第71話 ゴーアヘッド



 元旦早々、目出度い席がぶち壊しになったどころか、フィリアの実家から逃げ帰ってきた英雄とフィリア。

 当然思うところはあり、その日は終始無言。

 もくもくとお節とお雑煮を食べ、沈黙に包まれたまま手を繋いで寝て。

 気持ちが一応リセット出来たところで、一月二日の正午前。


「なあ英雄? 朝から忙しそうに動いているが、いったい何をしているんだ?」


「あれ? 見て分からないの? どーりで手伝ってくれないと思ってた」


「……いや君、ちょっと余裕無くなってないか? どうしたんだ変だぞ?」


「変!? 僕が変だってっ!? フィリアはこの事態を分かっていないのかいっ!? 信じられないっ!」


 ギャボーと叫ぶ英雄に、フィリアは可愛らしく首を傾げて。

 彼女が朝起きた時から、彼は変だったのだ。

 箪笥をひっかき回し、アレでもないコレでもないとリュックサックに衣類を詰めては出し。

 かと思えばコンビニ行ってくる! と叫んんで帰ってきたらお金足りないと落ち込んだり。

 黙って考え込んだ次の瞬間、引き出しの中を漁って。


「私もな、昨日のことで思うことがあったから放置していたが。そろそろ落ち着いて今後を考えないか?」


「今後だって? そんなの決まりきってるじゃないか。さあフィリアも支度をするんだ!」


「待て待て、結論をすっとばして行動に移るな。英雄は何を目的として動いているんだ?」


「そっかゴメンね、僕ってば言ってるものとばかり……さあ、駆け落ちしようっ!!」


「却下」


「そうそう、君も同意してくれると――……うん? もっかい言って?」


「却下」


「何でっ!? 僕と駆け落ちだよっ! フィリアも前にそうしたいって言ってたじゃん!」


「それはあくまで最終手段だ、……なあ英雄、君は今いったい何を考えているのだ? 何が君をそうさせているんだ?」


 心配そうに顔を覗きこむフィリアから逃れるように、英雄は地面に這い蹲ると頭を抱えて部屋をゴロゴロジタバタと転がり。


「くっ……、うううっ、ど、どうしよおおおおおおお、もうダメだああああああああああああ!!」


「ひ、英雄っ!? ビークール! ビークール! 昨日、母さん達に凛々しく威勢よく言っていた君は何処に行ったのだっ!?」


「あんなの虚勢だよおおおおおおおおっ!! 僕だって出来ないことだって沢山あるんだよぉっ!!」


「ピーマン食べられないしな」


「そうじゃないよおおおおおおっ!! 話しあえない相手をどう説得すれば良いんだよぉ!! 勝ち筋がみーあーたーらーなあああああああああいっ!! どうすりゃ良いってのさっ!?」


「まるで駄々っ子だな、よしよーしヒデオちゃーん、ままのお膝でおねんねしましょうねー」


「ままー!!」


 部屋の隅からはいはいで突撃する英雄、フィリアは座布団を用意して正座して、ぽんぽんとカモンカモンベイベー。


「ベイビーひでおちゃん、君は少し疲れているんだ」


「…………ままのいうとーりかも」


「どうせなら、本当の赤ちゃんにそうしたいのだが」


「なら子供作ろうか、既成事実も兼ねて僕らの愛の結晶を作ろうよ!」


「嫌だ」


「フィリアが狂ったっ!? どうしようっ!? 110番!? それとも119番っ!?」


「失礼だな英雄は、君に愛されるのはこの世の至福だし。赤ちゃんも欲しい。でも今の君とでは嫌だ」


「待って、マジで待って? 今フィリアに愛想尽かされたら僕ってば絶望で死んじゃうんだけど?」


「それは嬉しい言葉だ、だが本当にもう少し冷静になった方が良いぞ? 第一、見限っていたら膝枕なんてしていない」


「――――ああ、安心した」


 ひゅっと息を飲んで顔を青ざめた英雄は、ぐでっと力を抜く。

 しょうがないヤツだと、フィリアは笑みをこぼし、右手の人差し指をピンと立てた。


「珍しい英雄が見れた、という事は次は妻としての役目を果たさなくてはな」


「と言うと?」


「問題を整理しよう、君の不安を私に言ってくれ。英雄の悩みは私の悩みだ」


「幸せ者だなぁ僕は、フィリアが恋人で将来のお嫁さんで良かったよ。年齢制限が無ければ今すぐ市役所に結婚届を出したいくらいだ」


「そうだろう、そうだろう。私という顔も体も性格も揃った女の子は他にはいないぞ!」


「同棲したての頃だったらケチつけたけどね、今じゃそんなフィリアが愛おしいよ」


「うむ、では英雄よ。いったい何が問題なんだ?」


「まず一コ目、ローズ義姉さんと何を話して説得すればいいか分からない」


「成程」


「んで二コ目、義姉さんの弱点が分からない」


「そして?」


「三コ目、駆け落ちするにしろ、既成事実を作るにしろ、根本的な解決になってないから。時間稼ぎにしかならない。でもさ、それ以外の考えが浮かばないんだ」


 人差し指、中指、薬指と三本の指を立てたフィリアは、不敵な顔をして告げた。


「どうした? まだ八方塞がりじゃないだろう?」


「…………確かに! まだ八方塞がりじゃないねっ! でも解決策も浮かばないんだけどっ!?」


「前々から思っていたが英雄、君というやつは何でもかんでも一人で解決しようとする癖がないか?」


「そう? けっこう周囲の人に相談して頼ってると思ったけど」


「机には頼っているな、越前やクラスの皆にもだ。だが英雄、君は一番大事な誰かに頼ろうとはしていないな?」


「つまり、フィリア?」


「そうだ、今までも二人の問題は二人で解決してきたじゃないか。――今回もまた、二人の問題だ。決して君だけが解決すべき問題じゃないぞ? …………私と一緒に解決しよう」


