第57話 ここから



 英雄が胴上げされている一方、先に教室を出た天魔といえば。

 愛衣に呼び出されたのなら、本当に仮にも付き合ってる恋人の呼び出しだ。

 少し苦い顔をして、以前二人っきりになったあの空き教室へと向かう。


「あ、やっと来ましたね天魔くん。返事が無いしもう帰っちゃったのかと思いました」


「これでも先に抜け出して来たんだぞ? つか眠いんだから帰って寝たいんだが」


「成程、わたしの膝枕をご所望ですね? ささ、可愛い美少女高校生のお膝ですよー」


「…………遠慮するぜ、寝るなら俺の部屋のベッドで寝る」


「つれないですね天魔くん、わたし達は恋人同士だから遠慮する必要なんてないのに」


「はぁ…………――良い機会だ。ちょっと話し合いたい事があったんだ」


「フム? 真面目な顔ですね。良いですよ、天魔くんがそう言うなら乗りましょう!」


 窓際の席に天魔が座ると、愛衣はその前の席の椅子を反対に座り。

 にっこり笑って天魔の顔をのぞき込む。


「顔が近い」


「そうですか?」


「恋人と言っても仮だ、適度な距離を保つべきじゃないか?」


「なら、これがわたし達の適度な距離ですね」


「………………なぁ」


「はい、ちょっと待ってください天魔くん。実はわたしからも話があるんです」


「わかった、じゃあお前からだ」


「では単刀直入に言います、――わたしの事、避けてるでしょう。具体的にはキスした日からクリスマスパーティに行くまで、ずっと避けてましたよね」


「たった数日だろ」


「いいえー、避けてまーす。だってコッチが連絡しても一回も返してくれないじゃないですか」


「それはお前が変な写真送ってくるからだろっ!?」


「えー、初キスだったんですよわたしも、なら愛しいカレシに夜のオカズを提供するってもんじゃないですか」


「段階を一足飛びにしないでくれよっ!? 嬉しかったけどっ、嬉しかったけどさっ!」


 天魔は複雑そうな顔をすると、むむむと唸り。


「そもそも、あの時のキスは事故だ事故。俺はお前とキスする気はまだ無い」


「まだって言いましたね! なら少し早くなっただけじゃないですか!」


「論点はそこじゃない、――――この際だからハッキリ言うけどな」


「何です? 別れるなら刺します」


「そう言うトコだっ!? じゃなくてだな…………お前さ、俺のことホントに好きなのか?」「好きです」


「まて、ちゃんと考えて――」「愛してます」


「おい、俺は忘れてないぞ? こないだお前が英雄にフられてぴーぴー泣いてた時」


「あれは感動的なシーンでした……」


「お前の化けの皮がいつもの様に剥がれた瞬間だっただろ? ともかくだ、俺を好きなフリで心の穴を埋めるとか言ってただろ、――もう良いんじゃないか?」


「いえ、天魔くん? 脱衣ゴミシュートの罰ゲームの事を思い出してください」


「次こそは栄一郎を全裸にしてやるぜ!」


「いえそうではなくてですね……、わたし、言いましたよね。本気で付き合うって」


「嘘だっ!? あれマジだったのっ!?」


「ガガーンっ!? 信じてくれて無かったんですか!?」


「てっきり、次の恋が始まるまでのキープとばかり……」


「天魔くんの親御さんとも仲良くしてるじゃないですかっ!?」


「いや、そんな事は何度もあったし……」


 その言葉に、愛衣はピキっと硬直した。

 それは天魔の親まで取り入った誰かが、他に存在する訳で。

 更に言えば、天魔の連れない態度。

 もしかして、もしかして。


「――天魔くん、つかぬ事をお聞きしますが…………誰かと恋愛関係に?」


「は? 何言ってるんだ愛衣ちゃんだけだろ。俺と付き合う物好きは」


「いや、でも、さっき義母さま達に取り入った人が居たとか何とか」


「なに涙目になってるんだ? アイツ等は俺の事が好きだったんじゃなくて、俺を誰かの代わりにしたり、俺にアプローチすると見せかけて栄一郎や英雄を狙ってた奴らだ」


「………………なーるほど?」


 愛衣は理解した、天魔という男の子は何かとても拗らせていると。


「可哀想に天魔くん…………、兄さんが美しすぎて、英雄センパイが雰囲気イケメン過ぎたのが罪だったんですね」


「なあ喧嘩売られてる?」


「ベッドの上なら買いますが?」


「なら良いが……いや待った、良いのか?」


「まとめますが、今までの地雷とわたしを同じだと考えていたと?」


「だって愛衣ちゃんも地雷女だろ」


「そういうトコですよっ!? あーもうっ! この際だから言っちゃいますけど! その人達は全員本気だったんですよっ! わたしも含めてですっ!!」


「いや、だってだな」


「だっても何もありません! いくらわたし達の様な人種が愛が重いと言ってもですよ! 相手の親まで取り込もうとするなんて本気以外の何があるって言うんですかっ!! というか良く誰かと付き合ってませんでしたね!」


