第100話 試練の時



「だからどーして、テメーらは過剰な事しか出来ねぇんだっ! 普通にしろ普通にっ!! バレンタインチョコぐらいまともなモン作れっ!!」


「我らの愛情が過剰だとっ! これ以上押さえろとっ! なんて酷い奴らだっ!」


「いや、これどうしようか……止めに入ります? ロダン義兄さん?」


「いやいや英雄くん、ここは言い出しっぺが行動するって良く言うよね」


 2のB担任・跡野茉莉とその副担任、這寄ローズの言い争いに。

 発端の一人である英雄は、どーしよと実に曖昧な表情を。

 そもそもである。


(僕はただ、料理の異物混入を止めて欲しいだけなのんなぁ……なんか大騒ぎになっちゃったぞぉ?)


 ついでに言うと、空腹なので何か食べたい。


「ところで天魔、何かお菓子でも持ってない? お腹減ってて、いい感じにダウンしそうだよ」


「パイン味の飴ぐらいしかねーぞ?」


「ラッキー、一つおくれ」


「ほらよ」


「いやー、これ一度食べて見たかったんだよね。でも自分じゃ買う気になれなくてさぁ」


「買う気が無いんじゃなくて、英雄の場合はポテチに全振りしてるだけだろ。――案外と旨いだぜ、それ」


「あむあむ、……うーんデリシャス」


「あ、ボクにも頂戴。越前くん」


「じゃあどーぞロダン先生」


「お、パイン飴じゃん」「俺らにも一個くれよ」「貰うぜ天魔」「サンキュー」「いやー、意外といけるんだよねコレ」「オレはガキの頃から好きでさぁ」「センパイ、ゴチになりまーす」「一個貰うね兄ちゃん」


「いやっ!? オマエ等はさっきの休み時間に強奪してっただろっ!? ちっとは遠慮しろっ!? つかオマエは自分の持ってるじゃねぇーか黒白!」


 バチバチと火花が散る後ろで、天魔のパイン飴は次々を奪われ袋の中は残り数個。


「あ、黒白いたんだ」


「どもっす英雄センパイ! いつも天魔兄ちゃんがお世話になってます!」


「いや、俺がお世話してる様なもんだからな?」


「ええー、そうかなぁ?」


 越前黒白、彼は高校一年で天魔の弟だ。

 なお「くろしろ」ではなく「こくびゃく」という読みで、特定人物以外にパンダと言われると怒る。

 その名の通り、髪を半分白く染めていて。


 黒白を加え、和気藹々と飴を舐めていた英雄達であったが。

 気づけば担任と副担任のにらみ合いが終わり、女子達(一部男子)の視線が痛い程に突き刺さり。


「……あれ? どしたのみんな?」


「おい脇部よぉ、テメーが発端だろうがっ! 暢気に飴しゃぶってんじゃねぇ! アタシにも一個寄越せ!」


「小僧っ! フィリアの手料理は拒否して越前の飴は受け取るのかっ! なんて男だっ!!」


「はっ! お前らがまともに料理してれば英雄だって素直に食うんだよ! 文句言う前に、ちゃんと作れ! 特に愛衣ちゃん! 俺の飲み物に唾液を混ぜるなって何度も言っただろうがっ!! 味噌汁にまで混ぜるんじゃねぇっ!!」


「ああーーっ!! 酷いですよ天魔くんっ! わたしの愛が分からないんですかっ!! 人の細胞は三ヶ月で入れ替わるんですよ! 全部わたしの遺伝子を入れなきゃ愛じゃないですかっ!!」


