第三章 結婚どーしよう

第62話 フィリア家の姉



 結婚を許さない、なんて英雄を身構えさせるには十分な言葉。

 年末年始の里帰りも兼ねて、フィリアの実家に入った途端にこれだ。

 そして、そう言った張本人は這寄ローズ。

 英雄の愛する人、這寄フィリアの姉である。

 フィリアをそのまま成長させた様な彼女は、強いて言うならフィリアより迫力のある顔面で。


「この映画に出てくるお城みたいな玄関で言われると、義姉さんってばシンデレラのお姉さんって感じがするね」


「おい英雄、仮にも私の姉に向かって悪役とはなんだ? それを言うなら白雪姫のお后様ではないか?」


「はっ! この私を前によくも堂々を悪口を言えた物だな醜き者よ!」


「いえ、義姉さん? 結婚を許さないとか、死ねとか帰れとか、醜き者とか言ったでしょ? 悪口の一つぐらい見逃さないと年長者として心が狭くない?」


「吠えたな? この憎き泥棒犬め! 貴様に義姉さんと呼ばれるいわれは無い!! 社会的に殺してやるぞ覚悟しろ!!」


「まあまあ義姉さん、落ち着いて自己紹介しましょうって。――僕はフィリアを諦めるつもりはないからさ」


 ローズは腰に手を当て、ズンズンと近づいて。

 フィリアより、英雄より高い背でメンチを切って睨み下ろす。

 だがそれで怯む英雄ではない、彼女の家族の誰かが反対するなど想定済みだ。

 ワクワクを瞳に宿らせ、負けじと睨みつけて。


「私はローズ、這寄ローズだ! この這寄家の次期当主であり! 今のグループ会社全てを引っ張って行ってるのは……この、私だ!!」


「僕は脇部英雄! だが只の一般人じゃないぞ! フィリアが愛し、フィリアが選んだ、この世でただ一人の! 最初で最後のフィリアの男だ!!」


「吠えたな小僧! その心意気だけは買ってやる!」


「そしたら結婚も認めてくれません?」


「ならぬ! だいたい貴様は悪名高き脇部王太の息子ではないか!! 何故ヤツの息子を大事なフィリアの夫にせねばならないのだっ!!」


「何したの親父っ!?」


「……ああ、そういえばそれもあったか」


「フィリアっ!? 知ってたなら教えてよっ!?」


「すまないな、失念していた。君の義父様にはグループ会社が軒並み、一度は大きな仕事を奪われていてな……」


「親父は親父! 僕は僕だよっ!? あんな災害級のヤンチャ人間と一緒にしないでっ!?」


「フン! 私の目は誤魔化せないぞ小僧。お前に対する調査をしてないと思ったか脇部七号」


「え、義姉さん。なんで七号なの?」


「貴様の一族がそれだけやらかしてるのだっ! 人生エンジョイとかフザケた家訓も大概にしろっ!! お前を家族になどすると! 最終的に這寄の家が無茶苦茶になるわ!! 結婚など私の目が黒い内は許さんぞ!!」


