第19話 まだ早い



 数日前から、フィリアが変だ。

 彼女の声で起こされたかと思えば、部屋には英雄一人、残されたるは朝食。

 学校の廊下で声をかければ。


「やあフィリア、今日も早かったみたいだけど――」


「すまないな、用事があって。では急ぎの用があるんだ」


 放課後になれば夕食の支度の時間ギリギリまで姿をくらまし。


「うーんデリシャス……、毎日フィリアの手料理が食べられて僕は幸せだなぁ…………ね、聞いてる?」


「ああ、すまない。テレビに夢中になっていな、何か言ったか?」


「いや、何でもないよ。気にしないで」


 夕食後の勉強時間には。


「自習だ。では、少し未来と話があるので出る。帰りが遅かったら先に寝ていてくれ」


「今日も?」


「ああ、大切な話なんだ」


 という具合に、すれ違いばかりである。


(これは――避けられてるっ!? え、僕何かした!?)


 となれば、待ち伏せである。

 就寝時間、寝たふりをしてフィリアを待って。


「ただいま。……ああ、やっぱり寝ているか。――む、珍しいな頭まで布団を被って? 息苦しいだろう、どれ――――っ!? しまった!!」


「はーい、いっちょあがりってね。可愛い女の子確保! それから電気をパチっと明るくね!」


「くっ、その手を離せ! 私の腕に跡がついたらどうする!


