第8話 ここがあのオンナのハウスね!
家に戻ってきた英雄達が目にしたのは、ドアの前で座り込む兄妹。
二人は、もとい彼女は英雄の気配を察知した途端、ダダダと彼に駆け寄って。
腕を絡ませると、フィリアに見せつけるように頬擦りした。
「あ」「うん?」「あれ?」「センパーイ! お帰りなさぁーーい!! 愛しの愛衣ちゃんですよ!」
「……なぁ英雄、このあっぱらぱーな女は誰だ? 我が校の制服を着ている様だが、ふぅむ、すまない。君のような人間は見たことが無いな」
「これはこれは、お姫様は視線が高くていらっしゃるから、いち下級生のわたしなんて目に入らないんでしょうねぇ……、足下すくわれますよ?」
「…………。やぁ栄一郎、僕の部屋の前でどうしたんだい?」
「スルーしたっ!? 拙者も気持ちは理解できるでゴザルが……」
「ま、とにかく部屋に入りなよ。――二人とも、話は中でだ。いいね!」
鍵を取り出し、中に入る男二人。
だが、女二人は睨み合って動かない。
「異存はない、この女が部屋に入る事以外は、なぁ!!」
「凄んだって、わたしが怯むと思ったら大間違いでーっす! わたしと一緒がイヤなら、あなたが部屋に入らなければいいのでは?」
「十数えるまでに入らないと、鍵閉めるからね。はい、栄一郎カウント開始」
「十、九、八、とんで三、二――」「ガチャン。おおっと、手が滑ったよ、あはははーー!」
阿吽の呼吸で、カウントを省き、数え終わる前に閉め出す。
「いえーい、ハイタッチ!」
「いえーい! ――って、これで良かったんでゴザルか?」
「ちょっとセンパイ! 入れてくれないと金玉蹴り潰しますよ!」
「英雄…………、良い度胸しているじゃないか。誉めてやろう! 覚悟は良いか!」
「はいウソウソ、ささ、どうぞどうぞお嬢様方~~」
即座に開かれる扉に、栄一郎はたまらずツッコム。
この展開は予想していたが、彼の親友として鍛えられた芸人魂がツッコミ衝動を燃え上がらせたのだ。
「茶番ッ! 圧倒的茶番でゴザルッ! 男として恥ずかしくないのか英雄殿っ!!」
「男はつらいよ」
「映画タイトル言ってるだけでおじゃ!? 欠片たりとも思ってないにゃね! そこに痺れないし憧れもしない!」
「英雄、君の行動は時に非常にウザく感じる。反省した方が良い」
「腹立たしいですが、わたしも同意です。センパイの事はその行動も好きですが……しつこくてウザい時がいささか」
「我輩はそんな所も好きですぞ! チャームポイントではありませぬか!!」
「ありがと栄一郎、お前だけが心の支えさ……で、その本音は?」
「ウザ芸で場の空気を流そうという意図は読みとれますが、いざやられて見るとやっぱりウザいだけなので改良が必要でしょう。――朕、手伝うから。女共なんて放っておいて、新しい芸風を一緒に考えようZE☆!!」
「ありがと栄一郎、嬉しいけど腕を回してねっとりと囁くのを止めて」
ともあれ、部屋に入った四人であったが。
まず最初に栄一郎が気づき、程なくして愛衣も気づいた。
――どこからどう見ても、一人暮らしの男子高校生の部屋じゃない。
なお、フィリアと英雄と言えばもてなす為の準備である。
(うええええっ!? 聞いてないよ英雄っ!? どう見ても同棲中のカップルの部屋じゃん!? 一緒に下着が干してあるし、小物とか収納とか、これ絶対英雄チョイスじゃないよな!? しかも良い匂いしてるし、――布団! 俺が知らない布団がもう一つっ!?)
