第58話 英雄フィリア



 天魔と愛衣の仲が一歩進んだのを英雄とフィリアは喜んだが、それは三学期始まってからの話だ。

 二人は明日から大掃除しようか、なんて笑って冬休み初日を過ごしていたが。

 それはそれとして、英雄には気になるコトが。


「………………ねぇフィリア? 何してるの?」


「何のことだ英雄? 私の事は気にせずマンガの続きでも読んだらどうだ?」


「いや、気になって読むどころじゃないんだけど?」


「そうか? なら別の事をすると良い。折角のの冬休み初日なんだからな」


「それはこっちの台詞だよっ!? なんで部屋の中でドローン飛ばしてるのさっ!?」


 然もあらん。

 無視出来る筈がない、ブゥーンという羽音とドローンからぶら下がるフィリアを模した人形。

 それが、少し前から英雄の周りをぐるぐると。


 そしてそれを操作するフィリアと言えば、VRゴーグルを付けて。

 デヘヘ、ニヤニヤと薄気味悪い笑いを。

 もう少し詳しく言えば時折、口元から垂れる涎を指で拭い。


「ねぇフィリア? もう一回聞くよ? 何してるの?」


「ふふっ、鋭い視線もカッコいいぞ英雄」


「これは呆れた視線なんだけど?」


「解釈の違いだな」


「じゃあ、君がやってる事って堂々とストーカーしようとしてるって考えてるけど。それも解釈違いで良い?」


「ああ、そうだ。――すまないが、立って歩いてみてくれないか?」


「なるほど、踏みつぶしても良いと」


「それはダメだ、これには金をかけているんだ」


「具体的には? ちょっと羨ましいんだ説明して欲しいな」


「うむ、英雄がそう言うなら説明しよう! このドローンにぶら下がっているフィリアちゃん人形には! 高性能カメラと、最新鋭の赤外線カメラがついてるのだ!」


「赤外線カメラ? そんなの何に使うの?」


「英雄は知らないのか? これを使えば服が透けて下着が見えるのだぞ? 常識ではないか」


「ちなみに聞くけど……、何処の常識? いや、やっぱいいや。――――そぉいっ!! 悪は滅びた!!」


「ああっ!? 何をするんだっ! 高かったんだぞ!」


「黙らっしゃいっ!! ドローンを壊さなかっただけマシだと思ってよっ!? 何考えてるのさフィリアっ!? そろそろストーカー止めようよ!!」


 英雄はえいやとドローンを掴み、コードで繋がれたフィリアちゃん人形を強引にむしり取った。

 親しき仲にも礼儀あり、陰からストーキングしなければ良いというものではない。


「はい、そのゴーグル外して? そんでもって正座」


「いや、でもな英雄」


「ドローン壊す? それとも未来さんに連絡する?」


「分かった、分かったからそれは止めてくれ」


「じゃあ正座ね」


「…………正座したぞ」


「じゃあこれから事情聴取といこうか」


「成程、カツ丼で自白させるのだな?」


「残念ながら、これがマジな話です。ふざけた態度を取るなら――――僕は一生、君に手作りポテチを作らない」


「申し訳ありませんでしたああああああっ!!」


「うーん、見事な正座だね。なら最初からしなけりゃ良かったんじゃない? 何でしたの?」


「…………怒らないか?」


「怒らない」


「…………呆れない?」


「呆れない」


「…………嫌いにならない?」


「嫌いにならない」


「…………今度、ポテチ作ってくれるか?」


「君の態度次第で」


「…………大掃除までセックス漬けで過ごしてくれるか?」


「その提案はとっても魅力的だけど、いい加減怒るよ?」


「なんと! 私の体に飽きたと言うのかっ!! 今度はどんな過激なプレイを要求すると言うのだ!!」


「――――フィリア?」


「はい、真面目に話す事を誓う!!」


 氷点下の声に、フィリアは背筋をシャンと顔を上げて敬礼。

 これはマジなやつである、彼女としては色仕掛けやセックスに持ち込んでウヤムヤ、をワンチャンあると思ったが。

 流石は英雄、全ては見破られていて。


「では被告人、何故このような行動に至ったか理由を延べよ」


「はっ! 未来に全てのストーキングアイテムを没収されたので! ストーキングしないと不安になったからでありますっ!!」


「なるほど。…………なるほど? え? 不安だったの?」


「ああ、どうやら婚姻届が嬉しすぎて。私の幸せがキャパオーバーを起こしたようでな。幸せ過ぎて逆に不安になってきたのだ」


「どんだけ面倒な女の子なんだいフィリアはっ!? 僕がどれだけ決意してそれ渡したと思ってるんだっ!!」


「だがな英雄…………、私はっ、愛する人を二十四時間監視して把握していたいのだっ!!」


「念のために聞くけどさ、僕の浮気を疑ってる?」


「一ミリたりとも」


「じゃあ、誰かが言い寄ってくるとか考えてる?」


「そんな隙は私が与えない」


「ならさ、何処にも不安になる所なんてなくない?」


「理屈じゃないのだ……これは、――魂の衝動! 私は飢えている! 乾いている! 英雄という存在を私が産みなおして我が子として育てたいくらいに!」


「愛が重いのにも程があるよっ!? 悪化してるよね君っ!? 現実でそんな言葉聞けるなんて思いもしてなかったよっ!?」


 ダメだコイツ、早くなんとかしないと。

 英雄は頭を抱えて愕然とする。


「待って、ホント待って? ちょっと整理したい」


「うむ、大変だな。存分に整理すると良い」


「誰の所為だと思ってるのさっ!? 幸せ過ぎて不安になってストーカー行為をするとか! どうしてそうなるのさっ! せめてキスの回数が増えるとか! 子供欲しさにコンドームに穴を開けるぐらいだと思ってたよ!」


