らの意思表示なんだから」


 やがて質問は途切れ、興奮の空気が残る。

 ならば。


「みんな、僕の案に合意してくれるかな?」


「乗ったぜ」


「アタシも乗る」


「ボクも参加するよ」


「あたぼうよ!」「愛を見せてやる!」「ばっちこーい!」「へへっ、既に行動は開始してるぜ」「とりま、他のクラスの彼女持ちに連絡してるぜ」


「ようし! それじゃあ僕らは今この瞬間からっ! バレンタイン騎士団だっ! 目的はバレンタインの中止! 恋人達の愛を守るためにっ! 僕らはあえて悪になるっ!」


 瞬間、体育館に歓声が上がる。


「僕らの愛をっ! アイツらの魂にまで刻み込むんだっ! バレンタインが終わるまで決して諦めるんじゃないっ!」


「おうともっ! じゃあ今からどうする? 今日の所は大人しく帰るか?」


「まさか、今この瞬間を逃す手はないよ。センセ達には悪いけど、寝るのは授業中でも出来る」


「教師して、聞かなかった事にしてやるよ」


「この深夜で学校で出来る事ってなると、限られると思うけど。どうするんだい英雄くん」


「まずは、バレンタイン中止のビラ作りだね。覆面をどうするかも話し合いたい」


「腹ごしらえもしたいね」


「だよね、僕もお腹減っちゃってさ。それから、出来ればなんだけど…………、今、この場に居ない人も助けに行きたい」


「脇部団長は欲張りだなぁ」「三つに班分けするか?」「同士の救出、食料とビラ、覆面か?」「いや、食料は救出部隊と一緒で良くね?」「いや、覆面かビラじゃね? 食い物は学校内を漁ろうぜ」


 和気藹々と意見を出し合う団員達の姿に、英雄は胸に熱い何かがこみ上げてきて。


「じゃあ僕と天魔が班長になって、救出班を編成するっ! ロダン義兄さんはビラお願い、茉莉センセは食料をっ! 覆面は各自案だけ練っておいて明日! 行動開始っ!!」


 深夜で疲れているにも関わらず、彼らは高揚する戦意に突き動かされて猛烈に行動を開始した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る