第103話 敗北



 ずーんと項垂れたフィリアは、弱々しく宣言した。


「敗北だ……、ああ、完敗だ英雄」


「ふふん! これで分かっただろう、僕らの決意が!」


「ああ、恐れ入ったよ。ところで聞きたいことがあるんだが」


「何でも聞いてよ! 今なら何でも話しちゃう! そう! 君のポテチを食べたのは僕さっ!」


「何だとっ!? じゃない、いや良くは無いがそうではなくて」


「あら、違った?」


「違う、君の意志は受け取った(飲み込むとは言っていない)が――」


「ちょい待ち、何か変な言葉挟まなかった?」


「気のせいだろう」


「そうかなぁ……」


「とにかくだ、君が本気で食べ物を燃やすとは思えない。あるんだろう? 本物のチョコが」


 彼女は英雄の左腕を、己の胸に押しつけ上目遣いで首を傾げる。

 彼の胸の上で、人差し指でぐるぐると円を描き。

 ごろにゃんと聞こえてきそうな、甘えた空気。

 流石の英雄も、鼻の下を伸ばして。


「ふっふっふー、実は制服の内ポケットの中にだね」


「ほう、肌身離さず持っていたと? 喧嘩中ならボディタッチはしないからな。考えたものだ」


「でしょう!」


「――――隙ありっ!」


「チョコは渡さな――――モガモガモガっ!? ウゴウゴウゴっ!? ルーガっ!?」


「ざまぁないなっ! そして腕と足もだっ!」


「モモンガーーーーッ!」


「では部屋に戻るぞ英雄、ふふっ、たっぷり可愛がってやろう、そうだ、愛がたっぷりつまったチョコもごご馳走してやろう、感涙に咽ぶと良い!」


「モガモガモガッ!? モガーーーーーッ!?」


 何という事だろうか、英雄はお姫様だっこで部屋に逆戻り。

 その先は、語るも涙、聞くも涙の天国のような地獄が待っており。

 半日後。


「ああ、堪能した。ここまでにしといてやろう」


「しくしくしく、僕、汚されちゃったよぅ…………」


「また明日、可愛がってやるからな。こんな時間だがちょっと食料調達でコンビニに行ってくる。大人しく待っておけ」


 そしてフィリアは立ち去り。

 英雄には、行く先を考える力も呼び止める気力ですら残っていない。

 彼女の足音が遠ざかった後、再び扉が開いて。


「――くっ、やっぱり間に合わなかったか」


「ろ、ロダン義兄さん……。その、その姿はまさか!?」


「ああ、残念ながらボクも失敗してしまった」


「う、ううっロダン義兄さんっ!」「英雄くんっ!」


 二人は涙ながらに手を取り合って。


「さ、早く服を着て。ボクと一緒に行こう」


「行くって何処に?」


「まぁ着いてけば分かるさ、ああ、着替えと制服は持って行こう」


「何だか分からないけど了解したよ義兄さん!」


 追っ手を予想してくねくね道を曲がりつつ、三十分後。

 二人がたどり着いたのは、学校の体育館。

 その中には、体育座りで落ち込む屍が累々。


「こ、こんな事ってっ!? 天魔、天魔っ! 君もなぜ此処にっ! 茉莉センセもっ!?」


「はは……、英雄か……、笑えよ、無様なもんだろう?」


「脇部か、……お前も何とか生き残ったのだな」


「み、みんなっ! ――――あれ?」


 天魔を筆頭に憔悴しきった男子達、だが数が足りない。


「…………残りは?」


「まだ来てないか、…………或いはって事さ。正直、英雄くんで最後だと思う」


「そんな、そんな事って――――」


 何という事だろうか、彼らは全員。

 英雄と同じように敗北し、命からがら逃げてきたのだ。

 そして此処に居ない人物は、まだ愛という地獄の中。

 愕然とする英雄に、天魔が絞り出す様に吐き出す。


「最初から無理だったんだっ!」


「天魔っ!?」


「そうだろう? 食材とチョコを強奪だなんて、あんなの金さえあれば幾らでも手に入るじゃねぇかっ! 対して俺たちはどうだ? 一度捕まったらこの有様だっ!」


「テメーの所為にはしねーよ脇部、アタシら全員が勝ち目があると確信して望んだ。――ああ、考えが甘かった。アイツらを見くびってたんだ……」


「茉莉センセ……」


 彼女は懐から煙草を取り出し、火を付けようとして止める。