「和風の黒髪ロングのちょっと胸が小さめ子が好みって力説したら、なんか引いていった」


「最低ですけどグッジョブです天魔くん! ところでその例の意図を教えて頂きたいのですが?」


「俺の人生、家族以外で一番長く居るのは愛衣ちゃんだったからなぁ、咄嗟に出てきたんじゃないか?」


「ふふん、ここで名探偵・愛衣ちゃんの推理を聞きたくありませんか?」


「では事件を見事、解決してみせろよ」


「簡単な事です……わたしが! このわたしが美少女だったから天魔くんの性癖に刻み込まれたのですっ!!」


「――――マジか? マジなのかっ!? 俺の性癖って愛衣ちゃんで固定されてたのかっ!? い、いや違うぞっ! 英雄と交換したエロ本が和風黒髪ロングちっパイだったからだ!」


「あ、多分それ、わたしが英雄センパイにアプローチしてた時に部屋に置いてったヤツです」


「謀ったな英雄っ!? アイツ見抜いて俺にパスしてたなっ!?」


「過去のわたし……今なら分かります、きっと、天魔くんと恋人になるのは運命だったのですね……」


「ぐおおっ、そんなバナナ!!」


「天魔くん、親父ギャグは減点ですよ?」


「減点されるとどうなる?」


「わたしがキスします」


「………………くそう、俺はっ、俺はどうすれバインダー!」


「はいキスです!」


 んちゅーと唇を近づける愛衣を、天魔はベリっと剥がし。


「ちょい待ち、はっきりさせておきたい」


「キスの後で良くないですか?」


「キスの前だ」


「キスはオッケーだと、はいはい! では聞きましょう!」


「…………俺の事、マジで好きなの?」


 親友の妹は、天魔に淡く微笑んで。

 真剣な眼差しで熱く、しかして穏やかに。


「はい、天魔くんの事。マジで好きです、英雄センパイの代わりなんかじゃなくて、本当に。――気づいたんです、ずっと相談に乗ってくれたあの日々が、嫌じゃなくて楽しかったんだって。それを、もっと続けたいって思ったんです」


「…………英雄と這寄さんの雰囲気に流されてないって言えるか?」


「逆に聞きますけど、雰囲気に流されて何が悪いんですか? 中身が本物なら間違いでも何でもないですよね?」


「栄一郎と茉莉センセの事は解決しただろ? 一緒にいなくても良いんじゃないか?」


「ダウト、心から言ってませんね? いえお答えします、解決したからこそ、心ひとつで寄り添えるんじゃないですか。――何度だって言います、好きです天魔くん」


 愛衣の告白に、天魔は真っ赤になった顔を隠して。

 その光景に彼女は、頬を赤らめたままニマニマと見つめて。


「………………俺も、好きだ」


「えー、聞こえませーん」


「~~~~っ!! 俺も! 愛衣ちゃんが好きだっ!!」


「なら、キスしてください天魔くん。貴男があのキスを事故と言い張ったのなら、やり直しましょう」


「いや、アレってマジで事故だったじゃねぇか。宿題のプリントで足を滑らせた俺が、愛衣ちゃんに倒れ込んで口が当たっただけで、色気も何も無かったぞ?」


「だから尚更です! わたしの事、好きなんですよね? キスしてください!」


「……………………わかった」


 外では何事だろうか歓声が上がって、けれど空き教室は静かで。

 瞼を閉じる愛衣の後頭部に、天魔は右手を添えて。


「――――。こ、これで良いか?」


「はいっ!!」


「じゃあ帰るぞ、……さっき言った事覚えてるだろうな」


「どの事です?」


「膝枕の事だ。お、俺の部屋に寄って膝枕してから帰れ!」


「きゃー、天魔くんったらだいたーん! 喜んでお呼ばれしますっ!!」


「分かったら、とっとと帰るぞ」


 耳まで赤くした天魔は、ガタっと音をたてて立ち上がり扉へと歩き出す。


「天魔くんの照れ屋さーん、…………あれ? 何か落としましたよ」


「あん? 何を――――っ!? そ、それを返せ見るなっ!?」


「これっ! これってっ!? 天魔くんっ!」


「ああっ、返せって! お前にはまだ早いっ!!」


「早いって事はいつかは渡してくれるんですよね! なら今でも問題ありません! 愛衣ちゃんは何時でもお嫁さんになる準備はオッケーですよっ!! やったぁ! 天魔くんが署名したピンクの婚姻届だぁ!! 天魔くんチに行く前にウチによって自慢して来ます!」


「止めてくれぇっ!!」


 その日、町中をキャッキャウフフと爆走する和風美少女と少年の姿が目撃された。

 二人の追いかけっこは、少年が顔を真っ赤にしてキスをして終わったという。


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