「いえ、義姉さんの瞳もフィリアと同じでブルーですよね?」


「――訂正しよう! 結婚など私の瞳が青い内は許さんぞ!!」


「うーん、姉妹って感じの訂正の仕方だね。しかし義姉さん! 僕にチャンスを! ちょっと横暴じゃないのっ!?」


「ふむ、……ならばこうするまでよっ! 者共かかれぇっ!!」


「姉さん、何を――――」


 ローズがパンパンと拍手をしたとたん、扉の奥から、大きな花瓶の陰から、ずらりと並んだ彫刻の後ろから。

 次々に執事やメイド、執事見習い達がわらわらと出てきて。


「いや、ホント何してるの?」


「壁にオフィス用品? 何をするつもりなのだ姉さんは……?」


「ご心配無くフィリア様、英雄様。実力行使で追い出される訳ではございませんので」


「え、何するか知ってるの未来さん?」


 戸惑う二人を前に、着々と準備は進み。

 出来上がるのは、そこらの会社で見るような会議室。

 そしていつの間にか真っ赤なスーツに着替えたローズが。


「座れ小僧、愛しいフィリア。これより結婚面接を始める!!」


「僕らの事、人生エンジョイ勢とか言ってたけど。義姉さんも大概じゃない?」


「うむ、まあ座ろうか英雄」


「まて小僧、お前はそのパイプ椅子だ。フィリアはそのソファーに座るが良い」


「うわぁ、あからさまに待遇が違うぞぉ? 僕、ワクワクしてきちゃった!」


「アウェーでその心意気。流石、私の英雄だな!!」


「では失礼してっと、それで面接って何をするんです?」


「知れた事よ! 私が出す問いに、そのボタンを押して答えるのだ!」


「クイズ番組のやつだこれっ! いやっほう!!」


「しまったな、姉さんは英雄の事を本当に把握しているぞ……」


「どうしますフィリア様、抵抗なさいますか?」


「いや、これはジャブだろう。暫くは様子見だ」


 目を輝かせる英雄とは反対に、鉄面皮で眼光を鋭くするフィリア。

 そして、面接が始まる。


「では第一問、――美しいと感じるモノは何か」


「美しいモノ? うーん、何て答えようか……」


「では私から行こう、――夕日が美しいと思う、赤と青のグラデーションがハッキリした時間が、一日の中で特に美しいと思うのだ」


「良し! フィリアにローズポイント一つ!」


「ポイント制っ!? よし、じゃあ僕も夕日! だって思い出してみれば、最初にフィリアと出会ったのも夕方の時間だもんね!」


「小僧失格!」


「何でさっ!?」


「貴様はフィリアの側に居ながら、美しいモノも分からないのか! この救いようのない愚か者め! それにその答えは真似ではないか!」


「しかし姉さん、それで失格とは少し心が狭いのではないか?」


「……小僧、フィリアに助けられたな。だが調子に乗るなよ? フィリアの最愛の人はこの私だっ!!」


「いや、僕だけど?」「ああ、英雄だな」


「シャラップ! では第二問! 世界一美しいモノを答えろ!」


「二連続で美しさ……? ねえフィリア、君のお姉さんってば美しさに何か拘りが?」


「…………後で説明する」


「小僧! 後十秒以内に答えろ! でなければ帰れ!」


「わお横暴、まあ答えなんて決まりきってるけどね」


 ピンポンとボタン鳴らした英雄に、ローズは険しい顔で答えを待ち。

 彼はニヤリと笑い、胸を張って叫んだ。


「世界一の美しさ! それはフィリアだ! 僕にとって、いや、世界にとってフィリアこそが一番美しい存在さ!!」


「よくぞ言った小僧! 中々分かってるではないか貴様! 続けて三問目! 世界一美しいフィリアの、特に魅力的な所を答えろ!」


「お尻!」


「違う! 胸に決まっているだろう!! 貴様は何を見ているのだ!」


「義姉さんこそ、何を見ているのさ! 弾力とハリがあるのに柔らかくて! 眺めて良し! 触って良し! 顔を埋めて良し! 匂いも良し! お尻以外にあり得ない!!」


「おい、英雄?」「愛されてますねフィリア様」


「愚か者め!! 着やせして外見より脱ぐと凄い胸に決まっている! 弾力とハリがあるが柔らかく! 眺めて良し! 顔を埋めて良し! 匂いも良し 胸以外いあり得ない!」


「その意見には同意するけど! ちく」「英雄?」「フィリアのおっぱいを好き放題した事のないヤツが魅力を語らないで欲しい!」


「…………貴様、今、なんと言った?」


「ははーん? 義姉さんってば、姉妹なのにフィリアの胸もお尻も堪能したことが無いって?」


「英雄? 姉妹はそんな事しないぞ?」「え、しないのですかフィリア様?」「未来、お前は何を言っているのだ?」


「ぐ、ぐううううううううっ!!」


 勝ち誇る英雄に、ローズは悔しさに顔を歪めながらツカツカと近づいて。


「立て小僧、貴様に決闘を申し込む。フィリアを賭けて勝負だ!」


