Ne.31『魔物が死ぬとこを見たことある前提で話をされた!』

佐原「海ぃ~のぉ~、男ぉ~はぁ~、うみーおーとこー、っとくらぁ!」


根岸「……」


佐原「で、科学者の先生さんよ、このあたりでいいのかい?」


根岸「ええ。もう少し先です。――そこで、数ヶ月前、一隻の客船が沈みました」


佐原「あの日は、オイラも漁に出てたけどよ、風の強い日でもなんでもなかったぜ」


根岸「そう、ニュースにもただ沈没したとしか出ていません」


佐原「漁師仲間でもみんな不思議がってら。あのあたりには浅瀬も岩場もねぇ。ましてやオイラのボロ船とは違ぇ、豪華客船がいっこまるまる沈んだんだ」


根岸「そう、それも、ひとりの生還者も出さずに、です」


佐原「……で、先生はソレを調査しにきたって?」


根岸「えぇ」


佐原「一人でかい? ――あ! まさか!」


根岸「そう、公に調べることはできな――」


佐原「臭いんだな! それでみんなに避けられてんだ!」


根岸「臭くないよ! 公に調べることができないんだってば! なにか裏があるんだよこの件は」


佐原「ニオイぷんぷん丸……」


根岸「誰がニオイぷんぷん丸か!」


佐原「ニオイぷんぷん丸はこの船の名前だ! ……ぷんぷん丸の様子がおかしい」


根岸「なんて名前だ……」


佐原「どうもまっすぐ進まねぇ……。……さては!」


根岸「何か船にトラブルが?」


佐原「海の魔物の仕業か!」


根岸「えぇなにそれ……、そんなのいるの?」


佐原「常識だぞ!」


根岸「常識なの? じゃあ例の客船も魔物の仕業なの?」


佐原「はははそんなバカなことあるかい」


根岸「ううむ基準がわからん……」


佐原「はらいたまえー、きよめたまえー。……ほら先生もいっしょにやって」


根岸「そんなんでいいの? 魔物」


佐原「そんなんてなんだよ、ほら」


根岸「は、はらいたまえー、きよめたまえー」


佐原「よしよし、まっすぐ進むようになった」


根岸「なんなの、魔物ってなんなの」


佐原「だいたい海老かカニだな。魔物」


根岸「海老かカニなの?」


佐原「――お、ほら先生、このあたりだろ」


根岸「そう、このあたりだが――、この海の色は一体!? 海面が赤く染まっている!」


佐原「魔物だな」


根岸「それも魔物なの? なんなの全部魔物のせいなの? ――何? そんなありふれた現象なのこれ? 真っ赤だよ真っ赤!」


佐原「海老やカニは赤いだろ。アレだ」


根岸「アスタキサンチンなのこの赤!? あ、赤潮かこれ!」


佐原「さて、客船がなんで沈んだんだか、だな」


根岸「だな、じゃないよそれは私が調べるんだよ! っていうかこれだけ真っ赤なのに客船が沈んだのは魔物のせいじゃないのか……」


佐原「先生、科学者がそんな非科学的なこと言っちゃいけない。だから避けられるんですよ。臭いし」


根岸「臭くないし、避けられてないっつーの!」


佐原「いや、臭いのはこのあたりだ。――やっぱり自覚あるんじゃねぇか?」


根岸「なーい! くさくなーい!」


佐原「……やっぱり、見ろよ先生。掬ってみたらコレだ」


根岸「こ……、これ……、は……、なに? 赤潮じゃないの? プランクトンじゃないのこれ?」


佐原「先生なにも知らねぇな……」


根岸「だって魔物とか範囲外だもん……」


佐原「これは魔物ザラザラだ」


根岸「魔物ザラザラ!?」


佐原「魔物が死ぬと、砂になって崩れるだろ、アレだ」


根岸「魔物が死ぬとこを見たことある前提で話をされた!」


佐原「先生、ダメだぞ研究室に閉じこもってちゃ。海に出ろ海に!」


根岸「あ、はい……、すいません」


佐原「どうやら魔物よりもっと厄介なヤツがこのあたりに居るらしいぜ」


根岸「えぇ……、なんかもう科学の出番なさそう……」


佐原「はっ!? 下がれ先生!」


根岸「えっ? うわっ!!」


ざばーん


佐原「……」


根岸「……」


海から出てきた人「……」


佐原「海からおっさんが出てきた」


根岸「……海からおっさんが出てきた」


おっさん「……」


佐原「お、おい先生! なんだこの半裸のおっさん!」


根岸「私が知るか!」


佐原「ほんと何も知らねぇな先生!」


根岸「ああもう管轄外だよ! 科学で事件の真相究明とか不可能だよ! 妖怪海オヤジを報告したって誰も信じてくれないよ!」


佐原「これが妖怪海オヤジか!」


根岸「違うと思うよ!」


おっさん「わ……」


佐原「こいつ喋るぞ! 海オヤジは喋るのか!」


根岸「あ、ひ、ひょっとして客船の生き残りじゃ――」


おっさん「私はポセイドン」


佐原「ポセイドンだった!」


根岸「ポセイドン!? 海の神様の!?」


ポセイドン「……」


根岸「す、すごい威圧感だ……」


佐原「海の神様!? ははぁーっ! いつも安全な航海をありがとうございます!」


ポセイドン「うん」


根岸「返答がシンプル!」


佐原「ポセイドン様、今日はいかがされたのですか! あ、生贄、生贄ですか! それならこのひょろひょろをどうぞ!」


根岸「ポセイドンって人食べるの!?」


佐原「いいから素直に食べられとけ! 神様に食べられるってすげぇ光栄だろうが!」


根岸「光栄ならお前食べられとけよ!」


ポセイドン「あの……」


佐原「は、はいっ!」


ポセイドン「大きい船」


佐原「あ、はい。……大きい船?」


根岸「まさか、ここで沈んだ客船のことを何かご存知なんですか?」


ポセイドン「ごめんね」


佐原「……?」


根岸「……?」


ポセイドン「いや魚介類の仲間と遊んでたんだけど悪ノリっつーかどうせ当たんねーべって、モリ?っていうかトライデント?投げたら船に当たっちゃったっつーか、まじ悪いことしたなって思ってはいるんだよ? でもほらまさか当たるとは思わねーよってみんな言ってたし、でも子供はひとり助けられたから俺らも救われたっつーかさ」


根岸「すげー喋るじゃんポセイドン! っていうか犯人じゃん!」


佐原「あー、じゃー、しょーがないっすね」


根岸「しょうがないかな!?」


ポセイドン「メンゴ」


佐原「海の神様が謝ってんだ! しょうがねぇだろ!」


根岸「……科学は無力だなぁ」


佐原「そもそもなんで科学者の先生がひとりで調査に来てんだ。自衛隊も海上保安庁も連れずに」


根岸「私は……、巨大怪獣の仕業だと思っていたんだ……、まさかポセイドンとは……」


佐原「どっちみち科学じゃねぇな」




閉幕

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