第101話 愛情の伝え方



「何でだよぉ……何で、何でなのさっ! どうして分かってくれないんだっ!!」


「英雄……」


「僕らは君達の料理が食べたくない訳じゃないっ! 僕らはっ! 君達の愛情が疎ましくなった訳じゃないっ!」


 美術室に響く悲痛な声、フィリア達は俯いて。


(この後の作戦無くてもイけそうじゃね?)


(油断は禁物だよ越前君、彼女たちを甘く見てはいけない)


 英雄の後ろの男達は、その迫真の演技に視線を奪われつつもスマホに送られた作戦を頭に。


「ねえ、答えてよフィリア。僕が君以外の女の子を好きになった事ってあった?」


「無い、君は私を真摯に愛してくれている」


「じゃあ何で君は僕を疑うような事をするのさっ!」


「う、疑うだとっ!? どういう事だっ!」


「君達は僕らの食べ物に自分の一部を入れるっ! それってつまり僕らを独占したいって事だ! でもさっ! 僕らは心も体もっ! 全部君達に差し出して、一緒に歩いていこうって! それを信じていないって事じゃないかっ!!」


「ううっ」


 鋭く言われたフィリアは口ごもり、ローズが彼女を労るように肩を抱く。

 ならば。


「答えてよローズ義姉さんっ! 義姉さんはロダン義兄さんを信じてないのっ!!」


「違うっ! 心の底から信じてるし愛してるっ!」


「じゃあなんで自分の一部を入れようとするのさっ! ねぇっ! ねえっ! 答えてよみんなっ!!」


 それは、でも、だって、と彼女達は弱々しく言うが続かない。


(そうか情には情を訴えれば良いのかっ!)


(ホント、英雄くんには教えられるね)


 天魔とロダンの会話に、周囲の男達も頷いて。

 これが学年一、厄介な女と同棲して結婚しようとしている男の方法。

 ――学ばなくてはならぬ、己達の将来の為にも。


 男達が関心している一方、タジタジとなるフィリアは違和感を感じていた。

 英雄の言う事は最もである、だが何かが変なのだ。


(何だ、何を見落としているっ!?)


 フィリアは動揺する表情を保ったまま、英雄を観察する。

 その声色、背筋、足の開き具合、手の握り方はどうだろうか。

 否、そうではない。

 そうではなくて。


(――――英雄が、泣いている?)


 あの英雄が、どんな時でも姉にドン底まで突き落とされた時も泣かなかった英雄が。

 己が拉致監禁した時も、穏やかに諭していた英雄が。


(馬鹿な、――こんな事で君が泣く訳が無いっ!!)


 瞬間、嘘泣きだと指摘しそうになって思いとどまる。


(ダメだ根拠が無い、探せっ! 英雄の嘘を暴けっ!!)


 フィリアの青い瞳が鋭く輝き、その動きは英雄も見逃さず。


(ちっ、思ったよりフィリアの回復が早いっ! 引き延ばすのは無理か? いや、まだ行ける筈さ! 出来ればこのまま解決したい! …………しかしお腹減ったなぁ)


(今お腹に手をやったぞっ! そうだそれだっ! アイツは悲しくて泣いてるんじゃないっ!! お腹が減ってないてるんだっ!!)


 そして。


「――――嘘泣きは止めたらどうだ? 君の演技には拍手を送りたいが、少し悪ふざけが過ぎるんじゃないか?」


「そんなっ!? 僕のどこが嘘泣きだって!?」


「はっ! 見くびるなよ英雄っ!! 私は君の全てを知っているんだっ! 君は悲しんで泣いて訴えるより先に、こちらへの反撃を企んで行動するタイプだっ!」


「っ!? 小僧キサマっ!!」


「…………――ちぇっ、意外と早かったね」


「嘘泣きでおじゃっ!?」「デジマっ!?」「うわ、騙されたわぁ」「言われてみればそうだよねぇ」「脇部っちがそう簡単に泣いて訴えるワケがなかった」


 呆れたような感心したような、敵意混じりの視線が英雄に集中する。

 彼は彼女たちに見えないように、背中の後ろで天魔達にサインを送って。

 彼らは英雄に付き従うように、後ろに並んで。


「はっ! 何をするつもりだっ英雄!」


「これは僕らの意思表明さフィリア、――君達の思い通りにさせないって」


「何だとっ!?」


「あえて言うよ――、バーカバーカバーカ! 食べ物に髪とか爪とか唾液とかっ! 何考えてるんだよっ! 頭おかしいじゃないの? 花嫁修業を一から出直してきなよっ!! 恋人失格だっ!!」