「チッ、そういやそうだったな」


「あれ? 吸わないんですか? 今は流石に止めませんよ?」


「ポケットに入れっぱなしだったから、思わず吸いそうになったがな。禁煙してんだアタシ、今回はもう三ヶ月は保ってるんだぜ?」


「マジでっ!? いつもは半日で止めちゃうセンセがっ!? 秘訣を教えてよ!」


「そりゃオマエ、愛だよ愛。アイツを愛して、愛されて…………愛されてるから、こんな羽目になってるんだよなぁ…………あー、もう。人生ままならねぇ」


「あ、はいゴメンなさい」


 素直に謝罪した英雄だったが、気になることが一つ。


「ところでさ、みんなはどうして負けたの? 僕は良いところまで行ったんだけどね、最後の最後でフィリアの可愛さに負けちゃってさぁ」


「俺も似たようなモンだ。愛衣ちゃんがな、ベッタベタに甘えてくるんだ。――油断するに決まってるだろうっ!」


「あ、ボクも同じ感じ」


「アタシもだ」


 そして口々に。


「可愛いんだよ」「綺麗なんだよ」「太股が魅惑的だったんだっ!」「髪の毛がいつもよりサラサラでさぁ」「いやぁ、猫のコスプレは卑怯だろ」


「みんな色気に負けてるじゃないかっ!? 後ね、一番は僕のフィリアだからねっ! フィリアが一番綺麗で可愛くてエロいんだっ!」


「はぁー? 何言ってるんだ英雄? 一番は俺の愛衣ちゃんだから。あの黒髪ロングに細い体はサイコじゃねぇかっ! んでもって尽くしてくれる大和撫子だぞっ! 愛が重い以外は最高だっ!」


「チッチッチッ、分かってないなあ二人とも。そんなのローズが一番じゃないか。分かるだろう? あのキリっとした眼差し、見た目も大きいけどそれより着痩せしてて大きいバスト、腰だって細いし料理も上手い! 経営の才能があるし、もう数え切れないぐらい良い女なんだっ! 愛が重すぎる事を除いてはっ!」


「ケッ、分かってねぇな三人とも。最高の恋人はアタシの相手だ」


「いやいやオレの!」「三位だって侮るなよ? 先輩は最高の女の子なんだっ!」「何言ってる、俺のだ」「いいやオレの!」「幼馴染み属性なめるなよっ!」


 途端に始まる恋人自慢、憔悴しきっていた彼らは目を輝かせて言い争いを始める。

 それを、英雄は少し悲しげに眺めて。


「こんなに、愛が満ちあふれてるのに……」


 皆全員、恋人の事が嫌いになった訳じゃない。

 その愛の重さに耐えきれなくなった訳じゃない。

 ただ、直して欲しい所が。

 絶対に止めて欲しい、一線があるだけなのだ。


(このまま負けたままで良いのか?)


 否、勝ち負けの問題ではない。


(立ち止まって、明日になったらまた普通に過ごして)


 それで、目を閉じたまま愛し愛される日々を送るのか?


(違う)


 絶対に、違うと断言できる。


(それってさ、――恋人って言えるのかな?)


 胸を張って恋人だと言う為に、これから先も恋人同士で居る為に。

 英雄は立ち上がる。


(何をすれば良い、何をしたら)


 まず、欠点を洗い出さなければならない。


(振り返って、…………僕らは一人で行動した。そしてみんな、愛に負けた)


 ならば。

 その欠点を埋めるには、最終目標は、手段は。

 脳裏に様々な案が思い浮かんで、やがて直ぐにバラバラのピースは稲妻で貫かれて一つになる。


(…………これだ、これしかないっ!)


 敵は物流? 否、相手にする必要は無い。

 必要な物は、愛に殉じる覚悟だけだ。

 英雄はスタスタと歩くと、体育館の壇上に上がって。


「――英雄?」


「どうした脇部?」


「ほほう、何か思いついた様だね英雄くん」


「お、マジか」「んだんだ、それでこそってな」「何するつもりだ?」「何か分からねぇけど乗るぜ」「まーたお祭り騒ぎですね?」「でも楽しいから乗るぜ」


 全員の注目が集まった所で、英雄は声を張り上げた。


「――――みんな聞いてくれ、僕らは敗北した。だが間違ってるのは僕らじゃない。…………間違ってるのはアイツらの方だっ!」


 バレンタインに向けた、戦いの産声が今叫ばれたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る