第10話 誰のモノ?



 それは、まるでスパイ映画の様に渡された。

 栄一郎に屋上のベンチに呼び出されたと思いきや、やってきた彼の人は英雄のベンチに座り。


「こんな所に呼び出して、なんのつもりだ」


「人目を避けたかったでゴザル、――これを。それでは拙者は」


「これ? ってジェラルミンケース!? わお、スパイごっこ! 僕、007やっていいの!? って去っていくんかいっ!?」


 ベンチの横を滑らせ、渡されたケースを開けるとそこには。


「手紙、これだけ? …………なるほど?」


 宛名は机愛衣、栄一郎の妹であり。

 中身は明日のデートのお誘い、ご丁寧にフィリアには内緒でとデカデカと書かれている。

 英雄はそれをポケットにしまい、ケースを取りあえず持ち帰って。


「でさ。こんなの貰ったんだけど?」


 部屋に入った途端、速攻で隣に居たフィリアに渡した。

 然もあらん。

 内緒で、と言われたら誰かに話したくなるのが人情である。

 渡されたフィリアは、英雄から見ればいつもの鉄面皮で。


「…………君、よくもこんなモノを私に渡すな? 流石に吃驚したぞ」


「え、嘘? 顔、変わらなかったよね?」


「馬鹿者、もっと良く見ておけ。かーなーり驚いたぞ?」


「くぅ~~、僕もまだまだだな、フィリア検定一級には程遠い」


「奇妙な検定を作るな、それで、何故私に渡す。行くにしろ断るにしろ、私と君は付き合っていないんだ。自由にすればいい」


「あら冷たい」


「それに、こんなに大きく私には知らせるなと書いてある」


「フィリアとは隠し事が無い関係で居たいかなって」


「サプライズとか好きそうじゃないか君」


「それはそれ、これはこれ」


 にまーっと笑う英雄に、フィリアはふむ……、と思案。

 同棲してさほど経っていないが、一年の頃から同じクラスなのだ。

 そして、フィリアは彼の事を良く知っている。


「成程、良く分かった。――――私に嫉妬して欲しいのだな!」


「フィリアが、あんな女の所になんて行かないで! って縋りついて来て欲しいなって? さあどうぞ?」


「腕を広げてもしないぞ私は……、そもそもだ、デリカシーに欠けるとは思わないのか?」


「何が?」


「仮に、仮にだ、私と君が恋人同士だったとしよう。それも同棲中のだ」


「今と何が違うのかなぁ?」


「全然違う! それは後でじっくり話し合うとして、先日、君に思いを寄せる淫乱なる雌猫が家にまでやって来たではないか! 仮に恋人同士だったとして……私はどう思うかね英雄」


「きゃっ、英雄さんったら誠実ぅーー! 素敵! 抱いて! 抱いて抱きつくして何処にも行かないで!!」


「裏声を出すなきしょい」


「がびーん、僕の心はハートブロークン……」


「心とハートが被った、やりなおし」


「思わぬ蔑みの言葉に、脇部英雄の心はいたく傷ついた。これを癒すには最高に可愛くて綺麗な女の子がヨシヨシする他、無い」


「ヨシヨシ、ヨシヨシ。これで良いか?」


「ありがと、乗ってくれる君が好きだよ」


「ライク?」


「ラブって言ったらエッチさせてくれる?」


「ではライクで」


「ああ、ライクで」


 話が脱線したが、帰宅したのに制服のままという事に気づいてしまった。


「中断だ、着替える」


「見守っていようか?」


「遠慮しておこう、君も後ろを向いて着替えたたまえ」


 そして二人してお古のジャージに着替えると。


「君のそういう姿も中々だよね、僕だけが見てるって思うと誇らしい」


「誇るな……いや、存分に誇るが良い! 美しい肢体を持つ美少女が少し小さめのジャージを来ている姿が見れる栄誉を噛みしめるのだ!」


「あ、写真撮って良い?」


「うむ、二人で取ろう。……はい1+1は?」


「2! ――後で君にも送っておくよ」


「よろしく。では話を戻すが」


「愛衣ちゃんが家まで来たのに、記憶も冷めやらぬままデートのお誘いの手紙を、どう思うかだよね?」


「ああ、イメージしてみろ…………私が、どう思うかと。これはフィリア検定一級認定試験に出てくるぞ」


「マジか、超頑張る…………、整いました答えよろしいですか?」


「早く答えろ」


「では僭越ながら。ジェラシームラムラで超絶大ピンチ! 体を使ってでも引き留めなくちゃ!」


「失格! というか、君は煩悩から離れなさい。わざとやってるだろう」


「はい、さーせん」


 テヘっと舌を出す英雄に、フィリアはアプローチを変えた。


「では反対に考えて見たまえ、私に言い寄る男がこの家まで押し掛け、なおかつデートの誘いをかけたのだ。…………君ならどうする?」


「それは――」


 英雄の目が細まり、トゲトゲしい殺意が漏れ出した。

 その様子に、フィリアは片眉を上げる。


「最終的には、フィリアの意志だ。けど僕は嫌だ。とても嫌だ。強引に引き留めたりしない、けど……」


「実に興味深い、続けて」


「どんな条件と引き替えでも、どんなに言葉を尽くしたっていい。…………君に行くなって言うよ、絶対に引き留める。確かにフィリアと僕は恋人じゃない、でも大切な同棲相手だ、僕が楽しく日常を送りたいのは君となんだ」


