第54話 イヴの日に



 クリスマスの次の日が高校の終業式だ。

 なので、クリスマスイヴの日も授業はあるし。

 英雄達は毎度の様に騒がしい学校生活を送ったが、栄一郎としてはある意味イヴが本番だ。


 彼は英雄達に準備を協力してもらい、茉莉との二人だけのお家パーティを開いて。

 思う存分、二人の時間を堪能したのであれば後は大人の時間。

 日付が変わった深夜のその先の払暁、闇色の蜜溜まりの様な空気が薄まりつつある中、栄一郎はぼんやりと目を覚ました。


「――ああ、起こしちまったか栄一郎」


「茉莉……、ふふ、シーツ一枚の茉莉も綺麗だ」


「あん? また発情したのかオマエ? 流石にもう無理だ、一緒に水飲んで寝るぞ」


 シーツ一枚だけを体に纏い、ベッドを降りて冷蔵庫に向かう茉莉を。

 彼女の茶色に染まった髪が、綺麗な背中でゆらゆらと揺れるのを目で追いながら。


「なあ、――少し。少し聞いて貰っていいか? いや違うな、俺が茉莉に聞いて欲しいんだ」


「なんだ? あらたまって、まだアタシに隠し事あんのか?」


「隠し事というかな。…………茉莉に出会う前の事、言ってなかったと思って」


「栄一郎がアタシと出会う前?」


 ミネラルウォーターのペットボトルで喉を潤し、んベッドに戻って栄一郎に手渡しながら茉莉は首を傾げる。

 彼はと言うと、彼女が口付けた所とわざわざ同じ所を選んで。


「……オマエ、本当にアタシの事となると偏執的になるよな」


「魂に刻まれてるからな、悪いが諦めてくれ」


「はぁ……、どうしてアタシは愛しちゃったんだか」


「全部俺が悪いのさ、だから、全部俺の所為にして一生側に居てくれ」


「頼まれなくても、オマエの様な危ない奴を野放しに出来るかよ。………………アタシにだって、魂に栄一郎が刻まれてるんだからな」


「ありがとう。そう言ってくれる茉莉だから、英雄と天魔にも、愛衣にも言ってない事を話したい」


「それを知ってるのはオマエだけか?」


「正確には、山田のおばちゃんだけだ」


「山田の? あの人が関わってるのか?」


「もう少し詳しく言えば、……あの人は助けてくたんだけどな」


 栄一郎が何を話そうとするのか分からず、しかして不穏な何かを感じ取り。

 茉莉は彼を後ろから抱きしめて、そのままベッドに倒れ込む。


「おい栄一郎、寒いから上かけろ」


「了解だ、俺だけの女神様」


「…………脇部みたいに、いつかは皆の前でも言えるようになれよ」


「これを言えるのは二人っきりの時だ、……照れもせずに堂々と言い放てる英雄がおかしいんだ」


「まあな、脇部と這寄は恋愛強いよなぁ」


「どっちかと言うと、英雄が恋愛強者って感じだがな」


「それで、話って何だ? アタシと出会う前って事はオマエが大分小さい頃だろ」


「だいたい半年前って所だな、――もう一度言う。最初に茉莉に抱かれた時、俺はとても感謝したんだ。救って貰ったと言っても良い」


「…………そんな事、誉めるもんじゃない。アタシの罪だ」


「だけど、俺にとっては救いだったんだ」


 涙声混じりの安堵の声は、茉莉を困惑させて。

 いったい、幼い頃の栄一郎に何があったというのだろう。

 彼は、温もりを求める様に茉莉の手を両手で包み。


「自分で言うのも何だけどな、あの頃から俺は美しかった」


「アタシが道を踏み外したぐらいにな」


「自嘲するな、そのお陰で俺は幸せを手にしたんだ」


「…………アタシはずっとそう思う、だから栄一郎も好きなだけ肯定してくれ。それがきっと、アタシ達の在り方なんだ」


「そうだな、きっとそうだ」


 そして栄一郎は、唇を噛んで。


「――――俺な、襲われたんだ。茉莉と出会う前に」


「………………は?」


「相手は当時、近所に住んでいた女子大生だ」


「え、え――?」


「顔見知りだったから、オヤツに釣られて付いていった彼女の部屋でな。無理矢理……、それが俺の初めてだったんだ。痛くて、怖くて、セックスの快楽なんてなくて、ありとあらゆる所を蹂躙されてさ。結局、山田さんに助け出されたのは深夜になってから。――ああ、心配するな犯人はその場で逮捕されてる」


