第102話 阻止しろっ!



「ウケケケケッ! どーだザマァ見ろ! 出し抜いてやった――ゲホッ! ゲホゲホッ! …………あー、全力ダッシュの後で叫ぶもんじゃないね」


 アパートに帰った英雄は、一人ガッツポーズで喜んだ。

 情に訴えてからの、隙を見せぬ二段構えの作戦。

 ひと先ずは順調である。


「よし、じゃあ食材を廃棄……いや、もったいないな。チョコ以外の食材は何処かに隠すとして」


 その前に、英雄には大事な事がある。


「へっへー、腹が減っては戦は出来ぬってね。――お、残りご飯あるじゃん。んでもって……冷蔵庫の中には朝ご飯の残りだ! フゥー! 僕ってばラッキー…………じゃないね」


 冷蔵庫の中段には、ラップのかかった皿が。

 これの意味する所など、英雄には簡単すぎる問題だ。


「何か入ってるかもしれないけどさ、……うん、ありがたく頂くよ」


 深く考えるまでも無い、それは英雄の為に作られた朝食。

 なんだかんだと言って、彼女は英雄の為に料理をしてくれていたのだ。


「という事は、フィリアってば僕の分のお弁当も作って持ってたかもしれないなぁ……」


 愛する彼女が、愛故に料理を作ってくれる。

 それはとても嬉しい事で、幸せな事で。

 普遍的な幸福ではあるが、彼女が、となると誰もがそれを得られる訳ではなく。


「――ああ、美味しい。まったく、平日の朝から鮭のムニエルなんて作ってくれるなんてさ」


 これで異物混入が。

 彼女の爪や髪の、体の一部が入っているという不安さえなければ、間違いなく幸せだと言えるのだが。


「そして食べ終わればごちそうさまってね、感謝の気持ちを込めてお皿は洗っておきましょう!」


 そして皿洗いが済み、食材をアパートの敷地にある物置(前大家の置きみやげ)に隠した所で。


「よくも騙したな英雄ぉっ!!」


「あ、お帰りフィリア。授業はどうしたの? ダメだよ午後の授業サボっちゃ」


「君が言えた事かっ! 校長まで巻き込んでっ! この短時間でどうやって消防庁まで手を回したっ!?」


「ははは、そこは秘密ってね」


「ぐぬぬっ! ええい、これだから英雄は油断ならないんだっ!!」


 悔しがるフィリアに、英雄は涼しい顔。

 これは主に女子達へには秘密なのだが、男子達に代々伝わるネットワークがあるのだ。

 通称、被害者の会。

 勿論、各種業界で活躍しているOB達も未だその多くが繋がっており。


(というかね、僕は知りたくなかったよ。この繋がりがお袋達が誘導した結果だって……)


 伴侶の愛の重さに苦しむ者達の繋がりが、愛が重い者の掌の上など皮肉でしかない。


(きっと、親父をストーキングする一貫だったんだろうなぁ……)


「おい、何を笑っている。何がおかしい?」


「うん? 笑ってた?」


「白々しいっ! 素知らぬ顔して直ぐに口元が歪んでいたぞっ! どうせ私の事を笑っていたのだろうっ! 言えっ! 何を笑ったっ!!」


「いやいや、誤解だって」


「フン! 私に隠し事は通用しないっ――これが原因だなっ! はっ! やっぱりか! 食料を奪いに来たなっ!」


「うーん、君ってば鋭すぎない?」


「破天荒な夫を持つと、自然と鍛えられるものだ。この状況で英雄が素直に逃げ出すだけなんて、天地がひっくり返ってもありえないっ! そこには必ず反撃の一手があるからだっ!」


