第9話 本棚の中にカモフラージュしてあるアイツ




 フィリアと愛衣の邂逅から数日、英雄と栄一郎が危惧した学校での両者の激突は見られず平穏。

 夕食前の今は、買い直した本を英雄の本棚に入れている最中だったのだが……。


(――うん? 何だこれは?)


 彼の本棚の中には、まんがマンガ漫画、ラノベで希に古いSF小説。

 そして数冊の辞書と子供向けの図鑑が存在していたのだが。


(これは……図鑑の重さじゃないな)


 わざわざ、子供の頃に使っていた外箱付きの図鑑などと意外な一面もあるなと関心したのも束の間。

 持ってみたら図鑑にしては軽く、中に何か別の物が入っている様子だ。


(英雄は……、ゲームに夢中だな)


 ならば確認しよう、ノータイムでその決断をしたフィリアは中を取り出すと。


「――っ!?」


 そこには、裸の美少女(二次元)が描かれた薄いパッケージ。

 金髪であった。

 ボインであった。

 ついでに言えば、ポニーテールでリボンでお姫様であった。


(ほ、他にもあるのかっ!? あるのかっ!? ああ、またあっただとっ!? ~~~~な、なんて事だっ!!)


 辞書の外箱の中、本と本棚の間、もしやと思いノートパソコン周りを調べてみると。

 出てくる出てくる、二次元三次元問わず、裸や薄い衣を纏った女の姿の物品が。


「…………英雄」


「ん、何ーー? もうそろそろご飯の準備?」


「………………英雄」


「もうちょい待って、今セーブするから」


「英雄っ! 英雄っ!! 今すぐ此方に来いっ!!」


「はいはい、何ざんしょ――――………………はうぁっ!? ふぃ、フィリアっ!? こ、これは何かの間違いなんだっ!!」


 英雄が見た光景は、ちゃぶ台に並べられたエロ本、エロ本、エロゲー。

 青少年が、母親にされたくない事ランキング一位の行為。

 しかも今回の場合、口説いている最中の同棲相手なのだ。

 慌てるなという方が無理だ。


「納得の行く説明をして貰おうか?」


「いやー、あははは、怒ってる? 怒ってますよね?」


「いいや! 私は! これっぽっちも! 怒ってはいない! 断じてだ!」


 いつもの様に仏頂面、だが圧迫感は十割り増しでよくよく見れば耳がかすかに赤く。

 ともあれ、思春期の男の子としてはこの場を乗り切らなければならない。

 ――――エロ本を死守した上で、だ!


「釈明させてくれ」


「いいぞ、どんな言葉が出てくるか、私は今か今かと待ちかまえている」


「どうどう、どうどう」


「私は馬ではない。それとも……私は馬鹿にされているのか? 馬のようにと! 失敬な! 馬は君より賢く理性的な動物だぞ!!」


「はいはい、馬に失礼だったよ」


「はいは一回」


「はい、ママ」


「ママではない、やり直し」


「はい、僕の綺麗で可愛い同棲相手のフィリア。釈明を聞いて貰っても?」


「ヨイショされた所で判決はブレないが、気持ちは受け取っておこう。もっと誉めるが良い!」


 むすっと口をへの字にし、胸の下でおっぱいを持ち上げる様に腕を組むんで座るフィリア。

 英雄はその姿を堪能したい衝動にかられたが、今はそういう場合ではない畜生。


「苦しい言い訳かもしれないが、まず第一に……表紙の女の子の年齢を見るんだ」


「ふむ、猥褻な物を女性に見ろと? 君は実に破廉恥な変態だな。…………、私はこういうのに疎いので、今一つ違いが分からないのだが?」


「マジで? この素晴らしさが分からないの!? ――ああ、失言だった。ゴホン、取りあえず年齢に注目して欲しい」


「どれも同じように見えるが?」


「大違いだ、君には分からないだろうが――――少しばかり熟した大人の気配がしないかい?」


「熟した大人、成程? 英雄、君はこれを机栄一郎の物だと主張する訳だな」


「その通り! いやぁ、あれでも栄一郎には妹がいるだろ? そして実家暮らしでもある」


「家族に見つからないように、君が預かっていた。君も急な来客に備え隠していた」


「イエス、分かってくれた?」


 英雄は精一杯、誠実そうな顔をしてフィリアを見つめた。

 絶対に守らなければならない、何故ならばこのお宝達は。

 時に譲られ、時にクラスメイトとの賭けで勝ち取り、時に年齢を誤魔化して購入した……血と涙と汗の夜の大親友であるからだ!

 親友を守らない男など――存在しない。


「判決を下す、――ギルティ!」


「何でさ!!」


「私を甘く見るなよ……、君の言うとおり、確かに熟した年齢の女性の品が多い。だが……、同じくらいに別の属性の女性の方が多いではないかっ! 君の親友の品を除けば! 約八割が金髪巨乳のお姫様なのはどういう事だっ! 意図的なモノを感じるぞ!!」


「誤解だ! クラスの男子と交換していたら、自然と偏っただけさ! ほら君ってば憧れの花だから、ね、ね?」


「成程、それはしょうがない……」


「理解してくれて嬉しいよ」


「などと言うと思ったかっ!!」


 フィリアは燃えさかる瞳で、英雄に言い放った。


「そもそもだっ! 未成年がいかがわしい本やゲームを買うな! 読むな! するな! 私達学生の本分は勉強! そして社会のルールを守る事だ! ――――違反は、絶対に、許されない!!」


