第53話 躊躇うよな!



 クリスマスも目前に迫った放課後、プレゼントを用意しに男三人は市の中心の駅前へ。

 そして首尾良く購入したら、英雄のリクエスト通りにとある場所へ行くというものだ。

 駅から徒歩十分余り、その場所とは。


「え、何? 英雄お前市役所に用があるの?」


「年金を払うにはまだ早いでゴザるよ」


「年金って市役所行って払わなきゃいけないんだっけ? まあいいや、今日はソコじゃないんだよ」


「妙に真剣な顔だなお前、――おい栄一郎、コイツの進む先って」


「…………ああ成程? これは勇気が必要……必要でゴザる?」


「だよな。あの英雄だぞ? 躊躇う気持ちがあるのか?」


「あのね君たち、僕だって人生最大とも言える決断を確定しようとしてるんだよ? ちょっとは躊躇うってものさ」


 階段を上がり一直線で向かった先には――戸籍課。

 運良く、そこに並ぶ人は誰も居なかったが。

 英雄の足はぴたりと止まって。


「どうしたでおじゃる? 目当てはそこでおじゃろう?」


「とっとと言って、貰ってくればいいじゃん。――結婚届」


「待って、待って? 確かに僕は婚姻届を取りに来た。提出するのは来年になってからになるけどさ、……フィリアの誕生日にサプライズで渡す為にね」


「拙者達には、そこで待ってという言葉が出るのが不思議なんだが?」


「分かんないのっ!? ホントにっ!? 栄一郎……はアレだから躊躇わなかったと思うけどさ、天魔、君が僕の立場ならどう思う?」


「英雄の立場? つまり……愛衣ちゃんと結婚する為に、婚姻届を………………――待て、マテマテまてっ!? うおおっ!? こ、これはヤバイっ!? 謎の抵抗感があるっ!?」


「愛する人と法的にも一緒になるだけでゴザルよ?」


「じゃあ栄一郎、君は逆に考えてみてよ。無理矢理関係を迫ってストーカーしてくる人と、好きになって愛したからと言って。そう簡単に結婚できるかい? 何時かは結婚すると決めてて、いざ婚姻届を取りに来てさ。躊躇わないの?」


「――俺、ちょっと帰って土下座してくる」


「待て栄一郎、お前はあの人がちゃんと書き込んだ婚姻届を持って貰ってるんだろ? 今は英雄に付き合ってやろうぜ。…………くぅ、分かる、分かるぞ英雄っ!! その先は確かな幸せが待ってるって理解してても二の足を踏むよな!」


「だよねだよね! 分かってくれて嬉しいよ!!」


「うう、拙者も魂で理解したでゴザルぅ!!」


 ひしっと肩を抱き合い円陣を組む高校生三人に、受付窓口の壮年の男性は、苦笑しながら暖かく見守って。

 青い、青い春がそこには存在した。

 そして今、彼らに近づく初老の男が一人。


「分かるぞ、分かるぞ若人よ! その気持ちは痛い程分かるぞ!!」


「え、誰――って校長先生っ!?」


「こ、校長先生っ? これはですね」「そうそう、訳があるんですっ!」


「若人達よ、隠す事は無い。特に脇部君の事情は知っているよ。――這寄君と結婚するのだね? 何を隠そう、私もこの年で再婚しようと思っていてね」


「校長先生も? え、相手は誰なんですっ!? 学校の人?」


「ふぉっふぉっふぉ、秘密だ」


「というか校長先生? 英雄の気持ちを分かると仰いましたが……」


「机君、良い質問だ。――私もな、結婚した気持ちがあるのだ。だからこうして婚姻届をクリスマスのサプライズプレゼントにしようと取りに来たのだが」


「…………あー、校長先生? もしかして英雄と同じように躊躇っているのですか?」


「そうだ越前君。私の相手もな少し愛が重いタイプでな……」


「どうなってんだウチの学校っ!? 愛が重いのに引っかかる奴しかいねぇのかっ!?」


「偶然じゃない? 栄一郎もそう思うでしょ?」


「…………拙者は、その件については何も言えないにゃ」


 気まずそうな顔で視線を反らす栄一郎、将来を想像して苦悩する天魔。

 今まさにぐぬぬと躊躇う英雄。

 三人の生徒の姿を見て、校長は優しく諭す。


「私は思うのだ。……この婚姻届こそ、我々、愛が重い伴侶を持つ者への最大の試練なのだと……。これに打ち勝つ事こそ、愛が重い者を我々の愛で包み込むこと他ならないのではないか、とね」


