第20話 誘うんだ!



 ケッ、イチャつきやがって! という周囲の視線も何のその。

 他のクラスはともかく、英雄達のクラスは一日もせずに慣れてあっという間に平常運転である。

 という訳で土曜の昼、半日授業で掃除の後は魅惑のフリータイム。

 英雄と栄一郎は、割り当ての二階の渡り廊下の掃除。


「いやー茉莉センセも合理的だよね、掃除終わったら自由解散なんて」


「茉莉先生は今日引っ越しだからにゃあ、早く帰りたいのでおじゃ」


「え、何それ何処情報なの栄一郎!?」


「ふっふっふ……、拙者の秘密の情報網を甘くみないで欲しいでゴザル。まぁ朕は英雄殿の親友キャラであるからして? これくらい当然であるが」


「マジで!? 栄一郎ってば僕の親友キャラだったの!? じゃあ女の子の好感度教えてくれるの!?」


「勿論、這寄フィリアはハートマーク三つと裏フラグである星も三つでおじゃ。愛衣はハートマーク四つ、結婚目前でゴザル。ヒューヒュー、英雄殿ってば拙者の義理の弟ぉ!」


「露骨に贔屓してきたっ!? というかズルいよ栄一郎、僕も親友キャラやりたいぜ。――ここは僕に任せてアイツの所へ行け!」


「あ、じゃあ掃除は任せたでゴザル」


「へいへいストップすとーっぷ、親友だろ? 掃除も付き合ってくれって」


「いやぁ、親友キャラは譲ったでゴザルからなぁ。今の我輩は主人公! そう! これから超スゴいチートで異世界に行って、魔王からお姫様を救ってその姉君とラブロマンスでゴザルよ!」