「照れるね」


「褒めてないっ!」


「それは残念、でも――僕は嬉しいよ、だってこれが手に入ったんだからね」


「ひぃーでぇーおぉーー!!」


 英雄が背中に隠していたのは、先日買った業務用チョコの残り。


「食材のみならずチョコまでもっ!! そんなに私の料理は食べたくないのかっ!!」


「まさか、君が作ってくれた朝ご飯は美味しく頂いたよ。仲直りもまだなのに、作ってくれる。その気持ちはとても嬉しかった。いやぁ僕ってば愛されてるねぇ」


「その愛しさが憎しみに変わりそうなのだが?」


「憎しみに変わったら、即座に僕を殺そうとするのがフィリアじゃない?」


「チッ、理解してくれて嬉しい」


「そんなトゲトゲ言わないで、可愛く言って欲しいなぁ」


「可愛くおねだりすれば、食材もチョコも返すか?」


「異物混入しなければ」


「それでは愛が入れられないではないかっ!?」


「フィリア? 愛はスパイスって言うけどさ、あれって気持ちの事だよ? 相手の事を考えて手間暇かけたという事実の事を言うんだよ?」


「それだけでは足りないのだっ!」


「平行線だね、まあ君がそう言っても。このチョコは渡せないけどね。じゃ、僕はこれで」


「待てっ、何処に行くのだっ!」


 そのまま去ろうとした英雄を、フィリアは後ろから抱きしめる。


「動けないんだけど?」


「何処に行くのか知らないが、私をふりほどいてから行けっ! 出来るものならなっ!」


「普通に力付くで脱出するけど?」


「ズルいっ! ズルいズルいズールーいー!」


 フィリアは英雄の背中に、顔をぐりぐりしながら駄々っ子の様に叫ぶ。

 凛とした雰囲気と正反対の行動に、英雄は可愛らしさを感じつつ苦笑して。


「語彙力がガクっと減ったね、じゃあ僕はこれで」


「待て待て待てっ! じゃあこうしようっ! 取引だっ!」


「興味深いね、条件は何だい?」


「今から君の欲望通りにスケベな事をしても良い」


「ストレートに来たね」


「もはや形振り構っていられるものか、君をつなぎ止めるなら私は喜んで身も心も尊厳もお金も貢ごう」


「んー、じゃあさ。たまには目隠しプレイってのはどう?」


「よし来た! ハードなのがお好みなのだな? 制服のままか? それともボンテージを買ってくるか?」


「制服のままで良いよ、ちょっとした遊びさ」


「よし、目隠ししたぞ。次はどうするのだ?」


「じゃあ四つん這いになって、それから…………あったあった、首輪とリード!」


「英雄も容赦ないな、私を犬として扱うのか」


「わんこは人間の言葉を喋らないよね?」


「わんわん!」


「んでもって、首輪とリードつけて。ああ、十分だけ待っててくれないかな? もう少し準備してくるから」


「わん!」


 すると英雄は、ニンマリ笑って外へ。

 向かうはアパートの裏庭、そこには焼き芋にちょうど良さそうな落ち葉の山が。

 その隣には、チャッカマンと水の入ったバケツがあって。


「色仕掛けに素直に引っかかるわけ無いってね、よーしファイア! そしてチョコをどーん!」


 燃える落ち葉、溶けゆくチョコ、どこか香ばしい匂いが漂って。


「ふははっ、あははははっ! 燃えろ燃えろぅ!! チョコなんて全て燃えてしまえっ!」


「ぬわあああああああっ!? 何をしているんだ英雄っ!? そこまで本気だったのかっ!?」


「あれ? 意外と早かったね。もう少し脱出に時間がかかると思ったけど」


「最初から色仕掛けに乗らないと分かってた!」


「なら僕が目隠しを言い出すのも、読まれてたかぁ」


「私としては、素直に乗ってくれていたら嬉しかったがなっ! というかココまでするか普通っ! ゴミ箱に捨てるぐらいだと思うだろうっ!!」


「それじゃあ意味が無いからね。でもまたまた残念だね、もう手遅れさ。燃えてしまえば幾ら君でも――」


「――そうだと思うか?」


「まさかっ!?」


 ニヤリと笑ったフィリアは、胸元のボタンを外し中からチョコを取り出す。


「わお、映画に出てくる女スパイみたいだっ! でもそれって体温で溶けない?」


「どうせ溶かして使うんだ、問題無い。――いや待て、どうしてそんなに冷静なんだ?」


「そう見えるかい?」


「ああ、余裕綽々といった感じだな」


「では種明かしをしよう、……そのチョコ、本物かい?」


「何っ!? ――ば、馬鹿なっ!? いったい何時からすり替えられていたんだっ!?」


「昨日の夜中にね、こんな事もあろうかと思ってすり替えておいたのさっ! …………いや、僕としても有効活用する事になるなんてマジ吃驚してるけど」


「くぅううううううううっ!!」


「ククク、アハハハハハハっ!! ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち? ざまぁ見ろぉっ!!」


 歯ぎしりして悔しがるフィリアの前で、英雄は小躍りしながらウザったく勝利を楽しんだ。



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