「……義姉さんは強大だよ? しかも権力者で、行動力もかなりありそうだ。僕らに出来るかな?」


「臆病風か? 義父さんも言っていただろう。安全圏だけで勝負しようとするなと」


「いま初めて親父が怖いって思ったよ、もしかしてこれを見越して言ってくれてたのかな?」


「今度会った時に聞けばいいさ、それにだ。……もし姉さんを説得できなくても。私は君の側にいる」


「フィリア……」


「なあ英雄、負けたって良いんだ。それが運命であれ何であれ、私が君を認める。私の夫に相応しい世界一の男だと」


 暖かなじんわりしたモノが英雄の心に染み込む、目頭が熱くなって、近くにいるフィリアの顔がぼやけた。


「ふふっ、英雄も案外泣き虫だな」


「これは、フィリアっていう世界一素敵なお嫁さんに感動してるんだけさ」


「この私が着いているんだ、安心して挑戦しろ。負けて一文無しになってホームレスになっても、英雄となら楽しく暮らせるさ」


「…………愛が重い女の子こそ、恋人にすべきだって世界中に言っておかないとなぁ」


 彼女の発する重力に囚われ、愛という惑星に墜落していく。

 着地の瞬間はとても柔らかで心地よく、一生をそこで埋まっていたい。

 だからこそ……英雄の心は踏み出した。


「うん、やらなきゃ。どんな話題で、何を話せば良いかまだ分からないけど。諦めちゃダメだ、逃げるのも負けるのも最後の手段ってね」


「負けるのもか?」


「当たり前だよ、だってフィリアとの事だもん。仮に負けるとしても前のめり、後で再チャレンジ出来る形でやらなきゃ」


「がむしゃらに頑張ると言うのは?」


「僕は凡人だからね。最終的に勝つために無策って訳にはいかないさ、運を天に任せるのは出来ることをやってからってね」


「成程、では私からも一つ提案があるのだが」


「イイネ! 言って言って!」


「どうだろうか、今から愛の結晶を作るのは。万が一に備え、セーフティではなく武器にする為に」


「その心は?」


「今は思いっきり英雄に抱かれたい、正直理由は何でもよかったし。子供が前に進む力になるなら、それでも良いと思う。……愛してるから」


「なら僕も覚悟を決めなきゃね、今日からは避妊しない。もし出来たら子育てしながら学校通って就職する」


「つまり?」


「僕の全てをフィリアと、もしかしたら産まれる子に捧げる。だから君の全てが欲しいし感じたい」


「では、次に進む為に二人の仲を深めるとしよう」


「あ、ちょっと待って。その前に君が知る義姉さんの全て情報を教えて貰わなきゃ」


「バカ、ピロートークで教えてやる」


「そうだね、僕が馬鹿だった」


 フィリアの膝から頭を起こした英雄は布団を用意、彼女は玄関の鍵を確かめてチェーンを付け、スマホの電源を切り。

 そして次の朝である。

 ピンポンピンポンとけたたましい音に、二人は起こされて。


「…………もー、誰だよ」


「すまない英雄、君が出てくれ」


「だね、今は僕の役目だ。あー、まあいいや全裸で出よう」


「せめてトランクスを履かないか?」


「フィリアの裸を見せるのは嫌だけど、僕の裸は価値無いもんね。さ、あっちで着替えてきてよ」


 愛しい彼女が服を持って風呂場に向かったのを確認して、英雄は玄関を開ける。


「はいはい、どちら様? ――は? え、ええっ!? 義姉さんっ!!」


「私から逃げられると思ったかっ! たとえ高校の中だろうが追いかけてやるからなっ!! そして服を着ろっ、着てくれっ! どうしてお前は裸なんだ小僧っ!!」


「ごめんね英雄くん、来ちゃったんだ」


「今日の所は挨拶だけだっ!! また夜に引っ越し蕎麦を持ってくるから逃げるなよ小僧っ! フィリアを逃がしたら殺す!! というか寂しくて泣いちゃうからマジで逃げるんじゃないぞっ!!」


「暫くしたら諦めると思うから、ホントごめんね英雄くん。じゃあまた夜に」


「………………マジか。マジかぁ」


「おい英雄、姉さんの声がしたようだが……ふむ? 姿が見えないな」


「――うしっ! 切り替えた! 頑張ろうねフィリアっ!! えいえい、おーーっ!!」


「おーー?」


 拳をぐぐぐっと握りしめ、英雄はフィリアと奮起の誓いをした。


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