「何っ!? 今日から避妊せずにセックスして良いのかっ!!」


「どこをどう聞いたら、そんな答えのなるのっ!?」


「ふふっ、ちょっとした冗談だ」


「本気にしか聞こえなかったよっ!? ああもうっ! どうすれば良いのさっ!」


「そこでだ、実は私に提案があるのだ」


「…………フィリア? もしかして君、それが最初から本命だったね?」


 ジト目で睨む英雄に、フィリアは豊かな胸を強調して堂々と。


「見くびらないで欲しい! あれも本命だ! そして君が壊すのも計算済みだ! あのフィリアちゃん人形は今後、君のスマホのストラップとして活用するつもりだ! 勿論盗聴器と盗撮カメラ付きでだ!」


「じゃあ僕がフィリアを監視しても、君は嫌じゃないの?」


「願ったり適ったりだ。ふふん? 英雄も中々に私の好みを分かってきたじゃないか!」


「うん、僕は君を信じて。一生、盗撮もしないし盗聴もしない」


「嬉しいが残念だ……、英雄に全てを管理されるのが夢だったのだが」


「そんな夢は今すぐ捨ててね? 結婚する前に別居する?」


「はい! 這寄フィリアの夢は可愛いお嫁さんになる事だけになったぞ!」


「よろしい」


「だが英雄、真面目な話。君をストーキングしていないと落ち着かないのだが?」


「なるほど?」


 英雄は直感的に答えを導きだした。

 そもそも、いきなり全てのストーキング行為を止めさせるのが駄目だったのでは? と。

 ならば。


「分かった、ならこうしよう。この提案なら君も受け入れてくれると思う」


「よし聞こう」


「週に一回、僕を一日ずっとストーキングして良い日を作る」


「ガス抜きをするのだな?」


「そうだね、もしこのルールを破ったら未来さんに頼んでキツいお仕置きをしてもらう」


「よし乗った。…………さっき提案しようとしていた事なんだが」


「あー、ドローン以外のヤツ?」


「そう、それだ。実はな……、アニメを見ていてだな。恋人の心拍数の情報をスマホでチェックしてるヤバい美少女キャラが居ただろう」


「うん、フィリアが言えた事じゃないよね」


「私もそれを真似しようと思ってな、ペンダントを用意したのだが……」


「………………分かったよ、それは外出する時に付ける。それで良い?」


「おお! 本当に良いのか英雄っ!!」


 喜ぶフィリアに、英雄はニンマリと笑った。

 かなり譲歩したのだ、これくらいの役得はあった方が良い。


「その代わりさ、ちょっとフィリアにして欲しい事があるんだけど」


「うむ、当然だな! 何でもしよう!」


「言質は取ったよ! では取り出したるは、未来さんに貰った黒い背表紙の本! それからコスプレ衣装一式! ちょっとばかりアダルトな玩具! それからそれから――――」


「ふむ? 待て? ちょっと待ってくれないか将来の旦那様?」


「何だい将来の奥さん?」


「つかぬ事を聞くが、それで何をするのだ?」


「うん、ちょっとフィリアはさ。年頃の男の子の性欲とか色々分かってない所があるかなって思って。いや、僕ももっと大人になって倦怠期とかいうヤツになってからかなぁって思ってたけどさ」


「つまり?」


「いやだなぁ、さっきフィリアが言ったじゃないか。大掃除まで熱烈に過ごしたいって」


「…………成程?」


「大丈夫さ、大晦日に君の実家行くだろ? その出発の時までには立てるように加減するから」


「分かった…………。ちょっと用を思い出したから今日は帰らない!! ではな英雄っ!!」


「はーいガシャーン!」


「しまったっ!? 手錠で繋がれたっ!?」


「ふふっ、これはフィリアが以前僕に使ったヤツさ! これでもう逃げられないぞ!」


「いや待て、本当に待て。今何て言った?」


「もう逃げられないぞ」


「その前だ」


「以前フィリアが僕に使った手錠」


「それだっ! なんて事をしたんだ君はっ!? それは私が隠し持ってた最後の手錠で! しかも鍵は未来が捨ててしまったんだぞ!」


「……………………マジ?」


「マジだ」


「という事は…………あれ?」


 食事や入浴はともかく、トイレ。

 トイレの時はどうするのだ。


「ね、フィリア。未来さんに連絡しよう」


「残念だが、連絡がついても彼女はウチの両親を迎えに行って海外だ」


「よし! 鍵屋さんを呼ぼう! もしくは鍵屋さんに行こう!」


「ああ、可及的速やかに………………あ」


「あってなに? すごく嫌な予感がするんだけど?」


 フィリアはとても青い顔をして、英雄に告げた。

 ちょっと我慢できそうにない。


「すまない…………トイレに行かせてくれ」


「我慢……出来るなら言わないよね。けど奇遇だね、僕もしたくなってきた」


「…………成程?」


「…………なるほど?」


 その数時間後、二人の手錠は無事に外れたが。

 フィリアは新たな性癖に目覚めそうになった自分に戸惑い、次の日の朝までずっと布団を被って英雄に顔を見せようとしなかった。


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