「ああ、そこは王妃じゃないんだ」


「妥協でゴザルなぁ、実は拙者。エロゲーでも夫が居る熟女は攻略しないポリシーですしおすし」


「な、なんて澄み切った目なんだ……、でもゲームじゃないか。別によくない?」


「ゲームだからこそでおじゃる、自分に嘘はつけないにゃ」


「自分の股間にですね、分かります」


「英雄殿ったら拙者の理解者! いえーいハイタッチ!」


「イエーイハイタッチ!」


 モップ片手に楽しげな声を響かせる二人に、近づく陰が一つ。

 その誰か、エテ公もとい越前天魔はニマリと笑ってモップを剣のように構えて。


「へっ、俺抜きで楽しそうに喋りやがって! くらえ! お掃除新陰流奥義! モップ斬! 脇役共は俺にひれ伏すのだ!」


「むむむ! 乱心したかエテ公! 者共であえであえー!」


「というか拙者達、脇役にランクダウンしたでおじゃる! ええい、奴をひっとらえるのにゃ!」


 そして始まるチャンバラ、当然の様に掃除など進んでいない。


「あ、やべ! モップが折れた!」


「エテ公の馬鹿! 隠せ隠せ! ウチのクラスだけで今月三回目だぞ! また茉莉センセが禿教頭に怒られる!」


「これはまたモップ募金が必要でおじゃるなぁ……」


「えー、流石に今月はもう出せないわスマン。なぁ英雄、何か良い案あるか?」


「急に言われても……。栄一郎、クラス秘密資金に余剰は?」


「ひうふうみいよっと、残念でおじゃ。新しいモップを買うには後千円足りないでゴザル」


 仕方がないので三人は掃除をしながら真面目に話し合う。


「というか、何で今月三本も折れてる訳? このペースだと密かに買って戻しておくのも限界だよ?」


「今月一本目は、ええと……女子達のワックスカーリングで壊れたって言ってたな」


「二本目は男女合同、ホームラン大会で英雄殿が壊したでおじゃ」


「しまった!? 二本目は僕か!!」


「つーかこの金ってさ、クラスにゲーム機設置する為の秘密募金だろ? 全然貯まらないな」


「なぁに、このご時世。ゲームに没頭するよりヤンチャしてた方が幾分健全でゴザルよ」


「ヤンチャ、ヤンチャかぁ……」


「何か思いつきそうでゴザルか英雄殿!?」


「後もうちょっと何だけど……、あ、もっと誉めてくれたら浮かぶかも」


「よっ、クラス一番のアイディアマン! 這寄さんとあれで付き合ってマジかよモップで死ね!」


「イケメンじゃないのにモテて憎いね色男! ウチの愛衣も貰っておじゃ!」


「誉めてないよねそれ!」


 フンガー! と英雄が憤慨している中。

 三人に近寄る陰がまた一つ。


「よ、お前等掃除終わった?」


「終わったよ、んでどうしたの? 何か問題でも起きた伊良部?」


 彼の名はクラス随一のファッション野球少年、伊良部野茂。

 有名野球選手の名前を背負い、野球部で大リーガーを目指すと思いきや。

 野球のユニフォームを愛用するサッカー部の丸刈りエースである。


「ちょっと英雄っちに相談があるんだが……、何? お前等またモップ折った訳?」


「エテ公のお掃除新陰流は強敵でね」


「おいおい、秘密資金ってもう残り少ないだろ? ほら五百円、足しにしてくれ」


「神が居た! さっすが伊良部! 公式試合で野球部のユニフォーム着てイエローカド貰っただけはあるね!」


「いやいや、照れるなぁ」


「誉めてないでおじゃるよっ!?」


「伊良部も相変わらずだな」「エテ公に言われたくないぞ」


 受け取った五百円を大切にしまうと、英雄は彼に問いかけた。

 残念ながら彼らのクラスには、誰かが困ったからと言って素直にカンパするような人物はいない。

 俗物ばかりだからだ。


「それでさ、伊良部の相談って何? 今のも相談料でしょ」


「さすが英雄っち、話が早い」


「そりゃ君たち変人と一年以上も一緒にいたらねぇ」


「ははは、流石その筆頭でゴザルな。ナイスジョーク」


「栄一郎こそナイスジョーク、真の筆頭が何か言ってるね」


「変人なぁ……ところで最近、我らが姫が英雄っちに毒されて来ていないか?」


「俺も伊良部に同意だな。こっちから見るとそうなんだけど、女子連中が何か知ってるぽいんだよなぁ。英雄とイチャついてても何も言わないし」


「英雄殿はその辺り何か知らないのでゴザルか?」


「おいおい、そこで親友キャラの出番じゃない? っていうか話ズレてる」


「そうだ、俺の相談を聞いてくれ」


 そしてサッカー部なのに野球部姿の男は、周囲を用心深く見渡してから顔を近づけて。


「ここだけの話なんだがな――最近、気になる子が居るんだ」


「お、それは興味深い。続きをどうぞ?」


「三年の先輩の、眼鏡かけたスレンダー美人の人居るだろ?」


「ああ、あの。三年連続ミスコン3位の人でゴザルな」


「え、あの人!? 競争率高いって伊良部……いや、でも伊良部ならイケるかもな。あの人、今はフリーて噂だぜ。俺に比べればフツメンだけどお前も結構イケてるからな」


「エテ公、鏡みよう?」


「親友キャラっぽい発言、栄一郎ポイント高いでおじゃるぞエテ公」


「まぁ、そう言う訳で英雄っちに橋渡しをお願いしたいんだが。顔広いだろ、知り合いだったりしないか? 知り合いの知り合いでもいい!」


「というか、先輩でしょ。自分で動いた方が早くない?」


「そうは言うが、心の準備がなぁ……」


「恋する少年はシャイでゴザルなぁ」


 仲の良いクラスメイトの恋バナに、栄一郎が楽しそうな顔をした瞬間であった。

 彼らの所に新たなる陰が、また一つ。


「あー! こんな所にいた! センパーイ! 貴男の愛する後輩の愛衣ちゃんが来ーましーたよー!」


「おろ、愛衣まで来たでおじゃるか」


「どうしたんだい、僕に何か用?」


「いえいえ、実はちょーっとお願いがあって。センパイにしか頼めないんです!」


「へぇ、愛衣ちゃんも僕に頼みごと?」


「愛衣ちゃん『も』? 他に誰か?」


「いやいや、それはこっちの話さ。で、お願いって? モノによっては順番待ちになるけど」


「センパイも人気者ですね、ワタシの頼みは簡単です、ちょっと部活の大掃除の手伝いをして欲しくてですね……。今日に限って部員が殆どいなくて、ワタシと三年の先輩と二年の先輩が二人ずつで」