「くぅ~~っ、校長先生っ!! 僕、貴方の生徒で良かったですっ!!」


「校長先生! 俺、一生付いていきますっ!!」


「う、我輩だけ輪に入れないでおじゃ……」


 英雄と天魔は、涙ながらに校長と熱い握手を交わし。

 そう、三人は同士なのだ。

 愛する者は違えども、愛する者の愛の重さは同じく無限大。

 それを何故か、受付の壮年男性は涙ながらに頷いて。

 そしてまた、――彼らに近づくタンクトップマッチョが一人。


「校長! オレは感激しましたっ! これからもご指導ご鞭撻をお願い致しますっ!!」


「おお、体育の雲隠童子先生ではないか! まさか雲隠先生も?」


「そうですっ! 校長や脇部達と同じく、オレも婚姻届をクリスマスにサプライズでと……」


「雲隠センセもっ!? どうなってんだウチの学校はっ!?」


「いやー、考える事は同じなんだねぇ……。それで雲隠センセのお相手は? 僕は続報聞いてないけど、あの人とゴールインするの?」


「え、英雄殿は雲隠先生のお相手を知ってるでおじゃ?」


「おお、脇部君は知っているのだったね」


「その節は世話になったな脇部、お前のお陰で今のオレは幸せだ!」


「え、どういう事なんだ英雄?」


「そうだねぇ……。雲隠センセ言っちゃっても良い?」


「ああ、もうアイツは卒業したからな」


「卒業? それってもしかして……」


「うん、天魔の想像通りだよ。何を隠そう、雲隠センセと今年卒業した先輩のキューピッドをしたのは僕さ! ぶっちゃけ超大変だった! だって先輩ったら雲隠センセのストーカーだったんだもの!」


「またかっ!! ウチの学校おかしいんじゃねぇのっ!!」


「朱に交われば赤くなる、類は友を呼ぶ。どっちでゴザルかなぁ……」


「栄一郎、お前が言える事か? 男の筆頭の癖して」


「しかし、脇部も躊躇うのだな……。分かる、分かるぞぉ!」


「ですよね」「ああ、そうだとも」「俺も将来こんな風に悩むんだろうなぁ……」


 そして四人は口を揃えて。



「「「「だって、渡したらもっと愛が重くなりそう!!」」」」



「ですよねー……トホホでゴザル」



 然もあらん。

 口を濁してはいたが、彼らの相手は一級品のグラビティ使い。

 盗聴盗撮はお手の物、スケジュールは把握され、気付けば後ろに居て。

 恋人になった事で緩和されたが。

 油断してはならない、彼女らを愛してしまったからには結婚はチェックポイントに過ぎない。


 やらねばならぬ。

 働きに出て、お金を稼ぎ、甲斐性をみせたいのだ。

 その為には、迂闊に拉致監禁などされてる場合ではない。

 社会人となれば、職場の付き合いだってある。

 職場までストーカーされれば大問題だ。


「若人達よ……分かっておるな!」


「はい校長先生! 僕らはやらなきゃいけない!」


「そうだ! 恋愛も仕事も! 両立しないといけない!」


「愛するからこそ、負けてはいけないんだ!」


「うう、肩身が狭いでおじゃ……」


 そして三人は一歩踏み出して。


「若人よ、私はもうダメだ! 見捨てて前に進めぇっ!!」


「そんな校長先生!」


「くっ、脇部、越前! オレ達だけでも――ぐああああ、オレももうダメだっ!! もう一歩も動けない!!」


「雲隠センセイ! チクショウ! 行くぞ英雄!」


「僕達だけでも!」


 高校生コンビは、力強く更に一歩踏み出して。


「――っ!? うがぁっ!? あ、足がっ!? 俺の足が動かねぇっ! あとちょっとなのに! それで次に進めるってのに! くそう、足手まといはゴメンだぜ、…………後は任せた英雄」


「天魔っ!! ちくしょう! 結婚届けを貰うのはこんに残酷な試練だなんてっ!!」


(言えないでおじゃっ、普通に行って貰ってきたとか、後ちょっと進むだけとか、拙者には口が裂けても言う権利がないでゴザルっ!!)


