第55話 おめでとう!!



 イヴの日に、栄一郎と茉莉に何かあったらしい。

 英雄はそう感じ取ったが、わざわざ口に出して確認する様な事はしなかった。


 二人はこれまで通り、学校では教師と生徒の距離を保っていたが。

 確かに幸せそうだったからだ。

 ――そしてクリスマスの今日は、フィリアの誕生日でもあり。


「誕生日おめでとうフィリア!」


「おめでとうでゴザル」「おめでとう!」「おめでとうございますフィリア様」「おめでとうですフィリア先輩!」


「ふふっ、こんなに賑やかに祝われるとは……、皆ありがとう」


 生憎と、茉莉は仕事で欠席だが主人の誕生日にメイドが祝わない理由がない。

 未来も参加して、クリスマス&誕生パーティの始まりである。


「皆様、ご馳走も用意しております。今日はご存分にお楽しみください」


「茉莉も来れればよかったにゃあ」


「机様、茉莉の為にタッパーで料理を取り分けております。是非、お持ち帰りください」


「お、クリスマスプレゼントもあるでおじゃ?」


「ええ、親友のよしみですから」


「何々? プレゼントの話題だねっ! ようしそれじゃあフィリアへ誕生日プレゼント贈呈ターイム!!」


「「「「イエーイ!!」」」」


「何っ!? 今年はクリスマスプレゼントと一緒ではないと言うのかっ!?」


「え、フィリアの家ではそうだったの?」


「裕福な家ですので、一緒にする事は無いのでは? と何度も申し上げたのですが……」


「裕福な家だからこそ、贅沢のし過ぎはダメだと言われてな」


「クリスマスが誕生日の人の、あるあるでゴザルな」


「フィリア先輩……これからは二つとも貰って良いんですよっ!!」


「おい、そんな哀れむような目で見るな! 私の誕生日だぞ!」


「イエス・キリストの誕生日でもあるよね」


「ひーでーおー……」


 ジト目で睨むフィリアに、英雄はテヘぺろと舌を出して。


「英雄殿、きしょい」


「きしょいぞ英雄」


「キモいです英雄センパイ」


「うわっ、将来のご主人様キモっ!? えんがちょ!」


「――酷くないっ!? ちょっとしたお茶目じゃんか!?」


「大丈夫だ英雄、君の舌もとってもセクシーだぞ……」


「ほら見ろ! 僕の勝利だ!」


「あばたもえくぼでゴザル」


「蓼食う虫も好きずきだな」


「フィリア先輩? 眼科行きません?」


「惚れた欲目ですねぇ、いえメイドとしてはお二人の仲がよろしくて良いのですが」


 英雄とフィリア、フレンドリーファイアにより撃沈。

 それは見事な集中砲火で、流れるような出来事であった。


「おい英雄っ!? 味方がいないぞっ!?」


「くっ、可哀想な僕達! 誰かっ! 誰か助けてくださーいっ!!」


「くっ、二人をいじめたのは誰でゴザルかっ!」


「安心しろ英雄、お前らの仇は取ってやるぜ!」


「フィリア先輩を攻撃するとは身の程知らずが居たものですね、でも安心してください。わたしの刀の錆にしてくれましょう!」


「――ああ、安心しました。フィリア様と英雄様に、こんなにも……こんなにも頼もしい仲間がいるだなんて――――」


「いい加減にしない? 君たち」


「そうだぞ、私の堪忍袋にも限界があるっ! ――謝罪した者から未来の特製クリスマスケーキをやろう!」


「てへぺろ」「テヘぺろ」「テヘぺろ」「テヘぺろ」


「未来さん……、年を考えよう?」


「英雄様、お食事抜きで」


「しまったっ!? 代打で謝って栄一郎!」


「了解でおじゃ。――ごほん、俺は未来さんのような年齢の方こそ、お茶目な言葉が似合うと思います」


「ブッブー、兄さんアウトー! 義姉さんにチクっときますね」


「おじゃっ!?」


「成程、茉莉はこの顔にやられたんですね……」


「良いよなぁ、栄一郎はイケメンだから何言っても似合ってよ。俺もなぁ、もっとイケメンだったら未来さんを口説いたのに」


「――――天魔くん?」


「うひょうわぁおっ!? 背中に氷を入れるんじゃねぇよ愛衣ちゃんっ!?」


「残念でもないし当然だね天魔」「そうだな」「残当」「前に出てこなければやられなかったのに……」


 天魔がオチをつけた所で、英雄は話題を戻す。

 そう、フィリアへの誕生日プレゼントだ。


「じゃあ、場も暖まった所で僕からフィリアに。――誕生日おめでとう」


「ふふっ、ありがとう。とても嬉しい。開けても?」


「どうぞどうぞ?」


「何を送ったのでおじゃ?」


「この前の指輪もあったからね、高価な物は無理だったけど」


「おおー、ネックレスですか! 付けてみてくださいよフィリア先輩!」


「ああ、――どうだ? 似合うか?」


「ええ、良くお似合いですよフィリア様」


 英雄が送ったのは、ハート型の錠前のデザインのネックレス。