「…………じゃあさ、どうするって?」


「無論……、焼き捨てる。大家さんに言って庭で焼き芋をする焚き火の薪にしてやろうぞ!!」


「っ!? 頭に来た! ――やってみよろよ、やれるもんならなっ!!」


 お宝を灰にするなど、男の子として断固抵抗せねばならぬ。

 英雄は闘志を燃やして、フィリアを睨みつける。

 彼女を口説き堕とすと誓った身だが、今この瞬間だけは以前の様に敵である。


 二人はずずいと顔を付き合わせて。

 お互いの鼻息がかかる距離でガンを飛ばし、その下でお宝の奪い合いを静かに。


「処分を実行する、これは正義の行いである」


「そしたら、この同棲生活もお終いだ。出て行って貰うぞ、委・員・長!」


「なっ!? ――――それは、此方の台詞だ」


「ほーう?」


「実に愚かだな君は、嫌いな男の子の家に泊まる女の子が居ると思うのか?」


「目の前に居ると思うよ?」


「………………脇部英雄、君にはとても失望した」


「僕の目を見てもう一回言ってどうぞ?」


「君には、とても、失望した」


「顔が近すぎるやり直し、あと、近くで見ても超可愛いね」


「………………………………君にはとても失望した」


 ふい、と頬を赤く染めて視線を反らすフィリア。

 その姿に胸を打たれた英雄は、お宝をかき集める手を止め、彼女の手と重ねる。


「ねぇフィリア。本音を言うよ……、中にはクラスの男子と交換した物や栄一郎から貰ったものもあるけど、大半が僕の趣味だ。――――君の事が、どこかで気になっていたのかもしれない」


「君は、愚か者だ。ヘタレだ、馬鹿者だ」


「ごめんよ、君と同棲を続けて、人生を楽しくしたいんだ」


「…………私の体が目当てなのだろう」


「それもある、けどさ、……心と一緒じゃないと駄目なんだ」


「だから君には失望させられる」


 熱心に語りかける英雄に、鉄面皮こそ崩さなかったものの、彼女としては珍しく首筋まで赤くなって。

 

「…………所持は許す、私の関知し得ない所で使うのも許そう」


「ああ、君の前では出さないよ」


「それから、新しく買うのを止めろ。…………君には、必要ないだろう?」


「え、今なんて言った? 聞こえなかった」


「馬鹿!」


「ワンモア! もう一度お願い!」


「嘘だ! 絶対聞こえてただろう! 顔がニヤケている!」


「もう一回! もう一回!」


 フィリア、英雄の耳をひっぱると怒鳴った。


「君にはもう必要ないっ! 何故ならば私が居るからだ!!」


「耳にキーンって来た…………じゃあさ、お触り解禁?」


「手と腕を肩…………譲りに譲って、腰までは許そう」


「なんで!? ケチ! 男の子のリピドー舐めてない?」


 ジトーっと見据える英雄に、フィリアはどこか縮こまって答えた。


「…………その、何だ? 私にも、一つ弱点があってな」


「ホラー好きなのに恐がりな所以外に?」


「それは君から見てチャームポイントだろう? そうじゃない。…………性的な事は苦手なんだ、恥ずかしくて死にそうになる」


「んー、あー、……エッチな事が苦手?」


 これっぽっちも耐性ないの? と首を傾げる英雄に、フィリアは語り出した。

 その両手を、しっかりと彼の手に重ねながら。


「昔、少しな……、自分で言うのも何だが幼い頃から美しかったんだ」


「なるほど、辛いなら詳しく語らないで良いよ」


「ありがとう、その時はボディガードが優秀で全て未遂で助かったから問題ない。……そしてその対策で一時期男の子の様に太ってみた事があったんだが、それはそれでイジメられてしまってな」


「酷い! 僕が居たら、そんな奴ら社会的に抹殺してやるのに!!」


「…………はぁ、まあ期待はしていなかったが。期待はしていなかったが」


「何で二回言ったの? 大切な事だった? 今からでも遅くないから、そのいじめっ子の名前教えてよ」


「大切な事だった。――そして名前はいい、もう罰は下ってる。だがな、それにより一層苦手になってしまってな……」


 英雄は心の中でため息を一つ、だが気になってしょうがない事が一つ。


「理由は分かった、無理強いしないさ。男として誓う」


「君は誓わなくていい」


「え、何ソレ? まぁいいや、イジメられた辺りで、妙に色気のある目をしてたけど…………助けられた相手に、惚れたりは…………してない、よ、ね?」


 恐る恐る言葉に出した英雄に、フィリアは大きなため息を一つ。


「君には、本当に失望した。――この話はこれでお終いだ。さ、目を瞑っているから片づけろ」


「アイアイサー、…………そうだ、せっかくだしキスして良い?」


「許可を求めるな、頬に一回なら良い」


「わお! マジで! んちゅー……よぉしやる気出た! 今日の晩ご飯だって僕が全部作っちゃうぞ!」


「ふふ、期待しているぞ」


 そうと決まればと、慌ただしく動き始める英雄。

 だがその所為で、彼は見逃してしまったのだ。

 フィリアが珍しく、幸せそうに微笑んでいるのを。


「………………ばーか。少しは覚えていろ」


「ん、何か言った?」


「何でもない。それよりも、まだ目を閉じていなければならないのか? このままでは眠ってしまうぞ」


「後一分待って!」


「了解、一分後だな」


 フィリアは制服の胸元を少しだけ緩めて、英雄のお宝が仕舞われるのを待ったのだった。


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