第61話 フィリアんチ



 もしかして、友情の延長線上だったのかもしれない。

 もしかして、性欲を引き延ばしただけだったのかもしれない。


 だがそれは、きっと必要な過程であったのだろうし。

 フィーリング的に、今の英雄にはぶちゃけどうでも良い事だ。

 ――ただ、隣の。世界一可愛い彼女の心と心を寄り添わせれば、それだけで。


 とはいえ、そうは言っても、何かが一皮剥けた所で現状が変わる訳も無い。

 時刻は午前十時前。

 フィリアの実家へ、未来が運転手として送り届けて貰うとはいえ。


「おい、そろそろ出発しないと駄目だろう」


「待って、本当に待って、ちょっと待って、あと五分、いや十分待って!!」


「英雄、昨日の見せた世界の誰よりも情熱的で優しい男だった君は何処へ行った?」


「ごめんよフィリア、その英雄くんは未来の君との結婚式の日に旅立って不在なんだ」


「ふむ、今の英雄は私の実家に旅立つ時間ではないか?」


「フィリアの実家……――~~っ!! うわぁあああああああああ、僕はダメだぁああああ!!」


「朝からそればっかりだな。もう着替えも済んだのだし、未来も待ってるのだから覚悟を決めたらどうだ?」


「覚悟はあるよ? フィリアを愛する覚悟はね!」


「私の家族と会う覚悟は?」


「ありましぇん!! 君が好きすぎて愛おしすぎて! フィリアの夫には相応しくないとか言われたら僕死んじゃう!! これが愛故の弱さなんだね! 言葉ではなく魂で理解したよ!!」


「これは重傷ですねフィリア様……」


「未来か、待たせてすまないな」


「いえ大丈夫です、こんな事もあろうかとスケジュールは余裕を持って作成していますので」


「流石は未来だ。それにしても、どうするか…………」


「ですよねぇ……」


 フィリアと未来の視線の先には、部屋の隅で踞る英雄(余所行きの服)

 いつもの彼なら、ネイビーのワンピースに白いカーディガンを羽織った。

 如何にも結婚の挨拶でござい、なフィリアに感激して絶賛する所だが。


「イメージ……イメージするんだ僕。成功のイメージをイメージするんだ……っ!!」


「これ、本当に英雄様ですか?」


「とても残念な事に、これが将来の私の旦那様だ」


「ところでフィリア様? 本当に残念なので?」


「ああ! 混乱してる英雄は可愛いくてたまらない!! 母性をくすぐられているぞ!」


「助けてフィリアまま! 僕ちゃんフィリアの実家行きたくないでしゅ!!」


「きしょいです英雄様」


「おー、よちよち。怖がることありませんよぉ、フィリアままが付いてまちゅからねぇ~~」


「まま! 僕おっぱい吸いたいよ!」


「それは駄目だ」


「知ってた、駄目だよね」


「コントやってらっしゃいます?」


「いやぁ、実は来年のお笑いグランプリに出ようと思って」


「その頃には結婚してるだろうからな! 夫婦漫才というものだ!」


「え、早くない? 来年僕たち受験だよ? どんなに早くても大学入学前で、ふつーは大学卒業して就職して暫くしてじゃない?」


「本気で言ってるのか? そんな何年も私を待たせる気か! このお腹の子はどうする!」


「フィリア様っ!? どういう事です英雄様っ!?」


 大事そうにお腹をさするフィリアの姿に、未来はパニくり始め。

 英雄は愛しい彼女を冷たい視線で見る。


「いや、まだ出来てないよね? 君にコンドームの穴を作る隙を与えた覚えは無いよ?」


「ふむ、やはり通用しないか。まったく、避妊に関してはガードが堅くて困る」


「フィリア様っ!! 間違っても帰ったらその様な冗談をしないでくださいねっ!! 本気にしますよあの方達はっ!! そして英雄様ありがとう!! この超色ボケお嬢様の手綱を持ってくださって!」