「なあなあ英雄、今聞くのもアレなんだが幾らしたんだ? ちょっと今後の参考までにこっそり教えてくれ」


「天魔……、マジで今聞く事じゃないでゴザルよ?」


「天魔くん…………来年期待しても良いので?」


「確かに気になりますね、フィリア様から聞いた話ですと、指輪にかなり資金を使ったようで。ネックレス代まで出るとは思えないのですが」


「そう言われれば気になるな、どうなんだ英雄?」


「かかった金額はそんなにだね、強いて言うなら材料費ぐらい? 後は電車賃と僕の時間ぐらいさ」


「成程、探すのかなり苦労したのでゴザるな」


「ああ、違うよ。本当にお金無かったからね、今回は手作りにしたんだ」


「――うむ?」「おじゃ?」「はい?」「手作り?」「その様な特技があったのですか?」


 全員の視線を集めた英雄は、胸を張って答えた。

 正直に言えばもっと時間をかけたかったのだが、日々をエンジョイしていると時間の捻出に苦労して。

 とはいえ、今の英雄に出来るベストなのだから。


「実はね、僕の叔父さん。――いつも行ってるゲーセンの店長、栄一郎と天魔は覚えてるよね?」


「ああ、あの人でゴザルか」


「え、あの人ってアクセも作れるの?」


「叔父さんじゃなくてさ、その奥さんが手作りアクセをネットで売っててね。偶に手伝って臨時のバイト代貰ってたんだ」


「くっ、英雄はなんて素晴らしい恋人なんだっ!! 私は感動で涙が止まらないっ!!」


「英雄、俺にもちょっと紹介してくれ。茉莉にプレゼントしたい」


「栄一郎がマジ顔してんな、――じゃあ俺も! なんかモテそうな気がする!」


「天魔くんってばわたしに貢ぐ気満々ですね?」


「愛衣様から妙な冷気が出てますねぇ……、はいフィリア様、ハンカチですよ」


「ああ、すまないな未来……」


 フィリアは涙を拭き、ずびびーと鼻までかんで。

 ハンカチを返された未来は、動じることなく洗濯機へ。


「ハンカチで鼻をかむ人って、僕初めて見たよ」


「そうですか? 上流階級にはそこそこ居るので慣れておいた方が良いですよ英雄様」


「なんだろう、このさぁ、這寄家を継ぎそうな雰囲気は…………」


「ドンマイでおじゃ英雄殿、ちゃんと話し合うでゴザル」


「英雄センパイの進路はさておき、次はわたしからのプレゼントです!」


「ありがとう愛衣、嬉しいぞ」


「さ、さ、開けちゃってくださいな」


「これは、――っ!?」


「お気に召しました?」


「ああ、手持ちは殆ど取り上げられてな。新しいのが欲しかった所だ」


「…………? なあ英雄、お前、這寄さんのシャーペン取り上げてんの?」


「いや? 僕知らないよ?」


「……………………成程、天魔。愛衣の兄として忠告しておく、奴からの贈り物は注意しておけ」


「あー、フィリア様? それ後で没収ですからね?」


「待て未来っ! 大切な友人からの誕生日プレゼントだぞ! 横暴だ!」


「はぁ類友ってやつなんですね……、茉莉が苦労する訳です。愛衣様、後で茉莉に報告しておきますから」


「ガッデム! 勘弁してください未来さんっ!? 義姉さんのゲンコツは痛いんですよぉ!」


 フィリアに送られたペンが、盗聴器である事を知らない英雄と天魔は首を傾げるが。

 ともあれ、次は栄一郎と天魔のプレゼントである。


「気を取り直して、拙者達からでゴザル」


「英雄を差し置いて男からのプレゼントも何だから、共同名義ってやつだ」


「…………兄さん? 天魔くん? 単に二人はお金無かっただけでは?」


「くくくっ、見抜かれてるね二人とも」


「ぐぬぬっ、流石は我が妹っ!」「俺の財布まで把握してんのお前っ!?」


「ははっ、共同名義だろうが構わないさ。私は嬉しい。――――おおっ、これは!」


「ふっ、這寄女史と英雄には必要だと思ってチョイスしたでおじゃ」


「使ってくれよな! イエスノー枕!」


「馬鹿だなぁ二人とも、フィリアが僕の誘いを断る訳ないじゃないか」


「いや、使うぞ?」


「え?」


「え?」


「ちょい待ちフィリア? なんで使うの?」


「いや、一度始めると妙にねちっこいし。次の日学校でも長々とするだろう。君には節度というものが必要だと思うのだが?」


「英雄様、後でお話が。年長者として少し言っておかないと、フィリア様付きメイドの職務として」


「………………すまん英雄、俺は何も言えない」


「栄一郎お前もかっ!? つか言うなよ! 聞きたくないわ親友の性事情なんてっ!」


「いえ天魔くん? プレゼントを送ったのはお二人ですよね? そして兄さんも後で、義姉さんを交えてお説教です」


「流れ弾が飛んできたでおじゃっ!?」


 場の空気が明後日の方向に流れていくのを感じた天魔は、ポンと手の平を打ち注目を集める。