 戦死した仲間の想いを胸に、英雄は一歩、また一歩と進み。

 ――そこには、絶望があった。


「受付番号を貰って、呼ばれるまで待機っ!! そ、そんな事ってあるもんかっ!! あの長椅子に戻って、また歩くなんて! こんな、こんな――…………」


 そして、英雄は力尽きた。

 いったい誰がこの試練を乗り越えられるであろうか。

 屍が四つ、無惨にも暖房の風にさらされて。

 だが、だが、だが。


「――――お立ちなさい、新たなる幸せを掴もうとする者達よ……」


「貴方は……、受付のオジさんっ!!」


「貴方達の戦い、すべて見させて貰いました……。とても、とても勇気ある行為でしたよ」


「で、でもっ! 僕らは途中でっ!!」


「嘆く事はありません、君たちはきっと乗り越えられる。――否、この私が乗り越えさせてみせる」


 それは優しくも力強い言葉、その受付の男はピンクの婚姻届を英雄に差し出して。


「受け取りなさい、……君たちの先達からのエールです」


「先達? ――もしや貴方もっ!?」


「はい、五十年前に結婚した妻が。……そして、一昨年に結婚した娘もまた――、君たちの愛する者と同じ」


「な、何故そんなに穏やかな顔でいられるんですっ!? さぞや苦労なさったのではっ!?」


「ですが、――それ以上の喜びがありました」


 そして、彼は天魔、雲隠、校長へと次々に婚姻届を渡し。


「人生とは愛との戦いです、――だが忘れてはいけません。隣に立ち一緒に戦ってくれる存在を」


「オジさん……っ」


「時に多くの場合、その人は敵として立ちはだかるでしょう。……でも、このピンクのラブラブ婚姻届を一緒に提出した時。幸せの新たなステージの幕が上がるのです」


 彼の顔に刻まれた深い皺こそ、戦いと幸せの証。

 それに、英雄達は滂沱の涙を流し。

 ――救いであった。


「さあ立つのです後輩達よ……、困った事があったらこの老いぼれに相談しに来てください。市民の愛を守るのも市役所のお仕事ですから」


「僕はっ、僕はっ!!」


「……感謝する、名も知らぬ戦士よ。私は今、立ち上がり踏み出す勇気を得た!」


「この筋肉に誓って、前に進むことを約束するっ!」


「なあオジさん、俺も、戦う事が出来るんだな――――っ!!」


 彼らは立ち上がった、栄一郎は困惑した顔を隠せなかった。

 そして、壮年の男性職員はパチンと指を鳴らし。

 全館で流れるは結婚行進曲。


「さあ、愛する者の所へ。……私達一同、再び出会える事を信じています。さあ! 新たな勇者達を拍手で送るぞ!!」


「――行こうみんな、僕達は愛の為に進むんだ」


「ああ、この老いた身でも。まだ進めるのだな」


「愛のために、オレは彼女との繋がりを法に誓って」


「愛衣ちゃん…………いつか俺は。………………あれ? 俺、雰囲気に流されてね? これ持ってるとヤバくね?」


「天魔、――グッドラック」


 英雄達は、職員のみならず居合わせた市民の盛大な拍手の中。

 市役所の中を行進し、堂々たる歩みで去っていった。

 それは戦場に向かう勇敢な兵士の様であった。

 なお、栄一郎は首を傾げながらそれを見送って。


「――――うん、俺も帰ろう。それで、茉莉には誠心誠意土下座して、誠実に優しくしよう」


 しっかり反省して帰宅した。



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