Ne.33『神は1万円で出現するのか』

佐原「ああ、俺はもう限界だ……」


根岸「――」


佐原「天才天才と、誰もが俺を持て囃す。ああそうさ、俺は天才さ、誰も俺にかないやしないんだ」


根岸「――」


佐原「家族、親戚、友人たち、街の人たち。多くの人の期待に応え、応え続けてきた。天才として。――天才として期待に応えること、それが天才の責務だと思っていた。いや、今もそうだ。俺はみんなの期待に応え続けている……」


根岸「――」


佐原「だがもう、俺はダメだ。疲れてしまったんだ……。皆の期待に、皆の声に」


根岸「――」


佐原「俺の本当にやりたいことは何だ! 俺とは何なんだ! ――天才? それが俺か? 俺の個性か? 俺は何がしたくてここにいる! 俺は一体……」


根岸「――」


佐原「ああ、神よ……、俺はもう、何もかも投げ出したい……、俺はどうしたらこの苦悩から開放されるのだ……」


根岸「……」


佐原「神よ! どうかお答えください!」


根岸「なげーよ!」


佐原「えー」


根岸「お辞儀して、お賽銭いれて、鈴鳴らしてから、なげーよ! 何が始まったのかと思ったよ!」


佐原「えー」


根岸「あんた、いまいくつだ」


佐原「34」


根岸「そこそこの歳じゃん!」


佐原「しかし神よ、俺は悩んでいるのです! 悩みすぎて髪の毛も薄くなってしまいました! おお、髪よ!」


根岸「やかましい。頭髪は年齢的なものもあるんじゃないの?」


佐原「そんな無慈悲な」


根岸「髪は管轄外だわ」


佐原「神も仏も無いわ」


根岸「神だけどもね」


佐原「髪はホットケと!」


根岸「やかましい。というかさっきの悩み」


佐原「そうなのです神よ! 俺は天才だが、天才ゆえにもう、みんなの期待に、疲れてしまった……」


根岸「それせいぜい中高生くらいまでの悩みでしょ」


佐原「えー」


根岸「えー、じゃないよ。その年まで天才やってきたならもう貫きなさい。――期待に応え続けてきたなら、結果は出してきてるわけで、それなりの仕事のそれなりのポジションにはいるんでしょ?」


佐原「まあたしかに」


根岸「ちなみに仕事は?」


佐原「コンビニバイト」


根岸「えー」


佐原「えー、じゃないよ。コンビニバイトをバカにするな! 覚えなきゃいけないことたくさんあって大変なんだぞ!」


根岸「うん、いや、コンビニバイトが大変そうなのはわかるけど。――なに? 天才じゃないの?」


佐原「天才だとも! ああ天才だとも!」


根岸「何の?」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「なんの?」


根岸「首を傾げられた!?」


佐原「天才に何のとか無い!」


根岸「あるだろ! 数学の天才とか将棋の天才とか、分野はあるだろ!」


佐原「あー、そういうアレね、一点特化タイプね。俺は、そういうのではない!」


根岸「どういうのなんだ……」


佐原「なんでもできる!」


根岸「……」


佐原「気がする!」


根岸「若い頃のむやみな万能感をそのままに大人になっちゃったやつだ」


佐原「お母さんも、『あんたはやればできる子なのに』ってよく言ってるぞ」


根岸「やらない子に言うやつだよそれ」


佐原「ああ、神も俺のこの苦悩をわかってはくれない! やはり天才は孤独なのか! 孤高の存在なのか! 天才は理解されないというのか!」


根岸「えぇ……」


佐原「神ごときにはわかるまい、周囲の期待に応え続けることが、どれだけ俺の心を、精神をすり減らしていくのか」


根岸「ごときとか言われた」


佐原「本当の俺は……、誰の期待にも振り回されない俺は……、何者なのだ! 教えてくれ、神よ!」


根岸「コンビニバイトだよ」


佐原「そういうのじゃなくて、もっとかっこいいの」


根岸「何を求めてるんだよ……」


佐原「神よ、どうかお導きを! 俺は一体、何者なのだ! 本当の俺とは!」


根岸「34才フリーターだよ」


佐原「1万円分のカッコイイ答えよこせよ!」


根岸「何を考えて1万もお賽銭つっこんだんだよ!?」


佐原「神ならば、俺のこの苦悩をなんとかしてくれる! そうだろう!?」


根岸「自分は期待に応えるの疲れたとか言ってといて、神には期待するとか……」


佐原「1万払ったからな。ダメなら返せ、神よ!」


根岸「いやこれ私じゃ取り出せないし……、そもそも私の懐に入るわけじゃないし」


佐原「1万円の神よ!」


根岸「1万円で出てきたみたいになっちゃったよ」


佐原「……ん」


根岸「なんだ?」


佐原「……」


根岸「なに?」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「神と喋ってる!?」


根岸「今更!?」


佐原「神は1万円で出現するのか」


根岸「1万で出てきたわけじゃないからね? 入れる前から居たからね? 気づいてなかったの?」


佐原「ああ、苦悩が視界を狭めるのだ! 目の前に神がいることに今の今まで気がつかなかったなんて! この苦悩! ああ、もう俺は限界だ!」


根岸「いやあのさ……」


佐原「天才が! 天才ゆえに! 俺は天才か!? 天才なのか!?」


根岸「おいちょっと、聞けって」


佐原「俺とは、本当の俺とは! 一体なんなのだ! なんだというのだ!」


根岸「ちょっとそこの天才! 聞け!」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「おお、神が俺のことを天才と。やはり俺は天才だったのか」


根岸「都合のいいとこだけ……」


佐原「この天才に何の用だ、神よ」


根岸「なんか立場が逆転した……」


佐原「何か用があるのだろう、言ってみろ、天才の俺がなんとかしてやらんこともないぞ」


根岸「何しに来たの……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「天才ゆえの苦悩を、神ならばなんとかできるだろうと」


根岸「もう帰れよ」


佐原「しかしこの苦悩から解放されないことには――」


根岸「それはもっと楽に生きなよ、天才かどうかは知らないけどさ、背負い込める限界超えてまで背負い込まないほうがいいよ」


佐原「髪を増やしてください」


根岸「そこかよ」




閉幕

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