 少々お節介かもしれないが、これこそが起死回生の一手。


「さて英雄、次はクリスマスプレゼントの交換会にいくか?」


「あ、ああ天魔。そうだねぇ………………あー、うん、つまり――そゆこと?」


「いや、お前次第だぞ?」


「英雄殿、あの時の様子じゃヘタれる可能性があるから。拙者達が居る時にするでゴザル」


「栄一郎、その心は?」


「ぶっちゃけ生で見たいにゃ」


「おっけー、ちょっと取ってくる。さあ行くぞ脇部英雄! 男の見せ所なんだ!」


「おい、何をするつもりだ? 英雄の様子が変だぞ?」


「なあ這寄、念のために聞くけど。こないだ俺たちが出かけた時。ストーカーしてねぇよな?」


「それは大丈夫です、責任を持って機材と人員は没収しておりますから」


「くぅ、フィリア先輩おいたわしや……、愛する人の事を知れないなんて……」


「…………理解出来てしまう自分が恨めしいでおじゃ」


「そういうトコだぞ栄一郎?」


「何なんだいったい?」


 きょとんと可愛いらしく小首を傾げるフィリアに、事情を知る男二人は英雄の勇士を祈って神妙に。

 愛衣と未来も、顔を見合わせて。

 ――そして英雄が戻る、その背中に何かを隠して。


「いやぁお待たせ、――うん、覚悟は出来た。まずは親友である栄一郎と天魔に感謝する」


「俺らの事はいい」「とっとと這寄さんに渡せと幸せ者め」


「ありがとう、僕の親友達」


 二人へ穏やかに笑うと、英雄はフィリアに向き合って。

 そして一歩前へ。

 彼女も愛衣と未来に背を押され、一歩前へ出る。


「君の事なのだから、サプライズをするのだろうが。……いったい何をするのだ?」


「愛衣ちゃん分かりました! 兄さんと天魔くんがバックコーラスで、英雄センパイがアカペラで愛を捧げる歌を歌うんですね!!」


「ああ、その手もあったね。次からそれも案に入れておくよ」


「む、違うのか? となると……?」


 わくわくに青い目を輝かせながら思案するフィリアを前に、英雄は緊張気味に真剣な顔で。


「ねぇフィリア。これはさ、……僕が今、君に出来る最大限の好意なんだ」


「勿体ぶる所が君らしい、ではその好意とは? 指輪や手作りのネックレス以上に、学生である英雄に何が出来るのか?」


「ははっ、想像が付かない?」


「ああ、まさか手作りのアクセサリーを贈られるとは思ってもいなかったからな。――心がいっぱいで、幸せで、これ以上の事など考えられないのだ」


「じゃあ僕は、君の想像の上をいこう。――――サプライズだよフィリア。どうか受け取って欲しい」


 そして、英雄は後ろ手に隠していたピンクの婚姻届をフィリアに差し出した。


「以前、君も用意してたけど、僕があらためて用意した。ちゃんと名前を入れてる。……後は、君が書いて一緒に市役所に行くだけだよ」


「――――ぁ、……英雄? え? わ、私…………」


 将来を確定する紙を、フィリアは震える手で受け取って。

 感情が追いつかない、今日はこれ以上嬉しい事は無いと思っていたのに。

 まさか、まさか、まさか。


「結婚して欲しいフィリア。僕と一緒に末永く幸せに暮らそうよ」


「…………はぃ、はいっ! わたっ、わたしっ、もっ! 英雄と結婚するっ!!」


 フィリアの目から大粒の涙が溢れて、頬を伝う。

 その熱い一筋は、悲しみのそれではなく真逆の――幸福の涙。

 心のどこかで、今の幸せをどこか不安に思っていたのだ。


 英雄が許しても、フィリアのした事は嫌われるどころか絶縁されても不思議ではなかった。

 だが、――彼は彼女を許した、愛した。

 そんな奇跡が、どこまで続くのだろうかと。


「愛してるフィリア、僕の泣き虫なお姫様」


「ばか、ばか、ばか……、愛してる私の王子様……」


 英雄の腕に抱かれ、フィリアは幸せな涙を流した。

 もうきっと、幸せを疑わない。

 もうずっと、英雄と離れない。

 未来の祝福された花嫁は、夫の背にぎゅっと腕を回して。


「うう……、フィリア先輩! 英雄センパイ! お幸せに! 結婚式には呼んでくださいねぇ!!」


「くぅ~~、感激だ英雄っ!」


「へへっ、お前の男。見せて貰ったぜ……、這寄さんと末永く幸せにな」


「あ、今のムービーで撮っておいたので。ご当主様と英雄様のご両親へ送っておきました」


「え、過去形なの未来さんっ!?」「出来したぞ未来っ! 私にも送っておいてくれ! 結婚式で流す!」


 パチパチと見届け人達が盛大な拍手をする中、英雄とフィリアは仲良く抱き合って。

 その夜、彼らは次の日に学校があるのも気にせず、朝までハシャいで。

 終業式の最中に寝て、仲良く怒られたのであった。


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