「へぇ、決闘? いやだね、愛するフィリアを賭けるなんて、義姉さんってばフィリアへの愛に欠けてるんじゃない?」


「吠えたな小僧! 吐いた唾は飲み込めんぞォ!」


「フィリアを賭けないってなら、暴力以外は受け付けるよ?」


 メンチを切り合う姉を恋人に、フィリアは思わず頭を抱えて。


「這寄の財産目当ての愚物がっ! フィリアの黒子の数すら知らない癖に!!」


「残念でしたぁ、それぐらい知ってますぅ! 義姉さんこそ、フィリアのキスの仕方しらないでしょう!」


「キスしたのか! 私以外のヤツとッ!? 頬と額にしかして貰った事ないのにッ!!」


「いや姉さん? 私は英雄以外と唇にキスするつもりは無いぞ?」


「可哀想に義姉さん……、フィリアの口づけの甘さすら知らないなんて……」


「英雄も姉さんを煽るんじゃない!」


「くそっ! その唇は貴様に勿体ない! 斬り落としてくれよう! 誰か私の剣を持て!!」


「姉さんっ! ああっ、本当に持ってくる奴がいるかっ!? 未来! そこの剣を持ってるメイドを止めろ!!」


「はい、ストップですよ」「くっ、でも未来先輩! 持って行かないと……っ」


「やだやだ、暴力に訴えるの? やっぱりフィリアへの愛が足りないんじゃない?」


「言わせておけば小僧っ!! ならば自慢の拳で決着を付けてくれよう!!」


「やめんか二人ともっ!!」


 ローズが右手を振り上げた瞬間、フィリアは両方の頭にゲンコツを下ろし。


「あだっ!?」「ぐっ、痛いがそれもまた愛!!」


「――――フィリアちゃんの言う通りだ。ローズも、そこのキミも、ここまでにするんだ」


「ロダンっ!」


「え、誰?」


「正気に戻ったか? では紹介しよう、この人は姉さんの夫で……」


「這寄ロダン、ちょっとした彫刻家さ。これからヨロシク英雄くん……で良かったかな? ああ、やはり……キミも逃げられなかったか……」


「こちらこそ宜しくお願い致します。僕は脇部英雄、フィリアの恋人で将来の夫です」


「ちょっとロダン! そんな小僧と仲良く握手しないでっ! アナタも反対してください!!」


「急に口調が変わったね、さっきのは余所行き?」


「アチラも本物だが、姉さんはロダン義兄さんにベタ惚れだからな」


「なるほど、這寄家の血筋ってやつかな?」


 ローズを抱きしめるは、穏和な顔立ちの男性。

 茶色の髪に黒縁メガネの男こそ、這寄ロダン。

 それはそれとして、彼は紙袋を持っており。


「ああ、そうだ。これが出来上がったからキミに届けに来たんだよ」


「アレが出来たのロダン!」


「ちょっと専門外だったから苦労したけどね、中々良い出来だと思うんだ」


「見せて見せて! ――まあまあまあっ!! 最高よロダン! この1/8スケール・フィリアは!」


「凄いっ! あのフィギュア、フィリアが完全再現されてるっ!?」「何作っているんです義兄さんっ!?」


「キミもいるかい、英雄クン」


「僕の分もあるんですかっ!? 欲しい! 超欲しいですロダン義兄さん!」


「ロダン! こんな奴に――」「まあまあ、はい英雄クン。キミも中々逞しいねぇ……、うん、頑張ってくれこれはせめてもの餞別さ」


「やったぁっ!! ありがとう!! 所でこれ、パンツとブラも再現されてるんです? キャストオフも? それと不穏な言葉が聞こえてくる気がするんですけどっ!?」


「二つの意味ごめんよ御同輩。それと、流石に義妹だからキャストオフまではね。パンツはローズのを参考にしておいた」


「…………――うーん、なるほど?」


「天誅! おおっと! 手が滑ったぁああああああ! 申し訳ない義兄さん! 英雄の分は壊してしまった!」


「何するのフィリアっ!?」


「馬鹿者っ! 君だからこそ、姉さんの下着の私のフィギュアを渡せるかっ!!」


「すまないね、ボクの配慮が足りなかったよ」


「くっ、では義兄さん! 今度、このフィギュアの原型のコピーでいいからください!! 素人なんで時間はかかりますが! フィリアの恋人として責任を持って! 下着もキャストオフ後の姿も再現してみせます!」


「作るなそんなもの! 英雄は生の私をいくらでも見て触れるだろうっ!? ええい、こんな所に居られるか! 来いっ! 私の部屋に行く! では姉さん義兄さん! また食事の時に!」


「ロダン義兄さーーん! 後でこっそり送っておいてくださいねーーーー! あ痛っ!? こめかみグリグリは止めてよフィリアっ!?」


 未来を始め、使用人達が呆れた視線で四人を見つめ。

 ローズが歯噛みし、ロダンが困った様に微笑む中。

 英雄は首根っこを掴まれながら、フィリアの部屋に招待となった。


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