第24話 探偵は 皆を集めて さてと言い



 フィリアが指定したのは、何故か夕方の体育倉庫だった。

 英雄と栄一郎が証拠――もとい証人を連れて扉を開けると。


「…………ごめん、間違ったよ」


「拙者達の事はお気になさらずでおじゃ、では」


「待て、何故帰るのだ」


「ガデッム! 間違いじゃなかった!!」


「英雄殿、帰ったほうが良いのでは?」


「兄さん? 英雄センパイ? 何をウダウダと――――え? ああ、うん?」


 そこに居たのは金髪ポニテリボンの美少女、ではなく。

 甲冑を着込んで、ロングソードとマスケット銃で武装した不振人物。


「幾ら何でも予想外だよっ!? 何でそうなるのさっ!?」


「何処で買ったんでおじゃ? そのコスプレ、妙に本格的でゴザルが……」


「英雄センパイ、今からでもこの人無視して帰りません?」


「ふっ、私の気合いと覚悟が分からないとは、全くもって嘆かわしい。後、これはコスプレではない。先祖代々伝わる由緒正しい品だ。母方の祖先はヨーロッパの騎士候でな」


「その気合いと覚悟がイマイチ伝わんないんだけどさ、……聞いて良い?」


「勿論だ、もし邪魔が入っても道を切り開ける覚悟と、もし駄目だったら諸共に死ぬ、という気合いだ」


「もしもし、警察ですか?」


「うおおおおっ!? ノータイムで通報するのは止めろ! 無駄だぞ! 最悪の結末を迎えるぞ!」


「英雄殿が刺されるんですね分かりますでおじゃ」


「よよよ、さようなら英雄センパイ。期待していたのに残念です…………」


「僕が死ぬ事前提っ!? フィリアもノーって言ってよ!」


「いや、百パーセント本気だったが? それではフィリア検定一段は剥奪だな」


「剥奪でいいよそんなモノっ!? 何処をどうなったらそんな結論に達するのさっ!?」


「ははぁ……これはかなり拗らせてますね。ドンマイ英雄センパイ! わたしは巻き込まれたくないから帰ります」


「ストォーーーーップ!! マジで帰んないでお願いっ!! この脇部英雄一生のお願い!」


「ちょっ!? 足に縋りつかないでください英雄センパイ! センパイの事は愛してますけど地獄までは付き合いませんよ!」


「剣道部でしょ! いざとなったら真剣白刃取りとかして防いでよっ!!」


「狂人相手にそんな事したくありませんよっ!! 兄さん帰りましょう!!」


「我輩も帰りたいの山々でゴザルがなぁ……、帰ったら夢見が悪そうで…………」


「英雄? 君が縋りついていい足は私のだけだ。――分かるな?」


「ちょっとセンパイっ!? わたしの後ろに隠れないでくださいよっ!? ああっ!! フィリア先輩も剣を抜かないでください! 殿中でござる! 殿中でござる!」


「あ、その言い方すごく栄一郎っぽい」


「帰ります」


「割と本気の冗談だったから助けて!!」


「妹の態度がセメントで拙者傷つくわぁ……じゃねぇな」


 栄一郎はパンパンと二回手を打ち注目を。

 彼としては、正直言って二人だけで話あった方が良いのでは?