「その時は責任と取るよ」


「絶対だぞ……ではない。台所の陰に潜んでいたとは、何のつもりだ英雄!」


「いやそれ僕の台詞でしょ、フィリアってば最近僕の事避けてばっかでさ」


「言っただろう、たまたま用事が重なっただけだ」


「ええー、ホントぉ? あ、顔背けるな、このっ、このっ」


「ふんっ、ふんっ。――くっ、しつこいな! 私の顔をのぞき込んで何が楽しいんだ!」


「フィリアの綺麗な顔が…………うーん?」


「な、なんだいきなりニヤニヤして! 私の顔のどこが変なんだ!!」


「いやぁ……、フィリアの芸術品のように美しい首筋まで、真っ赤に染まってるなーって。なるほどなるほど、そういう事か」


「赤くなんてなっていな――ひゃん!?」


「おお、そんな可愛い声だせたんだ!! もう一回聞かせて!!」


「聞かせない! というかいきなり首に触る――おい! 止め、止めろ! 止めろください!」


「えー、フィリアが良いって言ったんじゃん、ホッペにチューしていいって」


「何時の話だ! そんなもの無効……無効? いや、しかし」


「え、取り消すの! フィリアともあろうお方が!」


「いや! この這寄フィリア! 一度許可したものを取り消しやしない! さあドンと来い!」


「そうこなくちゃ! はいチュー」


「ひう――、あう。――コホン、提案だ一日一回にしないか? 私達はまだ、恋人ではないだろう」


 仏頂面に瞬時に戻るも耳を赤くしたまま、もっともらしく言うフィリア。

 英雄は、待ってましたとばかりに頷いて。


「じゃあ交換条件だ」


「やはりそう来るか、あまり過激なのは駄目だ」


「大丈夫だいじょーぶ、――条件を飲む代わりに、一緒にお風呂を入るのはどうだろう」


「おふっ!? ろ、論外だっ!!」


「声、裏返ってるよ」


「……君、私をからかって遊んでいるな? それなら此方にも考えがあるぞ?」


「それを聞くのも楽しそうだけど、本命を言うよ」


「あるなら早く言え」


「手を繋いで寝よう」


「わかった。…………うん? いや、今のは無しだ」


「一度許可した事は覆さないんじゃなかった?」


「………………地獄に落ちろ」


「フィリアと一緒なら何処までも、で、もう一つあるんだけど」


「まだあるのか!?」


「というかね、僕的には許可されると思ってなかったんだけど?」


「くっ、早くその次とやらを言うが良い! だか物理的接触や性的な事は無しだぞ!」


「言質取ったよ? じゃあ言うけどさ。――――僕を避けてる理由って、もしかして恥ずかしいから?」


 フィリアはギリギリと歯ぎしりした後、親の敵を見るような鬼の形相で睨んで。


「ああ、そうだ。……恥ずかしかったからだ」


「へへーんそんな睨んでもちっとも怖くないもんね。でも夢に出てきそうだから、ニッコリ笑ってくれると嬉しい」


「こうか?」


「凄い!? 一ミリたりとも笑ってないよっ!? 本気で笑ってる!?」


「君、眼科に行け。紹介状を書いてやる」


「遠慮しておくよ、フィリアこそ顔面の筋肉をお医者さんに見て貰ったら?」


 バチバチとにらみ合う二人、いつもならフィリアが更に辛辣な言葉を言うのだが。

 彼女は一瞬だけ頬を赤くそめると、ふいっと顔を反らして。


「ああ、誤解しないでくれ。これは首の運動だ」


「なるほど、じゃあ僕は手の運動だ」


「ぐぬぬっ!! 乙女の顔を無理矢理掴むとはっ! 親の顔を見てみたい!」


「こないだ親父と話したって言ってたよね?」


「物覚えが良いな君は、憎たらしい程に!」


「ちゃんとコッチ向かないと、ベロチューする」


「急に君の顔を見たくなった」


「…………ね、フィリア。そんなに僕と本当のキスするの嫌?」


「そうではない、……ただ」


「ただ? もっと気持ちを聞かせて?」


「君も知っての通り、私は基本的な性知識こあれ、俗な事は知らなくてな……。今日も未来に教えて貰っていたんだ」


「僕が教えてたのに」


「君に教わったら、実地込みで襲われていただろう! 恥ずかしくて死んでしまう! それに! 私と英雄は恋人では! ない!」


「残念だけど当然だね、セックスは恋人同士でってのは僕も同意する」


「だろう?」


「君は何かと私を卑猥な目で見るし、いつキスで舌を入れられるかと気が気でならなかったんだ。そしたら顔を見るのも恥ずかしくなってだな……」


「なるほど、良く分かった。男の子として、いや、男として約束する。フィリアを絶対に無理矢理襲ったりしないって。ね、だから一緒に居よう? 君といると楽しいんだ」


「…………………………、分かった。地獄に落ちろ英雄」


「なんで罵倒されたのか分からないけど、今は僕と顔に顔を触られて、視線ばっちり合ってお喋りしてる訳だけど、平気になった?」


「実はまだだ、心臓がばくばく言っている」


「胸に耳を当てて聞いて言い?」


「寝言は寝てから言え」


「チッ、引っかからなかったか」


「そういう所だぞ?」


「はいはい、僕はスケベですよ」


 フィリアの調子が戻った所で、英雄は新たに提案した。


「じゃあさ、このままだと同棲生活面白くないし。君に任せていたら僕が寂しいし」


「何が言いたい?」


「荒っぽいやり方だったけど、今ので一歩前進したじゃない? ならさ、もうちょっと肉体的接触を増やしてみるのはどうだろうか?」


「具体的には」


「さっき言ったとおり、手を繋いで寝よう」


「了解した」


「朝起きたら、君からほっぺたにチュー。僕もホッペにチュー」


「それで?」


「出かける時は学校に行くのでも、手を繋ごう。腕を組んでも良しとする!」


「うむ乗った!」


「そして夜はセックスだ!」


「それは却下だ!」


「あら残念、じゃあさっそく穴埋めとして僕をジャージからパジャマに着替えさせて貰うよ? ちなみに、拒否すると僕が君を着替えさせる、下着込みで」


「把握した、これから毎日着替えさせてやろう……言質は取ったぞ!」


「どういう事っ!?」


「はっはっはっ、君は見逃していたな! 私がする分には良いのだ!!」


「なんてこった! じゃあエッチな事も頼んでいいの!」


「卑猥な本の新規購入を許可しよう、私の目に触れる所においても良い」


「……………………んんー、もう一声!」


「では、付けている所は見せないが。私の下着を選ぶ権利をやろう! せいぜい悶々とするがいい!!」


「フィリアってば女神様だったのっ!? 大好き! 愛してる! 超最高!」


「何故だろう、取り返しの付かない事をしてしまった気がするぞっ!?」


「気のせい気のせい、つかぬ事をお聞きするけど……」


「この際だ、何でも言え」


「フィリアの使用済み下着を「却下だ! 何をするつもりか聞きたくもない!」


「馬鹿な! ただ頭に被るだけだよっ!?」


「遊ぶな!? もっと変な事を想像してしまったではないか!!」


「え、すっごく興味あるんだけど。是非聞かせて?」


「それ以上言うと、君はゴールデンボールと涙の離別をする事になるが?」


「はい、英雄くんお口チャック~~! ――じゃ、そろそろ寝ようか」


 あくびを一つ、眠そうに目をこする英雄にフィリアは苦笑しながらため息を一つ。

 悩んでいたのが馬鹿らしいというモノだ。


「奇遇だな、私も眠い。さあ万歳するんだ実はお揃いで買っていたライオンさんパジャマがあるんだ。着替えさせてやる」


「マジでっ!? わーお……この年になってそんなパジャマを着るとは……」


「私とお揃いは不満か?」


「まさか! 超楽しみで目が冴えて来ちゃった」


「では完全に目が冴えないうちに寝る準備をするぞ」


「はいママァ」


「食事は粉ミルクだけが好みか?」


「僕の世界一可愛くで綺麗な女神様、是非ともお揃いのパジャマに着替えさせて欲しい……ジュテーム」


「発音が悪い、今度教えてやる」


「ありがと、じゃあどうぞ」


 そしてフィリアは英雄にパジャマを着せ、手を繋いで一緒に寝た。


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