「どういたしまして、まあ僕にとっても死活問題だからねぇ。フィリアを愛してるけど、どう考えてもまだ早いもの」


「ううっ、英雄様が理性的なお方で…………いえ、理性的なお方? 本当に理性的なお方に失礼でしたね」


「僕に対して失礼とか思わなかった?」


「日頃の行いを振り返って、鏡を見て言ってくれ英雄」


「ブーメランって知ってるフィリア?」


「ああ、投げ返しても構わないのだろう?」


「ねえ未来さん、誰がこんな子にフィリアを育てたの? 僕ちょっと顔が見てみたいんだけど」


「では這寄家に行きましょうか」


「ああっ! 僕はもう駄目だぁ! そうだフィリア! 今から駆け落ちしよう! そしたら僕も覚悟を決めて君を孕ませるよ!」


「予定変更だ未来! 私と英雄は行かないと伝えておいてくれ!」


「バカ言わないでくださいお二人とも……」


 何を持って行くだの、どの電車に乗ろうだのと話し合いを始める二人に未来は頭痛がしてきそうだ。

 だが、伊達に長年フィリアに使えてはいない。

 彼女を御するには、英雄から。

 となれば。


「英雄様? 遅刻すると御当主様達の心証が悪くなると思いませんか?」


「よしフィリア、出発しよう。僕たちの将来を切り開く為に!!」


「まて、駆け落ちして子作りした後でも。将来の道を選ぶ事が出来ると思わないか?」


「…………前々から聞きたかったけどさ。フィリアが子供に拘るのは何故なんだい?」


 困惑の混じった問いかけに、英雄だけでなく未来も首を縦に振って同意。

 それを見たフィリアは、良い機会だと頷いて。


「まず一つ。子供が出来れば英雄は、何が起こっても私の下に戻るだろう?」


「つまり僕を束縛したいと?」


「そして二つ。――英雄との愛の証が欲しいのだ」


「なるほど、それは同意出来るね」


「からの三つ」


「まだあるんだ」


「英雄は良い男過ぎてモテモテだからな! 私の夫で割り込む余地などないと! 大きくなったお腹で見せつけるのだ!」


「子供をマウント取りに使うのは止めよう? それは産まれてくる子にしつれいでしょ」


「未来っ!? 英雄が正論で殴ってくるぞ!?」


「英雄様……どうか、どうかこの色ボケを見捨てず末永く愛してやってください……」


「裏切ったな未来っ!? 姉さんと同じで私の気持ちを裏切ったなっ!!」


「失礼ながらフィリア様? あのお方と同じにされると、とてつもなく傷つくのですが」


「すまない未来、私の間違いだった……未来は私の忠実で親愛なる! もっとも信頼する天才メイドだ! あとその胸の大きさ少し譲ってくれ!」


 ズビシと未来の胸を指さすフィリア、未来はその指をパシッと払いのけて。


「なんと嬉しいお言葉、しかしフィリア様も結構な大きさの胸をお持ちでは?」


「だよね、僕はちょうど良いと思うよ」


「そうか? 私としてはもう少し欲しいのだが――閃いた! 妊娠すれば大きくなると聞いたぞ!」


「一時的なものです、乳房を大きくするにはホルモンが、――つまり英雄様に愛されるのが一番だと思いますが?」


「僕にそんな可能性があるの! やったね! それはそうと話が変な方向行ってない?」


「それに、ちょっとナマ乳を見せるだけで。英雄様がその胸に飛び込んでくるのでしょう? 十分ではありませんか?」


「だが未来、英雄のエロ本では大きな乳ならではのプレイが乗っていた。妻として是非叶えてやりたいのだが……」


「やっぱり変な方向に話行ってるよね!? というか僕のエロマンガの内容暴露しないでっ!?」


「ではこうしましょう、後日この未来が英雄様のエロ本を全てチェックして性癖を全て丸裸にしてみせます」


「やめてっ!? 僕を辱める気でしょう! 薄い本みたいにっ!?」


「ふふ、成程。傾向と対策を一緒に考えてくれるのだな? 未来ならば心強い!」


「やーめーてーっ!? 百歩譲ってやっても良いけどさっ!? 僕の居ない時にやってよ! 絶対だよっ! あと今する話じゃないよ! どの顔してフィリアのご両親に会えばいいんだい!!」


 ぜーはーぜーはー、と息を切らす英雄の頭を、フィリアは慈しむように撫でて。


「近い将来、君を私の体無しでは生きてはいられなくするからな」


「おいたわしや英雄様……、風の噂に聞くご当主様が奥方様に籠絡された状況と同じになるとは……」


「分かってて行ったよねっ!? 絶対分かってて言ったよね未来さんっ!?」


「――ふむ、これだけ元気なら出発出来るな」


「はい、では出発しましょうか。そろそろ本気で時間がヤバいですので」


「スルーされたっ!? というか全部計算の内だった!?」


「英雄様にも、フィリア様を掌で転がす術を後日お教えいたしますね。――ただし、為すべき事をなさってから」


「よおしフィリア! 君のご両親に結婚の挨拶に行くよ! 今すぐ行こう!」


「そうだ! 今すぐ行こう! 英雄の御両親に気に入られに行くのだ!」


「……まったく、手がかかるんだから」


 未来は苦笑しつつも、その眼差しは暖かさに満ちあふれて。

 英雄とフィリアは、スキップしながら玄関を出て車へ。

 そして、トイレ休憩を挟みつつ時刻は正午前。

 無事に彼らは、這寄邸に到着して。


「わーお……、想像した以上にフィリアのお家は大きいなぁ。僕の実家何個分だろう」


「そう来ると思って調べておいた、英雄の実家のざっと百倍だな」


「マジでっ!? ヤバいって感想しか出てこないよそれっ!?」


「では漫才コンビ・ヒッデーオ&ふぃりりんのお二人、そろそろスタンバイお願いします」


「はーい、僕ら新人漫才コンビのヒッデーオ!」


「&ふぃりりんだ! 今日は宜しくお願いする!」


「はい、素直に降りてくださいね」


「ヒドいっ!? ふって来たのは未来さんなのにっ!?」


「うむ、未来も私たちに染まってきて嬉しいぞ。――では行くとしよう」


「ちょっと待って、手を繋いでくれない?」


「不安がる君も可愛いな英雄、では今度こそ」


「いざ出陣!」


 と仲良く恋人繋ぎで降りた二人は、意気揚々とエントランスの大扉を開けて中に。

 するとそこには、フィリアを思わせる金髪の。

 フィリアを五年ほど成長させた様な、大人の女性が待ち受けて。



「脇部英雄っ! フィリアとの結婚は断じて許さないわっ!! 今すぐ死ぬか帰りなさい!!」



「え? うん?」「姉さん!?」



 フィリアの姉、這寄ローズが憤怒の形相で仁王立ち。

 英雄は唐突すぎる展開に頭が追いつかなかったが、これだけは理解できた。

 ――前途多難。

 二人の恋路に新たなる壁が立ちはだかった事を、理解したのだった。






 二章了、三章に続く。

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