 と思ったが、親友の頼みだし中身は気になる所でもある。


「さて、お集まりの皆様。そろそろ事件を解決しようではありませんか。この名探偵机栄一郎に、――解けぬ謎などあんまりないでゴザル!」


「よっ! 名探偵!」


「はいはい、茶番はさっさと終わらせて帰りましょう兄さん」


「うむ、どんな言葉が出てくるか楽しみだな」


「余裕綽々なところ悪いけどさ、兜を脱いでくれない?」


「駄目だ、余裕綽々では無いところがバレてしまうからな!」


「フィリアの綺麗な顔が余裕無くなってる所、超見たい! 絶対可愛いからね! さ、見せて見せて!」


「気持ちは嬉しいが、今の君にその権利は無い。このヘタレが!」


「夫婦漫才するなら帰るでおじゃ」


「「まだ――」」


「付き合ってないと言っても帰るでおじゃる」


「英雄くんお口ちゃっく~~」


「沈黙しよう」


「よろしいにゃ、では先ず前提条件から行く」


「そういえばわたし、詳しい事聞いていませんね」


 という訳で、栄一郎は主に愛衣に向けて説明を始めた。

 同時に、英雄は顔を青ざめながら震えて。


「昨日の朝の事だ。英雄に呼び出されて俺は朝早く学校に行っただろう」


「兄さんが俺……、マジな話ですね」


「茶化すな、それでだ。英雄が言うには……この這寄フィリアが長年において英雄をストーカーしていたという事実だ」


「ああ、成程。わたし要りませんね?」


「何が分かったの愛衣ちゃんっ!?」


「ぶちゃけ、英雄センパイ@ラブなわたしとしては、予想の範疇と言いますか」


「マジでっ!?」


「あ~、俺も何となく誰か一人はそうなってるかなって思ってた」


「栄一郎までっ!? 嘘だ、他にも居る可能性があるってことっ!?」


「安心しろ英雄、そういう悪い虫は全て私が穏当な手段で排除しておいた」


「欠片も安心出来ないっ!! 一番危険な女が残ってるじゃん!!」


「ふふ、君も上手いな。一番危険な魅力のある素敵な女性か……、照れてしまうじゃないか」


「ポジティブに捉えすぎだよっ!?」


「というかセンパイ、その危険人物の言う事は割とマジです。彼女、密かにセンパイに思いを寄せる女の子を上手く誘導して、他の男とカップル成立させてました。だから女子からも人気あるんですよねこの女」


