第70話 自由への脱出・後



 一方その頃、三階の英雄の部屋で軟禁されているフィリアは。

 お節とお雑煮をひとり寂しく食べながら。


「ふむ、成程? 脇部家ではブリの照り焼きを正月に出すのか……ふむふむ、旨い。それにレシピも付けてくれて……義母さんには頭が上がらないな」


 と、下鼓を打っていた彼女であったが。

 屋敷中が騒がしくなれば流石に気づく。


「……やれやれ、英雄が大人しく捕まっている訳がないか。ならば合流だな。おーい英雄! 私はここだーーっ!!」


「その声はフィリアだね! よっしゃビンゴ! 僕ってば冴えてるぅ! ところで鍵かかってるけど、そっちから開けられる?」


「――英雄かっ! いや駄目だ、鍵は母さんが持っているんだ。どうにかして手に入れてくれ」


「ごめん無理! 執事さんとかメイドさんとかいっぱい僕を狙ってるし、僕も義母さんに見せられる格好してないんだ……」


「おい、今どんな格好をしてるんだ? 怪我などしていないだろうな?」


「安心してよ。昨日の夜、君が付けた背中のひっかき傷以外は古傷だけさ」


「なら良し! それはそうと、前からその古傷の事を聞きたかったのだが」


「後にして? 今それどころじゃない――」


「いたぞ全裸マンだ!」「意外と逞しい英雄様だ!」「フィリア様ちょっと味見させて!」「ワシが後、三十年若ければ!」「筆頭執事、無理すんな」「これがフィリア様の将来の婿様かぁ……」「オレ、ちょっと興奮してきた」「後ろに立たないで、お尻が怖いぞその発言?」


「まっぱだなっ!? お前、全裸になってるな英雄っ!? どうやったらそんな事態になるんだっ!?」


「説明は後で、扉から離れて!」


 扉越しの会話を打ち切り、フィリアはドアから離れると。


「今の僕はダーク英雄くんワッショイ!! よおし開いた!!」


「助かった英雄! ところでこの扉、最高級の樫の木を使っているのだが?」


「支払いは親父でっ! もしくは出世払い! さあ脱出しよう!」


 そうして走り出した英雄とフィリアであったが、広い屋敷とはいえ相手は構造を知り尽くしたメイド達。

 二階へ降りる階段の途中で挟まれて。


「観念してください英雄様、今ならご当主様が着ていたこのドレスを着ても良いんですよ!」


「女装するぐらいなら全裸でいるよっ!? それより退いてくれっ! 僕らはこの屋敷から愛の逃避行をするんだ!」


「譲れませんよ英雄様、ローズ様のご命令です」


「待てお前達、ならば私の命をもってこの場を引け!」


 フィリアの命令となると、流石の彼らも意見が割れて。


「どうぞどうぞ」「バカっ! 通すヤツがいるか!」「逃がしたら減給だぞっ!?」「いやしかし、フィリア様の……」「だがローズ様が……」


「どうする英雄、今なら無理矢理行けるかもしれないぞ?」


「それは多勢に無勢ってものだよフィリア、僕に考えがある。君は黙って頷いていてくれないか?」


「ふむ、君がそう言うのなら」


 ならば英雄の出番である。

 彼は階段の手すりをコンコンとノックして、メイドと執事達の注意を引いて。


「アテンションプリーズ? ちょっと僕の話を聞いてよ!」


「何を言うつもりか存じ上げませんが、無駄な抵抗はお止めになった方が良いと思いますよ」


「まあまあ、そう言わないでよ。人は話せば分かるんだからさ。ちょっとで良いんだ聞いて頂戴?」


「…………少しだけなら」


「じゃあ早速だけどさ、ここで僕とフィリアを捕まえるデメリットを考えた事ある?」


「……続きを」


「君たちも知ってると思うけどさ。フィリアってば僕の事をすっごく愛してるんだ。多分だけど、義母さんと同じぐらい。もしかしたらそれ以上かも」


「何が言いたい?」


「ねえ良く考えて? 愛する僕を奪われたフィリアはさ、どうなると思う? 十年以上僕をストーキングしてさ、家を焼いてまで同棲に持ち込んで、白昼堂々ヘリコプターで僕を拉致して監禁した情熱的な愛の持ち主が。――僕達が捕まったら、君たちはどうなると思う?」