「よろしい!」


 フィリアは満足そうに深く頷いた。

 そして立ち上がると、英雄に向かって仁王立ち。


「私も同じ気持ちだ、だから言おう……何でもして欲しい事を述べよ! エッチな事は無効とする! 私は! あの浅ましい雌猫に負けるわけにはいかないんだ!」


「素朴な疑問があるんだけど、よろし?」


「質問を許可する」


「何で負けるわけにはいかないの? 別に僕とフィリアは恋人同士じゃないでしょ。あと、食後のプリン頂戴な」


「プリンは却下だ、……明日のオヤツのカボチャプリンにしないか?」


「却下、今日のがいい」


「…………了解、地獄に落ちろ。それで、他には? プリン一つで引き留められるなら安いものだ。――金銭的にはなぁっ!!」


「そこ、強調すべき所?」


「ああ、プリンだぞ!? 君は私の大事なプリンを奪ったのだ! 是非、とも、味わって、食べるのだ……!」


「ラジャった。出来ればあーんで食べさせてくれると嬉しいんだけどな」


「浅ましいヤツめ、足下を見るか。良いだろうあーんを堪能するがいい」


「じゃあもう一つ」


「何、まだあるのか?」


 彼女の呆れた視線に、英雄は怯まない。

 ある意味、これが本命だからだ。


「明日だけで良いからさ、ラブラブカップルって感じで過ごさない?」


「ふむ……」


「ね、ね、どうだろうか? フィリアが望むならペアルックをしても良い」


「ペアルックは君の願望では? まあいい、それで手を打つのだな。――――いや、それだ!」


「それだ、って何さ?」


 首を傾げる英雄は、ポテチを取りに台所へ。


「僕はコーラ飲むけど、君は?」


「アイスコーヒーを頼む、ペットボトルのでいい」


「了解、………………お待たせ」


「ありがとう。ずずずっ、うむ。それで明日の話なのだがな」


「はいポテチ」


「貰おう、バリバリ。私も同行しよう」


「もぐもぐ、ごくん。――え、どういう事?」


「君がさっき問いかけた事だ。どうして負けられないか」


「理由を聞いても?」


「勿論だとも、君は気づいていないかもしれないがな。実は私は勝利に重きを置くタイプでね」


「ソレハ、ハツミミダナー」


「む、口調がおかしいぞ? まぁいい。つまりだ、彼女が君をデートに誘うという事は……、私が女として舐められている他ならないと思わないか! ああ、そうだ! 私は彼女に舐められいる! 女として!」


「我慢ならないって?」


「そのとおり! 我慢などしていられる筈が無い! 私は自分自身に誇りを持っている! 誰がなんと言おうと、私は彼女より上だ! なのに、彼女は君を誘った! これは宣戦布告に他ならない!!」


 拳を振り上げ、ポテチを食べるフィリアに。

 英雄は拍手拍手を捧げ、跪いてポテチを一枚献上した。


「うむ、良い心がけだ。君に私の勝利のおこぼれをあげよう」


「ありがたき幸せ」


「明日は君と勝利の為に着飾ってラブラブして、あの雌猫めをギャフンと言わせてやる!!」


 そう宣言するとフィリアは、荷物を漁りすぐに首を横に振って。


「出かけるぞ英雄、取りあえず隣町の駅ビルだ! ――――服も靴もアクセも勝負下着も足りない!」


「化粧道具は?」


「スッピンでも私は美しいから問題ない……だが念には念を入れねば。良い着眼点だ、ああ、君の服も買おう私が出す」


「僕の分は自分で出すさ、……銀行寄っても?」


「ああ、勿論だ。折角だしペアルックをするぞ!」


「マジで!」


「そして晩ご飯はレストランだ! 夜景を楽しめる所にする!」


「更に、カラオケからのホテルだね!」


「エッチなのは――」「禁止ですね、分かってますって」


 二人はおもむろに右手を上げて。


「いえーい、ハイターッチ」


「イエーイ、ハイターッチ」


 その後、本当に健全な買い物デートをし。

 夜九時までに帰って一緒にドラマを見て寝た。


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