「僕のフラグが勝手に折られてたっ!?」


「愛衣はよく無事だったでおじゃるな?」


「何となくそうかなーって思ったので、周囲に根回ししておきましたし。まあ、奇襲は防がれちゃったんですけど? ねぇフィリアセンパイ?」


 途端、火花を散らし始める女の子二人に、英雄と栄一郎は顔を見合わせて。

 恐らくきっと、今が話を進めるチャンスである。


「では此処で、這寄フィリア。お前に証拠を一つ突きつけよう。――――これは何だ?」


「…………ふむ、それを見つけたか。家捜しするとは悪い男達だ」


「ま、僕の家だしね。それに長年のストーカー行為よりマシじゃない? ともかくさ、このピンクのラブレター、僕が見たのは同棲した直後の下駄箱だった」


「そしてこれを、お前は自分のモノだとポケットにしまった」


「けど中身を見ると、――あら不思議。これってわたしが書いたラブレターですよね?」


「知らんな、でっち上げだな」


「さっき見つけたかって言ったよね?」


「とぼけても無駄だ。お前の指紋と一致したし、筆跡鑑定もした」


「ほう、指紋はともかく私の筆跡だと?」


「ああ、この紙を使わせてもらった」


「………………いえ、これは同性から見ても重いですよ」


 どん引きする愛衣の視線の先、栄一郎の手にあるのは某結婚雑誌付録のピンクの婚姻届。


「僕の母音まで押してあるよね? いつ押したの? というかこれ用意しておいてセックス拒んだの? 一発ヤったら僕も覚悟決めて告白したのに」


「はぁ、――だから君には失望しているんだ。これは万が一の保険だ」


「成程、そう言う事にしておいてやる。俺はウエディングドレスのページに付箋が山ほど付いているのを見たが、気のせいなんだな?」


「ああ、気のせいだろう。あれはウチのメイドの持ち物だからな」


「買ってきたのは未来さん、ってオチは無しだよフィリア」


「英雄センパイ、この女はヘタレですよ。さっさとわたしに乗り換えた方が幸せになりますよ」


 嫌みったらしい愛衣の言葉に、フィリアはピクリと肩を震わせて。

 シャラリと剣を抜く。


「ほれ見たことか! それが本性だな愛衣! 貴様は油断ならない奴だ! 叩ききってやろうか!!」


「へぇー、そんな事言うんですかぁ。英雄センパイに嫌われたくなくてストーカーを隠してた人は、言うことが違いますね。センパイとどっちがヘタレなんです?」


「何を!! 私がヘタレだと!! 親友の妹という絶好の立場でありながら恋人になれなかった奴が良く吠える!」


「負け犬の遠吠えが聞こえますねワンワーン! じゃあフィリア先輩が何をしたか言ってみてくださいよ」


「良いだろう! よく聞いておけ!」


「あ、言うんだ」「しっ、お口チャックでゴザルよ英雄殿」


 フィリアは勢い余って兜を脱ぎ、歯を剥き出しに怒りながら告げた。


「長年の研究で英雄検定名人になった私は! 一緒の高校に入り接触に成功した!」


「それだけ?」


「まだだ! 英雄と一緒に悪ふざけをするより、堅物を演じて注意をした方が気を引けると! 付きまとった!」


「からの?」


「英雄は多少意識してくれた様だが! 栄一郎と遊ぶ方が楽しいと来た!」


「それの苛立ちは同意します、続きは?」


「発端は貴様だ愛衣! 貴様がラブレターを書くと盗聴で知った私は! 先手を打って英雄と同棲する事にしたのだ! ああ! 簡単な事だった! 家を燃やし困ったフリをしたら! すぐ釣れたからな!!」


「はーい、自白しましたよ英雄センパイ」


「――…………うん? 抜かったっ!? 罠か!!」


「え、じゃあ家族と不仲ってのは嘘?」


「勿論だ! あの家一帯を買い上げて、途中で没になり公開されない映画撮影の許可を取ったのも父と母だ! ちなみに! あの時、君の周囲に居た野次馬もエキストラの皆さんだ!」


「大がかりすぎるっ!! 何がしたいんだフィリアはっ!!」


 英雄の叫びに、三人は大いに沈黙した。

 何を言っているのだこの男は、そんな視線が突き刺さり。

 彼としては、困惑するばかりだ。


「え、え? この空気なに? だって此処までする理由が分からないよね?」


「本気で言っているでおじゃ?」


「だってさ、告白されて無いし。セックスさせてくれないしさ」


「英雄センパイ? 女の子は普通、好きでもない人と同棲しませんよ?」


「……………………え、マジで? 僕と一緒だと楽しいってだけじゃなくて?」


「楽しいで同棲するのは、よっぽどの変わり者だと思いますよ?」


「えーっと、僕の親父がスゴいから……」


「這寄女史なら、直接対決して何とかすると思わないでおじゃ?」


「た、確かに…………」


 英雄は沈黙した。

 では、では、では、だが、だが、だが。

 本当に? 本当なのだろうかと思考がぐるぐる回り答えが出ない。

 そもそも。


「聞きたいんだけさ」


「何でも聞け」


「何でこんな回りくどい事を? 癪だけど全部フィリアの目論見通りだ。でもこんな事しなくても、素直に告白してくれたらOK出したよ?」


「残念だが私はこれだけ言っても素直になってない」


「まだ何かあるのっ!?」


「聞きたいか?」


「うん、凄く聞きたい!!」


「なら、――――私のモノになれ英雄。君が好きだ、愛している。」


「あ、それは今はノーで」


「断ったでおじゃっ!? 何考えてるんだ英雄っ!?」


「そうですよ英雄センパイ! ウンと頷いても良いでしょう!? 悔しいですけど満更じゃ無いんでしょうっ!?」


「二人とも、そんなに大声で叫ばなくても」


「い、いいい、いや、こっ、これは大声で叫ぶべき所だっ。何故、君は! 私の告白を断る! 今なら君がこだわっていたこの自慢の、か、かか、かっ、体も好き放題だぞぅ!?」


 半泣きで胸を張るフィリアに、英雄の出した答えはシンプルだった。

 シンプル過ぎて、然もあらん。


「重い」


「重いっ!? 何処がだ! まだ重いのは全然出していないぞ!」


「もっと重くなるの? ……フィリアをとっても気になってるのも事実だし、こっちから告白したほうが良いかなって思ってたけどさ」


「英雄殿、逆玉のチャンスですぞ! 今後不安無く人生をエンジョイする絶好のチャンスでおじゃるよ」


「栄一郎、まだまだ分かってないね。仮に将来結婚するとしても、相手のお金を浪費して人生エンジョイするのって違うでしょ。自分で稼いで苦労してエンジョイするのが最高のエンジョイじゃないか」