「そっ、それは……」


 彼らは面白いくらいに、英雄とフィリアの顔を交互に見て。


「タイムっ! 話し合う時間をくれっ!」


「十秒待つよ、十、九、八、七――――」


 彼らは階段の上と下でそれぞれ円陣を組んでひそひそ。


「三、二、一。はい終わり、でさ、どうするの?」


「はっ、我ら一同! フィリア様と英雄様のご結婚を祝福致します!! どうぞお通りください!」


「うむ、分かってくれて嬉しい。もし姉さんから減給されても私の方から補填しよう。父にも言っておこう。望むものは再就職先も用意する」


「御好意に感謝します! 是非! 是非とも末永くお幸せにっ!」


「ありがとう! じゃあ通るね!」


「我ら屋敷の者は祝福しますが、ローズ様直属の者は違うので注意してくださいっ! そちらまで責任持てませんので!」


「情報感謝する!」「結婚式には来てね!」


 再び走り出した英雄とフィリア、後は玄関から外に出るだけであったが。


「――そこまでだよ二人とも。というか英雄くん、ホントに全裸なんだねぇ」


「そこを退いてくれませんかロダン義兄さん!」


「ごめんよ、ローズに頼まれちゃってね」


「ところで姉さんは?」


「英雄くんの全裸になったのが、かなり効いたみたいで寝込んでる」


「あー、それは申し訳ない事を……なんて言わないよ」


「だろうね、それについては僕も異論は無い。だけど……」


「――この俺が見逃すと思ったか?」


「げぇ義父さんっ!?」「父さんっ!!」


 未来が奪った筈の剣を持って、勇里が参上。

 眉間に皺が寄って、どうみても激怒している。


「ええいっ! 親が親なら子も子だなっ!! フィリアを連れて行くのは問題ないが! ローズに不快な思いをさせ失神させた事は父として許さん!!」


「……ねえフィリア? もしかして義父さんって」


「ああ、親バカだ」


「親バカで結構! この剣の錆にしてくれるっ!」


「わーお、流石親子。言うことが同じだっ!!」


「関心してる場合かっ! またもやピンチだぞっ! しかも今度はお前の全裸芸が効かないんだっ!」


「じゃあ今度は君が脱ぐ? いややっぱ無し。たとえ義父さんでもフィリアの裸は見せられない」


「バカめっ! 英雄がなんと言おうとやらんっ!!」


「くくくっ、万策尽きたようだな婿殿……」


「英雄くん大ピンチっ! なんて言うと思ったか!! 這寄勇里! お前に親としてのプライドがあるなら全裸になって拳一つでかかって来い! それが出来なければ親失格だ!!」


「いや、英雄? そんな見え透いた挑発に父さんは乗らないぞ?」


「分かった! 俺も脱ごう!! 男として親として! 全裸で立ち向かってやるっ!!」


「父さんっ!! 正気に戻ってくれっ! おいっ! 誰か母さん達を呼んできてくれぇっ!!」


 頭を抱えたフィリアが叫んだその瞬間だった、広間へ続く扉がドンと開いて。


「パーティ会場はここかい? 水くさいなぁ英雄もユーリも、俺に黙ってこんな楽しそうな事をしてさぁ……」


「親父っ!」


「義父さん! 父さんを止めてくれっ!」


「またも俺の前に立ちはだかるか王太っ! 貴様も全裸になってかかってこいっ!!」


「そんな安い挑発に乗るとでも?」


「そうだ! 親父はそんな挑発に乗らないぞっ!」


「よし乗ったぁっ!! 全裸で勝負だユーリ!!」


「親父っ!!」


「ええいっ、どうしてバカな男ばっかりなのだっ! 止めてくださいロダン義兄さんっ!? …………義兄さん?」


「え? ここはボクも脱ぐ流れじゃないの?」


「いやぁ、ロダン義兄さんも分かってるねぇ! そうこなくっちゃ!」


「助けて母さん! 師匠っ!! 私の手には負えませんっ!!」


 ブラブラだらけのドキドキ全裸で漢祭りを前に、フィリアは見事な失意体前屈を。

 もはや、何が原因で争っているのか分からなくなっている。

 ――そんな時であった。


「ではっ! 第一回、這寄邸ファイトクラブの開催を宣言するわっ! スポーツマンシップに乗っ取り! 凶器アリで青あざまでで戦いなさいっ!!」


「煽らないでください母さんっ!!」


「はいおーた、パイプ椅子借りてきたわ」


「ナイスだこころっ! お前が嫁さんで俺は幸せだねっ!!」


「いえーい、クールだよお袋っ! やっちゃえ親父!」


「くっ、ロダンくん。何か凶器はないかっ!? 流石に剣は使えないっ!」


「お任せください義父さん、こんな事もあろうかと。等身大ひでおくん人形を作ったばかりですっ!」


「良くやったロダン!」「何してんのロダンさんっ!?」「義兄さんっ! 頼む! 売ってくれ!!」


「凶器は持ったわねっ! ではファイトっ!!」


「うおおおおおっ! 今日こそお前に引導を渡してやるっ! 大学卒業の時、俺の誘いを蹴って他の企業に就職した己を恨むがいいっ!!」


「ばっきゃろーっ!! 堅実な運営してるお前の会社なんて面白味がねぇだろうがっ!! くらえ愛のパイプ椅子アタックっ!」


「ああっ、脇部さんなんてヒドい事をっ!? ひでおくん人形の首が取れたっ!! ボクが三分かけて作った力作がっ!!」


「三分でアレ作ったのっ!? スゴいや作り方教えてっ!!」


「ひでおくんヘッドアターック!! いくらお前でも息子の生首人形は壊せまいっ!」


「いや、さっき壊しただろ? ていピッチャー返しっ!!」


「僕の頭が粉々にっ!? 親父のバカ野郎!!」


「どうして……、どうしてこうなったんだ……」


 頭を抱えてしゃがみ込むフィリアに、そっと近づく者二名。


「さ、フィリア。今の内に婿殿を連れてお逃げなさいな」


「フィリアちゃん、馬鹿な息子だけど。見捨てないでくれると嬉しい」


「母さん、義母さん……」


「立ちなさい、立って、今は逃げて二人で今後をよく考える事よ」


「未来さんにお節とお雑煮を詰めて貰ったわ、表の車に乗せてあるから。英雄と二人で食べてね」


「くっ、恩に着ます。――おい行くぞ英雄! この隙に帰るんだ!」


「母さん義母さん! ……ありがとう。時間はかかるかもしれないけど、ちゃんとローズ義姉さんは説得する。そんでもって、またこの屋敷に来るから」


「ふふっ、楽しみにしているわ婿殿」


「頑張りなさい英雄、さあもう行って。ぐずぐずしていたらユーリさんどころかローズちゃんも来てしまうわ」


「またね!」「では行ってくる!」


 そうして、英雄とフィリアは這寄邸を脱出し。

 無事にアパートまで帰り着いた。

 なお英雄は帰りの車中、全裸のままだった。



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