「お、おいっ!? 聞いてないぞそんなのっ!?」


「言いたくなかったんだ……俺は、汚れてるって思ってたから」


「だけどっ!?」


 わなわなと震える茉莉に、栄一郎は静かに言葉を紡いだ。


「当然、俺は年上の女が怖くなって……。だから茉莉が最初、適当に相手をしてくれたのが安心出来た、この人は俺に興味が無いんだって」


「けどアタシはっ!!」


「ああ、茉莉は俺を犯した。――けどさ、違ったんだ」


「何がっ!! アタシはオマエに酷いことをっ!!」


「違うんだ……。だって茉莉は、確かに俺を思って抱いた。繋がる快楽を教えてくれた、あの時のお前を。俺は覚えてる」


「栄一郎……っ」


「ごめんなって何度も謝りながら、泣きながら俺のキスして、まるで壊れ物を扱うように、宝物を扱うように大事に、大事に愛撫してくれて。――俺は、それが異性の愛なんだって、知ることが出来た」


「それはっ!」


「あの日から、茉莉は俺の救いの女神になったんだ」


「…………だから栄一郎は、アタシに拘ったのか」


「そうだ。俺はね、悲しい顔をする茉莉を心から笑わせたいと思ったんだ」


 茉莉は、何と言っていいか分からなかった。

 彼にした事は、彼にとって本当に救いだったのかもしれない。

 でも、それは過ちで犯罪で。

 そして、今の栄一郎の根幹を作ってしまったという事で。


「これは言い訳なんだ茉莉、お前がしたように俺は無理矢理関係を迫った。――逃がしたくなかった、俺を、たとえ憎しみや恐怖でも想っていて欲しかった」


「オマエは……大馬鹿者だっ! そんな辛いこと、とっとと言えば良かったんだっ! そしたらアタシは――――っ!!」


「トラウマを植え付けた女を殴りに行ったか? それとも警察に自首しに?」


「馬鹿っ! 馬鹿っ! 違うだろうっ!!」


 涙を浮かべ、髪を振り回し叫び始めた愛する人に。

 栄一郎は正座をして向き合って。

 頭を、地に付けた。


「夫となる身だからこそ。今一度、謝らせてくれ茉莉。――俺は、お前に対して取り返しのつかない間違いをした」


 そして茉莉も、同じように正座をして頭を下げて。


「アタシの方こそ……ごめんなさい。もっと幸せな違う未来があったかもしれないのに。栄一郎の人生を歪めてしまって」


 二人は同時に顔を上げる、そこには涙を流すお互いが居て。


「――――もう、茉莉が隣にいない人生なんて考えられないんだ! どうか俺の隣で、幸せにさせてくれ!!」


「アタシの隣に居ろ! 間違いだらけのアタシだけど! もうオマエだけは間違えない! アタシが幸せにするから!!」


 栄一郎と茉莉は、お互いの涙を指で拭い。

 瞼を閉じて、額と額を当てて。


「結婚して欲しい、俺と一緒に幸せな笑顔をして欲しい……」


「結婚するんだよ栄一郎……、それでさ、アタシはオマエの子を産むよ。そして幸せな家庭を築くんだ」


「俺に……出来るかな」


「アタシだって不安だ。――でも、二人でやっていくのが結婚ってもんじゃないのか?」


「――ああ、そうだ。そうだったな、茉莉には敵わない。いつも俺を救ってくれる」


「多分、救われたのはアタシの方さ。栄一郎が居たから、アタシは夢だった教師になって、教師を続けられてるんだ。そして……諦めてた幸せも手に入れた」


「……………ありがとう茉莉、俺を愛してくれて」


「ありがとう栄一郎、アタシを愛してくれて……」


 額を当てあう二人は、顔を滑らすようにお互いの唇と唇を合わせて。

 触れ合わせるだけの、軽い口づけをする。


「なあ栄一郎、アタシさ……今度こそ本当に禁煙するよ」


「それは……――ああ、俺も協力する。もし吸いたくなったら言ってくれ。どんな時でもキスしに行く」


「学校でもか?」


「学校でもだ」


「なら、卒業まで見つからないようにしなきゃだな」


「英雄達にも協力して貰って、安全に二人っきりになれるスポットを探すさ」


「期待してる、――実はな、脇部と這寄の事を羨ましく思ってたんだ」


「俺もだ、これからは彼奴等に負けないように。茉莉を愛する」


「アタシも、同じ気持ちだよ」


 少づつ、少しづつ夜が白み始める。

 窓の外では、雪が降り始めて。

 けれど、二人の寝室はとても暖かだった。


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