Ne.34『あれが伝説のブラスバンドの塔だ』
佐原「私が部長の佐原だ。――ほう、貴様か。ブラスバンド部に入部したいとかいう新入生は」
根岸「はい、この高校の強豪ブラスバンド部の噂は聞いています。是非入部を認めてください!」
佐原「そう……、この高校は運動部の実績もさることながら、特に有名なのはこのブラスバンド部だ。――この部はそんじょそこらの部活とは違う。強豪が強豪で有り続けるには理由がある」
根岸「入部試験があると……」
佐原「そうだ、厳しい入部試験をくぐり抜けた猛者だけがこの高校の栄えあるブラスバンド部員となれるのだ。――ちなみに新入生よ、希望のポジションはあるか」
根岸「小学生の頃から、フルート一本でやってきました。フルートの腕なら、自信があります!」
佐原「ほぉ……、フルートか。ちょうどこの夏で三年生が引退し、その後釜が見つかっていないところだ」
根岸「では!」
佐原「だが! だからといって特別扱いをするわけにはいかん。入部試験は受けてもらおう」
根岸「は、はい! のぞむところです!」
佐原「ではまず、最初の試験だが……」
根岸「ゴクリ……」
佐原「入部届けをもらってくるのだ」
根岸「あ、それならもう書いて持ってきました」
佐原「なんだとっ!? もう書いて持ってきただと!?」
根岸「え、あ、ダメでしたか」
佐原「いやいい……、まさか持参するとはな、これは楽しみな新人だ……」
根岸「えぇ……。ほかの人は持ってこないんですか?」
佐原「だいたいはここが何部かわからないで私のところに来るからな。そして入部届けを手に入れられずに半数が脱落する。残りはなんだかわからないまま次へ進む」
根岸「えぇ……」
佐原「では! 次の試験だ!」
根岸「ゴクリ……」
佐原「この学校のどこかにいる、ブラスバンド部の部長を探し出せ。これが次の試験だ」
根岸「目の前に」
佐原「なにっ!? 何故私が部長だと!?」
根岸「さっき自分で言ってたじゃないですか……」
佐原「なるほど、さすがの観察眼。それでこそフルート奏者」
根岸「フルート関係なさそう」
佐原「だいたいはこの試験で、ここがブラスバンド部だと知る」
根岸「なんのためのイベントなんだこれ」
佐原「残りは何だかわからないままに先へ進む」
根岸「残った人たち大丈夫なんですか」
佐原「フッ……、人の心配をしている余裕があるのかな? 次の試験はいよいよフルートを使うぞ」
根岸「いよいよ……、ゴクリ……」
佐原「窓の外、グラウンドのはしっこに塔が見えるだろう? あれが伝説のブラスバンドの塔だ」
根岸「ええと、あ、はい。なんか、五重の塔みたいなのが」
佐原「各階にフルートの達人が待ち受けている。全て倒し、最上階にあるフルート虎の巻を手に入れるのだ」
根岸「少年漫画かRPGみたいになってきた。っていうかフルート吹ける先輩って一人しかいないんじゃないんですか?」
佐原「そうだ。しかも次の夏で引退してしまう」
根岸「じゃあ五重の塔には一人しかいないんじゃ……」
佐原「五重の塔にいるのは生徒じゃないからな」
根岸「え……、あ! 外部講師!? そうか、さすがは強豪ブラスバンド部……、専門の先生を呼んでるんだ……」
佐原「いや、誰だかは知らん。謎の人物だ」
根岸「えぇ……、誰なんですか……」
佐原「謎の人物が五人もいる。ちょっと私にもよくわからない」
根岸「でも、フルートの達人なんですよね?」
佐原「聞いたところによると一階の戦士はヌンチャクフルートの使い手らしい」
根岸「なんですかそれ……」
佐原「伝説だからまあ、誇張されてるところもあるだろう」
根岸「誇張ポイントが見当たらない。なんですかヌンチャクフルートって」
佐原「とても澄んだ音色らしい」
根岸「えぇ……、でも行かなきゃ入部させてもらえないのなら……」
佐原「いやいいよ、あれは」
根岸「いいんですか」
佐原「あぁ……。――去年の春、キミのように夢と希望に瞳を燃やすフルート希望の新入生が90人ほどここに来た」
根岸「フルートばっかり90人も!?」
佐原「あの塔に向かい、誰ひとりとして戻ってこなかったんだ……」
根岸「えぇ……」
佐原「だから、今年は試験を少し変えようと思う。私はもう二度と、フルート奏者を失いたくないんだ!」
根岸「っていうか部長、去年も部長だったんですか」
佐原「先輩に年齢を聞くのはマナー違反だゾ✩」
根岸「えぇ……、可愛くない……」
佐原「というわけでキミの入部試験だが、流石に何もさせずに入部を認めるわけにはいかん。強豪には強豪のプライドがあるのだ」
根岸「フルートの腕前とかじゃダメなんですか」
佐原「あ、そういうのは入部してからやるから」
根岸「えー、じゃあ何のための試験なんですか!」
佐原「では最後の試験だ!」
根岸「実際何もしてないけど最後だ!」
佐原「もうフルートなど使わない!」
根岸「最初っから使ってない!」
佐原「ここからは、実力だけがモノを言う世界だ!」
根岸「何の!?」
佐原「俺の球を、ヒット性の当たりにすることができればキミの入部を認めよう!」
根岸「野球漫画みたいになってきた!?」
佐原「無論、キミが負ければ球拾いからだ!」
根岸「ブラスバンド部なのに!?」
佐原「野球部が9人しか居ないんだよ!」
根岸「ブラスバンド部関係なくない!?」
佐原「関係なくないぞ。野球部が甲子園に行ってくれなければ、我々の晴れ舞台がひとつ減ってしまうだろう」
根岸「いやそれはそうですけど……。だからって野球部の球拾い……」
佐原「晴れ舞台を奪われては我々の出番がないだろう。だから!」
根岸「だ、だから……?」
佐原「各運動部の選手は我がブラスバンド部と兼任だ。野球なら甲子園、サッカーなら高校選手権、ラグビーなら花園へと、ブラスバンド部の力をもって導くのだ!」
根岸「えぇ……」
佐原「ゆえに、私は野球部のエースで4番でキャプテンのサックス担当だ」
根岸「えぇ……」
佐原「ちなみに、ここまで残ったうちの半数は、そもそも彼らが運動部志望だったことがようやくここで判明する」
根岸「何がなんだかわからないまま進んできた彼らにも光が!」
佐原「残り半分はやっぱりなにがなんだかわからないまま次へ進む」
根岸「まだわかってないのがいる!」
佐原「まあここまで進めば運動部志望だろうがなんであろうがブラスバンド部に入部することになる!」
根岸「結局、入部届けを部長に渡せば入部できたんだな……」
佐原「文武両道、これが我がブラスバンド部のモットーだ! キミが入部したらまずはどの運動部で活躍するか決めてもらう。――フルートが吹きたいのなら運動部でレギュラーを目指したまえ」
根岸「この学校……、運動部も強豪なのは……」
佐原「強豪が強豪で有り続けるには理由があるんだよ」
閉幕
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