(そ、そんな……、まさかココまで関係が進んでるなんてっ!? 最悪でも女狐の魅力にぐらぐらして言い寄ってるだけかと思ったのに! ――はっ!? ご、ゴミ箱ですっ! ゴミ箱! そこならわたしの希望がワンチャン残って……いえ、しっかりしなさい愛衣! センパイの前でそんなはしたないコト――っ!)
以前から入り浸っていた栄一郎は、その変貌ぶりに唖然とし、心の中とはいえ思わず芸風を忘れる始末。
兄より頻度が少ないとはいえ、それなりに訪問していた妹は、一縷の望みをかけて理性と欲望の狭間で大葛藤。
「お待たせ……、って何二人して変な顔してるの? いやー、こうやって見ると、兄妹って感じがするよね。反応がそっくりって言うか」
「ふむ、どれどれ。…………なるほど。これが世に言う血の繋がりというものか」
「ああ、そうだ。詳しい事って聞いてなかったけどさ、フィリアって兄弟居るの?」
「いや、一人っ子だ。君は?」
「僕もさ、憧れるよね兄弟」
「ふむ、今からでも遅くはないぞ?」
「えっ、僕の子を二人以上産んでくれるって?」
「馬鹿者、君さえよければ。お兄ちゃんとでも弟君とでも呼んでやろう。――勿論、それなりの対価は貰うがな」
その言葉に、英雄は深く深く悩んだ。
姉プレイ、妹プレイ、実際に居ない身としては非常に心動かされる遊びだ。
対価は何を用意すれば良いのか、彼女の事だ、金でも物でもない。
「そうだ、肩たたき一回で――「ちょおおおっと待ったっ!! 待って! 待ちなさい! 待ってくださいセンパイ!」
「何、愛衣ちゃん。僕は今、非常に難しい問題に直面しているんだ。邪魔しないでくれないか?」
「センパイが望むならいつでもお兄ちゃんって呼びますから!!」
「そうだそうだっ! 拙者だっていつでも弟と呼ぶ準備は出来ているみゅー!」
「いや、遠慮しとく。特に栄一郎」
「ですよねー」
いえーい、とハイタッチをする男二人に、しかして愛衣としてはそれどころではない。
「バカ兄さんは引っ込んでて! センパイ! お聞きしたい事があるんですが?」
「うむ、何でも聞け」
「這寄先輩、あなたには聞いてません」
「いや、私こそ答える権利があるだろう。……理由は、言わなくても分かるな?」
意味深に視線を英雄へ向けるフィリア、愛衣はギリギリと歯ぎしりしながら問いかける。
「…………、見たところ。随分とあなたの持ち物がセンパイの部屋を浸食しているようですが? 友! 人! として! もう少し遠慮するべきじゃありませんか!?」
「悪いが友人ではない、――同・棲・相・手、だ」
「はいはい! 拙者クエスチョン! なぜなに同棲?」
「私の家が燃えてしまったのは聞いているだろう? …………そこの彼が下心満載で口説いてきてな。女冥利に尽きるというものだ。断るのは心苦しいではないか」
「センパイ?」「英雄殿?」
「人助けを主張します! でもワンチャンあるって! 男ならそう思うだろう! なあ親友!」
「判決、英雄殿無罪! ――だがクラスの男子と我が妹が許すかな?」
「あ、栄一郎的にはアリなんだ」
「拙者はいつでも英雄殿の味方! だって親友なんだぜ! というのもあるにゃあが…………、一人の男として、そのロマンは否定できない」
「友よ! 心の友よ!! いえーいハイタッチ!」
「ハイタッチ!! ところでドコまで行った?」
「キスすらまださ、だって付き合ってすらいないもん」
その言葉に、即座に反応したのは愛衣。
彼女はずずいと詰め寄ると、英雄の肩をギリギリと強く掴む。
「付き合ってないならっ! 尚更なんで同棲しているんですかっ!! このお姫様はどうせ金持ちなんでしょう! ならセンパイの家で暮らさなくても
良いじゃないですかっ! ――――はっ!? もしや先輩弱みを握られ脅されてっ!?」