「くぅ、そんな所も好きだぞ英雄! 私を惚れ直させてどうするんだ! お金も体も持って行け!」


「僕の話聞いてた? それと疑問なんだけど、セックス拒んだのも戦略の内?」


「いや、それは戦略ではない。単に凄く恥ずかしかっただけだ」


「犬を怖がったのも?」


「真実だ」


「ポテチが病みつきになったのも?」


「真実だ」


「ホラーが怖いのも?」


「真実だ、怖かったら君に抱きつけばいいという打算は有った」


「親父の所為じゃない?」


「純粋に君が好きなんだ」


「好きなだけで、家まで焼いて。愛衣ちゃんのラブレター隠したの? 悪いと思わなかった?」


「思った。だが私は私に出来る事を全力でしただけだ。後悔は無い」


「そこだよ。ごめんね? 僕、もう少し素直でセックスさせてくれて、もうちょっと巨乳の背が低い童顔の子が良いんだ」


「最低でゴザル英雄殿っ!? 照れ隠しじゃなくてマジで言ってる所が凄いっ!! ちなみにウチの愛衣が巨乳だったらオッケーでおじゃった?」


「ごめんね? 愛衣ちゃんが巨乳でも君ってばフィリアと同レベルで面倒臭いし、そもそも僕の事好きじゃないでしょ、当てつけは駄目だよ。何より僕の上履きの匂いで喜んでる子はちょっと…………」


「巻き添えでフられたっ!? 兄さんのバカっ!?」


「というか我輩、気になるワードがあるのでにゃあが?」


「ま、それは追々ね。それで理解してくれた? もうこうなったら君の事、信用出来ないし同棲も止める?」


 困った様に提案する英雄に、フィリアはがっくりと俯き肩を震わせて。

 うふふ、あははと乾いた声で剣を握りしめ。


「…………私は、間違っていなかった」


「何がさ?」


「最初に言っただろう? 『もし邪魔が入っても道を切り開ける覚悟と、もし駄目だったら諸共に死ぬ、という気合い』――と」


「うーん、それってマジ?」


「ああ、本気だとも。君は知らないだろうが、私は君を十年以上愛して、愛し続けているんだ」


「えーっと。つまり?」


「もう一度聞く、私のモノになれ。さもなければ――――力付くでモノにするまでだっ!! 覚悟しろっ!!」


「ひぇえええええっ!? お助けぇえええええええっ!? 誰か男の人呼んでえええええええ!!」


 英雄は脇目もふらずに逃げ出した。

 フィリアは髪を逆立たせる勢いで怒り、剣を振り上げその後を追い。


「なむなむ、英雄殿は良い親友でおじゃるが。わりとピュアな童貞であったのがいけなかったにゃ」


「まだ死んでませんよ兄さんっ!! とにかく助けないとっ!!」


「――――残念だが、そうは行かないな机兄妹」


 二人を邪魔する様に行く手を阻むは、英雄達の担任跡野茉莉。

 彼女の出現に愛衣は目を釣り上げて。


「なっ!? 兄さんを誑かす女狐っ!! フィリア先輩の味方をするんですか!?」


「そうでおじゃるっ! 親友の危機だから退いて欲しいでにゃあ!!」


「悪いな栄一郎。邪魔しないと――アタシはっ、ううっ、アタシはっ……!!」


「あのアマっ!! 本当に形振り構わず英雄を落としに来やがった!?」


「今はセンパイ達の事はいいです兄さん。今日こそはこのショタコン犯罪者と何があったか吐いて貰います! ついでに新しい住所と誰と一緒に住んでいるとかっ!! お父様とお母様は騙せてもわたしは騙されませんよっ!!」


 頼みの親友は思わぬ修羅場で足止めをくらい、英雄は孤立無援で校舎を爆走。

 ガシャンガシャンと甲冑を着ているのに関わらず、息切れ一つせず疾走するフィリアとの追いかけっこが今、始まったのだった。


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