「然り然りっ!」「良く言った英雄っ!」「愛を理由にして俺らが全てを受け入れると思うなよっ!!」


「これは宣戦布告だっ! 僕らは決して君達に屈しないっ! 愛故にっ! 愛してるからこそっ! 決して屈しないっ!」


「ハンッ! よくぞ吠えた小僧っ! ――ロダン、今なら許してやる。我が下に帰れ」


「そうですよ天魔くんっ! 今なら何でもサービスしちゃいますよっ!」


「残念だけど」「残念だが」


「「お断りだっ!!」」


「天魔くんっ!?」「ロダンっ!?」


「おのれ英雄っ!? 君だけじゃなく他の者も巻き込むつもりかっ!」


「俺らは屈しないぞ!」「愛されてるだけの男と思うなよっ!」「俺らの愛を見せてやるぜっ!」


「という訳だ、容赦しねーぜ栄一郎!」


「ぬわーっ!? 拙者まで飛び火したっ!?」


「いえ兄さん、飛び火も何も。わりと最初から当事者では?」


 恋人達が愛の為に、愛する者への立ち上がる。

 ならば次に英雄が言う事は。


「――聞けっ! フィリア達っ! 君達が考えを改めない限り僕たちも抵抗するっ! その策があるっ!」


「何をするつもりだ? よもや力付くで押し倒して、男として支配するつもりか? 世間ではそれをDVと言うぞ?」


「まさかだね、そんなありきたりで一時しのぎにしかならない事はしない」


「ではどうする」


「決まってる、――――今日から君達が料理するならば、僕達は全身全霊を以て邪魔しようっ!! ご飯だけだと思うなよっ! バレンタインチョコなんて絶対に作らせないからなっ!!」


「よくぞ吠えた小僧っ! その挑戦、受けてやるっ! だろうフィリアっ! お前達っ!」


「勿論だ姉さんっ!」


「受けて立つでおじゃっ!!」


「負けないわ」「邪魔できるものなら」「かかっていらっしゃい!」「でも押し倒しても」「いいのよ?」


 お互いに戦意高揚、一触即発の雰囲気。

 何かの切っ掛けで、取っ組み合いにすら発展しそうな危険な状態。

 次の瞬間。


 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!


 火災警報地が鳴り響いて。


「――みんなっ! 一時休戦だっ! 校庭に避難しようっ!」


「ローズ! 先導をお願いします! まずは女子から避難をっ!」


「アタシは最後、ロダン先生は男子の先導をお願いしますっ!」


「野郎どもっ! 女子達が先だっ! 俺らは後から行くぞっ!」


「うむ、では先に行く」


「勝負は預けたぞ英雄っ! 後で再開するから覚えてろよっ!!」


「はいはい、あ、栄一郎も先に行って他のクラスに情報聞いておいて! 僕も手分けして聞いておくから!」


「了解でゴザルっ!」


 そしてローズの先導で、フィリアと栄一郎達は美術室を足早に去って行き。


「…………行ったね?」


「ああ、行ったな」


「じゃあ、行動を開始しようか」


 英雄達はニヤリと笑う。

 そう、火災報知器はフェイク、先ほど校長に根回しをして抜き打ちの避難訓練という事になっているのだ。

 となれば。


「さあ行こうっ! 気づかれないように裏門から学校を出るんだっ!」


「そして先回りして、各自恋人の家の食材を奪えっ!」


「ホント勉強になるね英雄くんには、先制攻撃が重要なんだねぇ」


「しみじみ言ってないでさ、ロダン義兄さんも行くよっ!」


「おっとゴメンよ。さあ、行動開始だっ!」


「先制攻撃だ!」「食材がなければ被害は防げる!」「俺たちにも出来る事があるんだ!」「やってやるぜっ!」


 愛の重さに苦しむ者達は、全力で走り出した。


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