「確かに弱みはある、ただし私ので……、それは彼が握っているな」
「言い方ァ!? た、確かにそれっぽい事に思い当たる節はあるけどさ。フィリアの自爆じゃないのそれっ!? あと愛衣ちゃん痛い、離してどうぞ? というか膝の上に乗らないで重い」
「愛の鞭です、甘んじて受けてくださいセンパイ。そして重くはありません」
「そうだ離れろ机の妹、英雄を座布団にしていいのは私だけだ、――そうだろう英雄?」
「僕の体なんだし、自由にしたいんだけどなぁ……チラッ、チラッ」
英雄としては、完全にフィリアの味方をしても良いのだが。
それでは、愛衣が無駄に怒るだけだろう。
故に穏便に済ます手段は無いものかと。
――秘技、親友アイコンタクト。
彼は確かに頷いて。
「では英雄殿、一つ聞きたい事があるでおじゃ」
「なにかね親友」
「這寄女史との同棲は、ひとまず納得するにゃ。付き合ってないのに同棲しているのは不思議でおじゃるが、そこは二人の問題であるからして」
「では?」
「どうだろうか? 我が愚妹も此処に住む。あるいは愚妹と二人での同棲の可能性を――」
兄の言葉に、妹は瞳を潤ませてコクコクと頷いた。
そして英雄の機嫌を損ねないように、膝から降りて正座。
そして。
「ごめんね、僕の使った消しゴムをしゃぶる女の子はちょっと…………」
「妹っ!? 我輩、そんな事知りとうなかったよっ!?」
「変態だな、断って当然だ」
「失敬な! 恋心がちょっと溢れただけですっ!」
「あと、この前部屋に着たときにこっそり盗っていったパンツ返して?」
「あ、それは我輩が今、履いているでゴザル」
「お前が履いてるのかよっ!? 返さなくていいから新しいのを買ってこい!! というか何で履いた!?」
「家に落ちていたから、英雄殿のサプライズプレゼントかと思って」
「しないよっ!? いくら僕がそういうの好きだからって、親友の家に自分のパンツを置いていくもんかっ!」
「にゃるほど、変だと思ったにゃ」
「変だと思った時点で止めようよ!?」
「対価は赤い褌でいいぞよ? 前から欲しがってたやつ」
「マジで!? 許す許す~~、いやぁ流石親友! 僕の欲しい物、理解してくれてるんだから~~」
話がパンツに脱線しているのに、不快感を覚えたか。
或いは、男同士の親友にジェラったかは不明だが。
ともあれ、フィリアは眉間に皺を寄せながら。
「では英雄、今一度ジャッジを下せ」
「ごめんね愛衣ちゃん、僕、金髪ボインが好きなんだ。普段、敵対している女の子をアヒンアヒン言わせたいんだ」
「と言いつつ、押し倒しもしないヘタレだがな。――だが、良く言った! これはサービスだ!」
「うひょおっ! 君にしては大サービスだぁっ! 見て栄一郎! 僕ってば幸せ者だろうっ!!!」
「拙者には、頭を撫でて貰ってるだけで大喜びしているチョロ過ぎて心配になってくる男が見えるのだが?」
本人が喜んでいるならそれで良いが、果たして口を出すべきなのだろうか、と親友が思う中。
その妹は、ウゴゴゴと歯ぎしりしながら立ち上がる。
「こ、これで勝ったと思わないでくださいねっ! センパイのハートを射止めるのはわたしなんですからっ!! 行きますよ兄さん!!」
「あー、突然押し掛けた挙げ句、すまないな英雄。――では、拙者もこれにで御免」
そして兄妹は帰って行った。
「…………帰ったな」
「帰ったね」
「では、――共に晩ご飯を作るという提案はどうだろうか?」
「イイネ! まるで新婚さんみたいで僕のリピドー溢れちゃう!」
いそいそと立ち上がると、自然とお互いのエプロンの紐を結びあって。
英雄の部屋は平和であった。
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