「どうしてそうなるんだっ!!」


「酷いぜ愛衣姉ちゃん! 兄ちゃんの気持ちも考えてやれよっ!!」


「シャラップ黒白! わたしは知ってるんですからね!! 中学の子と付き合ってて、放課後毎日カノジョのストッキングをしゃぶってるの! 相談があったんですよっ!」


「おいパンダっ! テメー裏切り者かっ!?」


「誤解だよ兄ちゃん! 俺の意志じゃないっ! ストッキングしゃぶらないと、俺の部活後のソックス食べるって言うんだアイツっ! そうするしか無いじゃないかっ!!」


「くっ、黒白くんっ!?」


「黒白、お前も苦労してたんだなっ!!」


「兄ちゃん! 兄ちゃああああああん!!」


 ひしっと抱き合う兄弟に、英雄達は涙を禁じ得なかった。


「お労しや黒白……」「カノジョってあの子だろ? 中学で一番可愛いとかいう」「羨まし……いや、無いわ。逞しく生きろクロシロ……」


「――――ローズ、これで分かっただろう? もう自分の一部を料理に忍ばせるのは止めるんだ」


「ロダンっ!? 今まで何も言ってこなかったじゃないかっ!」


「いや、言わなかったけど。ちゃんと見抜いて残したり食べなかったよね?」


「そうだけどっ! 偶には食べてくれても良いだろうっ!!」


「くっ、なんて酷いんだロダン義兄さんっ! 姉さんの愛を無碍にするなんてっ!!」


「いや、それはおかしいよフィリア? 愛を理由に食べ物を粗末にしちゃいけないよね?」


「何だと英雄っ!? 私達の愛が粗末だとっ!」


「ひどーい脇部くん!」「脇部っちサイテー」「越前くんも酷くない?」「頑張れ這寄さん!」「頑張って机の妹ちゃん! アタシらがついてる!」「とりま、中学にはツテあるから黒白の事、チクっとくわ」


「総攻撃っ!? どうしてそうなるのさっ!?」


 ぎゃーすと英雄は地団駄を踏んだ、本当にどうやってこの事態を収集すればいいのか。

 言い争いという名の、恋人の奇行暴露大会を後目に英雄はロダンと天魔と共に教室の後ろへ。


「で、どうやってこの騒動を終わらせようか。ちょっと知恵を貸して欲しいんだ」


「不毛だよな、せめて頻度を減らすとか。目の前で入れてはいどーぞ、って妥協の姿勢ぐらい見せてくれれば。こっちだって妥協すんのに」


「そう言うのを話し合う以前の問題だね。ローズかフィリアちゃんを押さえられれば、何とかなるかもしれないけど……」


「ローズ義姉さんかフィリアかぁ……、ローズ義姉さんだけなら、全裸になれば止められそうな気がするんだけど……」


「あ、それはちょっと情報古いよ英雄くん。ローズは克服してしまったから……。詳しい方法はボクの名誉にかけて言えないけど。とにかくダメなんだ」


「うう、お労しやロダン先生……。じゃあどうするよ英雄、マッパが封じられたら俺らに出来る事なんてあるのか?」


「だよねーー、…………うう、ホントどうしよう」


 実際の所、止めるだけなら幾つか案はあった。

 美術室を抜け出して非常ベルを押す、有無を言わさずフィリア連れ出す。

 だが何れも、その場限りの解決でしかなく。


「…………手料理食べるって嘘でも言う?」


「馬鹿か英雄、そしたらアイツら調子に乗るだけだろうっ! 待ってるのは拉致監禁が最善で、最悪はお互いの指の食べさせあいにでもなるぞっ!?」


「うんうん、その案はボクも却下かなぁ」


「くぅ~~、お腹は空くし、突破方法は思いつかないし。もうダメだぁ……!」


 ぐでーんと寝っ転がる英雄を、ロダンも天魔もとがめたりしない。

 気持ちは一緒、そして財布が空っ欠で空きっ腹の英雄の方がより大変なのだから。


(あーもう、何だか涙が出そうだよ)


 パイン味の飴一つでは、当然の事だがお腹は膨れやしない。

 何しろ、朝から水しか飲んでいないのだから。


(………………んん?)


 そして英雄はガバっと起き上がり。


「よし決めた。僕ちょっと話し合ってくる」


「何か思いついたのか?」


「上手く行く確率は殆ど無いね、その代わり後に繋げる」


「つまり? 詳しく教えてくれないか英雄くん」


「天魔にメッセージ送るから、それ読んでロダン義兄さん」


 英雄は手早く文章を打ち込むと、送信して立ち上がる。


「……オッケー、ちょっと覚悟決めるわ」


「…………ああ、成程。そう言う風に持ち込むのか」


「という訳で、行ってくるよ」


「グッドラック英雄くん」「こっちは任されたぜ」


 頬をパチンと叩いて、英雄は深呼吸。

 そのまま堂々と歩いて、フィリア達の前に立つ。


「はっ! 君が出てきたって事は策があるんだろう? その手には乗らな――――…………ひ、英雄?」


「ふわっ!? 英雄殿っ!?」


「小僧っ!?」


 三人のみならず、フィリア側の人間は誰もが英雄に注目して。

 然もあらん。

 英雄の目には大粒の涙、それがポロポロと落ちて。

 それは、フィリアが、栄一郎が、ローズが、誰もが始めてみる英雄の泣く姿。


「――――もう、もう沢山なんだ」


 彼の震える声に、愛の重い奴らは揃って気まずそうな顔をした。



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