「それは分かったけど、なんでまた?」


「いやぁそのぉ……。実は昨日、人が少ないから遊ぼうって話になりまして」


「僕も呼んでくれたらよかったのに」


「伊良部殿、見習うべきは英雄殿のこういう所ですぞ?」


「な、成程。確かに今の台詞がさらっと出るのは凄いな」


「いくら親友の妹の部活だからって、ナチュラルに混ざろうとする英雄って行動力スゲェよな。俺はムリ」


「楽しい事をするのに、相手がどうとか躊躇する方がおかしくない? 一発芸でもすれば初対面でもオッケーでしょ。野球拳すれば男はみんなマブダチさ!」


「それでイケるの英雄っちだけだよね?」


「女の園の茶道部でそれやって、見事打ち解けた英雄殿を我輩は生涯に渡って尊敬するでおじゃる」


「いやー、あの時はノリが良い先輩が居て助かったよ。超絶眼福だった」


「勝ったのお前っ!?」「見たのかよ英雄っち!?」


「ああ、あの時は別のクラスだったフィリアに見つかってしこたま説教された……思えばアレがフィリアとの因縁の始まりだったかもしれない」


「皆にも見せたかったでゴザル、結局ボロ負けしてフルチンになって茶道を教えられて、何故かスゴく可愛がられていた英雄殿の姿を……!」


「ねー、何でアレでオッケーだったのかなぁ? 僕史上トップクラスに訳分かんない展開だった。ついでに言うと顧問の先生に挑んで一緒にフルチンになってたよね栄一郎」


「あの時は拙者も茉莉センセに正座で説教食らったでゴザル。先輩達、爆笑してたでゴザルなぁ……」


「……わたし、話聞いてて頭痛くなってきたんですけど? というか兄さん! 聞いてませんよ!!」


「どうどう机の妹ちゃん、話がかなりズレてる」


「たしか部室が汚れたとか、そんな話じゃなかったか?」


「ナイス伊良部、理由はともあれ部室の掃除の手伝いって事ね」


「はい、結構酷い惨状で……。明日は休日練習があるんで、今のままじゃ顧問の先生にバレちゃうんです」


「うーん成程、それは困った事だね……――――うん?」


 そこで英雄は閃いた、伊良部の恋仲を取り持つ事、そして愛衣の掃除の事。


「…………ねぇ栄一郎。ウチのクラスのみんなって、まだ残ってるかな? 二人の相談を一度に片づける名案があるんだけど」


「お、今度こそ良い案が浮かんだでおじゃるね!」


「へぇ、聞こうじゃないか」「流石英雄っち、信じてたぜ!」


「それでそれで? どんな案なんですかセンパイ!!」


「それはウチに教室に行ってからのお楽しみってね。――その前に、手伝い賃五百円ちょうだい?」


「まぁ手伝ってくれるなら良いですけど」


「スゲェ躊躇無くタカった!?」「でもこれでモップ代出せるぞ」「一度に三つを解決するでおじゃるか……流石英雄殿!!」


「誉めて誉めて、もっと誉めて!」


「よく分からないですけど、この五百円は兄さんの財布から後で抜いておきますね」


「ぎゃふんでゴザル!? まぁ可愛い妹の為なら涙を飲んでうけいれるにゃ……」


「話は決まったね! さあ行こう!」


 そして教室に向かった四人。

 中を覗くと、女子は殆ど居なかったが男子は半分程残っており。


「よし、イケる! おーいみんな聞いてくれ!」


「お、なんだなんだ?」「また英雄がやらかすのか?」「オレの準備は万端だぜ!」「で、どんなゲームなんだ?」


「ありがとう、じゃあ伊良部と愛衣ちゃんこっちに」


「はーい」「俺もか?」


「ああ、君がいなくちゃ始まらないさ。――ゴホンでは諸君、僕らは固い絆で結ばれた仲間だね!」


 英雄は伊良部の肩を叩くと、ニンマリと笑い。


「ここに居るサッカー部の野球部エースの事は、良く知っている筈だ! そう、僕らが伊良部野茂! 彼は今、恋をしている! 三年の3位先輩だ!」


「3位先輩? それってウチの……」


「ああ、あの人。今日は登校してるよね? 朝登校してるの見たけど」


「はい、でも……え、そうなんですか!?」


「マジ?」「這寄さん程じゃないけど高嶺の花じゃね?」「いやでも伊良部だぞ、俺たちの伊良部だぞ?」「ワンチャンあるか……たぶん?」


「うんうん、皆も同じ気持ちだろう。そ・こ・で、だ!」


 今度は愛衣の肩を叩き。


「奇遇にも! 本当に奇遇にも! 愛衣ちゃんの部活で人手を必要としている!」


「ちょい待ち英雄、愛衣ちゃんと伊良部になんの関係があるんだよ」


「良い質問だエテ公、――栄一郎! 3位先輩と愛衣ちゃんの共通点を述べよ!」


「共通点…………、ああっ! 二人は同じ剣道部!」


「そうだ! 剣道部だ! そして今日、3位先輩は居る! そして困っている! ならばやる事は分かる筈だ、そうだろうみんな!!」


「それって俺らに得なくね?」「馬鹿! 剣道部と言ったら美人揃いだろ!」「出会いの予感!?」「そして伊良部も応援出来る!」


「話は理解したな! 伊良部の恋の手助けと剣道部を助けに行くぞ!!」


 おおー! と男全員が手を振り上げ。

 意気揚々と剣道部の掃除を手伝いに駆けつけた。

 そして、その日の夕食後の事である。


「そうだ英雄、聞いたぞ伊良部と剣道部の事」


「君も耳が早いねフィリア」


「何でも告白に成功したそうじゃないか」


「あれには僕もビックリだっだなぁ……、まー、掃除は疲れたけど楽しかったよ」


「そうか、なら何よりだ」


「……うん? 少し笑ってるのかいフィリア」


「そうかもしれないな、君が相変わらずだからだろうな。このお節介さんめ。どれ、肩を揉んで労ってやろう」


「ホント! 嬉しいなぁ、その一言だけでも僕は幸せだね、汗を流した甲斐があるってもんだよ」


 その夜は、二人はお互いの肩を揉んでまったりと過ごしたのであった。


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